Neetel Inside ニートノベル
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「いやー、面白かったですね。静音さん」
「うん」
映画館から出ながら、俺は静音さんと共に映画の内容について話していた。
今までずっと暗い劇場の中にいたせいか、外に出た時の強い陽光に思わず片目を閉じてしまう。
「途中どうなるかと思いましたけど、まさかああいう終わり方とは。まあでもハッピーエンドでよかったです」
「そうだね。結ばれて、よかった」
事前情報が何もないまま見た映画だったが、バッドエンドにはならずに済んだので個人的にはとても良い作品だったと思う。
外に出て、しばらく歩道を歩きながら映画の話を続ける。
その道中で、ふと通り過ぎた店先に立て掛けてあった時計の時刻が目に入り思い出す。
「もう昼か…」
時間は十二時を少し回った頃。どうりで少し腹が空くと思った。
「この辺りでどっか探して、昼食にしましょうか」
せっかくの機会だ。俺も勇気を出して静音さんを昼食に誘う。もしかしたら映画見てそのまま帰るつもりだったのかもしれないが、俺としてはもう少しこのまま一緒にいたい気持ちが強い。
「あ、……うん。一緒に。うん、行こう。連れて行って」
一瞬だけ真顔になった静音さんが、俺の言葉に数度頷いてから微笑む。
俺は心の中でガッツポーズをとり、この付近でどこか美味しい店がなかったかと全力で記憶を手繰る。
その時、俺の右手が不意に熱を持った。この暑い夏の陽光に当てられた不快なものではなく、安心感のある温もり。それはまるで人肌のような…。
「って、え…」
「…っ」
きゅっと握られる感覚ではっとして振り返ると、俺の右手は静音さんの両手に包まれていた。当の本人である静音さんは躊躇いがちに顔を伏せていたが、俺の右手は離す気配を見せない。
「し、静音さん…?」
「あの、て…手を。えっと、駄目…かな?」
静音さんにしてはあまり要領を得ない口調だったが、この状況で静音さんの言いたいことくらいは俺にだって汲める。
あまりにも信じ難いことだし、もし間違っていたら大恥ものだが。
それでも、俺自身が望んでいたことでもあるから。だから間違っていたってきっと俺は実行していたと、思う。
そして、俺の取った行動はどうやら間違ってはいなかったらしい。
「…はい」
ゆっくりと右手を開いて、静音さんの左手を掴む。加減がわからないから、極力控えめに。掴むというより、触れるように。
それを見て、静音さんが少しだけ嬉しそうにして左手の五指を俺の右手に絡めて柔らかく握った。
「っ…」
「……」
どちらからともなく、気恥ずかし気に笑って再び歩き出す。

『っしゃぁ!!』

「「っ!?」」
一歩目を踏み出した直後に街のどこかから聞こえた、そんな大声に俺と静音さんが同時に肩で跳ね上げて驚く。
「なんだ今の…」
呟きつつ、やたら俺の知ってる友人ばかの声によく似てるなと考える。
まあこんなところにあいつがいるわけないし、おそらく気のせいなんだろう。休日でテンションがハイになってるどこぞの馬鹿がはしゃいでいるだけだ、きっと。
なんとなくついさっき見たばかりの映画のような空気だったのが一瞬でいつものそれに戻ってしまったが、俺にとってはこっちの方が気持ち的にも楽かもしれない。静音さんにとってはどうかわからないが…。
「…行きましょうか、静音さん」
「うん。行こう、守羽」
空気は戻っても繋いで手は離さないまま、俺は静音さんの手を引いて昼食の店を探し始めた。



(…思わず叫んじまったぜ…バレてねえかな?)
ピクシーと別れたあとにこっそりと二人の様子を遠目に見ていた由音が、手を繋いだ瞬間に思わず全力のガッツポーズと共に声を張り上げてしまったのを慌てて両手で口を押えて人混みの中に紛れながら心中でそう呟いた。
(二人を覗いてたなんてバレたら守羽に殺されるからな……ここはとりあえず帰るか!今の守羽に鬼の話なんてできねえし)
いくら由音とて、二人の恋路に割り込んで明らかな厄介事の話をしに行くほど空気が読めていない行動は取らない。
由音がここにいる意味はこれ以上ない。あとは想い人同士、楽しい休日を過ごせばいい。邪魔者はさっさと退散するに限る。
あとは、
(副会長に見つからないようにステルスしながら帰ろ…)
今の絶叫を聞いてまたしても井草千香が周囲に注意を払いながら捜索を開始しているのが視界の端に映り、慌ててこそこそと人混みに紛れ直す由音が無事に自宅まで帰還できたのはそれから三時間後のことだった。
生徒会副会長の索敵能力は半端じゃなかった。



