Neetel Inside ニートノベル
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手を出すつもりはなかった。
ただ黙って事が終わるのを静観しているつもりだった。
だがそうもいかなくなった。
理由は二つ。
一つは、あの少女が加担してしまったから。
鬼との戦いに混じり、その上命の危機にまで晒されてしまったら、もはや自分が出て行かないわけにはいかない。
もう一つは、理由と呼ぶに足るのかどうかは少し怪しかった。
同胞たる性質を半分だけ宿し、もう半分に怨敵たる性質を宿した少年。
しかし、その少年があの子を庇ってしまったから。
そこにどういった思惑があったのかはわからない。
だからひとまずは事実だけを受け入れ、それを許容する。
今にも死んでしまいそうなあの少年が、自分が妹のように大切にしている仲間のことを護ろうとしていたから。
それではやはり、手を貸さないわけにはいかない。
「ーーー…」
だから刻む、唱える。
北欧より端を発する秘奥の術式を。
さらにそれを重ね、鬼の一撃に耐え得るだけの強度を編み込む。
護りの術が、最後のワードと共に展開される。
「“護法ごほう双重ふたかさね堅陣けんじん”」



「!?」
驚きに目を瞠ったのは、自らの拳を防御された酒呑童子だけではなかった。
唐突に力場を発生させて背後のシェリアや静音ごと自分を囲ったドーム状の結界のようなものに大鬼の一撃が防がれて、守羽はこの場にいない第三者の可能性を真っ先に考えた。
だがわからない。自分を庇って割り込んできてくれる者、さらにこんな強固な結界を敷ける者ともなれば守羽の知り合いには一人もいないはずだった。
だから、誰もが何者かの介入に対し警戒する中で、その少女の一言が皆の疑問に答える形で開示された。
「…レイスっ」
嬉しそうに呟いたその名に応じるようにして、上空から斜め下へ急降下してきた土の槍が大鬼の巨体ど真ん中に突き刺さった。
「あァ?」
酒呑童子にダメージなどは当たり前のように無い。ただ、かなりの速度を乗せた槍は、砕けながらも大鬼の体を半ば強引に押しやるようにして後方へと弾き飛ばした。
それと同時に展開されていたドーム状の結界が割れるようにして解除され、土槍の衝撃で後方に飛んだ大鬼の肉体へと地面から生えた無数の金属の棘が飛来し、追い打ちのように直上の空から隕石のように巨大な火球が十も二十も落ちて爆炎で大鬼の姿を隠してしまう。
そうして、尖った耳を持つ一人の青年は無言で守羽達の前にトンと降り立った。
シェリアが呼んだ相手であるレイスが、黒髪の隙間から瀕死の守羽を一瞥する。それから視線をシェリアへと移し軽い溜息を漏らす。
「……だから言ったんだ。痛い目に遭うと。だから無理をするなと、そう言ったんだ、俺は」
「えへへ~…ごめんにゃさい」
猫耳ごと頭を垂れて、シェリアが申し訳なさそげな面持ちで答える。
「まったく…」
もう一度溜息を吐いてから、レイスはゆっくりと視線を戻して守羽を見る。
今にも崩れ落ちそうな両足を踏ん張って、守羽もレイスと視線を交わす。
守羽は一瞬だけふっと笑んで、
「よう。悪いな、助けてもらっちまったか」
そんな言葉に対してレイスがほんの少しだけ驚きの表情を見せてから、取り繕うようにして真顔になる。
「…いや。こちらこそ仲間が手間を掛けさせたようだ。庇ってくれたことには、…感謝する」
「は、いいってことよ…」
弱々しくも軽口を叩く守羽に、レイスはやはり怪訝な表情を浮かべざるを得なかった。
「お前、神門守羽で間違いない…のだな?」
「今の僕が、やたら友好的フレンドリーでおかしいかい?ま、お前が知ってる守羽だけじゃねえってことさ」
初対面で人外に対する敵対心がありありと見て取れた態度で接していた神門守羽しか知らないレイスにとっては、今の守羽の対応の仕方が依然として謎なままだったが、今はそれよりも優先して対処しなければならないことがあるので保留にする。
「シェリア、お前はお前が成すべきと思ったことを成せ。中途半端はよくないからな。東雲由音と助けるという目的は達したのか?」
「え?うーん…どうだろ」
かくんと小首を傾げるシェリアに肩を竦めながら、レイスは爆炎が広がる方向へ片手を向ける。
すると瞬時にその爆心地を中心に周囲の大地が盛り上がり正方形を形成して大鬼をその内側へと閉じ込める。箱が完全に密閉される寸前に、またしても巨大な爆炎が発生して直後に閉じた箱の内側へと回避不可能な爆発を浴びせる。
「すっげえ」
殴り飛ばされていた由音もいつの間にか傷を治してそこに立っていた。
