Neetel Inside ニートノベル
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由音が異形の人型を二体倒したところで、最後の一体は逃げ出してしまった。燃えた体で壁をよじ登り、屋上伝いにどこかへ行ってしまったのだ。

『あ、オイ待て!…逃げやがった……なんなんだよ』
『ギィ……』
『ん?まだいたのかお前。ってか結局なんだったんだよ今の!あとお前なに?』
『ギ、オマエ……オニゴロシ?』
『鬼殺し?いやオレ日本酒じゃないけど』
『オニゴロシ、チガウ?』
『まあ、日本酒は嫌いじゃないけどな!!』
『オデ、オニゴロシ、サガシテ、タ』
『お前そんな見た目で酒飲むの?すげえな!酒屋行って買ってくるか?あダメだオレ未成年だから堂々と酒買えねえわ!わりい!』

その直後に交わした、小さな人外との会話がこれである。“憑依”による人外の聴力を持たない井草千香にとってはおかしな鳴き声に反応する由音という認識でしかなかったが、一応会話らしき会話は成立していた。
内容自体はまるで噛み合っていなかったが。
「てか、お前なんでアレに絡まれてたんだ?知り合い?」
あの三体の人外は、どうも初めにこの小さな人外を標的に定めていたように見えた。逃げていたのは由音からではなく、おそらくあの三体からだ。
「チガウ、シラナイ」
千香を撒いたまま再び適当な路地裏に身を滑り込ませた由音が、手近にあったゴミバケツの上に人外を置いて話すと、黒いとんがり帽子の人外はぶんぶんと首を左右に振るって否定した。
「アレ、オニ。ダカラ、オニゴロシ、タスケテモラウ、オモッタ」
「はあ、あれ鬼なのか!?ぜんぜんイメージと違うんだけど!」
由音の頭の中には屈強な体格に恐ろしい形相、ついでに虎柄の布を巻いて鉄の棍棒を持っている姿が一番鬼というイメージなのだが、さっき戦ったあの三体はどれも鬼らしき特徴を何も持ってはいなかった。
「んで、鬼に狙われたお前はなんなの?お前も鬼?」
「チガウ、オデ、ピクシー」
「ぴくしー?」
またしても由音の頭の中では『ゆびをふる』とかを技で使いそうなピンク色のシルエットが思い浮かんだが、おそらく違うのだろうと脳内の想像を掻き消す。
「ピクシー、チカラ、ヨワイ。ダカラ、オニ、ピクシークウツモリデ、ネラッタ」
「あー、そういうやつか……食われなくてよかったな!」
由音の言葉にこくんと頷いたピクシーは、被っているとんがり帽子の位置を直しながら、
「ニンゲン、タスカッタ。デモ、オマエ、オニゴロシチガウ?」
「うーん?その『鬼殺し』ってのが誰のことかわかんねんだけど、とりあえずオレじゃねえぞ!」
この辺りでようやく『鬼殺し』が日本酒のことではなく誰か人間の呼び名であることを理解した由音だが、結局知らないことに変わりはない。
鬼を撃退してもらう為に探していたピクシーにとっても、その役を由音が代行したことでもう『鬼殺し』を探す必要はなくなっていた。
用件の無くなったピクシーは、バケツの蓋からぴょんと地面へ跳び下りる。
「もう行くのか?ピクシー」
「ソウダ。ココ、マダ、キケン。オニ、マタ、ココクル」
「また来んのかよ!なんでだ?」
「オニ、ナニカ、サガス、シテル」
“憑依”の状態を維持したまま、由音はピクシーの言葉に耳を傾ける。
「オデ、ココイタノ、タマタマ。デモ、ジャマ、ダッタ。ダカラ、クワレソウ、ナッタ」
鬼は何かを探している。そして、たまたまこの街を徘徊していたピクシーがその邪魔だったからついでに食ってやろうと狙っていた。
それをどうにかしてほしくて、ピクシーはこの街にいる『鬼殺し』を頼ろうとした。
そこまで考えて、由音はふとした疑問をピクシーにぶつける。
「なんでそれで守羽を見てたんだ?」
昨日からずっと様子を見ていたのは知っている。敵意が無かったのは頼ろうとしていたからだと思えば納得も出来る。
だが何故ピクシーは守羽が『鬼殺し』だと考えたのだろうか。
「アイツ、イチバン、オニゴロシ、ミタイダッタ、カラ」
「どゆこと?」
「オニゴロシ、ツヨイチカラ、アル。アイツ、ヨクワカラナイ、ケド、スゴクツヨイ、チカラアル。ダカラ」
「なるほど!」
確かに守羽はとても強い。本気になれば自分なんて相手にならないくらいの強さを秘めていることを由音は知っている。『鬼殺し』は強い。それを知った上で一番強い力を持つ者が『鬼殺し』であると判断するのは至極当然のことだ。
少なくとも由音は短絡的にそう考えた。
「でも『鬼殺ししゅう』が出るまでもなかったな!オレでも勝てたぜ!弱いな鬼!」
「オマエ、バカ」
「なんだとぉ!」
いきなり小さな人外から馬鹿と言われ、ご機嫌になっていた由音が仏頂面になって顔を突き出す。
「アレ、ガキ。オニノナカ、イチバン、ヨワイヤツ。オニ、ホンモノ、モットズット、ツヨイ」
「なんだ、あれザコキャラだったのか…」
呟いてみて、確かにあれが本当に鬼の強さだったらあまりにも期待外れだなとも思った。
絵本や昔話でも、基本的に鬼というものはとても強いものなのだから。
(鬼はなんかを探してる…あの三体をとっちめただけじゃ終わらないってわけか。どうしよ、守羽に報告しといた方がいいかな)
思ったよりこの件は長引きそうだ。そう感じた由音はこの一件をどう扱ったものかと考える。個人で勝手に引っ張りまくった挙句に事態がこじれて守羽にその皺寄せが来てしまうことはなるべく避けたい。その為には事前に伝えておいた方が無難か。
「…オデ、モウ、イク」
ボロい布きれの衣服を纏ったピクシーは、考え込み始めた由音を一瞥して歩き出した。
「ん、おう!気を付けてなー!」
「オマエ、モナ」
最後に頭を少し下げて、ピクシーは去って行った。
(…さてさて、オレはどうすっかなー)
今後の方針を固める為に、由音はこのあともうしばらく思い悩んで時間を過ごした。

       

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