由音が仕留め損なった燃える人型の化物はとある山へと向かった。
自らを使役する主人のもとへ、情報を届ける為に。
『鬼殺し』と、それにまつわる情報を伝える為に。

馬頭めず、馬頭!どこへ行った!?」
「はいよ牛頭ごず、血相変えてどうした?」
「戻った餓鬼がきから情報が入った。他の餓鬼はられた。茨木いばらき様が倒された地域とほぼ同じ場所だ。見つけたぞ、ヤツだ」
「そりゃあ、いい。……頭領に報告だ」

人が立ち入らない、立ち入ってはならないと語り継がれている此処は鬼の総本山。
かつて、『鬼殺し』と呼ばれるようになった少年が倒した鬼が住んでいた場所。
牛面に人の胴体を持つ人外と、馬面に人の胴体を持つ人外とが話をして頷き合う。共にその額には一本の角が生えていた。
二人(二匹?)は、山奥に建てられた荘厳な屋敷の最奥へと向かう。

「頭目!お休みのところ申し訳ありません!」
「気にすんな、見ての通り暇を持て余してるとこよ。で、どした牛頭馬頭」
「はっ!頭領、…『鬼殺し』らしき情報が、餓鬼から」
「…んだとォ…ッ!?」

『鬼殺し』。
その単語を聞いた瞬間、かしらと呼ばれた者が持っていた酒瓶が握り潰された。ぼたぼたと半分以上残っていた酒が木張りの床に水溜りを作る。

「そうか、見つかったか。そうかそうか、やっとか……!!」
「と、頭目?」
「頭領、大丈夫ですか?」

瓶を握り潰して酒が滴る片手で顔を覆い、頭は小刻みに震える。彼の忠実な配下である牛面と馬面の人外が心配そうに動物の表情に不安を見せる。

「いや、問題ねえよ。とりあえず……ちょっと殺してくるわ」

瓶の欠片を落としながら、おもむろに彼が立ち上がるのを牛と馬の人外が慌てて止める。

「今からですか!?」
「ちょっ、落ち着いてくだせえ頭領!いくらなんでも急過ぎる!」
「うるせえ!!落ち着いてられっか!『鬼殺し』はこの手でブチ殺してやらなけりゃ気が済まねえんだよ!」

行く手を遮る牛と馬を突き飛ばし薙ぎ払い、圧倒的な力を持つ頭に臣下二人は成す術もない。

「我ら鬼の頭目たる貴方が居城を留守にするなどありえません!お考え直しを」
「邪魔だ牛頭!ぶっ殺されてえのか!他の鬼共にはオレが逃げ出したって伝えとけ!それで大半は納得するだろ」
「駄目ですって頭領!相手はあの茨木様を素手で殺したっていう『鬼殺し』ですぜ!?もし仮に返り討ちにでもあったら…!」
「野郎の首を引き千切れるんならそれもアリかもなァッ!!」

しばらくそうして牛馬の人外とその大将との取っ組み合いが続けられたが、最終的に折れたのはやはり臣下の側だった。

「はあ、はっ……わかり、ました。では、我々も付き従います」
「おう、好きにしろ」
「頭領、俺らも一応注意はしますが、くれぐれも無茶苦茶なことはしないでくだせえ」
「んなもん知ったことか」

臣下の言葉を一蹴し、彼は崩した着流しの上から薄い長羽織を着て部屋を出る。

「さっさと用意しろ、牛頭馬頭。茨木童子の仇討あだうちだ。気合入れろよ」
「「…はっ」」

額に屈強な長い角を生やした鬼の頭は、同胞を殺した『鬼殺し』へと報復すべく、二匹の臣下に諌められながら静かに鬼の山を下りた。

       

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