Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

状況は極めて劣勢と言えた。
深度を引き上げた由音は、昏い双眸のまま牛頭と打ち合う。互角と呼ぶにはやや由音が力不足に見えたが、その分は余力の“再生”を用いて持ち堪えている。
馬頭の振り回す金棒を風のように俊敏な動きで回避し反撃しているシェリアは、これといって苦戦している様子はない。ただ先の一撃で学習したのか馬頭はシェリアに爪撃を使わせまいとして距離を詰めてくる。未だ決定打には程遠い。
一見して五分に見えるそれは、こちらの戦力が相手側よりも高いからでは決してない。
むしろ、牛頭馬頭は相手を足止めする為だけに必要な最低限の力しか使っていないのだと、由音とシェリアは感じ取っていた。
それは自らの大将が望む場を用意する為に邪魔者を寄せ付けまいとする行動。
つまるところ、『鬼殺し』の処刑を完遂させる。その邪魔立てをさせない為に二体の鬼は動いていた。
そのことに気付いていた二人も、また思考を巡らせて自分の取るべき行動を決める。
満身創痍の体を引き摺るようにして背後に静音を庇う守羽が酒呑童子へと火球や水刃を撃って牽制しようと試みているが、鬼はそんなもの攻撃とすら見なしていないように無視して堂々と歩み寄ってくる。
(やべえ、守羽はもう動ける体じゃねえ!あの赤い髪の鬼をどうにかしねえと…!)
血だらけになりながら横目でそれを確認していた由音も、焦りを生じさせながらさらに視線を移して少し離れた位置で闘っていたシェリアと一瞬だけ視線を交わす。
そこに苦戦の様子はなく、また切迫した感情も見えない。
守羽のことは気に掛かっているが、手を出すタイミングを計りかねているといった具合を感じ取った由音は、即座に状況を打開するべく動いた。
牛頭の放った刺叉の突きをあえて受ける。
「ぬ…!」
「ふがっ!この野郎め……!!」
深々と腹に突き刺さった刺叉を片手で押さえ、さらにもう片方の手で牛頭の首を掴む。
へし折るつもりはない。そもそも規格外の身体強度を持つ鬼に対し、いくら“憑依”の深度を深めたとはいえ今の由音では締め上げることすら至難の業だ。
だからこれに攻撃の意図はない。
「シェリアぁ!」
「んにゃ?」
吐血しながら猫の少女を呼ぶ。
「オレごとコイツ吹っ飛ばせ!死なねえから全力で頼む!!」
「りょーかいっ!」
由音の死にづらい体質を知っているからか、シェリアの返事と行動は速かった。
馬頭に距離を詰められてはいるが、さほど余裕がないわけでもないシェリアの細腕が眼前の敵とは違う方向へ振るわれる。
爪の先から撃ち飛ばされた斬撃が由音と牛頭を襲う。
「貴様!」
「へへっ!」
しがみつく由音が重石となって牛頭はその爪撃を避けられない。
夜気を引き裂いて、爪の一撃が人間と鬼を諸共吹き飛ばす。
数百メートル後方にあった廃ビルを倒壊させ、由音と牛頭の姿が一時的に戦場から消える。
「牛頭!やってくれやがったな妖精!」
「おりゃっ!」
空気を圧迫する金棒の轟音を耳のすぐ近くで感じながらも、シェリアはそれらを難なく紙一重のところで回避する。
「チョロチョロとッ!」
(…どーしよ、ここから爪でやっちゃうとミカドと後ろの女の子にもあたっちゃうし…)
馬頭の攻撃を避け続けながら、シェリアは狭まってきた赤髪の大鬼と守羽との距離を見て考えていた。
今は攻撃を避けられてはいるが、別に馬頭が弱いわけではないこともシェリアは理解している。だからここで馬頭から目を逸らして酒呑童子に手を出すわけにはいかない。
どうしたものかと考えていたその時、横合いの彼方から大声量と共に何かが接近してきた。
「たっだいまぁぁぁぁあああああああああ!!!」
「なんっ!?」
“再生”によって牛頭よりもいち早く復帰した由音が、倒壊したビルから砲弾の如き速度で舞い戻ってくる。
ほとんど頭突きに近い形で突っ込んできた由音が馬頭の横腹を思い切り打つ。シェリアに気を取られていて高速でやってきた由音に対処できなかった馬頭はそのまま衝撃を流すことも出来ずに両足が地面から引き剥がされる。
「お・か・えっ!」
実に嬉しそうな表情で、シェリアは僅かに宙に浮いた馬頭へ向けワンピースの裾を翻して晒した左脚を振り被る。
同様に頭突きから体勢を戻した由音も、右脚を持ち上げて遠心力を持たせて振り回す。
「りぃ!!」
打ち合わせたかのようにぴったりとインパクトを重ね、馬頭の胴体へ左右対称に打ち込まれた右と左の脚撃が莫大なエネルギーとなって牛頭が吹き飛んだのとは真逆の方向へ馬頭を蹴り飛ばして行く。



