Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

深夜の住宅地端の空き地。
振り返った先には女がいた。
肩に届くかどうかといった程度の長さで揃えられた髪の色は黄土色とでもいうべきなのか、若干茶色がかっていた。
丸っこい目がこちらを見据え、その口を開く。
「いい加減にして、夜刀(やち)」
その視線と声は、俺を越えて黒い外套の人外へ向けられていた。
「……黙ってろ紗薬(さや)。てめえの出て来る場面じゃねえ」
夜刀と呼ばれた人外は敵意を剥き出しにしたまま吐き捨てるようにそう返す。
「もういい、充分だよ。これ以上続けるなら、わたしはそっちの人間さんに付く」
「…チッ」
苛立ちを示すように舌打ちを一つして、外套に覆われた人外は両手を下げた。
「三十倍だ」
二体の人外に聞こえるように声を発して、俺は強く地面を踏み締める。ズンッと両足が地面に沈み、僅かに震える。
なんだか知らんが、
「仲間割れなら余所でやれ、続ける気が無いなら失せろ、まだ続ける気なら…いっぺんに来い、さっさと片付けて寝たいんだ」
勝手に襲ってきておいて、俺を間に挟んでわけのわからないことをぐちぐちと。いい加減イラついてきた。
はっきりしてほしい。殺してもいいのか、それとも無様に逃げてくれるのか。
「あ?」
俺の発言に夜刀という人外は再度構え直す。
「やめて夜刀。わたしがちゃんと話すから」
対面の女が咎めるように動きを止めさせ、黄土色の髪を持つ人外がこちらへ歩み寄ってくる。
「こんばんは、人間さん」
「近寄るな人外」
拒絶の言葉を受けて人外が足を止めると、俺と相手との距離は数メートル程度になっていた。
不味いな、少し近い。
攻撃を仕掛けられたらどうする。背後には外套の人外もいる。
状況は挟撃、非常に不味い。
全身に異能を巡らせ体勢を常に整えると、目の前の女は両手を上に挙げて首を微かに傾ける。柔らかく弧を描く唇の合間からは丸い犬歯が見えた。
「わたしに交戦の意思はありません。話を聞いてはもらえませんか?」
「残念ながら既に襲われ済みなんだがな、説得力の欠片もねえ」
皮肉たっぷりに返すと、背後の人外がまたも舌打ちする。文句あんのかよ。
紗薬というらしい人外の女が困ったように眉尻を下げる。
「えっと、それについてはわたしから謝罪します。すみませんでした。…どうしたら、話を聞いてもらえるでしょうか」
どうしたら、か。
人外の話なんて正直聞きたくもないんだが、ひとまずこの状況を脱する為には仕方ないか。
「後ろのアイツ、どうにかしろ。さっきから敵意が背中に痛い」
「夜刀、爪をしまって。力も解除しなさい!」
すぐさま女が外套へ向けて命令口調で声を張り上げると、それ以上の声量が背中越しで、
「うるっせえ!!大体オレは反対だっつってんだろ!なんだってこんなクソ人間の力なんぞ頼りにしなきゃならねえんだっ!」
なんなんだコイツら。
反対?頼り?
よくわからないが、嫌な予感がしてきた。
「転止(てんと)がどうなってもいいの?なんの為にここまで追ってきたと思ってるの?夜刀の自分勝手なワガママでどんどん状況が悪化していくんだよ!」
「………」
「…ね、お願いだから言うこと聞いて。夜刀」
女の説得に、夜刀という人外は返事の代わりとばかりに舌打ちして、外套の袖から伸びていた鉤爪を内側に引っ込めた。奇妙な風の動きも止み、敵意もどんどん収束していく。
「ふん」
それを確認して、俺は真横に跳んで距離を置く。正面前方両斜め方向に二体の人外を視認できる位置に来て、一息つく。
「これで、いいですか?」
「…俺に、なんの用だ」
律儀に話を聞いてやる必要もないが、二体を同時に相手するよりかは無難な流れに思えた。だからひとまず聞くだけ聞いてやる。
これまで闘って来た人外連中よりかはまともそうだしな、少なくとも女の方は。
「まず確認を。あなたは、かつてこの地に現れた強大な力を持つ鬼を単身退治した人間…で合ってますか」
「違う」
やっぱり俺のことをある程度知ってはいるようだ。が、少し話が盛られている。
「俺一人で倒したわけじゃない」
「それでも、あなたが鬼を倒す主軸となっていたのは確かなのですね?」
「だったらどうした」
俺以外にいなかったからそうしただけだ。そうじゃなければあんな化物、誰が率先して退治しに行こうなんて思うものか。
今思い出しても身が震える。あんな思いは二度としたくない。
「よかった」
ほっと表情を和らげる人外を前に、おそらく俺の顔は対照的に険しくなっていただろう。
「何がよかったんだ」
「力を貸してほしいんです」
「なんだと?」
そんな風に疑問符付きの言葉を発しておきながら、俺は胸の内でやはりそういう話かと思っていた。
さっきからの二体の会話を聞いていれば、そんな予想は嫌でも浮上してくる。
だが、人外が人間に助力を乞うとは。珍しいこともあるものだ。
「お前ら、何が目的だ」
しかし俺は基本的に人外を嫌厭している。連中は人を騙し、化かし、喰らう。俺が散々苦労してきたのもコイツら人外のせいだ。
力を貸す理由はもちろん無いが、それでも狙いは気になる。
もしロクでもないことだったら、この場で殺してしまった方がいいかもしれない。
俺の問いに、女は黄土色の髪の合間から俺を真っ直ぐ見据える。
これはただの俺の直感でしかないが。この人外の瞳に篭る感情に、悪意や害意といったものは感じられなかった。
人外のクセに。
人ならざる者の瞳が、とても真摯で真剣な、邪心のない純粋なものに、俺には見えた。
そして人外の女は目を逸らさず、はっきりとこう答えた。
「わたしたちは鎌鼬(かまいたち)の姉弟です。もう一人いる、わたしたちの兄、転止を助けたい。その為に力を貸してほしいんです」

       

表紙
Tweet

Neetsha