Neetel Inside ニートノベル
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快諾だった。
『夕飯ラーメン食いに行きませんか?東雲とかいう喧しいのが一人ついてきますけど』
『うん、行きたい。連れてって』
メール一往復で終了した。本当にわかっているのか心配になったが、放課後いつもの集合場所である正門から少し離れた一角へ行くとそこに静音さんは待っていた。
静音さんは俺の隣でうるさく何か話していた東雲に向き直り、長い黒髪を揺らしてぺこりと一礼。
「こんにちは」
「どうも久遠センパイ!オレ東雲由音!」
「うん、知ってるよ。前に会ったことあるよね」
「うっす!」
どうやら二人に面識があったのは俺の思い違いではなかったらしい。東雲はどうだかわからないが、静音さんがきっちり覚えていた。
確か前に異能力者同士ってことで一回自己紹介し合ったんだったかな?
「ごめんね東雲君、付いて行ってもいいかな?」
「全然だいじょぶっすよ!あと由音でいいっす!呼び捨てで!」
「そう?なら私も静音でいいよ」
「うっす静音さん。んっじゃ行きましょうか。お前も名前で呼んでくれていいんだぜ守羽君?」
「あ、いえ結構です東雲君」
「冷たいなお前!」
そんな感じで(約一名のみ)ぎゃあぎゃあと騒ぎながら目的のラーメン屋へ。
学校から歩いて十数分かそこら。思ったより近かった。
細い路地を通って何度か角を曲がった辺りにあったその店は、あまり大きな店ではなかったが中はわりと小奇麗で座敷とカウンターが通路を挟んで半々に分けられていた。小規模な店でその場所柄、ちょっとした隠れ家的な感じのするところだ。
何故こんなところに店を建てたんだろうとは思うが、俺はこの感じ嫌いじゃない。男の子はいつだって隠れ家とか秘密基地とかそういうものにロマンを持つものなのだ。
「おうらっしゃぁぁい!!」
「おっす!!」
「おう坊主!また来てくれたんか!」
「今日はこってりしたの食いに来ましたぜっ!」
「おうそうかそうか!まあ座れや!」
中にいた店長らしきガタイのいいおっちゃんが大声を張り上げて東雲と会話する。昨日初めて行ったはずなのにもう意気投合してるのか。物怖じしなくて声がでかいからこの店長とは気が合うのかもしれない。似た者同士か。
とりあえず三人で座敷に座る。店長のおっちゃんと何か話しながら最初に東雲が座り、俺はその対面に。静音さんは迷いなく俺のすぐ隣に座った。
「…静音さん?」
「うん」
「近くありません?」
「そう?」
わざわざ距離を開けて置いてあった座布団を引っ張って俺の真横にちょこんと座った静音さんとの距離は拳一つ分もない。隣り合う、よりも、寄り添うって言葉がしっくりくる距離感だ。
「がはははっ!まだ初夏だっつうのに汗が噴き出してきやがるぜ!お熱いねえお二人さん!!」
店長が熱いのは単に煮えたぎった鍋のすぐ傍にいるからだと思うが。
「ひゅー!ひゅーっ!!」
「お前それ以上その耳障りな口笛モドキを続けたらぶん殴るからな」
口笛が出来ないクセにその真似なんかするから甲高い声で奇声を発しているようにしか聞こえない、ってかもう奇声だ。耳に痛い。
「……」
「…?」
店長や東雲に冷やかされて困ってるだろうと思いすぐ隣の静音さんの表情を窺ってみたら、じっと俺を見上げている静音さんと目が合った。
ずっと見ていたのか?
「…え、と。静音さん?」
その瞳が僅かに震えているように見えて、俺は名を呼んだ。
俺の声にはっとした様子の静音さんが、一度だけ瞳を伏せてから、再度俺を見上げて言う。
「……守羽は、守羽だよね?私の知ってる、神門守羽だよね」
「?」
言葉の意味がわからず、ただ疑問符を浮かべる。
「ううん、なんでもない。ごめんね」
俺の表情を見て、静音さんもそれ以上何かを言おうとはしなかった。視線を前に向けてテーブルに置いてあるメニューを目で追う。
…ふうむ。よくはわからないが。
「静音さん。俺は俺…だと思いますよ。何があっても、静音さんの知ってる神門守羽です。きっといつまでも、そうだと思います。俺も、あなたの知ってる俺であり続けたいですし」
人は時間と共に変わりゆくものだ。他者から見た自分は、昔と今では大なり小なり違いが生まれるものだろう。
だけど、せめて大切な人からは『今も昔も変わらない』と言ってもらえるようにありたい。変わることが悪いことばかりとは限らないが、俺は今の俺を維持していきたい。これ以上変わりたいとも思わないし、変わろうという気も無い。
だから静音さんにとっての俺は、いつまでも変わらない神門守羽のままがいい。
「すいません、俺にはこんな言葉しか返せません」
静音さんの質問の意図は読めないが、俺の答えはこんな感じだ。
すると静音さんはいつもの微笑ではなく、珍しくにっこりとした笑顔を見せてくれた。それを見て、俺も心臓の鼓動が一層高くなるのを自覚する。
「ありがとう。…その言葉で、充分」
「…そうですか。ならよかった」
「なあなあ、何頼むか決まったかー?」
俺と静音さんが話している間ずっとメニューと睨めっこしていた東雲が、目線を一点に集中させたまま口を開く。
「オレはやっぱこってり!これだな!!」
「ああそうかい。じゃ俺はさっぱりだな」
「私も」
「そうか!さっぱりしたのも美味かったぞ!なあおっちゃん!」
「ウチのは全部美味に決まってんだろうが!!がっははは!!」
終始ハイテンション超ご機嫌な東雲と店長の二人が生み出す空気のおかげか、俺も自然と笑みが浮かんでいた。それは静音さんも同じようで、わりと楽しい食事だったように思う。



