Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第三十話 二度目の大鬼戦

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「ごめんね、守羽。わざわざ付き合わせてしまって」
「いえいえ別にこれくらい」
日の落ちた校内を静音さんと二人で歩く。
今日はいつもよりかなり遅い時間まで学校に残っていた。というのも、静音さんの仕事を手伝っていた為だ。
静音さんは生徒会の名誉会員だ。勝手にそういう風に扱われている。
本来であれば彼女が生徒会長の次期有力候補だったんだが、静音さんは生徒会長に立候補することはなかった。理由はわからないが、別に大仰な理由がなくたって会長に志願しなかったことを不思議がったりはしない。面倒な仕事も多そうだし。
だが、今現在生徒会長を務めている者は静音さんを優秀な会員としていい小間使いにしようとしている節がある。静音さんもそれを断らない。
この先輩は人が良過ぎるからきっと頼まれたら受けてしまうんだろう。それはいい、静音さんの良い部分だと思うし、否定する気もない。
ただそれに付け込んで仕事を任せる…いや押し付けている生徒会長は気に入らない。だから俺もこうして出来る範囲で静音さんを手伝うことにしている。
今回もそれで下校時間がだいぶ遅れてしまった。
しかし、たいしたことが出来なかったとはいえ俺も手伝ってここまで時間が掛かるとなると、静音さん一人でやっていたら時間は今より遅くなっていたこともありえる。
あの生徒会長、女子をそんな時間まで働かせて一人で帰らせるつもりだったのか。ふざけやがって、静音さんをなんだと思っていやがるんだ。
「いつかぶん殴ってやろうか……」
「…守羽?」
口の中だけで呟いた憎悪の言葉が聞こえてしまったのか、静音さんが俺を見上げてきょとんと首を傾げていた。
「あ、いえ何も…早く帰りましょう。もう遅い」
「うん、そうだね」
静音さんと共に、いつもの通り先輩を家まで送り届けるべく隣に並んで歩く。
三日。
あの餓鬼退治と妖精二人の出現からもう三日が経っていた。
今のところは何も起きない。妖精が動くことも、鬼が襲って来ることもない。
母さんはいつもと変わらず、そしてこの三日父さんが仕事を終えて帰ってくることもなかった。
何か、時間が停止しているかのような感覚になる。現状が何も進行せず、ただ無難に無事な生活が続けられている。
喜ぶべきことだが、今の時点ではそれが少し怖い。
いつこの現状が動くのか、いつこの時間が再び動き出すのか。
…………、
「早く帰りましょう。…早く」
「…?うん」
考え出すと、途端に不安が込み上げてくる。早足で行きたいところだったが、静音さんの歩幅に合わせるようにしているのでそうもいかない。
今この場にいない由音は例の裏路地にあるラーメン屋で店長のおっちゃんとラーメン食いながら談笑でもしている頃だろうか。
アホの由音は生徒会関連の仕事には手伝いですら向かないので、先に行かせてあった。こっちの帰宅に合わせて電話で連絡を取って合流する形にしてある。
正面玄関で靴を履き替えながら、携帯電話を耳に当てる。
「よう、由音。お前まだラーメン屋にいんのか?」
電話が通じたことを確認して俺が先に言葉を発すると、向こうでは無言で軽い溜息のようなものが聞こえてきた。
どうしたんだ?
同じように靴を履き替えた静音さんと共に玄関を出ながら電話に意識を向ける。
「由音?なんかあったか」
「守羽、由音君がどうかしたの?」
隣の静音さんが電話の邪魔にならないように小声で俺に問い掛けてくる。
「いえ、よくわからないんですけど……由音、おい由音!」
『守羽、気ぃつけろ』
ようやく声が聞こえたと思ったら、由音は珍しく普段あまり聞かない低い声音でそう答えた。だけど発言の意味がわからない。
「あ?」
『もしかしたらそっちに』