その由音へと顔を向けながら、シェリアが問い掛ける。
「ねぇねシノ。あたしどーしたらいいかにゃ?」
「え?…わからん!好きにしてくれ!」
「にゃにそれー。んじゃさシノ、このあとどうするの?あのオニすっごい強いよ?」
「ありゃ勝てねえかもな!とりあえず守羽と静音を安全なとこまで逃がしてえけど」
「うんよし!そうしようそーしよー!」
即決で、シェリアは自分の行動方針を固める。
「というわけで逃げよっか!えっとー…あたしシェリア!あなたは?」
「え、と…静音。久遠静音」
「クオンシズネかー、じゃあ短くしてクオ、オン……うーんと、シズでいっか!」
ぱぱっと行動開始するシェリアに戸惑う静音をそのままに、静音の体を抱えてシェリアは迷わず逃走の為に背中を見せる。
「シズはあたしが運ぶから、シノはミカドをおねがいねー!」
「おっけ……って」
勢いよく返事しかけた由音が、巨大な石の箱を見る。正しくはその内に閉じ込めた大鬼の存在を。
「逃げるなら早くしろ。身内を護ってくれた礼に足止めくらいなら俺が請け負う」
「マジか、大丈夫か!?」
「時間稼ぎだけならばな」
それを聞いて、何故か不安そうな顔になった由音がおそるおそると言った感じで、
「た、頼むからそのあとに『別にアレを倒してしまっても~』的な発言はしないでくれよ!?」
「…よくはわからんが、それは俗に言う死亡フラグというやつなのではないのか?」
「おいっ、ちょっと待て!僕は残るぞ!」
悪ふざけのような会話を展開しながら肩を支えた守羽が声を荒げて僅かな抵抗を示す。
「アイツは僕狙いで遠路はるばる来てやがるんだ!ここで逃げたって何も変わらねえ、せめてお前ら全員は逃げて僕だけここに置いて行け!」
「馬鹿か!なんでオレがお前置いて逃げなきゃなんねんだ!意味わからんわ!」
即座に否定した由音に同調するようにシェリアに抱え上げられた静音も口を開く。
「駄目だよ守羽。そんなこと言ったって、私も由音君も納得しない」
「静音さん…!」
言い争いを始めそうな雰囲気に、レイスが尖った耳を掻きながら声を割り込ませる。
「もういい、時間が惜しい。東雲由音、神門を連れて行け」
「おう!」
「待てっつって…く、そっ!」
「シェリア、落ち着いたらあとで合流しよう」
「うん。レイスも無理しにゃいでね!」
言うことを聞かない瀕死の体での抵抗も空しく由音に連行される守羽と静音を抱えたシェリアを見届けてから、レイスは体を正面に向き直した。
既に石の箱は破壊され、密閉された内側から噴き出た黒煙の中からだるそうに大鬼が出て来る。その両側には復帰した牛頭馬頭もいる。
「頭領、ご無事ですかい」
「テメェらは本当に使えねえなァ!」
「申し訳ありません、頭目…」
由音とシェリアにうまいこと一撃を喰らわされた牛頭馬頭も、あれだけ攻撃を浴びせた大鬼にもこれといったダメージは見当たらない。
酒呑童子はコキコキと首の骨を鳴らしながら、
「しかしまァ、オレもあんま言えた立場じゃねェか。思ったより破邪が効いて金剛力が低下してやがった。酒も抜けてるせいか力が出ねェな」
「だから持っていきますぜって言いやしたのに…」
「うるっせ」
言い合いながら、視界から目的の相手が消えていることに気付く。
「んあ?『鬼殺し』がいねェぞ、逃げたか」
「追いましょう」
「夜が明けるとまた面倒ですぜ頭領、早いとこ見つけて殺して帰りやしょう」
「だな。…が、それをテメェは看過しねェってか」
無言で立ち塞がるレイスを見て、心底面倒臭そうに赤髪の頭を掻く。
「新手で妖精、いい加減ウゼェな。牛頭、馬頭」
「「はっ」」
呼ばれる前からわかっていたかのようにそれぞれ武器を構えレイスへ向ける。
(稼げて数分といったところか。やれやれ、何故こんなことをする羽目に)
自分のおかしな役回りに、レイスは内心でも溜息を溢す。
正直なところ、ここまで面倒を見るつもりはなかった。結界で攻撃を防ぎ、状況を仕切り直させてからシェリアを連れて撤退しようと考えていたのだ。
だがシェリアはかなりあの人間のことを気に入ったらしい。となればただ帰るぞと言ったところでこの状況ではシェリアも聞き分けないだろう。だからこういうことになった。
それに、レイス個人としても神門守羽は未だ対応に惑う相手であることに変わりは無かった。
ひとまず、殺さずに今後の経過を観察する方向性が無難と判断。
故にこの場で死なせるわけにもいかなかった。
とりあえずの構えを取って、ある程度時間を稼いだら無理なく逃げられるように算段を頭の中で組んでいく。
その最中のことだった。

