Neetel Inside ニートノベル
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「仲間を保護しに来た?」
「うん」
最後と思われる餓鬼を葬り、しばし歓談をしていた二人だったが、シェリアがこの街へ来た理由を聞いて首を傾げた。
「仲間って、お前らと同じ妖精の?…ピクシーのことか?」
つい最近までこの街にいた人外は由音の知る限りそれしかいない。だが由音の言葉にシェリアは首を左右に振る。
「ううん、違うよ。ピクシーとも会ったけど、あの子は旅してるから保護はいいって言ってた。あたしたちは保護してもらいたい仲間を探して助けてあげるのを仕事にしてるから、やだーって言ってる仲間には無理に保護したりしにゃいの」
「保護って、妖精の孤児院みたいなのがあんのか?」
「こじいん?うーんと、よくわかんにゃいけど、人間の世界で生きてけにゃい仲間は、あたしたちの世界に連れてってあげるの!」
「お前らの…世界?」
「そう、妖精界!緑がいっぱいで、すっごくいいとこにゃんだよ!」
胸を張ってシェリアはその世界のことを誇らしく語る。
「へえーそんなとこあんのか。オレも行ってみてえ!」
「ダメっ!人間が入るとすんごい怒られるから!」
わくわくして言った由音の言葉を、両手でバッテン印を作ったシェリアが拒否する。
「ちぇっなんだよケチだなー」
「ずぅっと前にも人間が何人か入り込んで大騒ぎしたらしいからねー。妖精も人間や魔物とはにゃるべく近づきたくにゃいんだってさー」
「ふーん。……あれ、お前思いっきり人間オレと話してっけどそれいいのか!?」
「えーあたし人間きらいじゃにゃいしー?」
互いに初対面でも物怖じしない者同士ということもあってかすっかり打ち解けた猫耳の人外と悪霊憑きの人間は、楽しそうに会話を続ける。
「で、今お前んとこのヤツがこの街にいる仲間に声掛けてんのか?」
「たぶんね。鬼やっつけたら話しに行くって言ってたから、そろそろーーー」
その時、シェリアの猫耳がぴくんと震えて人間では聞き取れないほど遠くで発生した爆発の音を拾った。
「……守羽?」
同時に、“憑依”によって人外の五感を身に宿していた由音もそれを感じ取っていた。事故か事件、およそ人間が成し得ないような力を用いた爆発の気配を掴み、その方角へ顔を向ける。
「レイス、戦ってる。あれ、にゃんで。……相手は」
「オレがアイツの気配を間違えるはずがねえ……守羽だ」
自らの恩人が戦っている相手、敵意を持って挑んでいる者。それに向けて、由音は僅かに濁った両眼を鋭く据えてキッと睨む。
「ケンカでもしてんのかにゃー?…いこっか?シノ」
「ああ。どうなってんのか知らねえけど、守羽に手出したんなら止めなきゃな」
もういつでも殴る準備は出来ていると言わんばかりの様子で、由音は両手の骨を鳴らしながら一歩道を踏み出した。
そのあとに続きながら、シェリアはやれやれと大人ぶった調子で肩を竦めて、
「まったくレイスも子供にゃんだからぁ。でも珍しいにゃ、あのレイスが、にゃんて」