「やっぱ当たりはこっちだったか。やっとそのツラ拝めたぜ『鬼殺し』」

電話口の声を最後まで聞くより先に鼓膜に割り込んできた正面からの声。
その語調に込められた意思と、どうやったって聞き逃せない『鬼殺し』というワード。
眼球がその動きを耳に当てた携帯電話から即座に真正面へ向く。
同時にすぐ隣にいた静音さんの体を心中で全力謝罪しながら片手で突き飛ばす。
凄まじい風圧。ガキョッ!!という地面がバラバラに砕けて吹き飛ぶおかしな異音。
そして眼前に見えるは握られた拳。
回避、防御。共に不可能。
豪速で突き出された正拳突きが俺の額を貫き後方へ吹き飛ばす。
悲鳴を上げる間も無い。出来たのは最大限まで上げようとして間に合わなかった中途半端な肉体耐久力の“倍加”三十五倍程度。
さっき靴を履き替えたばかりの靴箱が、正面玄関のガラス戸諸共砕け散って空に舞う。
勢いは止まらず、そのまま体は一階ホールを突き抜けて対面の窓ガラスまでぶち破って転がりようやく速度を落として止まった。
受け身すら取れなかった。
「ぁ……ぐ………!?」
思考が歪む、意識を確立できない。
直撃した頭部が破裂したかのように痛む。視界が眩んで、どうにかわかるのは巻き上がる粉塵と雨のように降り落つガラスとコンクリートの破片。
それと、向こうに見える着流しの男。長羽織を着た、額に大きく太い一本角を生やした…人外。
鬼と、そのすぐそばで一連の状況を見ていたであろう静音さん。
俺が突き飛ばしてしまったせいで、尻餅をついたままの静音さんを、大柄な鬼が興味無さげな瞳で見下ろしていた。
「『鬼殺し』のダチか?どうでもいいが殺しとくか」
強化された聴覚が鬼の発言を捉え、ぐらつく視界に明瞭な敵の存在を強引に認識させた。
させるか…!
(脚力四十五倍、動体視力三十倍!!)
聴覚と視力で無理矢理にぐらつく視界と体勢を整え、ロケットスタートで鬼へと突っ走る。
「…おっ?」
「はあッ!」
勢いを乗せて振り抜いたストレートは躱されたが、想定内だ。
速度の乗り過ぎた拳に引かれて前のめりになったまま片足を上げて振り上げる。
「でっ!?」
鬼の顎を足の裏で蹴り上げることの成功したのを確認して、姿勢を戻しつつも渾身の回し蹴りを胴体に見舞う。
直撃して鬼の体が校舎の壁を突き破る。
「ぐ……静音、さんっ!!」
すぐに鬼に背を向けて、俺は殴られた時に落とした電話を拾いながら尻餅をついたままの静音さんを抱え上げて一気に跳躍。屋上に降り立ってからすぐに遠方の屋根目掛けて跳ぶ。
いきなり過ぎたが、襲撃自体は予想していたことだ。まずは距離を取って人気のないところまで。野郎のせいで学校がかなりぶっ壊れた。こりゃ明日は休校かもしれない。
「由音聞こえるか!!来やがったぞ」
まだ繋がったままの携帯電話に向けて叫ぶと、電話口からは僅かな呻き声に混じって水音を含んだ由音の声が返って来る。
『あー、ごほっ……うん、知ってる。悪い守羽、すぐにはそっち行けそうにねえや…!』
「…ちっ、こうなったか……わかった。相手は鬼だ、気を抜かずに挑め!いいな!」
『りょうか』
返事は途中で途切れてしまったが、状況は察した。
連中は『鬼殺し』と思しき異能力者の気配に向けて戦力を分けた。一方は由音に、一方は俺に。まだ他の戦力がいるのかはわからんが、おそらく大鬼を殺すに足る力の持ち主を選別して来やがったんだろう。
ヤツは俺を『当たり』と呼んだ、ようやく俺の顔を拝めたとも言っていた。
発言内容からして、おそらくヤツだ。
真っ先に俺を殺しに来るであろうと予想していた人外。
多くの猛者たる鬼共を手下として束ねる鬼の頭領。
かつて俺が殺した大鬼・茨木童子よりもさらに強い鬼。
ヤツが、酒呑童子しゅてんどうじか。



「…あーあ」
頭蓋骨ごと粉々になった自らの携帯電話の破片を指の間からパラパラと落とし、由音は消沈した様子でもう一度溜息を吐く。
「どうすんだよ、こんなバラッバラにぶっ壊してくれやがってよお…。弁償しろよお前らあ!!」
「牛頭…なんでコイツ生きてんだ?」
「そういう異能持ち、という他にないが…ああ、異なる能力にしてもあまりに異質だ。本当に人間なのか奴は」
陥没した頭部からだくだくと血を流す人間を、牛の頭と馬の頭を持つ二人の人外は若干引いたように見据える。
「ともあれ、どうやら頭目は無事『鬼殺し』へ行き着いたようだ」
「みてえだな。ってこたあ、俺らの役目はコイツをブチのめすだけってことか」
示し合わせたように、二人の人外はそれぞれ背中に背負っていたそれぞれの獲物を手に持ち構える。
「はぁー…ま、しょうがねえか…。おかげで調整する時間も足りたし、前向きに考えるか、うん!ケータイ粉々になった間に戦闘準備が整ったぞーよっしゃあ!!」
対して、空元気にポジティブ思考を維持しようと頑張る由音の両目は昏く深い色で染まっていた。見える者からは、その身から黒い瘴気のようなものまで見えているだろう。
“憑依”による人外の性質の上書き。それと並行して行われる“再生”の浄化が拮抗してバランスを保つ。
人の身にしてその肉体は人外と並び立つほどの強化が成される。
「来いよ鬼共!とっととぶっ倒してユッケかローストビーフにしてやる!作り方知らねえけどな!ってかお前らから作っても不味そう!!」
「馬頭、油断はするな。奴は普通じゃない、ただの人間と思わない方が賢明だ」
「らしいな、俺らよりよっぽど人外臭いぜコイツ」

       

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