Neetel Inside ニートノベル
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椅子に縛られたままの静音は、おかしなものを見ていた。
背中を向けて立っている由音の体から、奇妙な黒いもやのようなものが出ているように見えたのだ。
それは由音を中心に渦巻くように取り囲い、再びその身体に取り込まれていく。
「ぐ…くっ」
由音の呻き声が耳に届く。
「深度は………とりあえず、こんなもんか」
由音が自身に向けて呟いた内容は、静音には理解できなかった。
ただ、よくはわからないが。
アレは、あまりよくない力だ。
そういう認識が彼女にはあった。人間にとって、由音が使おうとしているあの力は良くないモノだ。本能的にそう感じる。
その力を纏った由音の表情は静音からは見えなかったが、
「……、」
由音は、薄く笑っていた。
直後に由音は拳を強く握り腕を引き絞る。
短刀を構えていた女の真横で。
「「…!?」」
由音の姿を視界に捉えていたはずの静音と女の二人が、ほぼ同時に目を見開き驚愕する。
動き出す一歩目、その初動。
何も見えなかった。
「おあぁっ!」
それでも女の方はギリギリで対応し、由音の拳を短刀の腹で受けていた。
ただし、衝撃を受け切れず浮いた体が数メートル横へ飛ぶ。
「へっ!」
女の両足が地面に着く頃には、もう由音は大回りに移動して女の背後を取っていた。回し蹴りで女の頭部を狙う。
「ナメ、んなっ!」
左手で由音の蹴りを受け止めてその足首を掴み、短刀を握ったまま右腕を振るって肘鉄で由音の足を折る。
「いてっ!」
普通は『痛い』では済まない怪我なのだが、由音にとっては顔を歪める以上の影響はなかった。
だが次の動きも女の方が早かった。
へし折られた左足を掴まれた状態で、軸にしていた右足を払われる。一瞬だけ中空に身を放り出された由音の右胸に短刀を突き刺し、さらに足首から離した左手で掌底を打ち込む。
ありえない腕力で押し出された身体がくの字に折れて倉庫の壁まで吹き飛び轟音を上げて減り込む。
「げぼっ…!」
左足首骨折、右肺及びその他内臓に損傷。
ーーー完治所要時間、二十七秒。
(足だけならっ、十秒もいらねえ!!)
いち早く治った左足で壁を踏み叩き、減り込んだ自分の体を壁から脱出させる。まだ肺が治り切っていないせいで呼吸が辛いが、それもあと数秒の我慢だと自らに言い聞かせる。
壁から体を引き剥がした直後、減り込んだ壁にまたしても何もない場所から刀身が伸びてきて危うく左の肺も破壊されるところだった。
「お前…訂正するわ。人間離れしてんじゃなくて、人間の力じゃねーなそれ。どーりで気持ちわりー感じがすると思ってたんだ」
刀身を戻して、女が汚物を見るような目で由音を睨む。
「なんだ、その力は。異能じゃねーのは確実だ。だとしたら人外との契約か、呪いか、あるいは何かの家系…いやそれもねーな。だったらあたしが知ってるはずだ」
「契約なんかしてねえよ、呪いっちゃ呪いかもしれないけどな」
完全に内臓器官も完治したのを自覚しながら、由音は彼にしては珍しい不愉快そうな表情で目を細める。
「ただ、取り憑かれただけだ。産まれる前から、忌々しい悪霊にな」
「…!お前、霊媒体質の人間……ってこた、そりゃ“憑依”の力か!」
言ってから、女は由音を凝視して、
「それにしちゃ、随分と長生きじゃねーか。見たとこ身体異常も精神異常も無い。母胎にいた頃から憑かれてたのならせいぜいが五年生きられりゃマシな方だと思ってたが…ん?」
そこで女は何か思い至ったかのように顔を上げて、得心がいったと言わんばかりの表情で凝らした瞳をさらに鋭くさせる。
「あー…そうか、そういうことか。なるほどなぁ、確かに概念種がいねんしゅの悪質な浸食に対して、それなら対抗も拮抗も可能か」
「なんだよ、たいしてヒントやったわけでもないのにバレちゃったのか」
うんうんと頷く女に、由音は微笑を見せながら強く意識する。
今の深度では足りない。
「概念種の力を引き出すには供物や寿命を差し出すのが定例だが、お前はそれを払わず力のみを得ている。や、払ってることは払ってるのか」
「……」
深度上昇と同時に異能もさらに展開。
「つーか、取り憑いた悪霊や怨霊ってのは力を使わなくても勝手に寿命を削り喰らっていくクソしかいねえ。憑かれた時点でおしまいだ。“憑依”に対する特殊な耐性を持つ家系や体質者でもない限りはな」
答え合わせのようにぺらぺらと喋る女は油断しているわけではない、隙だらけなわけでもない。
わかっているのだ、由音が力の底上げを行っているのを。仕掛けるタイミングを窺っている。
「で、耐性のねーお前が寿命を喰われながらも生き続けてる理由。対価を払って体を強化させても平気な理由。…そしてお前が持つ、致命傷からすら復帰するその異能」
ダン、と地面を強く踏んで短刀を構え直す女は答えを明らかにする。
その間際に、由音の方も準備は完了する。
同じく地面を擦っていつでも飛び出れるように腰を落とす。
女が最後に放ったその発言は、再衝突のスタートを合図する役割も果たした。
「“再生”、か。外因による傷を治癒し、人ならざる存在からの寿命搾取に対してすら外的要因と見なして削られた命をも再生させる!“憑依”の力をノーリスクで扱える最高の組み合わせじゃねーかこの化物がぁっ!!」
女が吼え、短刀を手に迫る。
「ざっけんな、こちとらちょっと特殊なだけで真っ当な人間じゃオラァ!!」
由音も心外な発言に対し怒声で返して迫る刃を素手で受ける。
“再生”の能力者にして悪霊に“憑依”された特殊すぎる少年は、静音の想い人であり想われ人である友人の到着を、文字通り闘いに身を削りながらただ待つ。

       

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