Neetel Inside ニートノベル
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餓鬼の数は多かったが、その大半が雑魚だった為に殲滅までにそれほど時間が掛かることはなかった。それでも三十分ほどは経ったが…。
廃ビル群、少し前に俺が人外と交戦した場所の付近にたむろしていた数体の餓鬼を殺して、俺は静かに一息つく。
まだ気配はちらほらと感じられるが、すぐにでも近くにいる由音が向かう。距離的には俺が今から向かう頃には由音が片付け終わっているくらいだろう。
とりあえずの目的は達した。
あとは、
「……なんだよ、お前は」
俺が餓鬼を見つけ次第仕留めていた間にも違う場所で餓鬼を殲滅していたらしい、あの自称妖精の青年が俺の正面に立っていた。
「全てではないが、今現在この街に徘徊していた鬼の大半は倒した。これで互いに腰を落ち着けて話が出来るというものだ」
「俺はお前と腰を落ち着けるつもりはねえ。さっさと元いた場所に帰れ」
「大鬼を退治した、人間」
青年の発した言葉に、意図せず俺の体がぴくりと反応する。
「『鬼殺し』の人間。…お前のことだったのか。しかし、人間……となればお前は」
「あ?」
「名前を教えてくれ」
唐突に名を訊ねられ、俺は眉根を寄せる。
何が目的だ、この人外は。
さっぱりわからないが、ひとまずは答えてやるべきか。これでおとなしく消え失せてくれるとも思わないが。
「神門守羽」
「…………そう、か。みかど…同胞の力を持つ、『神門』の姓か…」
俺の名を受け、青年は硬直したままじっと俺を見つめる。その瞳が、どこか無機質なものに変化したような気がした。
「となれば、お前は」
「…?」
青年の放つ気配から何か不穏なものを感じ取った俺は、“倍加”を巡らせて両足に力を込め、
「同胞にして、我らが敵か」
その言葉と共に後方へと跳び後退した。
直後に青年の周囲の地面が割れ、その割れ目から火が噴き出した。
さながら噴火のように噴き上げた炎が、指向性を持って俺へ津波のように押し寄せる。後退しただけでは回避できない。
(火を操る能力!?いや違うこれはーーー)
脳を掻き毟るような頭痛と共に、自分自身でもよくわからない確信が発生する。
この力には見覚えがある。
この力を知っている。

ーーーおそらく火の扱いには長けていない。他の属性、おそらくは木の相乗によって土の劣化と引き換えに火を底上げしている。となれば五行のバランスは既に崩れている。土の劣化は金にも響く、木はおそらく劣化した土の補助に回り地盤を固めるのに使われている。火を掻い潜れば次に使えるのは水しかなくなる。

「……………」
肉体の耐久力を引き上げて両手を交差させ火炎の津波に突っ込む。肺を守る為に息も止め、脚力も“倍加”させて一気に火炎を抜ける。
痛む頭の中で響く奇怪な知識に従うように、俺は次の一手を予感しながら拳を握る。
「殺すつもりはない。敵とはいえ、お前も半分は同胞だ」
「文句は受け付けねえ…先に手出ししたのはテメエだからな」
皮膚が焼け焦げるのも放って、俺は火を抜けた先で片手をかざす青年に右手を振るう。
バチャンッ、というおかしな音がして、俺の右拳は青年の眼前で止められた。
水が、空中で薄く膜を張って盾のように青年を守っている。俺の拳はその水の盾に僅かな波紋を生むことしか出来ていない。
「ふざけたことを抜かすな。先に手を出してきたのはお前達の方だろう」
薄い水の膜を挟んで、向かいの青年が冷えた瞳で俺を見る。
「は?わけのわからんことをほざくなクソ人外。テメエは誰だ、妖精とか言ったが俺になんの用件で来た」
「名はレイス、言った通り妖精種の者だ。用件はもう済んだ。半分とはいえ同胞であるお前は保護の対象に含まれると判断していたが、もう半分に人間、それも『神門』が混じっているのであれば前提は大きく覆る。まさか『鬼殺し』と同一人物だとは思わなかったが」
「四十倍」
もういい、諦めた。コイツの言っていることは何から何まで意味がわからない。俺が神門の姓であることにどういう意味があるのかはわからん。
が、ともかく相手が俺を敵だと言うのだから俺にとってもヤツは敵だ。実にわかりやすくていい。
足を踏ん張り、拳が触れた状態から水の盾を強引に押し破る。
「む…」
水が霧散する中、突き抜けた拳がレイスとかいう妖精の胴体を狙いそのまま突き進む。

