Neetel Inside ニートノベル
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日の落ちた夜道を、東雲由音は鼻歌混じりに歩いていた。
守羽や静音と別れたあと、少し文房具店に寄り道してシャーペンの芯やその他足りなくなっていたノート等を揃えて出た為に店を出た頃にはすっかり夜となっていた。
小さな買い物袋を片手でぶんぶんと回しながら上機嫌の由音は、ラーメンだけでは少し足りなかったかなと思いつつ家に何かお菓子でもあったかと考えていた。
そんな時、街灯の光が届かない脇道の奥から由音を見つめる二つの瞳があった。
それは音もなく脇道を素通りした由音の背中に回り、スキップすらしそうな様子の由音へ向けて右手に握る短刀を突き出した。
僅かに時間を空けて脇道から出て、一定の速度で歩いていた由音との距離は十メートルは離れていた。
立ち止まって突き出した短刀が由音に届くはずがない。切っ先は虚空を突いて空振るのみ。
普通であれば当然であるはずのその常識は、異能という非常識によって覆される。
距離を埋めて届いた凶器の先端が、無防備な由音の背中へ迫る。
「…あっ」
その時、勢いよく振り回していた買い物袋が指から離れてぽーんと空高く飛んでしまい慌ててキャッチしようと一歩身を沈めた由音の背中に、思いがけない動きで標的がズレたことによって狙いが外れた短刀が由音の肩に突き刺さる。
「ぐ、ァあ!?」
すぐさま引き抜かれた短刀に意識を向けるより先に、突然の激痛に由音は顔を歪ませて背後を振り返る。
少し離れた先の道路の真ん中に、一人の女が立っていた。右手には血が滴る短刀が握られている。
「チッ」
「おいコラァ!なんだお前!」
指差して大声を張り上げる由音の言葉には一切反応せず、舌打ちをした女が再び右手を持ち上げ由音の胸部へ向けて突き出す。
明らかに届くはずのない刃物が、今度も確かに由音の胸に突き刺さる。
(コイツ、能力者…か!)
またしても心臓は外れたが、それでも内臓に達する短刀の刺突が由音の脳内に確実な生命の危機を認識させる。
(守羽の知り合いとか、んなわけねえよな!!)
由音の知る異能力者はとても少ない。だがどの能力者達の知り合いでもないだろうことくらいは由音にもわかった。
こんな、平然と人を殺しにかかる人間とお近づきになってるわけがない。他人を見る目に絶対の自信があるでもない由音とて、それだけは断言できる。
「あのカスを誘き寄せる餌は二匹もいらねー。だからお前は見せしめに殺しとく。どんな顔するか楽しみだよねー」
何を言っているのかさっぱりわからないが、それを考えている余裕もない。
届いていないのに胸を穿っている短刀を、女は突き出したままぐっと力を加えて真上に持ち上げる。それに連動して、胸部に突き刺さった短刀の衝撃も上方向へ向けられていった。
ブチブチと、肉が引き裂かれる。
どっ、と冷や汗が噴き出す。
(やばい、ヤバい!抑えてる場合じゃねえ!異能をフルに使ってどうにかーーー!!)
ブシャッ!!
「……かっ」
由音が息を吐き出して目を見開く。
数秒の間を置いて、胸から肩へ切り抜けて両断された断面から噴き出した血飛沫が雨のようにざぁっと路面を赤く染め上げる。
一言も発することなく、上半身が半分ほど斜めに引き裂かれた由音の体が力なく地面へうつ伏せに倒れた。
「…ふーん」
みるみるうちに血溜まりを広げていく殺した相手を見下ろして、短刀をしまった女が三つ編みに束ねた栗色の髪をいじりながら、
「あっけなかったなー。ま、実戦経験も乏しい能力者程度ならこんなもんか」
つまらなそうに最後に一瞥くれて、女は踵を返して夜道を歩き始める。
「さてさて、これで明日の朝くらいにはこの学生の死体がいい具合に騒ぎを広めてくれるかな。それが自分の友人だとあのカスが理解するまで待って、その間にもう一人の能力者を生け捕りにして誘き寄せるかー」
誰にでもなく呟きながら、女は狂気に染まった笑みを浮かべて愉し気に肩を揺らす。

出現も襲撃も唐突に。
誰しもが理解も対策も思いつかぬまま。
現れた女はあくまでも気儘きままにマイペースに事を進め始める。
『ミカド』に積年の怨嗟を溜め込んで、『シモン』が動き出す。

       

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