Neetel Inside ニートノベル
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「おっす神門!おっすー!」
「うるっせ」
静音さんと正門前で別れ、一学年の自分のクラスへ。
そして即座に絡んでくる鬱陶しい男が一人。
夏服の制服をきちんと着ているのを見たことがない、短髪の同級生。ピアスはしてないしいらぬ装飾品を付けたりしてチャラついてるわけではないが、そこらのチャラ男より物怖じしない態度で人に接するし、そこらの不良よりも喧嘩っ早い。
東雲しののめ由音ゆいんが着席した俺の席の前に立っていた。
「んだよつれねえな!友達だろ!」
「違いますが」
目を合わせないように横を向いてそう答えると、摺り足でスライドして俺の視界に入ってきた。
しゃらくせえ……。
「なあなあ聞いてくれよ!昨日変なモン見ちゃってさー!」
俺が沈黙を保っていると、東雲の方から勝手に話し始めた。なんなの。
「ふうん、そりゃ凄かったなー」
「まだ何も言ってないだろ!」
東雲はそうツッコんでけらけらと笑った。俺なりの冗談だと取られたらしい。
俺のジトっとした視線に気付かないまま東雲は続ける。
「んでよっ。なんか包帯でグルグル巻きになった変な猫とか犬とか見つけてさ!ケガでもしてんのかなって思って近づいたらいきなり襲い掛かってきてよービックリしたわ!」
「………なんだと?」
包帯で覆われた、凶暴な動物。
そして昨日。
まさかとかもしかしてとか、そんな話じゃない。
間違いなくそれはトンカラトンの…ひいては口裂け女の手下共だ。
連中の狙いは俺達だけじゃなかったのか?
「おい東雲。その変な犬猫はどうしたんだ?」
「あ?そりゃ追っ払ったさ!んでも次から次へ来るもんだから手足を折って動けなくした!さすがに殺すのは可哀想だからな!」
話に乗ってきた俺に気分を良くした東雲が饒舌に語る。
「カラスもいたな!真っ白な包帯で巻かれたカラス!最近はペットにああいうカッコさせんのが流行ってんのかね?でもリードは付けとけって思うよな!他の人を襲ってなくてよかったぜ!」
「…襲われたのは、お前だけか?」
「おう!全部オレに寄ってきやがった!なんでだろうな!」
ってことは普通の人間には反応しなかったってことか?俺や静音さんを襲って東雲も襲われた、でも他の一般人は大丈夫だった。
もしかして口裂け女が野良猫や鴉を手下にしたとき、そういう指示命令をしたのだろうか。動物に異能持ちか否かの判別が出来るのかは不明だが、口裂け女によって人外化された動物ならばそれも可能なのかもしれない。
なんにせよ危なかった。家に帰った時には母さんも何事もなかったみたいだったし、きっと外に出てた俺や東雲の方へ全て向かっていたのだろう。そもそも本来の狙いは俺と静音さんとカナだ。東雲はその巻き添えを食っただけか。
「ていうか、なんでそんな時間に外を出歩いてんだよ」
そこまで遅い時間というわけでもなかったが、普通の学生であればとっくに家に帰ってる時間だったはずだが。
「神門に絡んでた二年のセンパイぶっ飛ばしたら仲間呼ばれちゃってさ!取り囲まれて全員殴り倒したら暗くなってた」
「そ、そうか…大変だったな」
楽しそうに満面の笑みで言う東雲に俺は苦笑いで返事した。
昨日の下校前に絡んできた二年の先輩達の処理を、俺は直前に割り込んできた東雲に任せて帰った。
つまり俺の押し付けで東雲の帰宅が遅れ、こっちの人外騒ぎに巻き込まれていたってことか。まあ東雲ならその程度のことはさして大事にも捉えていないんだろうが。
一応は多少なりとも罪悪感を覚える。悪いことしたな……。
「おっと、んなことよりよー神門!」
どうでもいいことのように凶暴な動物に襲われた話題を終了させて、机をバンバンと叩きながら東雲は子供のようにはしゃぎながら声高に口を開く。
「最近出来たラーメン屋があるんだよ、こってりからさっぱりまでなんでも来いのメニュー揃いでさ!試しに昨日行ってみたんだけどめっちゃうめえ!!放課後行こうぜ!」
「い……あ、ああ。いいんじゃないか?」
いきなりの誘いに対し、ついいつもの癖で即答で『嫌だ』と言ってしまいそうになったが、それを押し込んで俺は二つ返事で了承した。