「いやあ、間に合って良かった」

「あ?」
「…、!?」
気配も無く後方からレイスの横を素通りしたその男を見た時に、今度こそレイスは驚愕を目一杯表情に現して声すら失った。
驚愕の理由には、もちろん自身が気付けないほどの隠密で接近を許してしまったこともそうだが、なにより闇夜に浮かぶその男の顔に嫌というほど見覚えがあったからだ。
無精髭を生やしたその男は、なんの気負いも無く散歩するような足取りで鬼達の方へ歩を進める。
「今度はなんだ、また『鬼殺し』のお仲間か」
「まあそうだね。ところで質問だけど、わかるかな」
適当に流すように鬼の言葉に受け応えて、男は足を止めてさっと右手に持っていたモノを目の前に掲げて見せる。
「これ」
数秒見せて、すぐにそれの端に左手を添えて、
「なーんだ?」
そして、抜いた。
一振りの日本刀を。
その一太刀で、空気と景色が両断されたかのような錯覚をレイスは覚えた。
真っ先に反応を示したのは大鬼・酒呑童子。掲げて見せた瞬間に酒呑童子は前に出ていた二人の臣下の襟首を引っ掴んで跳び上がっていた。そのおかげで距離も間合いも無視した非常識な斬撃は回避できたものの、その額にはこれまで一度として見ることのなかった冷や汗が滲んでいたのを臣下二人は確かに見た。
少し遅れて、その二人も振るわれた脅威の重大さに気付く。
「あの刀…!」
「まさか、ありゃ安綱やすつなじゃ!?」
「なんつゥモン持ち出してきてやがんだあの人間!退くぞ退くぞあんなん酒抜きで相手にしてられっか!」
「しかし頭領、『鬼殺し』は!」
「あんな雑魚いつでも殺せる!状況を読み違えんな、今はオレらがられる可能性の方が高ェんだからな!」
両手で牛頭馬頭を掴んだまま、着地と同時に大鬼が渾身の力で踵落としを地面に叩き込む。
ズゴヴァァッ!!!
地面を砕き大量の土砂と瓦礫を噴き上げて、周囲数百メートル規模で衝撃波を撒き散らしながら視界が粉塵で覆い尽くされる。
「…うむ、よしよし。逃げてくれたか」
土煙が晴れて鬼の姿がいなくなっているのを確認するや、一人でうんと頷いて抜いた刀を鞘に戻して肩に担ぐ。
レイスはそんな男の姿を視界から外さずに、視線に鋭い敵意を満たして睨む。
視線を感じたのか、男は微笑み混じりでレイスを振り返る。
「やあ、久しぶりだね。レイス」
「ああ、そうだな……、神門旭」
言葉の内に込もる怨嗟の念すら隠そうともせず、詰みに思えたこの状況をたった一太刀で終局に至らせた男の名を、レイスは忌々しそうに呟いた。

       

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Neetsha