Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

「ヒナタ…!?」
静音さんから俺達が不在の間に起きた出来事を聞き、さらに聞き覚えのあるその名前に軽い衝撃を受けた。
場所は倉庫街から移動し、街中のデパート屋上。平日だからか人は少なく、屋上に至っては俺達以外には誰もいなかった。
「うん。…知っているの?」
「名前くらいなら…ですけど」
落下防止の鉄柵に寄り掛かり、俺は静音さんの前に現れたヒナタという名の人物について考える。
そいつが誰かは知らないし、どんな奴かもまったくわからない。静音さんに手出ししなかっただけ、あの四門とかいう女よりかはマトモなようだけど。
しかし、俺の知る限りの『ヒナタ』という名にはあまり良い印象がない。
かつて人面犬であるカナが二度に渡って命を狙われた相手。人外を人間にとっての害悪とし、問答無用で殺しに掛かった人間。
そして。
あの時には取り合おうともしなかった、カナの言葉が脳裏に蘇る。

『君に似た性質の人間を私は知っていてね。ヒナタ、ツクモ、シモン…他にもいたかな。もっとも、君はそれらともまた違った匂いがするが』

(似た性質…俺が?それらとも違う匂い…?)
カナは異能や人外の気配を特別な嗅覚における匂いでそれぞれ判別できる力を持っていた。そのカナをもって、俺という存在はヤツらと似た性質でありながら、また違う性質であると言う。
どういうことだ?
カナは『ヒナタ』を退魔の家系を指す名だと予想していた。現にカナはそのヒナタとの交戦によって人外としての能力を半分ほど削ぎ落とされたと言っていた。それも普通の人間が使えるようなものではない、不可思議な術によってだと。
退魔のヒナタ。
四門も、おかしな力を使っていた。門を開けて空間を越える妙な力。本人曰くあれは、異能などという薄っぺらいものなどではないらしい。ヤツの言う『薄っぺらい』ってのがどういう意味なのかはわからないが。
ともかく、そのヒナタは四門を連れて帰る為に現れた。そして負傷した四門と共にその場を去った。
これは事実だ。
ヒナタは四門と行動を共にする間柄。となれば仲間である可能性が高い。つるんでいるなら、その目的も重なるものかもしれない。
狙いは俺。
次に来る時は二人掛かりかもしれない。
もしそうなった時、俺は一人で返り討ちにできるだろうか?
…………いや、無理だ。
俺の“倍加”は肉体の強度を鑑みて五十倍が限界。だがあの四門は俺の五十倍を容易く超えた身体能力を発揮していた。たとえそれが奇妙な術か細工によるものだったとしても、先に仕掛けられてしまえば勝ち目は限りなく薄くなる。
たった一人でも相手するのがきつい相手と、同格と思われる者がもう一人。
勝ちの目は完全に潰えたと見ていいだろう。
どうする、このままここでただ過ごしていたら、傷を癒した四門はまた必ず襲ってくる。今回の一件で、ヤツが俺を誘い出すのに手段を選ばない外道だということがよくわかった。
今回はたまたま運よく静音さんは無事だった。俺も死ななかった。
だが次はない。もうこんなギリギリの瀬戸際でかろうじて勝利を手に出来る状況などやっては来ない。
次は静音さんは殺されるかもしれない。あの東雲由音だって不死身ではない。今回は色々あって巻き込んでしまったが、あいつだって本来は人外騒ぎに関わることのない、異能を持つだけのただの一般学生だ。そうあってほしいと願って、俺は構い続けてくる東雲から距離を置き続けてきたのだから。
次。
次があるとして…いやあることを見越した上でも。
次こそは誰も巻き込まない、誰の手も借りない。
俺一人の為に誰かの命が危ぶまれることがあってはならない。そんなのは絶対に嫌だ。
強くならねばならない。
どうにかして、どうやってでも。今よりずっと強くならなければ、次に待つのは俺の死のみだ。
それに、静音さんや東雲に限った話ではない。俺の両親だって次は狙われるかもしれないのだ。
もう、ここにいるだけで俺を中心に危険は広がっていく。
…いっそ、俺一人がこの街から離れた方がーーー、
「駄目だよ」
「え…?」
ぼんやりと考えていた俺の手を、静音さんが強く握っていた。まるで、風船が空に飛んでいかないようにしっかりと握る子供のような必死さを見せる表情で。
「…君は、そうやって…すぐ一人で考え込むから」
「静音さん」
きゅっと両手で俺の片手を握る静音さんが、顔を上げて俺の眼を見上げる。
「頼るのは悪いことじゃないよ、君はもっと誰かに頼らないと駄目。…私じゃ、頼りにならないかもしれないけど、でも」
僅かに震えが伝わる両手の温もりを感じながら、俺は静音さんの瞳から目を逸らせなかった。あまりにも真摯な瞳だったから。
「でも、私は君の力になりたい。どんなことがあったって、君の傍にいたい。傷ついたって、巻き込まれたって、私は君と一緒にいたいの」
屋上の風に、長い黒髪がなびく。
あれだけ怖い目に遭ったというのに。下手をすれば一生トラウマが残るような酷いことをされていたかもしれないのに。
それでも彼女は、揺らがない瞳で確固たる意志を口にする。
「私も強くなる。君には遠く及ばなくても、せめて君が安心して愚痴や弱みを溢せる相手になれるくらいには、強くなりたい。そう決めたの」
決心を固めた静音さんが、俺を真っ直ぐ見つめてそう意思表明をした。
「…静音、さん。俺は…」
「だからお願い、これからも一緒にいてね。私、頑張るから」
俺の言葉を遮って、静音さんは離した両手を胸の前でぐっと力強く握った。その挙動に、俺はこんな話をしてる最中にも関わらず可愛いと思ってしまっていた。
気付けば強張っていた体から力が抜けていることに気付く。
だからこの人には頭が上がらないんだ。いつも。
そういう発言で、そういう行動で。敏い静音さんは俺の心を見透かしたかのように俺を安心させる言葉を紡いでくれる。
だからこの人は守りたい。何があっても。
他ならぬ俺の手で。
だからこそ、尚のこと思う。
この手で何からも守れるよう、強くならねばならないと。

       

表紙
Tweet

Neetsha