Neetel Inside ニートノベル
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きっぱりと俺の意思を言葉にして突きつけると、紗薬は悲しげに表情を歪めた。
「俺にお前らのいざこざに介入するメリットもないし、仮にあったとしてもリスクの方が圧倒的に高い」
死ぬかもしれないという可能性が少なからず存在する以上、どんなもんが見返りにあっても頷ける話ではない。
それに、
「それに俺は、お前ら人外が好きじゃない。好きじゃない連中に手を貸す理由も、やっぱり無い。ましてお前らは人を傷つける」
たとえ傷痕も残らず治せるのだとしても、傷をつけた事実は残る。
コイツらは人を傷つける。
……いくら、『そうすること』がコイツらにとってのどうしようもない本能だったとしても。
「テメエにはわからねえだろうがな」
そんな俺の心中を知ってか知らずか、夜刀が俺へ向けて一歩足を踏み出しながら口を開く。
「テメエら人間が、生きて、食って、呼吸して。そうして当たり前に命を繋いでいくのと同じように、オレ達は鎌鼬として『そうしていくこと』が本能なんだよ。どうしようもねえ、どうにもできねえ。オレ達がオレ達である為に、オレ達は鎌鼬を『する』んだ」
二歩、三歩と近づき、伸びてきた左手が俺の胸倉を掴む。
「夜刀!」
紗薬の呼び掛けにも応じず、夜刀は力を込めて俺を締め上げる。
「テメエらが望んだことだ、テメエらクソ人間共がオレらを望んだんだ。オレ達を望んで、存在を生み出して、いざ知れてみれば人を傷つける害悪だのとほざきやがる。ふざけんじゃねえぞ、テメエらが、自分の理解できないことや納得できないことを、ありもしない現象や存在を空想することで片付けようとするからッ、だから!」
ギリギリと胸倉が掴み上げられる。首が絞まり、呼吸が詰まる。
反撃はできる。いつでも、このガラ空きの胴体に“倍加”を巡らせた拳で殴りつければコイツは止まるだろう。
だがやらない。
憤怒の形相で俺を睨みつける夜刀は、叩きつけるように言葉を放つ。
「…だから、オレ達が生まれた。テメエらの勝手な、理不尽な妄想でな……!!」
それは、知ってる。
人は闇の奥から悪魔を想像する。
人は光の先から天使を幻視する。
雲の上には天国があると信じているし、地の底には地獄があると思い込んでる。
理解不能な現象を前にして人ならざる何かの存在を主張するし、不可解な事件の後には奇怪な怪物の有無を議論する。
そうして多くの人間がそれを信じ、存在を認識していくと、それが実体を成す。
そうして具現したそれらが、人にとっての理解不能で不可解な現象を理解させぬまま遂行していく。
だから人外は全て人の認識や感情から産み出されているといっても過言ではない。
コイツらは、いわば被害者だ。
俺達人間の我儘を押し付けられた、被害者。
感情と認識が集積していったその結果。その果て。その極致。
それは知ってる。
知っていても、だ。
俺はコイツらを認められない。
人を傷つけるコイツらを、容認できない。
「…だとしても、やっぱりお前らは人間を傷つける。それを止める気はねえ、やめろとも言わない。お前らはお前らの思うまま、『鎌鼬』として生きていけばいい」
俺にとっては、コイツらはどうでもいい。
ただ俺に構わないでくれれば、それで。俺や周囲の人間を放っておいてくれればそれで充分だ。
だからもうこれ以上、
「俺に関わるな、もう。俺は人間として人間の世界に生きていたいんだ。人外とか、異能とか、そういうのに巻き込まれて傷つくのは嫌なんだよ」
悪意に染まった人外共を殺しまくったあの頃。
見たくもないのに、目を閉じれば即座に死が迫って来る状況。休まらない日々。
もうあんな思いはしたくない。
楽に生きたい。それが俺の全てだ。
暴走した鎌鼬が誰を殺そうが俺には関係ない。
俺に関わる理由が無い。
「…夜刀」
「……チッ!」
ドンと乱暴に手を離され、勢いそのままに俺は数歩下がる。
「…すみませんでした、あなたのことを何も考えずに勝手なことばかり。人間さんが人でない者を煙たがるのは当然のことです」
肩を怒らせ離れる夜刀と入れ違いに紗薬が俺へ近寄りぺこりと頭を下げる。
「なるべく早く、兄を見つけてこの街を離れます。数日中にはと思ってはいますが、それまではこの街に留まることを許してください」
「ああ、早めに頼む」
黄土色の髪を揺らして力の無い笑顔を見せると、紗薬は背中を見せて既に離れつつある夜刀の背を追う。
「あ、それと一つ」
俺も家に帰ろうと体の向きを変えたところで、紗薬が振り返った姿勢で呼び掛けてきた。
「…なんだよ」
「この数日は、あまり外に出ない方がいいと思います。異能を持っているあなたは特に」
「…?」
どういうことかと首を捻っていると、紗薬が補足するように言葉を足す。
「覚えがあると思いますが、力のある人間は狙われやすいんです。喰らうわけでなくとも、力があるということはそれだけで人ならざる者を引き寄せます。転止も、狙うとすればただの人間よりも異能を持った人間を標的にするかもしれません」
「……」
「…では、お気をつけて」
口を引き結んだままでいると、紗薬は最後に一礼して今度こそ去っていった。
夜風に溶け込むようにして消えていった二人の人外を適当に見据えながら、俺は考えていた。
狙われやすいのは異能持ちの人間。
俺ならばいい。迎撃するだけだ。
だが問題は俺じゃなかった場合だ。
俺以外の能力者で、俺の知らない関係のない人間なら別にいい。
しかしながら最悪なことに、俺の知り合いには異能持ちが複数人いる。
家族に始まり知人、学校の同級生。
そして何より、先輩。
(…静音さん)
真っ暗な夜空を見上げて、深い溜息を吐く。
最悪だ。

       

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