Neetel Inside ニートノベル
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暴風、と呼ぶに相応しかった。
「く、グッ!ぬがァっ!!」
路地裏の地面と壁を飛び跳ねるようにして、白いワンピース姿の少女が縦横無尽に駆け回る。
両の爪で、あるいは足で。目にも留まらぬ速度で猫の妖精は馬頭の金棒を掻い潜りながら様々な角度から攻撃を仕掛ける。
「クソがァァああ!!」
鬼の金剛力を持ってして振るわれる金棒は一向に猫の少女を捉えることが叶わず、その身に少しずつ細かな傷を作っていく。
「馬頭、落ち着け!翻弄されては敵の思うツボだぞ!」
対する牛頭はといえば、現状の時点では相手を圧倒していた。
「……ごぼっ」
全身を刺叉で切り刻まれた由音が、そのU字の刃に首を引っ掛けられたまま壁に押し付けられて身動きを封じられていた。
工程解除リリース項目コマンドで“憑依”の深度が初期化されちまったからな……引き上げにはまた時間が掛かる…けど、)
裂けた首と口から明らかな致死量の出血を噴き出しながら、しかし昏い色を乗せた由音の瞳は揺らぐことなく余裕で余所見を決め込んでいる敵をしっかり見つめていた。
(ひとまずはこれで充分っ!)
ある程度まで引き上げた力を身に纏わせ、深度上昇の証である濁った両眼は強く牛の人外の顔を睨み、首に突き刺さったままの武器も放って伸ばせる限り右手を伸ばす。
「っ!?ちぃっ!」
あと少しでその牛面にアイアンクローを極められたというところまで伸びた手は、直前で視線を戻した牛頭に気付かれた。慌てて真横に薙ぎ払った刺叉に、引っ掛かった首が持っていかれ路地裏の地面を転がる。
「本当に不死身か貴様…っ」
「冗談!不死身の人間がいるかよ馬鹿か!」
「人間であるかどうかが既に疑問なんだがな!」
すぐさま起き上がった由音が素手で刺叉を押さえに掛かる。
その十数メートル離れた位置では、馬頭が目で追い切れない敵に四苦八苦しながら金棒を振り回していた。
「この、ちょこまか動くんじゃねえ!」
「おっ、とと。ほっ、てぃ!」
吹き荒れる風のように捉えられない身軽な人外には、いくら一撃で相手を粉砕できるであろう威力のある攻撃だったとしてもまるで無意味。しかもギリギリのラインを見極めて回避しているので柳の枝を相手にしているかのような手応えの無さを返してくる。単純に当たらないよりも遥かにストレスと苛立ちを覚え、ついつい大振りになってしまう。
それを待っていたかのように、暴風は攻撃に転じ始める。
「せりゃ!」
「ッ!」
爪を伸ばしたまま緩く握った拳を素早く突き出して馬頭の額に当てる。
殴るというよりは叩くような、猫パンチに似たじゃれつくような微笑ましさすらある攻撃方法。
だが目で追えないほどの速度で、となればその威力は桁違いだ。
ヴォッ!!と空気を震わせてシェリアの右手が唸る。
額が陥没したんじゃないかと思うほどの一発が正確に叩き込まれ、思わず馬頭はたたらを踏んで数歩後ろへよろめく。
「もいっちょ!」
パァンッ!
「ぶっ!」
「さらにっ!」
ズパンッッ!!
右頬を打たれ、さらに胸部を強く叩かれ馬頭は金棒で防御することも出来ずに後退させられる。
「つっ……ってえなこのクソ妖精があ!!」
「まだまだぁ!」
怒りに任せ金棒を振り上げた馬頭の正面で、五指を広げたシェリアが爪を構えて一撃を放つ体勢に入っていた。
金剛力の一撃よりも遥かに出が早く、強力な爪撃が来る。
当然馬頭の金棒など間に合うわけもなく、
「退け馬頭ッ!」
そんな背後からの声に、身を捻じってシェリアと牛頭との間に直線的な空間を空けることくらいしか出来る行動はなかった。
全力のサイドスローで投擲された牛頭の刺叉が、U字の刃をぎらつかせてシェリアの眉間に飛来する。
「わわっ!?」
突然空いた空間から飛び出て来た刺叉に驚きつつも小柄な体躯を沈み込ませることで回避したシェリアを、身を捻じったことで多少ながらぐらついた体勢からでも無理矢理に金棒を叩き込まんと両手で握る馬頭が再度狙う。
爪撃は体勢を崩され、いくら出の速さがあろうともこの状況ならば馬頭の一撃の方がより早く届くのは確実。頭上高く掲げられた金棒が忌々しい妖精の頭を渾身の力で砕き割る。
そのはずだった。
「“蒼天に吹け、なが辻風つじかぜっ”」
何か力の気配を感じさせる文言を唱えると、途端に振り下ろした金棒の直撃コースにいたはずのシェリアの姿がずっと後方にまで下がっていた。
猫の跳躍力にしても、たった一歩でそこまで下がれるものなのか。いやそもそもの話、あのタイミングは絶対に回避に回れる体勢ではなかった。よしんば強引に背後に跳ぶことができたとて、完全に下がり切る前に馬頭の金棒はシェリアを叩き潰しせる範囲内にいたはずなのだ。
何かをした。
妖精特有の技を使って。
気付いたときには遅かった。
シェリアは遥か後方で爪を構え直していて、
「どこ見てんだお前っ!!」
「…っ!」
馬頭のフォローに回って獲物を手放した牛頭は由音の攻撃を受けて馬頭の背中にドンとぶつかっていた。
「?…うぉ、やっべ!」
その直後に気付いたらしき由音が跳び退るのと同時に、シェリアの下から上へ掬い上げるように振り上げられた爪が路地裏を縦に断つ斬撃と化して放たれた。

       

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