Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第十五話 斯くして結末は新たなる発端へ

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悲鳴とも笑い声ともわからぬ奇怪な絶叫が、巨大な火柱の中から響き渡る。
やがて天を衝く炎の柱が消えると同時、その絶叫も唐突に止まった。
「……」
再び戻ってきた薄闇と静寂の中で、静音はただ守羽の背中を見ていた。隣に立つ柴犬の鼻がすんと鳴り、何かの臭いを感じ取る。
「神門まだだ!まだ息の根はある!」
そうカナが叫び、
「…わかってるっての…」
それに守羽が呟きを返し、
「………………ギヒッ」
ズバンッ!!と熱砂を撒き散らして、焼け焦げたコートの裾をはためかせて臭いの元が跳び上がった。
「「ーーー……!!」」
空中に跳び上がった、全身に大火傷を負った口裂け女と地上に立つ守羽とが無言で睨み合う。
「ヒャッヒャ、ヒャヒャヒャヒャハハハハハ!!!」
ジャッギンッッ!!
完全に使い物にならなくなった左腕以外の全ての部位で凶器を握り、あるいは挟み、あるいは咥えて。
体から鉄が生えているような外見で、口裂け女が全身で凶器を構える。
「おい口裂け女。よく聞けゴミクズが。慈悲を込めての最後通告だ」
右手に漆黒の日本刀を、左手に水球と火球をそれぞれ構えて守羽はいつでも全力を出せる状態で声を張り上げる。
「失せろ。今ならその全身火傷程度で逃がしてやる。これ以上続けるってんなら、刀で物理的に首無しライダーに仕立て上げたあとに四肢を引き千切って燃やして埋める」
「ヒヒャヒャ!!」
「…本気だぞ?」
直後に水球は急速に体積を増して、巨大な大剣へと変化する。同じように火球は分裂して無数の矢へ。
さらに守羽の足元が地響きと共に蠢き、得体の知れない『何か』を形成すべくして盛り上がる。
「……!」
それらを見て、流砂から脱出して跳び上がり落下中だった口裂け女は僅かに顔色を変え、着地の瞬間に手持ちの凶器を全て地面へと叩きつけた。
ボファッと熱砂が舞い上がり、ただでさえ薄闇で不明瞭な視界をさらに埋め尽くす。
「…っ」
押し寄せる突風と砂塵に両手で顔を覆う静音の前に、守羽が無言で立ち防ぐ盾となる。
十秒ほど視界を覆っていた粉塵が消える頃には、あの不気味な形相の都市伝説の姿はどこにも見えなくなっていた。
「逃げた、か」
呟き、守羽は糸が切れた人形のようにがくりと全身の力を抜いてうつ伏せに倒れ伏せた。
「守羽!」
火は消失し水も力を失い地面に落ちて土に吸われ濃い跡を残す。蠢いていた地面も鳴りを潜め、手に持っていた黒い刀はボロボロに崩れて原型を失くしていた。
突然受け身も取らずに顔から地に落ちた守羽に慌てて駆け寄った静音に、汗だくになった守羽が目線だけを寄越し僅かに口を開く。
「僕は、ここまでだ……少なくとも、今回は。静音さん、『俺』を連れて、ヤツの目の届かない場所へ……まだ、終わってない。まだ、ヤツは諦めていない」
「うん、わかったよ」
「ヤツは手負いだ。今なら僕でなく俺でも、返り討ちにする、くらいなら…出来るはず。してもらわなきゃ、困る。僕の出番を願っておいて押し退けたこの大馬鹿には、それくらいの、ことは……」
徐々に口の動きが緩慢になっていき、やがて守羽は瞳を閉じて安らかな寝息を立て始めた。かなりの怪我を随所に負ってはいるが、どれも致命的なものではない。おそらく疲労による気絶が妥当な線だと静音は判断する。
あるいは、それは無理を通して出てきた『僕』による反動だったのかもしれないが。
「……お疲れさま」
倒れたまま眠ってしまった守羽の体を仰向けにして、ぺたんと座り込んだ太ももの上に守羽の頭を乗せる。
「人格の分離、自覚からの逃走、役割の分担。…そうまでして認めたくはなかったか」
髪を梳くように片手で頭を撫でつける静音の隣で、人面犬はしみじみと守羽の寝顔を眺めながら言ったのを、静音は聞き逃さなかった。
「君は、何を知っているの。守羽のことを、どこまで知っているの?」
「大方のことは、おそらく知っている。君にもいずれ知る機会はいくらでも訪れる。彼がさっきまでの『あの状態』になる為のトリガー、彼の力の源の一つである君なら、いくらでもな」
犬の面で静音を見上げ、そしてもう一度守羽の顔を見る。そうしてから、妙に穏やかな表情でカナは一歩二歩と前に進み、二人を越えて先へ行く。
「…どこへ行くの?」
「君は神門が起きるまでそこで介抱してくれればいい。なに、心配はいらない。もう口裂け女は君達に干渉することはないだろう」
静音の問い掛けに、振り返ることなくカナは歩を進めながら答える。
「カナさん、あなた…何をするの?」
「私の役割は終わった。行き着く先もようやく見つけた。同じ都市伝説として、奴にはこれ以上ここで好き勝手にさせるわけにはいかない」
ぴたりと足を止めたカナは、顔だけを振り返らせてこちらを不安そうに見ている静音と、膝枕されている守羽を最後にもう一度だけ視界に入れて、そして言い放つ。
「さらばだ、もう会うことはないだろう。君達のような価値ある人間と会えたこと、実に嬉しかった。互いが互いを想い合っていれば、君達は間違うことも踏み違えることもないはずだ」
「……」
「神門が目覚めたら伝えてくれ。『自分の為のみならず、親しい誰かの為にも。自分の力とはもう少し親睦を深めておいた方が利口だ』、とな」
「…それは、どういう…」
言うだけ言って静音の質問には答えず、カナはそれきり振り返ることはなく夜の闇の中を駆けていき、やがて姿も足音も遠ざかり消えていってしまった。
あっさりと最後と告げて去ってしまった人面犬を止める間もなく見送るしか出来なかったことを僅かに悔みつつも、彼女は毅然とした様で消えていったあの柴犬にもそれなりの考えがあってのことだったのだろうと自身を納得させることにした。
「…」
荒野のようになった周囲を見回して他の誰の気配もないことを確認すると、静音は浅く息を吐き出しながら思う。
(何もできなかった。戦う力が無いのは理由にならない、彼の力になるべく来た以上は、私だって戦わなきゃいけなかったのに。覚悟だけじゃ、何もできない…)
カナは静音がそこに居ること自体が守羽にとっての力になると言っていたが、それでは駄目だ。そんな甘えに縋っていては、彼の力になど到底なれない。
どうしたものかと真剣に考えを巡らせながら、静音はその間にもただひたすらに太ももに乗る少年の頭を撫で続けた。

       

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