Neetel Inside ニートノベル
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八回。
既に八回、由音は普通の人間であれば死んでいた。
女の猛攻は悪霊の“憑依”を用いて人外の力をその身に宿している由音ですら化物じみていた。
最初の方こそ様子見だったのが、今では完全に殺し切る勢いで由音の全身を斬り刻んでいる。
しかしそれでも、由音は押されることはあっても退くことはない。
眼球を真っ二つにされ、指を斬り飛ばされ、腹を斬り開かれても。
そのたびに脳が焼き切れそうなほどの痛みに悶え苦しんでも、決してショック死や廃人となることはない。
痛覚による脳へのダメージですら、“再生”の能力は『真っ当な人間』として東雲由音が存続する為に機能する。
それでも、結局は最低限のカバーだけであって完全に痛みを消せるわけではない。
(…体が重たくなってきた…痛覚ダメージの蓄積がヤバいな…。どうすっか)
今は“再生”も“憑依”も抑えた状態で闘っている由音にとっては、この状況はあまり切迫したものではなかったが、あまり長く続けていたい状況でもなかった。
(どっちの能力も上げ過ぎるとちょっとした拍子で暴走しかねないからなあ。ここらへん、まだ調整不足だから)
考えている最中にズバンッと振り回された短刀に左腕が肘から先が落とされる。
思わず拾おうと視線を下に向けた瞬間、視界いっぱいに女の膝が映り、由音の顔面が陥没して仰け反る。
「ガラ空きだぞ霊媒者!いい加減死ねってーの!」
凄まじい速度で斬撃が全身を裂く。
膝蹴りで顔が跳ね上がった由音の体が仰向けに倒れる前に、短刀を逆手に持ち替えた女が由音の首を狙う。
「ッ…!」
首の両断までは由音にも経験が無い。“再生”が通用するのかわからない以上、潰れた顔でなんとか開いた片目で追った刀身を右腕を使って防ごうと首との間に割り込ませる。
目で追っていた短刀が消え、首に軽い衝撃があった。
「あ…?」
見れば短刀の刀身は消え、柄を握る女の手は防御に回した由音の右手の手前で止まっていた。
そして刀身のみがいきなり由音の首に側面から肉を裂いて埋もれていた。
(や、っべ!!)
力任せに刀身が首に食い込んでいくのに焦りを見せた由音が、がむしゃらに足を突き出して女の腹を蹴って後ろに下がるが、女の追撃の方が早い。
「由音君!」
静音の声を聞きながら、目の前で笑う女の右手が振るわれる。
稼いだ距離は二歩分、女なら半歩で詰めるだろう。由音はその半歩の間に体勢を整えることは出来ない。
(クソが!深度上げて対応するしか)
ドゴンッッ!!!
突然天井が破壊され、女と由音の中央に何かが降ってきた。
「っ!」
「どわっ!?」
古びた倉庫である故に溜まっていた埃が舞い上がり、誰もが誰もを見失うほど視界が灰色に埋め尽くされる。
その中で、

「三十倍」

倉庫の天井をぶち抜いて降ってきた何かがそう呟き、女へと正確に突っ込む。
「出やがったなてめー…!!」
女はすぐさま迎撃態勢をとった。
ガガガガンッ!!
女の斬撃を叩き落とし、強引に捻じ込んだ一発が女の腹に沈む。
「チィッ!」
腹に受けた一撃にも意識を向けずに放った横薙ぎの一振りを躱し、後ろへ下がるついでに尻餅を着いていた由音の首根っこを掴んで一緒に後方へ飛ぶ。
「神門おっせえよお前!」
「お前がアバウトな場所しか教えねえからだろ!倉庫一つ一つ見て回ってたら時間食ったんだよ!まあ、お前が派手に闘ってたおかげでこの辺まで来たらすぐわかったけどな」
由音を放り投げて、神門守羽は斜め後ろで椅子に縛られている静音を見つける。
「静音さん!大丈夫ですか!?」
「守羽…。うん、平気。大丈夫だよ」
想い人の颯爽とした登場に、静音も微笑で無事を告げる。
「そうですか、よかった。…で、一応お前も無事か?」
むくりと起き上がった由音に、流れ作業のように安否を確認する。一見して明らかに大丈夫ではない傷を負っていた由音も、首を押さえながら立ち上がり、
「あー…うん、大総統にボコられたグリードの気持ちがわかるくらいには叩きのめされたけどまあ大丈夫だ」
「そうかい」
取り合わず適当に流して、だが再度由音へ顔を向けた守羽が逡巡してから口を開く。
「…悪いな、助かった。おかげでここまで来れた」
「おう!今日のもこれでチャラにしてくれよ!」
「わかった」
答えつつ、横目で静音の体を流し見る。
ざっと見た感じでは外傷はない。拉致されて縛られただけのようだ。
まあ、それ『だけ』でも彼にとっては許し難い行いではあったが。
「東雲、あの女はなんだ。人間か?」
「わかんね!人間っぽい動きじゃなかったけど」
「ふうん。…おい、お前は何者だ。人間じゃねえのか?」
冷徹な瞳で、守羽は女を見据える。
女は守羽の顔を見て青筋を浮かべて怒りを露わにした。
「ハッ、ようやく会えたな神門守羽。見りゃわかんだろーが人間だ。『シモン』っつってもてめーにゃわからねーか?カス野郎」
「ああ知らねえ、誰だテメエ。名前シモンとかどうでもいいが、人間なんだなお前」
心底興味が無さそうに、守羽は一歩前に出て拳を握る。
「どの道、人間でも人外でも関係ねえんだがな。何が目的でも構わないし、やることも一切変わらない」
その目に殺意すら乗せて、眼前のシモンと名乗る女を睨み上げる。
「テメエ俺の先輩に手出してただで済むと思うなよクソ女。ふざけやがって、ぶち殺す」
普段なら出ないであろう粗野で乱暴な言葉遣いで、守羽もまた怒りを露わにしてシモンに拳を向ける。
それを見て、シモンは煮え滾る怒りの感情を露出させたまま器用に笑みを作って見せた。
「はっはっ、…上等だ来いよ半端者。ずっとぶち殺してやりてーと思ってたのはむしろこっちの方なんだぜ?」
同じように短刀の切っ先を向けて、シモンも由音の時とは比べ物にならないほどの殺意を噴出させた。

       

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