「諦めろ、半妖の同胞。人間としての能力だけでは、俺と渡り合うにはあまりに力不足だ」
「…っ、はぁ、はっ……!」
爆炎の直撃を受けて、全身は燃えるように熱く痛い。耳も片方使えない、鼓膜がやられたらしい。
鬼、悪魔、魔獣、妖怪、悪霊。
これまで様々な人外と戦って来たが、妖精とやるのはこれが初めてだ。まさかここまでの力を持っているとは思わなかった。
「おとなしくすれば、これ以上は危害を加えないと約束する。共に来い」
「はあ…どこに、行くってんだ…ぜぇ、はあ…っ」
「ひとまずはお前の身柄を我らが長に引き渡す。お前は人間で『神門』だが、もう半分は我らと同じ妖精種だ。いくらか待遇は良くなるかもしれない」
「…俺の、両親にも……手ぇ、出すつもり、か」
俺のことだけならどうでもいいが。それだけで済まないのは分かり切っている。このレイスとかいうヤツの口振りからして、おそらくは。
「…ああ。お前の母親は本来こちら側にいたはずのお方だ。連れて帰り、あるべき形に引き戻すのが妥当。父親の方は、…下手をすれば温厚な妖精われらの裁定をもってしても処刑かもしれないな」
そこには、言外に滲み出す恨みや怒りのようなものが見え隠れしていた。温厚とか言っておきながら、どうにも父さんがやった『何か』を許すつもりはないようだ。
っていうか……全然知らねえぞ、俺。
あの二人は異能力こそあれ、人外沙汰にはなんの関係もない一般人だと思ってたのに。どうやらそういうわけでもなさそうだ。母さんも父さんも、何か重要なポジションで重大な秘密を持っているのは確実だ。
帰ったら問い質してやる…。
とりあえずは、
「馬鹿が…。母さんは連れて行かせねえ、父さんだって殺させねえ。もちろん俺だってテメエなんぞに捕まるつもりはない。テメエは殺す」
「…妖精種の発言とは思えんな。人間の性質が混じるとこうも歪むか」
「俺は人間だっつの…!」
ボロボロの体だが、まだ動かす分には問題ない。“倍加”を使って身体能力を上げる。
逃げて仕切り直す。そういう選択もあるとは思うが、出来るだけならしたくはない。ここで止めないと父さんと母さんが狙われる。
深く呼吸して、レイスの挙動に注視する。脳に響く邪魔な声と知識をシャットアウトして、いつも通りの俺のやり方で敵を倒すべく腰を落とし構える。
と、

