Neetel Inside ニートノベル
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「なあ神門、ちょっとだけ任せていいか?」
「あん?」
何かを見ていた東雲が、呟くようにそう囁いた。
「ほんのちょっとでいいからさ」
「俺一人でアイツを相手すればいいってことか?」
「そうそう」
何か意味があってのことなんだろうけど、俺にはそれがわからない。
だが、この場面で必要のないことをやろうとするほどの馬鹿じゃないことは俺も知ってる。ここは黙って従っておこう。
「わかった。どれくらいだ?」
「一分あれば充分だ。きっちり止めててくれりゃ三十秒程度で済むかも」
「ふうん」
たかが三十秒で何をするのやら。
ともかく受けたからにはその三十秒、命を賭して食い止める。
「…」
四十八倍強化の肉体をぎしりと軋ませて、俺は身を沈め飛び出す。同時に東雲も違う方向へとダッシュで駆けた。
「っ!?霊媒者てめー!」
憎き俺よりも、四門は東雲の方へと意識を向けた。止めようと開いた門に短刀を突き入れようとしたところを跳び掛かって阻止する。
「邪魔だクソ!」
「テメエの目的は俺じゃねえのかよ」
「チィッ!」
四門の身体能力はどういうわけか俺の“倍加”で強化した状態をも上回る。二刀を相手に単身で真正面から闘えば勝つ気がなくともジリジリと押されて負ける。
だが、三十秒程度であれば。
そう思っていたが、
「くう…っ、はあああ!」
強化させた五感で門を使い死角から迫る刃を避けつつ四門の斬撃や徒手を受ける。いくらか避けるが、それ以上に傷を受ける方が多い。
太腿を貫通した傷のせいで立ち位置や移動に遅れが出る。力が入らない。
それでも引き下がりはしない。
顔を狙い飛び出た刀身を避け、門から消える前に噛んで止める。次の斬撃は腕で受け止め短刀ごと手を掴んだ。
「犬かてめーはッ!」
歯で噛んだ短刀を手放し握り拳を俺の額に叩きつける。常人では出せない威力で頭が揺さぶられ血が流れる。
視界がぐらつくのも構わず、俺は短刀を噛んだまま殴りつけてきた拳を残った手で押さえ付ける。
「ッ…東雲ぇっ!」
「おうよサンキュー!」
心の中で秒数を数えて、頃合いで呼んだ俺の声に東雲が応える。と同時に、
バキャンッ
「……ッ!!」
何かが割れる音が耳に入る。それに反応した、四門の憎々しげな歯軋りの嫌な音も。
さらに明確な変化があった。
「…?」
弱い。
ついさっきまで強引な力押しで負けそうになっていた四門の力が、急激に落ちた。
手を押さえ付けたまま今度は俺が力押しで四門を跳ね飛ばす。
(なんだ…何が起きた?)
よくわからないまま割れた音のした方を見れば、東雲が蹴り壊したらしき何かが倉庫の壁際に散らばっていた。
茶色の陶器、その破片。一緒に散乱しているのは土と…あれは植物だろうか。
バラバラに砕け散っていても、原型はわかった。
植木鉢だ。土が盛られ、よく育った植物が植えられた植木鉢。
どうやらさっきの音は東雲が植木鉢を蹴っ飛ばして割ったものらしい。
「もいっこ!」
言って、東雲はさらに走って向こう側の壁際に置かれていた物も蹴り飛ばした。
今度はバケツ。学校の掃除用具などでもよく見かける一般的な青いバケツだった。
中に並々と満たされていた水が、蹴りで割れたバケツから飛び散って倉庫の地面に濃い滲みを作る。
植物を植えた植木鉢と、水で満たされたバケツ。
意味も意図もわからないで置かれていたその二つを破壊した時、四門の弱体化が明らかなものとなった。
バケツを壊した勢いそのままで四門に突っ込んだ東雲の一撃が、両手で防いだ四門の体を軽々と殴り飛ばして倉庫の壁に叩きつけた。
「ごはっ!」
背中を打ち据えて前のめりに倒れた四門の右腕はおかしな方向に曲がっていた。
これまで“憑依”で強化されていた東雲の手足を容易く斬り裂くほどの勢いと腕力を秘めていたその細腕が。俺がどれだけ“倍加”で強化した拳打でも痣すらできなかったその腕が。
あっさりと、今の一撃で折れてしまっていた。
「お……おお?」
俺はもちろん、殴りつけた東雲自身も四門の様子に戸惑っていた。拳を振り抜いた格好のまま目を白黒させている。
「おい東雲、お前何したんだ?」
「いや…なんかあの女と同じ気配がするのを壁際んとこに見つけたから、それ壊したらちょっとは有利になるかなーと思ったんだけどさ…」
同じ気配。
“憑依”状態の東雲は身体能力のみならず五感に至るまで人外の性質を宿す。俺には感じ取れない異能の気配などを、東雲は五つの感覚器官全てで捉えることができる。
あの植木鉢とバケツからも、四門が放っているものと同じ気配が発せられていたということか。なら、やはりただ置かれていただけの物ではなかったのだろう。