こいつ自身が望んでいたこととはいえ、不良の喧嘩を押し付けてさらに人外の被害にまで遭わせてしまった手前、こいつにはちょっとした罪悪感と借りがある。
晩飯に付き合うくらいなら、まあ、別にいい。
「マジかよ!?よっしゃ、んじゃ決定な!」
まさか俺が素直に頷くとは思っていなかったらしい東雲が大喜びで手を打ち鳴らす。そんなに俺と飯に行けるのが嬉しいのか。意味わからん。
と、それならそれで母さんに夕飯がいらない旨を伝えなければ。
ケータイを取り出してメール画面に切り替えてから、母さんの前に静音さんに先に伝える必要があると思い直し、メールの宛先を静音さんに変える。
こいつと飯を食いに行くのなら静音さんとは一緒に帰れない。悪いとは思うが今日はお一人で帰ってもらうしか……いや、でも帰り道を一人でってのも危ない。
俺が静音さんを送り届けてから東雲と飯食いに行けばいいのか。
多少手間になるが、それほど面倒でもない。静音さんが一人で下校して危ない目に遭う可能性を考えればまるで苦にもならんしな。
それなら、と。手早く母さんにその件をメールで送り。ケータイをポケットにしまう。
「悪い東雲。放課後すぐってわけにはいかねえんだ」
「なんでだ!?」
「一緒に下校してる先輩がいるんだ。その人を先に家に送り届けてからになるから少し待っててくれ」
「ああ、久遠センパイだったか?最近一緒に帰ってるみたいだよなお前!」
東雲がそんなことを知ってることが意外で、俺は無意識に首を傾げていた。
それをみた東雲が俺を指差して、
「そのせいで他のセンパイに絡まれてんだろ?昨日だってそうだったじゃん!」
はて。そのせい、とは。
こいつの言ってることがよくわからない…ん?いや待てよ。
静音さんはこの学校では有名だし人気者だ。誰にでも分け隔てなく接するし、誰にでも優しい。口数は少ないが、ふとした笑顔が眩しくて一目惚れする者も多い。
同学年、上級生、下級生の全てから慕われていると言っても過言ではない。他人にあんまり興味を示さない東雲ですら知ってるくらいだ。ってか東雲は前に静音さんとは会ってた気がするな。
対する俺はクラス内ですら滅多に会話をしない人間だ。仲が悪いってわけじゃないが、お互いに特に接しようともしないから距離が埋まらないだけ。
言ってしまえば陰気で根暗なやつだと思われているのだ、俺は。事実そんなもんだし。
そんな俺と静音さんが一緒に登下校なんてしているのを学校の人間が見たらどう思うが。
まあ不釣合いだと思うだろう。こういうことは以前にも考えたことがある。
つまり俺が静音さんと一緒にいるのを良く思っていない連中もいるのだ。
根暗野郎が、人気者の久遠静音に近づくな。
ようはそういうことだ。
昨日のことはカナが引き起こしたトラブルだと思っていたが、それ以外にも要因はあったわけだ。思えば数日前にもいきなり二年の先輩にカツアゲされた。それも原因はそこにあったのだと考えればいくらか理解もできる。納得はできんが。
なるほどなるほど。まあ、そうならない為にわざわざ登校の時は正門前で別れて校内ではなるべく静音さんに接触しないようにしていたわけなんだが。意味を成していなかったんだな。
だが静音さんの方へは特に被害は向いていないようだ。当たり前だけど。
俺に矛先が向くだけならなんの問題も無い。静音さんが俺との登下校を望んでくれている限りは、俺はそれをやめるつもりはないし、それで絡んでくるのなら俺の望むところだ。どこまでも逃げ切ってやるぜ。
返り討ちは相手の戦力を倍増させて返ってくるからやらない。何人いても勝てるだろうけどね、今後の学生生活を安全に送りたいから下手に手は出さない。
「うん、まあ。そういうことなんで静音さんを送ってから…」
「んなことする必要なくね?」
言葉を途中で遮って、東雲は真顔でこう言った。
「そんなめんどくせえことしなくてもさ、久遠センパイも一緒に行けばいいじゃん、ラーメン食いに」
「………お、おう」
ああ、そうだな。……そうかな?
とりあえずその発想はなかった。

       

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Neetsha