ーーー回避は可能、防御も可能。だがこの男の狙いから察するに、次に出せる手と方法を考えれば最も適切なのは土に満ちた木気を用いた拘束だと思われる。

右拳がレイスに届くより前に、俺の足元の地面を突き破って伸びてきた蔓や蔦が俺の行動を阻害する。
ギシリと手足がきつく縛られ、“倍加”を使っても容易には脱出できそうにない。
「…、何故妖精の力を使わない?それは人間を名乗る故の制限か?」
「……」
全身を植物で拘束された俺に、レイスは静かに問い掛ける。
が、俺の知ったことじゃない。
「随分と落ち着いているな。殺されないとわかっているからか、それとも助けでも待っているのか。……そういえば」
頭に響く痛みと知識から意識を逸らす為になるべく思考を放棄していたのだが、次のレイスの言葉に俺の意識は元通り脳と直結した。
「お前の両親は今どこで何をしている。未だ健在か」
「ーーー…」
…なんでここで、俺の両親の話が出て来る?なんの関係もない、父さんと母さんの話が。
「父さんも母さんも…元気だ。当たり前だろうが」
元気でなければ困る。そうあってほしくて、俺はずっと人外騒ぎに巻き込まないように自分自身を囮や餌にしてこれまでやってきたんだから。
それなのに。

「そうか。ならば事は重要だ、早急に『神門』の者を捕らえ、彼女はすぐさま迎えに上がらなくては」

それなのに、コイツは俺の願いをどうあっても台無しにしたいらしい。
彼女というのは、母さんのことか。なら『「神門」の者』というのは父さんのこと。
父さんを捕まえて、母さんを連れて行く。
なんの為に?さっきからずっとわからない。何を言っているのか、何も。
思えば『四門』の女からこっち、わからないことだらけが俺の周りで渦巻いてきている。
確実に俺に関わることのはずなのに、誰も彼もが俺を置いて話を進める。
当事者のはずなのに何も知らない。
いい加減、イライラしてきて限界に達しつつある。
力を入れると蔦や蔓が手足に食い込み、血が止まる感覚と締め付けられる痛みが伝わる。
それでも力を込める、“倍加”を引き上げ続ける。
息を吐きながら、呼気と一緒に呟きを漏らす。
「…関わんなよ」
俺の大事なものに。
「触れんなよ…」
俺の大切なものに。
「これ以上、好き勝手やってんじゃねェ……!!」
ブチブチという音は、果たして蔓や蔦の千切れる音か、あるいは俺の手足の何かが切れた音か。
ともかく自由になった両手を振り回して、レイスへ手を伸ばす。衣服の端を掴む。
掴んだ俺の手が、いきなり発生した火炎に弾かれて熱傷を受けた。
「それもこちらの言い分だ、半妖の同胞」
再び植物に捕まる前に上空へ跳んで全身を軋ませる勢いで筋力を強化する俺へ、レイスは片手を向けながら言う。
「先に手を出したのも、好き勝手やってきたのもお前達…『神門』の者だっただろうに。こちらとて、妖精女王ティターニア筆頭候補が人間に連れ去られたことをただ水に流すつもりは毛頭ない」
レイスへ向けて落下を始めた俺の周辺に火花が走り、一瞬間後には視界を爆炎の粉塵が覆い包んでいた。
「ガ…はッ!」
爆音に鼓膜が揺さぶられ、爆発の直撃で意識をも揺らぐ。
「罪は親だけに留まらぬ。『神門』の系譜、その末端まで許しはしない。いくら半分は同族の血だとしてもだ」
(や、べえ……受け身、とらね、と……反撃、野郎をぶん殴る、には……あ、くそ、…なにを、どう、すれば……?)
頭から落下する中で、薄らぐ意識を繋ぎ止めながら敵を倒す方法を探す。

(おっと、落ちるか。選手交代か?)

やけにスローモーションに感じる落下中の俺の頭に、やたら鮮明に俺の声が聞こえた。
いや違う、たぶん『俺』じゃない誰か。

(頑固が過ぎるとこうなるのさ。自覚しろ、この力は今後絶対必要にな)
「黙ってろ!!!」

心の中で無理矢理シャッターを閉め下ろすイメージで、しゃしゃり出て来た何かを叩き出す。
まだやれる、打つ手はある。これまでだってそうしてきた。
俺の中の平和を保つには、『俺』がどうにかするしかない。そうやってようやく、俺は俺らしい日々を送れるんだ。
違う何かに頼ったら、それだけこれまでの平穏が歪んでいく。そんなのは嫌だ。
俺の望む日々の生活は、意地でも自力で守り抜いてみせる。
逆さまに落下していく中で、歯を食いしばり俺は痛みと疲労で緩慢になってきた手足に出来る限りの力を込めた。

       

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