Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第三十三話 一時凌ぎの決着

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全力の一撃を放って、立っているのも限界の守羽は思わず片膝を着いた。
魔を断つ光の太刀。
魔性の者に対しては特効があり、当たればまず間違いなく滅却されるはずの、浄化と破邪の一刀。
大鬼はそれを防ぎ切れなかった。
拳は斬り裂かれ弾かれ、狙い違わずその屈強な胴体を斜め一線に斬り払った。
胴体は斜めに分断されるか、あるいは形も残らず破邪に当てられ消滅するか。
あるとすればそのどちらかでしかなかった。
そうであって欲しいと願っていた。
「………いッ、てェな……!」
(…、化物、か……)
脇腹から肩へ掛けて斬撃を受けた体からはようやくダメージらしきものを受けて血を流し、魔性特効の影響か傷口から白煙すら上らせながら。
その鬼は未だ地に伏すこともなく、痛みに顔を顰めて両足で其処に立っていた。
「あァ、その力…斬魔の。ったく、あんな大昔のモンだからとっくに廃れてるモノだと思ってたぜ。成程、人間が人外に抗う術は脈々と継がれてたってわけかい」
着流しは上半分が吹き飛び。鋼の肉体が露わになっている。斬撃のダメージは少なくなさそうだが、それでも酒呑童子は平然とした様子で赤髪が逆立つ頭をぼりぼりと掻く。
「やっぱ山奥なんぞに引っ込んどくもんじゃねェな。退魔だの祓魔だのはいくら殺してもすぐ立て直して増えやがる。『鬼殺し』、テメェもそのクチだろ?」
「…っ」
余力は、もう無い。
自らの内にある力、その性質。
幾重にも重なった、自分で言うのもなんだが特殊過ぎるこの身には、まだ出していない手立てはある。
妖精としての属性の掌握、人間としての退魔の術法。それと。
だが、
(出せ、ねぇ…僕だの『俺』だのと、自分自身でくだらねぇいざこざを続けてる今の状態じゃ…出せて限界が、これだ)
だから余力はもう無い。
本当にこれで打ち止め。
普段の守羽はもちろん、『僕』として現出しているこの神門守羽にとっても、ここまで。
だけど、ここで終わりには出来ない。
(確実にダメージは通ってる、ヤツも万全じゃない。山奥に長いこと居付いてたせいか、僕を…『鬼殺しにんげん』を侮り過ぎてた。そもそも初っ端からコイツは舐めてた。『酒瓶』の一つも持たずに来やがって)
殺すならここしかない。
刺し違えてでもこの場で始末する。
「ぐ、ごほぉっ!か、ぁ……ああぁぁあ!」
ゴゥッ、と片膝を着く守羽を中心に周囲で熱風が吹き荒れる。致命傷の中で振り絞った力をさらに絞り尽くして、鬼を道連れにする気概で顔を上げキッと赤髪の化物を睨む。
「クッカカ、まだ闘るか。いいぜ、折角楽しくなってきたとこだ。もう少し……ん?」
闘いの最中に守羽が生み出した火炎が周囲に燃え移って宵闇の中でもある程度の視界が確保できている廃ビル群の只中で、楽し気に口の端を吊り上げた酒呑童子が不意にあらぬ方向に顔を向ける。
半分以上壊れた建物の陰から出て来た人物が、酷い傷で立ち上がろうとする守羽の前に立って鬼と交差していた視界を遮る。
「し、…ず、ねさ…」
「うん」
名前すら満足に呼べなかったが、その先輩はこくりと頷いた。
「女ァ、出しゃばんな。テメェの出番はもう終わってんだ」
「知っているよ、そんなことは」
最強の鬼を前にしても臆さない静音は、守羽を庇うようにその場から一歩も動かない。
「『鬼殺し』を治すつもりなら、させねェぞ?」
「……」
久遠静音の持つ“復元”の異能を若干勘違いしているようだが、どの道静音の考えは読まれている。既に鬼の前で何度か使ってしまった能力だ、当然敵とてそれをみすみす見過ごすような真似はしないだろう。
守羽に手を伸ばして触れるより早く、酒呑童子が静音を仕留める方が先だ。
「静音、さん……下がって」
どうにか立ち上がった守羽が、静音の肩を押し退けようとしてその自分の手が血に濡れていることに気付き引っ込める。
ぼくは、あんたの為に闘ってんだ…汲んでくれよ」
「私は、守羽に生きてほしくて、貴方に賭けたの」
守羽は静音を生かす為にここで鬼と刺し違えるつもりだった。
それを分かっているから、静音は守羽を生かす為に身を張る。
互いが互いに譲らない想いを抱えているからこそ、膠着は解けない。
「……あー、なんだ」
それを見ていた酒呑童子は、面倒臭そうに再び頭を掻いて、
「んじゃ、二人一緒に死ねばいいだけだろ?」
言って、凶悪な笑みで右腕を振りかざす。
(ッ、くそ!!)
なんとか静音だけは守り通そうと前に出ようとした時、背後から二人の頭上を越えて何かが放物線を描きながら飛んできた。
それは今まさに拳をもって走り出そうとしていた酒呑童子に直撃する。
「あぁっ!?」
一瞬蹴り上げようとした大鬼がそれをしなかったのは、飛んできたそれが見覚えのある同胞の姿だったからだ。
「いってて……うぉぉ頭領!?こ、こりゃあ申し訳ねえ!」
「謝る前にさっさと退けこのクソ馬ァ!」
金棒片手に吹っ飛んできた配下の馬頭を薙ぎ払って立ち上がる。
「ったく、何やってんだテメェは!」
「いやそれが……っとぉ!?」
馬頭が弁明をしようとした直後に慌てた様子で駆け出すと、数度金属を叩き合うような音と共にヒュンヒュンと棒状の何かが飛んでくる。それを空中で掴んで同じ軌道で投げ返す。
