Neetel Inside ニートノベル
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「四門、怪我の具合はどうだ」
「あぁ?…問題ねーよ、あとで治せる」
交戦後に撤退した二人の男女が、日の落ちた道路を歩いてる。人気を避けて細い路地裏を進んでいるせいか、ここまで誰ともすれ違うこともなかった。
折れた腕を押さえて、栗色の髪を三つ編みに束ねた女、四門が舌打ちする。
「傷を治したら、すぐさま殺しに行く。やっぱアイツ生かしておけねーわ」
「駄目だと言っただろ。しばらくはおとなしくしていろ」
薄闇に溶け込みそうな漆黒のスーツを着た男が、四門を諌める。
「てめーにゃ関係ねーもんなぁ。こっちは何度嬲り殺したって気が済まねーくらいだってのに」
ぼやく四門は、隣の男を見もせずに吐き捨てる。
「…四門、お前の気持ちはわかる。自らの家が成す存在価値を奪われたお前の言い分もよくわかっているつもりだ。だがな、」
言い掛けて、男は進めていた両足を止める。同時に、四門もその様子と異変を感じ取り足を止めて正面を見た。

「嬲り殺しは困るなあ。手を出さないでくれ、と言っても君には無理な話か」

「て、めぇ……!!」
「……」
薄暗い道の向こう側から、コツンと甲高く足音を響かせて一つの人影が立つ。
それが誰かは、二人にはすぐわかった。
だからこそ、四門は即座に無事な方の左手で短刀を引き抜き、門を通じて刀身をその相手の心臓へと跳ばす
パキンッ、と軽い音がして、四門の頬に切り傷が生まれる。
「ッ…!」
「やめておきなよ、そんな状態で勝てるわけがない」
迫る短刀を素手で折り、刀身を投げ返して四門の頬に掠らせた相手が当たり前のように言った。
「みかど、みか、ど……………………神門ォぉおおお!!!」
「四門」
折れた短刀を捨て、もう一本の短刀を抜こうとした手を男が止める。
「んだよッ離せクソがぁ!!」
「殺されるぞ。目的を達したいなら感情任せに動くのはやめろ」
「…相変わらずの冷静沈着っぷりだな、『陽向ひなた』」
苦笑混じりの声音で、向こう側の男が旧友を前にしてその姿を晒す。
「お互い様だ、神門。それと、俺とお前の仲だ。そんな他人行儀な呼び方はやめろよ、あきら
「そうか…そうだね。うん、久しぶり、日昏ひぐれ
薄暗い中で、神門旭は裏表のない純粋な笑みを向ける。ただしそれは、少し悲しげな色も見え隠れしていたが。
対する陽向日昏は、四門の腕を押さえたまま会話を続ける。
「何故ここに、俺達の前に現れた。そうまでして殺し合いがしたかったのか。いやまさかな、お前に限ってそれはない」
「さすが、よくわかってらっしゃる」
軽く笑って、旭は殺意の瞳で睨み続ける四門を一瞥して、
「僕だって出張りたくはなかった。でも仕方ない。君達は…君は僕の息子に手を出した」
「ハッ、クソ雑魚の神門守羽か。んだ、最近のモンスターペアレントってのは、ここまで悪質になったってのか?おっかねーご時世だなオイ」
「これ以上、僕の息子に手を出すな」
柔らかな表情で、恐ろしいほど冷たい声を出した旭が二人を視界に入れる。
「そもそも四門、君の狙いは守羽ではなく僕の方だったはずだ。君の恨みは僕に向くべきだ。なのに何故だ」
「そこまでわかってて、まだわかんねーわけねーだろ」
「なるほど、ならやはり僕を苦しめて最後に殺す為か」
「ほら、よぉっくわかってんじゃねーかよ。そーいうこった」
「なら」
ざわりと旭の雰囲気が変わる。それは羊が虎になるような、急激な敵意の増大。
思わず四門も身構える。
「順番は変わるがしゃーねー。先にてめーの死体を作って神門守羽を苦しめてやるとすっか」