四門の弱体化……いや、おそらくは四門を強化させていた何か。それがその二つだったのだ。
どういう理屈でどういう力を使っていたのかは皆目見当もつかないが。
兎にも角にも、四門の人間離れした身体能力は低下、あるいは無力化したと見ていいか。
叩くなら今だ。
「東雲、やるぞ!」
骨を殴り折ってしまったことに僅かな罪悪感を覚えたのか微妙な表情をしていた東雲に喝を入れ、俺は右腕を押さえたままふらりと立ち上がった四門を叩きのめす為の拳を放つ。
「………のんな」
顔を俯けた四門の口が動いて何事かを言った瞬間に、一瞬で消えた四門の体があった場所に俺の拳が大きな空振りを通過させる。
「あ…?」
「調子に、乗んなって」
すぐ耳元から聞こえた声に振り向くより早く右腕を取られ、そのまま後ろ側に捻じ曲げられて四門の肩を支点に俺の体が宙に浮き上がる。
逆一本背負い。
危うく顔面から地面に叩きつけられそうになったところを、取られたのと逆の腕を顔を地面の間に差し挟むことで回避する。
「く、このっ!」
足を真横に薙いで足払いを掛けるが、その時にはもう四門は離れた位置にいた。
速いどころの話じゃない。見えない。
瞬間移動…?
「東雲、見えたか今の!?」
「見えねえよ!なんだあの女風紀委員ジャッジメントか!?」
少し離れた位置で今の光景を見ていた東雲でもわからなかったとなると、やはりただ単に高速で移動したというわけではない。
四門の強化は植木鉢とバケツの破壊で消えたんじゃないのか。
「そか…悪霊の力でアレの気配を見抜かれるのは想定外だったなー…。いや、そこまで“憑依”をものにしてやがるとは、ますますもって気に入らねえな、霊媒者」
折れた腕を支えながら、四門は妙に落ち着いた様子で数歩下がる。
相手は手負い。逃げる気か。
「逃がすかよ…!」
「そりゃー、こっちのセリフだカス野郎…!」
怨嗟の篭った語調で吐き捨てると、四門の背後の空間がいきなり歪んで開いた。
(門…!!)
ただ先程までの短刀を用いた門とは段違いに大きい。四門の体が丸ごと門の中に落ち、閉じていく門と共に姿が消えていく。
さっきの瞬間移動じみたものの正体はこれか。
殴るのも蹴るのも間に合わない。
閉じていく門の中で、四門の憎悪に満ちた瞳と目が合う。
「逃がさねえ、絶対に逃がさねー…。絶対に殺してやるからな、クソカスの半端野郎…!」
「逃げながら好き勝手吠えてんじゃねえよこの野郎が!」
当たらないとわかっていても、この拳は振らずにはいられなかった。
案の定、掠りもせずに俺の拳は空を切る。
「ちっ!」
「なんでもありか、あの女」
感心した風に一人で頷きながら、東雲が俺の隣で消えた門のあった空間を見つめる。
「なんなんだよアイツは、わけわかんねえことばっかり一方的に言ってきやがって」
結局、最初から最後まであの四門という女のことはわからず終いだ。目的は俺の殺害だとして、その理由すら判明していない。恐ろしく俺を憎んでいるようではあるが…。
「ほんとにな!ぜんぜんわかんなかったぜ。まいいや。神門、静音センパイんとこ戻ろうぜ。ずっと一人にしてんだろ?」
自分だって何度も殺されかけた相手のくせにまるで気にしていないように笑って東雲は俺の背中をバンバンと叩く。相変わらず息が詰まるほど強く叩いてきて腹が立つ。
腹が立つが、今回は東雲に助けられた部分が大きい。だから何も言わずただ頷く。
「そうだな。早く戻ろう」
ただでさえここは普段から人気が皆無な場所だ。一時でも長くいたいとは思わない。
静音さんだって一人きりで残されては心細かろう。仕方なかったとはいえ申し訳ないことをした。早く合流して街に戻らねば。
朝も同じように静音さんを一人にした結果として今回の一件に巻き込んでしまった。そのこともあって、俺は何かに背中を押されるようにして静音さんを置いてきた倉庫へと急ぎ足で向かった。



四門が逃げ、守羽と由音が静音のもとへ向かった、その数分前のこと。
「……」
守羽に言われるがまま隠れ潜んで待機していた小さな倉庫の入り口に男が立っていた。
両手をポケットに突っ込んだまま、男は火のついていない煙草を咥えて静音を見ている。
「…あなた、は…」
咄嗟に何者かを探る為に放った言葉だが、静音は半分ほど諦めていた。律儀に答えるわけがないし、何者かはともかくこの男がいきなり現れた無関係者であるわけがないと理解していたから。
だからこそ、静音は身構える。
ほぼ確信だ。
この男は、自分を拉致拘束したあの女の仲間。
「……ああ。ひなた」
煙草を咥えたまま、男は独り言のようにぽつりと言葉を漏らす。
「…?」
「『ヒナタ』と名乗れば、『神門』の関係者らしき君は何か反応を示すのか?」

       

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