Neetel Inside ニートノベル
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守羽が追い付いたのは、カナが先行してから三十数秒してからだった。
「少し、遅かったな神門」
「ああ、少し様子を見ながら来たもんでな」
「守羽、怪我は?」
「や、平気っす。それより下がってて、カナも」
言葉の通り傷らしい傷の見えない守羽は、軽い調子で一人と一匹を後ろに下がらせる。
「思ってた以上に強化されてるぞあの口裂け女。どんだけ同胞を喰らったんだか」
「さてな。しかし、今の君でも苦戦するかね?」
「いんや、勝てるは勝てる。が、めんどいな。タフだし」
肥大した体を元の柴犬サイズに戻したカナが、空を見上げながら放った言葉に対して守羽も同じ方向を見上げながら答える。
「来たっ」
宵闇の向こう側から聞こえる音にいち早く反応した守羽が、片手を前に突き出す。
守羽の眉間を狙って放たれたメスと包丁、そして守羽のいる位置を迂回してカナと静音を狙い飛んできた鎌と手斧がそれぞれ同じタイミングで爆炎に呑まれ砕け散った。
「静音さん、もうちょい下がって。そこもヤツの攻撃範囲内だ」
普段見たことの無い守羽のその能力に怪訝そうな表情の静音を、カナが引っ張って下がらせる。
直後に振ってきた口裂け女が、大太刀を肩に担いだまま両足で着地する。
薄暗くてわかりづらいが、よくよく見ると赤くくすんだコートは所々が破れ、濃い赤で濡れていた。
「グギッ…キヒヒヒッ」
不敵に笑む顔にも、軽い裂傷とそこから流れる血の跡があった。
「バケモノじみた反応速度でほとんど迎撃しやがった。たいしたダメージになってねえ」
どうやら守羽の攻撃で受けた傷らしいが、守羽自身は呆れたようにそう吐き捨てて意味がなかったと言いたげに肩を竦めた。
だが、カナにとっては違った。
(様子見の攻撃で傷を与えたというのか。やはりこれまでの神門守羽とは違うのだな)
カナと二人掛かりでも傷付けることが出来なかった相手を、時間稼ぎの数十秒程度の間にともなればその違いは歴然だとよくわかる。
「しかしまあ、あんな凶器持ちと素手でやるのは危ないな」
誰にでもなくそう呟き、守羽は再び地面とダンと強く踏みつける。
ドバンッ!
守羽の隣の地面から、腰の位置あたりまでの長さの石柱が飛び出す。
「と、いうわけで」
その石柱の真上に手を置くと、自然と石柱は砕け、その内側から何か形の整った物体が姿を現す。
守羽はそれを崩れ落ちる石柱の残骸の中から引き抜く。
「不慣れではあるが、僕も使うか」
柄、鍔、刀身に至るまで。
その全てが黒の光沢を持つ、一振りの日本刀。
鞘は無く、ただその刃があるのかないのか判別つかない漆黒の刀を右手に握り、だらりと下げたまま相手を見据える。
「ん、来ないのか?さっきから。戦隊ヒーローの変身シーンを待ってくれる敵役じゃあるまいし。遠慮しないで斬られに来いよ。……なあ、ほら」
鋭い眼つきで睨むと、守羽の周りからポツポツと小さな火球が出現する。それは瞬時に大気を喰らい膨張、バスケットボール大にまで膨らんで跳ねるように口裂け女へ襲来した。少し遅れて守羽も刀を手に前へ進む。
「ヒヒッ!」
これまでの片手持ちから初めて両手で大太刀を握った口裂け女が、笑みを貼り付かせたまま火球へと自ら突撃する。
日の落ちた暗闇を追い払う強烈な光が瞬いた。
数度に渡る爆発と轟音が響く中、舞い散る粉塵の向こう側で金属のぶつかり合う音が立て続けに聞こえる。
「守羽…!」
「近づくな久遠。彼に迷惑は掛けたくなかろう」
粉塵と黒煙の奥で微かに見える攻防に一歩足を踏み出し掛けて、カナの言葉にぐっと踏みとどまる。
「でも、私は。…いや。また、力になれないんだね、私は」
「…久遠、聞き給え」
顔を俯けやや消沈している様子の静音に、カナは語る。
「君も彼の『あの状態』を知っているようだから言うが。最初、私は彼がああなる切っ掛けとなるものは、自身の生命の危機だと思っていた。自分の生死に関わる場面に陥れば、嫌でも自覚するのではないかとな」
人外と戦う人並み外れた力を振るう守羽を傍観しながら、静音の隣でカナは続ける。
「だが違った。彼は自分の死に際になっても自覚しようとはしなかった。ただ、君の命の危機となれば、彼は自ら嫌がる自覚を意識しようとした。結果がこれだ」
カナの脳裏によぎるのは、かつての記憶。自らの飼い主たる少女。娘のように愛しく、また主人として慕っていた人間の子。
自らの命を懸けて守ってくれた、その少女と今戦っている少年がどうしても重なる。隣で不安げに立つ少女にも、また。
やはり、似ている、と思った。
「神門守羽は自分の為ではなく、他者の為に力を発揮できる者だ。逆に言えば、君のように身近な親しい者がいなければ彼は呆気なく死んでしまうだろう。だから君はそれでいい。君は彼の力になれている」
「……」
「安心しなさい。君がそこに居ることが、ただ在ることが、彼にとっての力になる」
彼を放っておけなくてここにきた。
力が無くても、力になりたかったからここに来た。
それでいいのだろうか。カナの言う通り、自分はここに居るだけでいいのだろうか。
自分自身では、答えは出ない。
「おわっ!」
その時、黒煙を突き破って守羽が吹き飛んできた。空中で回転してズザザッと両足で地面を擦り勢いを止める。
彼は無傷ではなかった。頬から裂傷の血を流し、肩や脇腹にも新たな傷が生まれている。
「ああくそっ。しっかりしろ『俺』!受け入れかけてたんじゃねえのか、いまさら戸惑ってんじゃねえぞ馬鹿野郎!」
「守羽…?大丈夫?」
右手で刀を握り前を向いたまま左手で頭を押さえて怒鳴る守羽が、心配そうに声を掛ける背後の静音に僅かな反応を見せ、
「…は、問題ねえよ。ただこの馬鹿が、この期に及んで自覚を拒絶し…違う、これ、は。自己防衛?まだ僕を別物と捉えてやがるな…この」
「ギャハハ、ヒャハハァァ……!!」
大太刀を引き摺って、煙の中から口裂け女も出てきた。半分千切れておかしな方向へぶらぶらと揺れる左腕には一瞥もくれず、コートといわず全身が真っ赤に染まってそれでもなお狂気の笑みを崩していない。
「…!」
思わず身震いをした静音を庇うように、守羽が横にずれて口裂け女を静音の視界から隠す。
「…おら、このままじゃ僕や俺の大切な静音さんが殺されちまうぞ。お前が僕を…別枠として切り分けたい気持ちは、よくわかるが……少し状況を弁えろ」
ぶつぶつと自らに言い聞かせるように呟き、深呼吸してから大きく溜息を吐く。
「……長くは保たないな」
諦念の口調で最後にそう言って、刀を構えた守羽は静かに目を細めて再度突っ込んでくる口裂け女に切っ先を定めた。

       

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