(…ざっけんな、くそ……!!)
頭痛が酷くなる。
『僕』を押し退けて、神門守羽が否定と拒絶を重ねてきた結果の症状。
力が出せない。神門守羽が本来持っている力を引き出せなくなってきている。
(自分が死ぬのはいいんだろうが……このままじゃ静音さんまで、巻き添えだぞ。…いつまで強情張ってんだ『テメエ』はっ!)
明らかに出力の低下した火球をぶつけても、やはり鬼には通じない。とうとう悠々と歩み寄る大鬼が眼前にまで迫る。
「…仕舞いだな、『鬼殺し』」
酒呑童子は静かに言った。
見るものは見た、既にこれ以上引き延ばして闘う理由も無い。
結果として、やはり『鬼殺し』は見過ごせない存在であるということは分かった。始末して、それでこの件は終わり。
「させるかぁ!」
片膝を着いて背後に静音を庇う守羽へ手を伸ばした大鬼の両隣から、回り込んだ由音とシェリアが挟撃を仕掛ける。由音は下段から、シェリアは跳び上がり上段から。
「やめとけ」
由音とシェリアの同時攻撃を容易く跳ねのけ、まず大鬼は由音に軽く小突くように持ち上げた爪先で一撃をくれる。
ベキボキと骨が砕ける音を立て、由音が目を見開く。
「あぅ!」
そのまま由音には目もくれず、片手で払い除けたシェリアの頭を掴み、力を込める。
「人間はもとより…妖精程度が、鬼に太刀打ち出来るわけねェだろが」
「やめろテメエ!」
「ッッ!!」
叫ぶ守羽が死に体の身を動かす前に、由音が見開いた両眼を一気に漆黒に染める。
深く沈み込んだ大鬼の足を押さえ込み、腕の力のみでぐんと伸び上がりシェリアを掴む腕を蹴る。
「っと!」
「はァあ!」
予期せぬ反撃に腕を弾かれた酒呑童子の腹へ守羽が渾身の肘撃を叩き込む。が、やはり手応えはほぼ無い。
(やっぱ単純な物理攻撃でコイツにダメージは通らねえか!)
「がはっ!」
強引に反撃に転じた由音は、大鬼の裏拳を喰らって頬骨を粉砕しながら守羽の真横を通過して地面を擦りながら何度も跳ね転がっていった。
「なるほど、あのガキもそういう性質タチか」
蹴られた腕をぷらぷらと振って、再度握り拳を作る。
「まァ、オレにとっちゃ関係ねェが、な!」
そう言って、手放して地に落としたシェリアへ拳を振るう。
「ちっ!」
大鬼への攻撃を諦めた守羽は、その身をシェリアと鬼との間に割り込ませて両腕を防御に回す。
防げるとは思わない、そもそも左手は既に使い物になっていない。おそらく両腕はひしゃげて衝撃は身を貫く。
それを理解していながらも、守羽は自分の行動を自嘲するように笑う。
ーーーここが、『俺』と『僕』との違いかもな。
普段の守羽であればこんなことはしなかったはずだ。シェリアを狙うこの隙を見計らって反撃するなり静音を連れて逃げるなりしていただろう。
そう、『俺』に固執している守羽ならば。
だがこれでいい。これが本来のあるべき神門守羽の姿だ。
一番大事なものを優先的に考えようとしても、やはり伸ばせるものには手を伸ばしてしまう。守れる範囲ならば守ってしまう。
それが自らの同胞であれば尚更だ。
「ミカっ…」
背後から聞こえるシェリアの声に反応を示さず、守羽は次の瞬間に来るであろう激痛と衝撃に備えて歯を食いしばる。

       

表紙
Tweet

Neetsha