「『四門』の力を最大限使ったところで、片腕の君では何もできない」
「その通りだ、だからここで騒ぐのはよせ」
二人の会話に割り込んで、陽向が掴んでる四門の腕を持ち上げる。
「いって…離せっつってんだろが!」
「俺はやめろと言っているんだ。勝ち目の無い戦いを挑むな。旭、お前もだ」
「…」
「本当にやるのなら、俺も四門に加勢する。万全の『陽向』と手負いの『四門』、それを同時に相手して不完全な『神門』はどこまでやれる?」
やる気満々の四門は置いておいて、神門と陽向が正面から見つめ合う。
やがて根負けしたかのように、神門が両手を上げた。
「…わかった、見逃す。次はない」
「ああ、次があるなら自己責任でやらせるさ。退くぞ四門、手間を掛けさせるな」
「陽向、てめー…」
「お前の命はここで無意味に散らせる程度のものか?考えるまでもないと思うがな」
「てめーもやっぱり、いけ好かねーわ」
憎々しく呟き、四門は等身大の門を広げてその中に姿を消した。開いた空間は一瞬で閉じ、あとには二人の男だけが残された。
「これは借りと受け取っておく、助かったぞ神門」
実際、自分と四門の二人掛かりだったとしても、おそらく神門を完全に打ち倒すにはまだ足りない。神門旭を殺すことはできても、間違いなく四門は死ぬし自分も深手は避けられない。
そんな状況でも見逃してくれるのは、旧友の情けだということだろう。
「ならその借りは今ここで僕の質問に答えることで返してくれ」
「なんだ」
「四門の名はなんという?」
まるでこの場において関係のないことのように思える質問に、陽向は目を細めて答える。
操謳みさおだ」
その名を聞いて、神門旭は呆れたように大きな溜息を吐いた。
「…相変わらず、一族は子にろくな名を与えないな。『四門』としての能力を十全に発揮できるようにとしか考えていない」
「姓名そのものに力を宿す家系の出は皆そんなものだ。俺もお前もな」
消えた四門の気配を遠くに感じながら、神門は否定も肯定もできないと言わんばかりにゆるやかに顔を左右に振るった。
「察するに、『四の門を操り、四の方位を謳う者』ってところか。おかげで方角を基盤に置いた属性の抽出まで可能としている」
「本人曰く、歴代四門家当主を凌駕すると豪語するほどだからな」
まるで道端であった友人同士が他愛のない話をするように、敵同士であるはずの二人は話す。
「陽向家の方はどうなってる?」
「ほぼ壊滅状態だ、お前のせいでな」
「やったのは日和ひよりだろう」
「事の発端はお前だ」
旭は肩を竦め、
「いいんだよ、あんな家滅んで当然だった」
「そのツケが今回ってきたんだ。お前と、その息子にな」
「それでも僕は…後悔はしていない」
「そうか」
ダークスーツを身に纏う陽向は、話は終わりだと言外に示して歩き始める。
対面に立つ神門へ視線を合わせたまま歩きつつ、ついでのように喋る。
「それでも俺はお前を許さない。滅ぼされた陽向の生き残りとして、お前は俺がこの手で殺す。お前の身内も含めてな」
「首を洗って待っているよ」
互いに何も手出ししないまますれ違い、数歩歩いたところでぴたっと立ち止まった陽向が、
「最後に忠告を。子供が大事ならまだ気は張っておけ」
「…なにを言ってる」
「俺達は動いた。なら神門守羽のもう片方の性質が連中を呼び寄せてもおかしくはない。四門は既に確認していたようだ」
「……そうか……」
いつか起こるとわかっていたことがついに起きてしまった。そんな辛く苦しそうな表情で、一言返した神門旭は前に右足を踏み出した。
背中を向け合う二人が、その姿を夜の闇へと溶け込ませて消える。

       

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