Neetel Inside ニートノベル
表紙

力を持ってる彼の場合は
第十八話 捜索と衝突

見開き   最大化      

全力で廃ビル群まで駆け抜け、苦痛に暴れる東雲を荒れた地面に投げ捨てて俺は一定の距離を取って東雲から離れる。
「うっ……!!くあああ!」
「落ち着け、深呼吸しろ、意識を手放すな!」
頭を押さえて呻く東雲に檄を入れる。
「溢れた力を束ねて吐き出せ!ここならどこに向けても被害は無い」
一応、見境なく攻撃を開始した時の為に俺も“倍加”を巡らせた状態で身構えておく。
というか、まず間違いなく矛先は俺へ向くだろう。東雲の中にあるモノは常に悪意に染まっている。東雲がやりたくないことをさせ、傷つけたくないものを傷つけさせる。
そういう厄介なものが、東雲の内側には棲み付いている。
普段は東雲自身で抑え付けられていたものが、不意の異能発動によって暴れ出したのだ。
相変わらず難儀なヤツだ。
「ァあア……クッソ、が…こんの!!」
両膝を着いて苦悶の表情で東雲が叫び、苛立ちをぶつけるように握り締めた両手を地面に叩きつける。
ボゴォ!!と大きな音を立てて地面が深く陥没する。
「はあ、ハァ…みカ、ど」
「なんだ」
距離を保ったまま、息を荒げて抉れた地面を見下ろす東雲が、小刻みに震えたままゆっくりと顔を上げる。
その顔は、右半分が内出血したように不気味な青紫色に染まっていた。
そして東雲は言う。
一瞬だけ、いつものような朗らかな笑顔で。抑え切ることを諦めたように。
「悪い、ちョッと暴れる」
「ああ、知ってる」
全身体能力、四十五倍で固定。
いつもやってる軽い組手のような取っ組み合いとは違う。
内側のモノに半分ほど呑まれた東雲をぶん殴って止めるまでに、時間にして一時間半。
廃ビルを三つほど倒壊させて、ようやく東雲を瀕死にまで追い込むことに成功した。



「いやーマジで悪い!助かったぜー神門!」
「あぁ……疲れた…」
廃ビルだったものの瓦礫に腰掛け、俺はぐったりと頭を垂れていた。対する東雲は瀕死から立ち直りバンバンと俺の背中を叩いている。
大丈夫だとわかっていながらも若干の手加減は加えた。そのせいで無意味に苦戦を強いられてしまったのだが。
それにしたって手足の骨を砕いて内臓もいくつか潰したはずなのにこの元気っぷり。本当に冗談じゃない。
「ってか、調整なら先週済ませたばっかじゃねえかよ…どうしてそんなことになってんだ」
東雲の中にいるモノは、東雲の持ってる異能を使えばある程度はおとなしくさせられるし、これまでだってそれでうまいことバランスを保ってきていたはずだ。
こんなことになるのは滅多にない。あるとすれば意識の外から肉体に致命的な怪我を負った時くらいのものだ。角を曲がったらいきなり車に撥ねられたとか、そういう認識の追い付かないほど急な深手。
そんなこと、普通に生活してれば起こらないはずだ。絶対とは言い切れないが、まず起こる確率は低いだろう。
「いきなり襲われて、殺されかけた」
俺の言葉に、東雲は笑みを引っ込めて珍しく神妙な顔でそう言った。それで、俺も理解した。
普通の生活とはかけ離れた何かが起きたのだと。
頭が痛くなってくる。立て続けに起こり過ぎだ。妖怪に都市伝説に、次はこれ。
どうなってる?
片手で頭を押さえながら、東雲に問う。
「いつ、どこで。誰にだ?」
「昨日の夜、お前と別れてちょっとしてからだな。誰かはわからん!」
「顔見たんじゃねえのかよ」
「いきなり後ろからぶっ刺されたからなー。でもたぶん女だったぞ」
そんな東雲の口振りに、俺は眉を寄せる。
「…相手は、なんだ、人間だったのか?」
俺はまた、てっきり見るもおぞましい怪物だとばかり勝手に思っていた。突然殺意を持って襲い掛かってくるだなんて人外しかありえないという俺の先入観がそうさせたのか。
「見た目は人の形してたな!でも人外だったらそんなのも珍しくないだろ?よく知らんけど!」
確かに、外見が人間と大差ない人外も数多くいる。特に知性を持つものはその多くが人型だ。一見して人が人以外かを見極めるのは難しい。
「そうか…。ちなみにお前、殺されかけたってどんな怪我したんだ?結構深かったんだろ」
「最初に後ろから背中刺されて、次に胸ぶっ刺されてそのまま肩までバッサリ切り裂かれた」
胸から肩へ手のジェスチャーで引き裂かれた様子を説明する東雲に、俺は半眼になって眼前の馬鹿を見据える。
「それ普通なら死んでるだろ、アホ」
殺されかけたっていうか、ほぼ殺されたようなもんじゃねえかよ。
「生きてたんだから殺されかけたで合ってるだろ!死ななきゃ殺されたことにならないんだぞ!」
「そりゃあ、そうだが」
どうもこいつと話してるとよくわからなくなる。不死身ではないにしても、こいつはあまりにも人間にしては死から遠い存在だ。
静音さんの“復元”もそうだが、東雲の異能も大概だ。俺の“倍加”が霞んで見える。
東雲由音が今現在も内側に巣食うモノを抱えたまま生きていられるのも、その異能のおかげでもあるわけだし。
「お前は本当に、運がいいよな」
「昔はマジで呪われてると思ってたけどな!今はよかったと思うけど」
東雲の口から昔のことが出ると、俺も口を噤んでしまう。こいつの昔を知ってるからこそ。
「で、その相手はどこ行ったんだ?」
「知らね。オレを殺したと思ってすぐどっか行ったぞ」
相手も爪が甘かったな。いや、きっと一目見て助かりようもないのが明らかなくらいの致命傷を負わせたんだろうし、普通ならそれで仕留めたと確信してもおかしくなかった。異常なのが東雲の方だっただけで。
「お前、誰かに殺したいくらい恨み買ってるんじゃないのか?」
「全然まったく覚えがない!」
「でしょうね」
はっと笑って返す。こいつは誰かに好かれることはあっても恨まれることはないだろうなと思う。そういう性根の持ち主だから。
「んじゃあ、お前が狙われたのは…」
理由としては、無差別。異能力者か人外かはわからないが、通り魔的にたまたま目に入った東雲を標的として選んだか。
そうでなければ、
「…異能持ちの人間だから、とかか」
外見から異能を持っているかどうかの判別はほぼ無理だ。が、おそらく例外もある。
例えば人面犬の嗅覚は異能を匂いとして嗅ぎ分けられると言っていた。似たような機能だか能力だかがあってもおかしくはない。
「そう!それだよ神門!」
思い出したかのようにパンと手を打って俺を指差した東雲が、続けて言う。
「オレもそう思ったからお前んとこまで行ったんだよ!やっべ忘れてた!」
「…なんだよ」
「いやだからさ!能力者オレが狙われたんだとしたらお前だって危ないじゃん?それに」
言葉の続きは、聞かなくてもわかった。
俺は体ごと振り返って右足を踏み出しながら、ポケットから携帯電話を取り出す。
「静音センパイとかだってーーーおい神門!ちょっどこ行くんだよー!」
「学校だ!!」
一息で空中に跳び上がり距離を稼ぎながら、俺は疲労の抜け切っていないことも無視して持てる全速力で学校へ向かった。

       

表紙
Tweet

Neetsha