Neetel Inside ニートノベル
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「オラァ!」
「ふっ!」
「ーーー!」
牛頭と馬頭がそれぞれ振るう刺叉と金棒を捌きつつ、由音は攻勢に転ずる隙を見つける。
回避した馬頭の金棒に手を乗せ跳び上がり両足で相手の首を締め挟む。そのまま息を吐きだしながら力を入れて半回転、馬頭の首を挟んだ両足でぐるんと投げ回す。
地面に叩きつけられる瞬間に受け身を取った馬頭だが、倒れた体勢を立て直す前に身軽に起き上がった由音の片足が脇腹を狙って蹴りを放つ。
「くっ」
その蹴りが馬頭を捉える直前でゴルフショットのように振るった牛頭の刺叉が由音の足首と衝突して威力が相殺され馬頭の脇腹手前で止まる。
爪先で刺叉を真上に蹴り上げながら裏拳を牛頭に叩き込む由音の足元で、ブレイクダンスのように両手を支えにして下半身を地面と水平に揃えて回した馬頭の両足が由音の足を地面から払い浮かせる。
顔面を殴られて仰け反った牛頭はそのまま上体を後方に倒しながらバック転し、ついでのように右足で体勢を崩した由音の側頭部を蹴飛ばす。
「かっ飛べ!」
さらに起き上がり様に金棒を握り締めた馬頭が、鬼の脚力で蹴られて首が捻じ切れる寸前まで捩れた由音の胴体を思い切り打つ。
トゲが突き刺さり千切れ破裂する音を内部で響かせながら、振り抜いた金棒が由音の体を真っ直ぐ先まで血の軌跡を描いて吹き飛ばした。
そのまま壁に激突するかと思いきや、身体を回転させて両足を壁に押し当て吹っ飛んだのと同じ速度で戻って来る。
「コイツ本当に人間かよクソッ」
「文句はあとにしろ、馬頭!」
刺叉と金棒を構えて迎撃体勢を取った二体の鬼は、正面の人間にばかり気を向けていたせいで気がつくのが遅れた。
背後で、静かに地に足を着けた者の存在を。
「…なっ」
いち早く気付いたのは牛頭。だがもう遅い。
「成敗っ!」
普段と変わらぬ調子で言い放ったその者の一撃が、すんでのところで刺叉を防御に回した牛頭の体を思い切り弾いた。
驚いたのは馬頭だ。
いきなり敵と見定めていた相手と真逆の方向から攻撃を受けて相方が弾き飛ばされたのを横目で見つつ、背後へ向けて当たるかどうかもわからない適当な一撃を牽制で振るう。
対して由音は至って冷静だった。いや、思考するだけの余裕が与えられていなかったというのが正確かもしれない。
今現在の意識の何割かを悪霊に喰わせている由音は、事前に設定してあった項目になぞって行動を決定している。
不測の事態に対する反応は、意識や自我の前にその設定された項目から選択される。

新たな要素の介入。
人間なら半殺し。
人外なら殺す。
“憑依”の強化は保留。新手の出方次第では引き上げも止む無し。

いくつもの状況を想定して用意された設定項目から分別をつけて判断を組み上げる。
組み上げながら、由音は背後から襲われてこちら側へ弾かれた牛頭をカウンター気味のアッパーカットで打ち上げる。
「なんだコイツっ!?」
牛頭に続いて気付いた馬頭が金棒を使って新手の攻撃を防ぎ反撃に転ずるが、やたら身軽なその相手には中々金棒の一撃は当たらない。
そしてその攻撃が当たらない新手にムキになっていたせいか、由音の攻撃は易々と馬頭の背後を取って直撃した。
「どあぁ!」
どつかれるように背後から受けた攻撃で前方に躓いた馬頭が、さらに目の前で片手を構えていた新手の掬い上げを受けてギュルギュルと回転しながら十数メートル先の地面に背中から落ちた。
鬼二体の前に、この新手の力の程を確かめる。それによって深度の上昇を実行…、
「ふふんっ、どんにゃもんか!」
「ーーー!」
その声、その顔を見た瞬間に由音は実行し掛けていた挙動を急停止させ、新手……猫耳猫尻尾を生やした少女に向けていた拳を強引に空振らせた。

敵と誤認した人外への攻撃を強制停止。
損失回帰リバース、消失した意識を急速に“再生”。
工程解除リリース、拮抗不可で維持されていた深度・強化を停止し解除。
全パラメータを初期化の後、再強化による意識完全確立下での戦闘続行を開始。
以後は東雲由音個人の自我に再帰。

「と、っとわぁ!」
「えっ、にゃんすか!?」
無理に拳を空振りさせた結果ぐらりと傾いた体が猫の少女シェリアに向かって覆い被さるように倒れ込む。
「あいたた……」
「わっりぃシェリア!ってかなんでこんなとこにいんだよお前!」
小柄な少女を押し倒しても平然と一言謝って済ませてしまう由音に、シェリアも大して気にした様子もなく手を引かれ起き上がる。
「助けに来たよー!にゃんかシノ、すっごいこわい感じがしたから。…今は、そうでもにゃいね?」
シェリアが感じ取っていた恐ろしい気配を、今の由音からはまるで感じなかった。
真っ黒に染まっていたその両眼も機械的に状況を判断していたその表情も、今はいつも通りの由音に戻っている。
「マジか!どんだけいいヤツなんだよお前!」
「えへへ、でしょー?」
ぽんぽんと頭に乗せられた手に、じゃれつく猫のように擦り寄るシェリアが嬉しそうに頷く。
「痛って、なんか変なのが来やがった…牛頭!」
「人型の猫、化身…?猫又か?いや違う、この気配は……妖精か」
それぞれがダメージから回復して人間と妖精を挟んで声を飛ばし合う。
「物知りなテメエなら知ってんだろ!なんだこの猫耳女はッ」
馬面が猫耳を指差して牛面に怒鳴り散らす。その光景に由音はちょっとツボってそんな状況じゃないのにと思いつつ一人で笑っていた。
至って真剣な(牛の)表情で、牛頭は辿り着いた答えを口にする。
「妖精で猫の因子持ちとなれば、思い当る節は一つしかない。…ケット・シー、アイルランドの産物が何故こんな極東の地にいるのやら」
「チッ、道理で見てるだけでイラつくと思ってたら、コイツ妖精か…!」
「にゃはは、動物園みたい。牛に馬に、猫でしょ?そして猿!」
「誰が猿だ!」
仲睦まじく人間ときゃっきゃ騒いでいる猫娘を挟む牛頭と馬頭が忌々しい視線をぶつける中、遠方で起きたある変化にその場の全員が気付いた。
「あ?」
「なんだ、この気配は……また妖精、か?」
「守羽か。なんだ、結局やりゃ使えるんじゃねえか!」
「これミカドにゃの?あー、やっぱりあたしたちと同じにゃんだねぇ」
大鬼と対峙していた人間の根源的な性質が解放されたのを感じ取り、それぞれが四者四様の反応を示した。
一番戸惑ったのは牛と馬の人外だった。
「嫌な感じだ、頭領がられるわけねえとは思うが、さっさとここ片付けて行った方がよさそうだぜ、牛頭!」
「…ああ、俺もそれには同意だ。行くぞ」
金棒と刺叉を構えて、鬼が前方と後方とで敵意を挟み込む。
「来るよー、シノ!」
「おう!んじゃあ悪いけどちょっと手伝ってくれシェリア!」
互いに背中を合わせて前後の鬼と向き合い、騒がしい人間と人外とが共闘を開始する。

       

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