「「ストーップ!!」」

大声で叫ぶ二人が、俺とレイスのちょうど中間に割り込んできた。
一人は見覚えのない少女(おそらくは人外)だったが、もう一人の方は良く知る顔だった。
「由音…」
「ボロボロだな守羽!大丈夫かお前!」
「こらーレイス!話がちがうじゃん!にゃんでこんにゃことににゃるの!」
「シェリア、おとなしく待っていろと言ったはずだが…」
由音と共に来た猫耳の少女がレイスに詰め寄る。どうやらレイスの仲間らしい。
「由音、餓鬼は全滅したか」
「ああ、全部殺った!お前は結構ヤバそうだな。手、貸すぜ?」
「そりゃあ助かるが……あっちの猫娘はいいのか?」
レイスの半分ほどの背丈しかない少女が何やら憤慨しているらしき様子でレイスに何事か言っているのを見る。
「シェリアだってよ!たぶん説得してくれてんじゃね?ダメならしょうがねえよ、闘うのはちょっと嫌だけどオレはいつでもお前の側って決めてっからな!」
「そう、かい」
よろけながらもどうにか両足を踏ん張って、俺は隣に並んだ由音と共に人外二人の動きを見ていた。
やはりシェリアという猫娘はレイスの説得をしているのが窺える会話が聞こえて来る。
「状況が変わったんだ、シェリア。奴は同胞でありながら我らの敵だ。彼女を連れ去った『神門』の名、お前も知らぬわけではないだろう」
「うーん…。ミカドってそんにゃに悪い人にゃの?」
「少なくとも、妖精界の住人にとっては大罪人だな。捕らえて王に差し出すべきだ」
「えぇーんじゃあ戦うの?シノとも?やだにゃぁ……」
シェリアがこちらをちらりと振り返った瞬間、
「ッシェリア!!」
「なんだ!?」
何かに気付いたレイスがシェリアを片手で引き寄せ、由音が驚いた表情で勢いよく背後に顔を向ける。
少し遅れて二人の反応に反応した俺がその方向に視線を向けようとした時、俺と由音のすぐ近くを、光の弾のようなものが通過した。それはシェリアを狙って一直線に飛び、シェリアを抱えて後退したレイスによって外し地面に着弾して粉塵を巻き上げた。
「くっ、新手か!」
「えー、にゃに!?」
「オイ誰だ、また人外かあ!?」
(シェリアを狙った!少なくとも連中の仲間じゃねえ!また別口の人外かよクソ!!)
それぞれがわけもわからぬままに戸惑っていると、ほぼ同じ弾道と軌道で遥か彼方から光弾が数発飛んできた。
いずれも狙いは同じく、シェリアを抱えるレイス。
「はあっ!」
レイスが地面を踏み叩くと、すぐ前の足元から土の壁が競り上がり、光弾を防ぐ盾となる。数発の光弾がその壁を粉砕すると、レイスはさらに後方へ下がりながら、
「…退くぞ。さすがにこれ以上状況が混迷するのは良くない。一度、得た情報を持ち帰って立て直す」
言うが速いか、レイスは俺に一瞥くれたあとに背を向け走り出した。
「らじゃっ!」
レイスに下ろしてもらったシェリアが安心したように返事すると、こちらに向けて大きく片手を振ってから、レイスに続いて俊敏な動きで撤退していった。
光弾は逃げる二人を追って放たれることはなかった。二人の人外が去ったあとも、代わりに俺達が狙われるということもなかった。
「………由音!」
俺は光弾が飛んできた方向へ細めた目を向けて、“倍加”を使う。
視力三十倍。
ぐんぐんと景色が鮮明になり遠くの物がすぐ近くになったような感覚を覚える。
だが、光弾を撃った相手の姿までは視認できなかった。
「…見えたか、お前」
「いんや、ダメだ!」
同じく“憑依”によって高めた視力で斜め上の方向を凝視していた由音も、俺の問いに諦めたように首を左右に振って答えた。
(俺らは敵と見なされていない?それとも眼中にねえってか)
光弾の狙撃手がどういった考えて行動を起こしたのかは不明だが、少なくとも今の時点で俺達に敵対するつもりはないと見ていいのか。
わからないが、ここに長居するのもよくない。
「帰るぞ由音。今日はもう…疲れた」
「そうだな、シェリア達も帰っちまったし!…誰だったんだろな、さっきの!」
「俺が知るかよ…」
全身傷だらけ火傷だらけの体を引き摺って、俺は色々ありすぎて痛くなってきた頭を押さえて歩き始める。
…いや、頭が痛い理由はそれだけじゃない。けど。



「……よし」
ビルの屋上で、光弾の狙撃手は退いた人外二人と帰宅する人間二人の様子を見届けてから、ポケットから取り出した携帯電話で通話を始める。
「…………あ、もしもし母さん。うん、大丈夫。彼らは退いたよ、ひとまずはね。守羽が酷い怪我をしているから、家に帰ったら治してあげて。えっと、由音君?だっけか。彼はたぶん平気だね、もう傷は全部治ってたから」
何事もなかったかのように、狙撃手ーーー神門旭は屋上の縁に腰掛けて妻との会話を続ける。
「妖精種二人、相当強い部類だね。次来る時はもっと大人数かもしれない。そうなる前に説得できるればいいけど、もし無理なようなら……うん、僕も援軍を求めるよ」
よっこいしょと縁から立ち上がり、屋上をぐるぐると回りながら旭は電話を耳に当てたまま険しい顔で、
「タイミングが悪すぎるよね。妖精に『四門』・『陽向』。それにおそらく鬼。守羽にとってはこれからが辛い時だよ」
暗い空を見上げて、旭は手に持つ携帯電話に力を込めながら、相手の言葉に頷く。
「うん。極力手は出さないでいたい。守羽にもそろそろ自覚が必要な頃合いだ。それでも無理なようなら、そしたら僕が全部片付けるよ。大丈夫……」
それからいくらかの会話をして、彼は携帯電話をしまう。
もう一度だけさっきの現場の方向へ顔を向け、これからの展開を予想して旭は深々と長い溜息を吐いた。

       

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