投げ返したそれは馬頭の相方である人外が使っていた刺叉だった。
それからさらに数度の打ち合う音が響き、刺叉の持ち主が着地と同時に馬頭のもとまで後退してきた。
「すまん馬頭、助かった」
「おうよ!」
弾かれた獲物を再度振り回して、続けて着地した二人の人影と牛頭馬頭が対立する。
「さすがにしぶといなくっそ!」
「にゃはは、シノもかなりしぶといと思うよー?」
牛と馬の人外に真っ向から対立する二人は、砂場で遊ぶ子供のような気軽さで仲良く会話していた。
「っていうかシェリアさあ!あんまそんな恰好で跳び回るなって!パンツ見えんだろうが!」
「え?だいじょーぶ、風の加護でちゃあんと見えないように押さえてあるから!」
「マジで?すげえシルフかお前!?」
一人は全身ボロボロのわりにはそれほど重傷が見当たらない少年と、白いワンピースと対極のウェーブがかった黒髪を肩の辺りで揃えた少女が守羽と静音の前で呑気に話す。
「由音………と、シェリア…だったか?」
弱った声で呼ぶと、二人は同時に振り返って、
「おう!ってお前大丈夫かよ死にそうじゃん!!静音さん、早くコイツに“復元”かけてやって!」
「う、うん」
「やっほーミカド!大変そうだねっ」
「それなりにな……」
鬼達との距離を見て、すぐさま静音が振り返りすぐ背後にいた守羽の腕に触れる。“復元”の能力が即座に浸透して守羽は万全の状態へ“戻る”はずだった。
「…!」
「「ん?」」
何かに勘付いた静音を見て、由音とシェリアは同じような挙動で首を傾げた。
怪我が戻らない。
「静音さん、無駄だ。あんたの能力は…“復元”は、対象の『大元の状態』を認識してなきゃ…意味を成さない」
分かっていたと言わんばかりに守羽は首を振るってこう続ける。
「あんたは、『僕』の万全を知らない」
「…そんな、ことが…」
久遠静音の能力は、自身の認識している状態へ、対象の状態を戻すことにある。
逆に言えば、静音が認識出来ていないことは“復元”の対象にはならない。
それは例えば、初対面の時点で隻眼だった人物の怪我をいくら“復元”したとしても出会った時点で失われていた眼までは戻せないことと同じ。
今の状況はそういうことだった。
静音は、常日頃から学校で会う守羽の状態を逐一確認していた。それは、守羽がよくよく厄介事に巻き込まれて大きな怪我をしやすいことを知っていたから。だからいつどんな怪我を負っても戻せるように、常に守羽の『万全な状態』を把握していた。
だというのに今は“復元”が発動しない。
それはつまり。
「貴方は……本当に守羽なの?」
自分自身の能力が通じないことは、すなわちそんな疑問が浮上するのも当然の事態であるということでもあった。
だが当の『僕』は動じた様子もなく、
「いや、僕は間違いなく神門守羽だよ。ただ…あんたの知ってる守羽とは、少し性質が違う。だから、あんたの力は今この状態の僕には通用しない。磁石のS極とN極みたいなもんだよ」
痛みと出血で顔色の悪い守羽がする説明も、他三人には些か納得し難いものではあったが、本人はそれで説明を終えたつもりらしくおぼつかない足取りで前を見据える。
そこには大鬼を含む三体の敵がいた。
「…ありゃ、牛頭馬頭か」
酒呑童子に付き従う牛面と馬面を見て、守羽が確認の為呟くと由音が隣に並びながら首肯する。
「らしいな!知ってんのか?」
「鬼で、牛と馬でセットになってるって、なりゃあな……」
答えつつ、由音の隣で状況の緊迫さを微塵も感じさせない様子で黒い尻尾を振っている少女を一瞥してから由音に問う。
「そっちの猫娘は、今はこっち側ってことで…いいんだな」
「おう!」
となれば戦力的な数では同数。ただし…、
「牛頭馬頭、戦ってみてどうだった」
「かなり強いな!シェリア来なかったらやばかった」
「なるほど…ね」
やはり大鬼の側近だけあってかなりの実力を持っているらしい。同じ三対三でも、そこには大きな差があるようだ。
特に、傷を負っていてもまるで堪えた様子のないあの大鬼が鬼門か。
だからといって退ける状況でないのも確か。
「テメェらはよォ、あんなガキ二人すら足止められねェのかよ!それでもオレの側近か!」
「へぇ、なんとも申し訳ねえですぜ……」
「存外、あの人間と妖精が戦い慣れていたようなので、どうにも…」
「言い訳なんざ聞きたかねェんだよこの雑魚共がッ!!」
「いやしかしですね頭領。そういう頭領こそ、その傷はどうしたんでさあ」
「…『鬼殺し』に、やられたのですか」
「おう、そういうこった。なんとなく掴めたぜ、ヤツが大鬼を殺せた理由がな」
「頭目に、傷を負わせたとなれば……半信半疑でしたが、そうなると中々『鬼殺し』にも説得力が出てきますね」
「ハッ。…タネは見た、もうヤツにも用はねェよ」
向こうで側近と話をしていた大鬼も、再度こちらへ視線を向ける。
「来るっぽいな!」
「だねー」
「…構えろ。やるぞお前ら」
味方と敵がそれぞれ増えて、状況が悪化したのかどうかもよくわからない中、それでも守羽の目的は変わらない。
悪霊憑きの少年と猫耳猫尻尾少女と並び、瀕死状態の守羽が静音を背に鬼達を見据えて再び戦意を滾らせる。

       

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