Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第三十一話 自覚する本気

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鬼性種きしょうしゅが三体、思ったより少なかったな。その内の一体は平安時代に暴れ回った逸話のある、日本史上最大最強と謳われる大鬼)
日暮れの街を見下ろす青年が、ビルの屋上から現在の状況を感じ取れる気配のみで大方予測する。
(酒呑童子は神門守羽へ、他配下二体はもう一人の方へ行ったか。どちらも単身では相手取るのは厳しいだろう。勝ちの目は限りなく薄い…か)
尖った耳を黒髪で隠した妖精の青年レイスは、ただひたすらに状況を観測していることに徹していた。
神門守羽との接触・交戦後に本来であればすぐさま戻って組織内に持ち得た情報を伝えなければならなかったのだが、餓鬼の発生による鬼の襲来が予期されていた今の時点では刻一刻と状況が変化していきかねない。ある程度落ち着くまではこの場に留まり情報収集に徹するべきであると判断した故の街への残留だった。
そして予想通り、状況は動いた。レイスの予想ではもう数日は猶予があると思っていたが、鬼達の動きは餓鬼の発生時点から見ても早い。それほど神門守羽に執着していたのだろうか。どうにも何か確執なり因縁なりがありそうだが、レイスには知る由もない。
そして、レイスはこの一件に関わるつもりも毛頭なかった。ただ神門守羽を中心に動く状況を観測する為だけにここにいるのだから。
しかし、同行してきた少女はそうではなかったらしい。
「ん~……」
頭頂部に生えた二つの猫耳をぴくぴくと動かしながら、猫娘シェリアは落ち着きなくレイスの周囲をぐるぐると動き回っている。
レイスは軽く息を吐いて、意識の集中を景色の向こうから手近な少女へ変更する。
「どうした、何か聞こえるのか?」
しきりに動く耳を両手で押さえて、白いワンピースの裾から覗く尻尾をせわしなく動かして、ぺたんと屋上の地面に座り込んだシェリアはこくんと頷く。
「うん。壊れる音と、こわい声。このままだとミカド、鬼にやられちゃうよ」
「だろうな」
「いーの?」
「……さて、良いか悪いかで言えば」
そう訊ねられてしまえば、答えを即座に判断できないレイスではある。
シェリアの方もレイスの回答にはさして興味がないようで、
「…あと、シノ。とってもこわい声と、おかしにゃ感じ。どうしたんだろ…」
「神門守羽と共にいた少年か。今は鬼二体と交戦中だ」
「勝てるかにゃ?大丈夫?」
「人間では鬼には勝てない」
もちろん、それはただの人間であった場合の話だが。それでも生半可な異能を有しているだけの人間でもそれは同じことだろう。
「うーん、うーん……」
レイスの素っ気ない言葉に耳と尻尾をぱたぱた動かして、シェリアはしばし黙考する。
「んー、よしっ!」
何を考えているのやらと思っていたレイスに、考えが纏まったらしきシェリアが勢いよく立ち上がり声高に、
「ね、レイス。あたしちょっとシノんとこ行ってくるねっ」
「…なんだと?」
またいつも通りおかしなことを言うのだとわかっていたレイスにとっても、その発言は意外なものだった。思わず聞き返してしまうのも織り込み済みのようにシェリアはにぱっと笑ってこう続ける。
「だってシノ、すっごく苦しそうだし、助けてあげたい!」
「助ける、とは。相手は人間だが」
「関係にゃいよー。だってシノおもしろいし!いいニンゲンだよ」
黙考して出した末の言葉だとしても何も考えていないようにしか聞こえない。レイスも思わず目を細めて自身の耳をぽりと掻く。
「シェリア。俺は、お前は人間をあまり好ましく思っていないと認識していたよ」
「石投げてきたりするニンゲンはきらいだよ?でもシノはあたしのこと人外だって知っててもふつーだったから、だからいいニンゲンにゃの!」
「そ、そうか…うむ」
あまりにも単純な考えに、レイスもどうやって言い聞かせたらいいものやらと悩んでしまう。
「ねーねーいいでしょー?あっちの鬼にゃらあたしでも大丈夫だからぁ」
まだ心身共に幼いシェリアとて、人外として自分と相手の比較くらいは出来る。確かにシェリアの言う通り、酒呑童子には歯が立たなくとも、今現在神門守羽と共にいた少年が交戦している鬼であればまだまともに相手できるだけの強さはシェリアにもある。
問題はその二体に同時に襲われた場合は流石に無事では済まなそうなことだ。正々堂々真正面からの一対一であればさして問題はなさそうだが。
「危険なんだぞ」
「知ってるよ」
「痛い目に遭うことになる」
「レイスとかラバーとよくやってるじゃん、くみて?とかいうの。痛いのも知ってるよ」
「あの比ではないと思うが……」
「もーいいから行かせてよー!シノが死んじゃうじゃんっ」
最終的には駄々をこね始めたシェリアに、レイスも結局は大きな溜息一つで諦めてしまう。分かっているからだ、こうなると駄目だと言っても勝手に行ってしまうことを。
強引に取り押さえてしまうことも出来る。出来るが、それは極力やりたくはない。仲間だし、なにより大切な同胞で、そしてレイスにとっては妹のような存在だ。手荒な真似などもっての外。
だから結局、
「…わかった。許可する。痛くて泣きそうになったら戻って来い。死ぬかもと思ったら逃げて俺を呼べ。絶対に無理はするな。これを守れるなら」
「守る守るっ!ぜったい守るから行ってくるねーっ」
「あっ、おい!」
両手を上げて適当な返事をしたシェリアは、言うが早いかビルの屋上から飛び降りて姿を消してしまう。首根っこを掴んでやろうと思ったレイスの手などとうに届かず。
「はぁ。…俺が甘いからこうなるのだな」
我儘を言わないという約束で連れて来たというのに。それを強く言えないのも自分の不甲斐なさのせいなのだと、レイスは猫娘の少女に非を押し付けることもなく自己解決させてしまう。
シェリアがいなくなったことで、再び風の音以外は何も無くなった静かな空間で、レイスは意識を廃ビルが乱立する方角へ向け直す。
(神門守羽。奴の力が本当にこの程度なら、もうじき奴は死ぬ。それを、俺は黙して見届けるべきか、あるいは……)
『神門』の血筋を引いているという理由で一時は冷静な思考を放棄したが、奴とてもう半分は自分達と同じ性質を継いでいる。
見殺しにしてもいいものなのか。
(俺も、シェリアのような短絡楽観的な思考を持てればいいのだが)
こういう時は、あの少女の自由奔放な考え方が羨ましくなる。
それは自分には決してできない、好悪で損得を無視した行動ができる無邪気で純粋な考え方だから。

       

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