Neetel Inside ニートノベル
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「……」
メラメラと火が唸る。
ピチャリと水が鳴る。
バキバキと地が響く。
複数の火球と水刃が守羽の周りで形成され、地面からは土の槍が数本突き出て矛先の向きを揃える。
「ヒャハハァ」
大太刀を右手に。
鎌を四本、千切れかけの左手の五指で挟み込み。
出刃包丁を口に咥え。
いくつもの凶器をその身に備えた人外が、どのタイミングのどの攻撃においても対応できるよう迎撃態勢をとる。
「………、」
自分の内側から襲う拒絶感に顔を顰めながらも、刻々と表層に出ていられる時間が削られていることを理解する『僕』たる神門守羽が、
「…はあっ!」
先手を打った。
ッド!ドンッ!!
地面から斜めに突き出ていた土の槍が、矢のように数発撃ち出される。
続けて漆黒の日本刀を握る守羽が駆ける。
時間差で、水の刃が大きく回り込む軌道で左右から口裂け女を挟む。
最後に置いてけぼりにされた火球は、思い出したかのように尾を引いて直線軌道で守羽の背中を追う。
対して一斉攻撃を受けた口裂け女は、迅速かつ的確な動きで迎撃を開始した。
最初に飛んできた土の槍を凶器を使わず脚撃のみで蹴散らし、即座に大上段で振り下ろされた刀を大太刀で受け流す。
そのまま左手の鎌を投げ放ち、右方から飛来する水の刃と相殺させつつ、投擲と同時に頭を振るって口に咥えた出刃包丁で守羽の首筋、頸動脈を狙う。
日本刀と大太刀で力を拮抗させながら、守羽も間一髪のところで首を傾けて皮一枚で致命傷を避ける。
さらにこの攻撃を読んでいたかのように、首を傾けて空いたスペースへ吸い込まれるように火球が突撃する。そこには包丁を空振りさせた口裂け女の頭。
爆炎の直撃は免れない。
ーーー頭部が、胴体から離れるなどという離れ業さえなければ。
「チッ…!」
「ヒヒッ!」
首から上が跳び上がり、最初の火球を回避。さらに数発の火球を回転した頭が咥えたままの出刃包丁で切り払う。
頭を失った胴体が、肩で守羽を左方へ突き飛ばす。今まさに突き穿とうと迫っていた水の刃を危うく自分で食らいそうになるが、片手で操作してぴたりと空中で静止させる。
鎌と相殺させ安全地帯となった右方へ数歩下がった口裂け女の胴体が、地面に落ちる前に頭部を拾い上げて首と再接続させる。
再度敵を指して水の刃を飛ばすが、正面からくるこれを難なく口裂け女は全て弾いた。
舌打ち一つ、互いに刀を手に斬り合いを始める。
隙を見つけては火球をぶつけ、投げた包丁で斬り付け。
出せる手なら全て出して、互いの身を削り合う。
「…“相剋そうこくによりせ、相乗そうじょうにより払底ふってい”」
斬り合いの中、眼前の敵よりも厄介な内側の拒絶に苛まれながら冷や汗を垂らす守羽が言葉を紡ぐ。
それは単なる呟きではなく、意味を持った言の葉。
言霊によって綴られる、意味成す現象の礎。
「“羸弱るいじゃくなる地にて、その身を支える術は無し”」
大振りの一撃をまともに受け切った衝撃で後方に飛ばされた守羽は、火球や土槍で口裂け女の動きを縫い止めながら右手を前方に出して発動する。
「…沈め」
ただ一言。
それで、口裂け女を中心にした周囲十数メートルの地面が一気にその形を崩壊させた。
「ガッ…!?」
岩は壊れ、石は砕け、土は崩れ、全てが流砂となって口裂け女を蟻地獄の底に捕らえる。
「グ、アァァァ!ギアァァアアアアアアアア!?」
「…さっすがに、これは人間の定義超え掛けてるよな。ああわかってる、だから使いたくなかった」
大きくなっていく内部での拒否・拒絶に守羽は苦笑する。
流砂のクレーターに沈んでいく口裂け女が絶叫しながら凶器を投擲してくる。それらを刀で弾きながら、
「どうせこの程度じゃ死なないだろ、お前だって。精々動きをちょっと止めておく程度だ。まあこのまま砂の底に閉じ込めたあとにまた地盤構築し直してコンクリ詰めみたいにしてもいいんだけど」
時間切れが近づきつつある意識を強引に繋いで、守羽は右手を空に掲げる。
夜空が明るみに照らされる。
静音は最初、夜明けが来たのかと錯覚した。だがそんなわけはない、今はまだ日暮れからそう時間が経ってすらいないのだから。
「…いやはや」
驚きと呆れをない交ぜにしたカナの声を聞きながら、静音は空を見上げる。
そこにはオレンジ色を煌々と輝かせた、巨大な炎の塊があった。
今までの火球とは比べ物にならない、太陽のような火球が浮かんでいた。
切羽詰まったような表情の守羽が、それでも余裕を見せつけるようにふっと笑う。
「お前にはやっぱわかりやすく一撃をくれてやりたかった。静音さんに手を出したこと、僕が出てきたこと。それを後悔しながら砂風呂と日光浴を楽しめ」
思い切り振り下ろした右手と連動して、空に浮かぶ巨大な火球が隕石のように流砂に呑まれる口裂け女へと水平に落ちた。

       

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