会計を済ませ、俺達三人は店を出て大通りまで戻って来る。
「いやー美味かったし楽しかったな!なっ!」
「そうかもな」
「そうだね、楽しかった」
確かにテンションの高いアホが一人いると、ただの会話でもそこそこ盛り上がるような感じがある。こいつの存在は、パーティーや宴会の盛り上げ要員として重宝されるキャラだと思う。
外はもう薄暗くなっていた。初夏だからかまだ日は落ちていないが、じきに沈んで暮れる。既に薄暗くなり始めていた。
「それじゃ、ここらでお開きにするか……っと!」
「あっ!」
隣に並ぶ二人を見てそう告げた矢先、前から走ってきた人と肩がぶつかってよろける。相手はその場に尻餅をついていた。
「すみません、大丈夫ですか?」
慌てて手を差し出す。
「は…はい、ごめんなさい。急いでいたもので」
見れば、その人は栗色の髪を三つ編みにした女性だった。歳の頃は二十代前半くらいだろうか。
俺の手を取り立ち上がった女性は、直後に屈みこんで何かを拾った。
「あ、すみません。これ…」
拾った何かを俺に差し出す。制服のズボンの後ろポケットに突っ込んでいた俺の財布だった。ぶつかった弾みで落ちたのか、中に入っていた学生証も財布と一緒に女性が指に挟んでいた。
「おっと、どうもありがとうございます。どこか打ったりとかは?」
「いえ、平気です。急いでいるので、これで。申し訳ありませんでしたっ」
それだけ言い残して、わたわたと女性は大通りを走り去っていった。
「忙しない人だね」
「もっと心に余裕を持たないとな!落ち着きってーの!?」
「ならまずお前が真っ先に落ち着きを知るべきだな。そろそろ本当に血管ブチ切れるぞ」
他愛ない話を少しして、今度こそ俺達は解散した。東雲は片手を振り回して去り、俺は静音さんの家までの道中で今日一日の学校の話などをしながら歩き、静音さんはそれに一つ一つ相槌を打ったり一言返してくれたりした。
静音さんを何事もなく家まで送り届け、最後に俺も自宅へ帰る。
ここ最近の学校生活の中では、特に満ちた一日だった。
少しだけ高揚した気分で、家の玄関で帰宅の挨拶をする。
今日は何事もなくてよかったなあと、そんな風に思いながら。



ぶつかった時、意図的に指で引っ張って財布を落とした。保険証なりなんなり、名前がわかるものが見つかればそれでよかった。
そしたら学生証なんていう、とてもわかりやすいものを落としてくれた。
記載されていた名は、神門守羽。
間違いない。
わざわざ調べるのが面倒だったとはいえ、こんな簡単な手で本人確認が済ませられたのは彼女にとっても僥倖だった。
「見っけたー。んだよもー、やっぱアイツじゃん。だから言ったのにー」
大通りをゆったりと歩きながら、栗色の髪を持つ女性は呟く。
「…んー、でもまあ、あれかな。本人確認以外にも、いいモンは見つけたからなー」
にやりと笑って、女性はついさっきぶつかった少年が連れていた他二人の顔を思い返す。
それと、その身から放っていた普通の人間ならざる力の気配をも。
「異能力者のご学友かー。こりゃ自分のせいで拉致られたなんて知ったら流石に黙ってらんねーんじゃねーの?あはは、……ちょっと遊んでやろっか」
不敵な笑みを浮かべたまま、女性は鼻歌混じりに日の暮れていく街中をぶらりと歩いてゆく。

       

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