Neetel Inside ニートノベル
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今日は朝から珍しいことがあった。
東雲からメールがあったのだ。それ自体はさほど珍しくはないが、その内容に俺は朝食をとりながら小首を傾げていた。
俺と静音さんとの登校に同行したいとのことだ。



「今日はなんか、東雲のヤツも一緒に学校行きたいらしいですよ」
いつもの待ち合わせ場所で静音さんと合流してすぐ、俺はそう切り出す。
「そうなんだ。私は別に構わないよ」
「すいませんね、いきなり」
本当にいきなりどういうつもりなんだか、東雲のヤツは。そもそもあいつと俺達とは登校路が違う。一応この先で待ち合わせにはしてあるが、あいつは家から学校への距離の数倍をかけてこっちに来てることになる。
そこまでして俺達と一緒に学校へ行きたい理由がさっぱりわからん。
あの馬鹿の思考を読もうと考えながら歩いていると、すぐにその待ち合わせ場所に着いた。
「…よっ」
電信柱に体を預けて、俺と静音さんを発見した東雲が片手をあげて挨拶してくる。
「ああ。んで、なんのつもりだ?いくらお前でも、朝から意味もなくそんなことしようとしたわけじゃねえだろ」
開口一番それを訊ねる。こいつは天気がいいからって全力疾走で正門をくぐって登校するくらいにはアホなことをするが、それとこれとでは少し毛色が違う気がする。
「そりャ、マあ、な」
警戒するようにせわしなく視線を周囲に向けながら、東雲はいつもとは打って変わって口数少なく返事した。勢いも弱いし、喋り方もおかしい。
俺は眉根を寄せた。
こいつのこの症状には覚えがある。
「由音君、体調悪そうだけど…大丈夫?それに、その顔…」
さらに静音さんが指摘したそれを俺も確かめて、確信する。
顔自体はいつもと変わらない。生意気そうなツラだ。問題は、その顔の右半分が微痙攣を引き起こしているということ。
何かを堪えるように、何かに抗うように。あるいは何かに蝕まれているかのように。
「東雲。お前、調整をしくじったな」
主語の抜けた言葉にも、東雲は正しく理解してぎこちなく頷いた。
「ン、ああ。昨日、ちょッとな。いきなりスギて、出力を間違エた」
まさか通り魔に刺されたなんてことはないと思うから、妥当な線で事故って深手でも負ったか。ともかく、安定させる間もなく異能を使わなければならない事態になったのは間違いない。昨日ってことは、俺達と別れたあとか。
「それで俺と合流しようとしたのか」
「それモ、ある、んだケドな……だけじゃなくて、…う、ぁ、ああアァああ!」
「おい、平気か?しっかり気を保て」
ガクガクと不自然なまでに全身を震わせ始めた東雲の肩を揺さぶって意識を飛ばせないように声を掛ける。
見れば、東雲の右眼球が黒色に染まり掛けていた。顔色も土気色の変化し始めている。
「不味いな…」
「守羽。由音君は、大丈夫なの?」
心配げに俺の背中越しに由音の顔色を見ていた静音さんに、由音へ肩を貸しながら顔だけ向ける。
「すいません静音さん、悪いんですけど先に学校行っててもらえますか?こいつの面倒見ないといけないんで」
「……」
とても不安そうな表情でいる静音さんに、俺は安心させようと笑顔を作って気楽な調子で説明する。
「命の別状があるようなモノじゃないんですよ。ただ、東雲は俺らみたいにただ異能を持ってるってだけの人間じゃないんで」
「それって…?」
「ええまあ、どっちかって言えば人外寄りの要素っていうか。まあ、そんな感じですね」
東雲の事情を一から話すのは簡単だが、他人の秘密をあまり軽々と口にしたくはない。やるなら東雲が直接説明した方がいいだろう。
適当にぼかして、俺は全身に“倍加”を巡らせて東雲の体を半ば引き摺るようにして持ち上げた。
「すぐに戻ります。おい東雲、もうちょい踏ん張れ」
「……わりィ、な。て、手間かケる」
「今度なんか奢れ。それでいい」
痙攣を繰り返し意識を継続させるのに必死になっている東雲を横目で見やり、最後に静音さんがこくりと頷くのを確認する。
目的地はやはり決まっている。あの廃ビル群地帯だ。
朝とはいえ人通りの少なくない歩道や道路は避けて、屋根伝いに移動する。
東雲を抱えたまま大きく跳躍し、俺は学校から離れた目当ての場所に向けて屋根から屋根へ飛び移った。

「…………」
東雲由音の詳しい事情を知らない静音は、屋根を跳んで行く後輩の姿が見えなくなるまで見送ってから、守羽の言葉を信じて先に学校へ向かうことにした。



静音が二人と別れて単身学校への登校路を歩き始めた、その僅か数分後のことだった。
手慣れた最小限の動きで背後から迫った女に意識を刈り取られた静音が、誰にも見られることなく静かに脇道の奥へと連れ去られていったのは。
久遠静音の拉致に神門守羽が気付くのは、ここからさらに数時間後のことになる。

       

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