Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第二十四話 悩める者らが過ごす休日(前編)

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「……」
「……」
初夏からジリジリと強さを増してきた陽光を一身に受けて、二人の少年が睨み合う。
互いに間合いを計り、意識の隙を突こうとする。
「「…ッ」」
やがて、一人の少年が走り出した。
その常人ならざる速度で迫る相手を前に、もう一人の少年も動じることなく迎撃の構えを取る。
まずは十五倍。
そう念じて跳び出した少年は右の正拳を突き出す。
右拳は手刀によってあっさりと弾かれ、さらにお返しとばかりに硬く握られた拳が振るわれる。
二十倍。
念じ、顔面へ狙いを定められたパンチを避ける。
徐々に引き上げ、二十五倍。
跳び上がり、相手の頭上から上下逆さまになった体勢から蹴りを放つ。
片手で受け止めた相手は、少年の足首を掴み軽々と放り投げる。
落下防止のフェンスに叩きつけられた少年はそのまま軋んだフェンスの反動ごと蹴って跳び、低姿勢から相手の真横へ滑り込む。
三十、三十五倍。
肋骨ごと粉砕するつもりで唸る豪腕を突き入れる。
ゴシャァッ!!と音を立てて相手の脇腹が陥没する。
目論み通り、骨を砕き内臓まで衝撃が伝わった感覚。
倒した、とは思わない。
現に、口の端から血を垂らす相手は余裕の笑みすら湛えている。
同時に、相手の両眼が何か昏い色に満たされていくのを確認する。
深度上昇による浸食の変化。
咄嗟に引き上げた四十倍で、かろうじて脚撃の直撃は免れる。が、掠っただけでも少年の身は錐揉みしながら吹き飛んだ。
これ以上の引き上げは不味い。そう思いつつも、少年は能力をさらに展開する。
四十二…四十四、四十六…倍。
既に力が安定したらしい相手の両眼にも、昏い色は消えていた。
今度は互いが同時に跳び出した。



「…駄目だな。全然、駄目だ」
ぶん殴られた頬をさすりながら、俺は呟く。
「そっか?結構よかったと思うけどな!」
フェンスに寄り掛かって吐血の跡を拭う同級生、東雲由音が制服の胸元を開けて風を送りながら俺の呟きに答える。
俺はそれに首を振りながら、
「いいわけあるか。お前、さっきので大体何割だ?」
「え?うーん……」
顎に手をやって少し考える素振りを見せた由音が、ぱっと顔を上げて、
「三割だな!」
快活に答えたその言葉に、俺は軽く項垂れた。
今日という日は土曜、そして場所は我らが通う学校の屋上。
休日なのになんで学校にいるのかといえば、ここが最適だったからだ。
何が最適かっていうと、
「俺が“倍加”で四十倍も出してるってのに、お前の“憑依”三割程度にも及ばないってんじゃやっぱり駄目だろ。話にならねえ」
由音の力は定期的に調整しないと安定に欠けるものだ。故に、俺はこうして週に一回くらいは由音と組手を行っている。
さらに、今回は由音にもそれなりにやる気を出してやってもらった。その結果がこれだ。
「つってもな、オレだって“憑依”は自由に使えるわけじゃねえんだぞ?“再生”とうまいことバランスを保てないとすぐ暴れんだからよ!」
そう。由音の力は俺のそれを遥かに凌駕する代物だが、使用にはそれなりのリスクも伴う。だから由音は滅多に本気を出さない。いや、出せない。
いつもであれば由音の調整に俺が付き合う形で組手を行うのだが、今回に限ってはそれが逆転している。
俺の力がどの程度通じるのか、それを知る意味でも由音はいい相手だと言える。どれだけ致命的な一撃が入ってもまず死ぬことはないんだからな。
そして、やってみて改めてわかったことがある。
「…それにしたって、駄目だ。俺は弱すぎる」
俺の“倍加”はそこそこの人外を相手にしても闘える能力だと自負していた。これまでだってこの力一つでどうにかしてこれたんだから、それは自惚れではないと信じたい。
だが、所詮は『そこそこ』だ。それ以上の相手には手も足も出ない。
あの四門とかいう女や、口裂け女のように圧倒的な力を持っている相手には、勝てない。
「…ふう。暑いし、帰るか。由音、お前はどうだ。まだ調整は必要か?」
「いや!もう大丈夫だ、サンキュー守羽!」
「そうか。じゃ、行こうぜ」
背を向けて屋上の階段へ足を向けながらも、どうにかしないといけないな、と切実に思う。
できれば漫画やアニメに出て来る主人公のように、劇的なパワーアップを。
そうでなければ、怒りで金髪になるような覚醒を。
穏やかな心は持ってるから出来そうな気はするんだけどなあ……。



「…うーん」
頭をがりがりと掻きながら遠ざかる友人の背中を歩いて追いながら、由音は守羽に聞こえないほどの小さな声で、
「本気になりゃ、オレより強いのはお前の方なのになあ…。使わねえのかな、あの火とか水とか出すヘンテコな力は…?」
心底不思議そうに呟いた。

       

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