Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第三話 役の足りない鎌鼬

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鎌鼬。
その単語を聞いて脳内の記憶を引き摺り出してみるに、確か人間の足を切り裂いて逃げるとかいう、悪質な悪戯をしでかす人外。そのジャンルは、
「…妖怪か」
「はい、わたしたち鎌鼬は、分類上は妖怪種に該当されます」
俺の呟くような声に反応して、紗薬という鎌鼬の女は首肯した。
よくは知らないが、人外はその出自や発祥から様々なジャンル分けがされているらしい。
鬼の性質・因子を持つならそれは鬼性種(きしょうしゅ)。
植物に宿る花の精や清い水場に宿る泉の精などは、精霊種。
大昔から伝えられてきた人間に悪戯をする鎌鼬は、その語り継がれて来た歴史の内訳を汲み取って妖怪種に類されるのだろう。
「で、鎌鼬ってのは三体もいんのかよ」
人外の詳しいことなんてほとんど知らない、まして妖怪のことなんざ尚更だ。どこぞの妖怪執事でも連れてこないことにはさっぱりだな。
「地方によっても変わるとは思いますが、わたしたち鎌鼬は通常三人一組で『鎌鼬』なんです。それぞれ役割を担っていて、人間を転ばせる役、転倒した隙を狙って足を斬りつける役、与えた裂傷に傷薬を塗る役となっています」
そういえば聞いたことがあるな、そんな話。
突然強風に煽られて転んだかと思えばふくらはぎがぱっくりと裂けている。しかし傷からは一滴の出血もなかったと。
今じゃ真空が発生して云々だの強風で巻き上げられた小石や木の葉で切っただのと色々な説が飛び交っているらしいが、結局はっきりした結論には行き着いていない。
現代ですらそんな有様なんだから、昔はもっと曖昧だったのだろう。それこそ、妖怪のせいなのねそうなのねとか言われてても信じてしまうくらい。
ヤツら人外は人の過度な恐怖心、信心、畏怖畏敬の積み重ねによってその存在を構築される。
多くの人間が『そういうもの』だと強く認識すれば、それは人知れず実体化するのだ。
厄介極まりない。
「自分らで斬っておいて、自分らで手当てするのか」
だったら最初からやんなよと。まあそれすら人間が現象を妖怪説で納得させる為に付与した設定の一つなのだから突っ込んでもしょうがないことか。
「はい…あ、申し遅れました。わたしは紗薬、鎌鼬の薬を塗る役割を担っています。それで、こっちは夜刀、役割は」
「斬りつける役だろ」
割り込むように先んじて言ってやる。
「あ、はい…」
夜刀とかいう方は言われなくったってわかる。あんな好戦的に刃を振るってくるヤツなんて役割としてはそれしか思い当らんわ。
「あんだよ人間、言いたいことがあんなら言えよ」
横目でちらと見ただけなのに喧嘩腰で詰め寄ってきた。面倒くせえヤツだな…。
「さっき、お前がやったのも鎌鼬の一つってわけか」
奇妙な風の動き、浮き上がるほどの強風を利用した高速移動、不可視の斬撃。
どれも鎌鼬としての性質を使った技か何かだろう。
「ってか、その外套取れよチビ」
夜刀はまだ黒い外套をすっぽり羽織ったままだった。おかげで背丈が低いこと以外外見の要素が何もわからない。
「…………今テメエ、なんつった?」
どうやら地雷を踏んだらしい。敵意は収束したが、代わりに殺意が噴出した。
もうなにコイツ、本当に嫌なんだけどこういうめんどいの。
「夜刀落ち着いて、彼に悪気はないから!」
紗薬が必死に宥めている。頑張ってるとこ悪いんだが、正直嫌味で言った部分も半分くらいはある。
黙っとくけど。
「わたしたちが頼んでいるんだから、その恰好のままでいるのは失礼だよ夜刀。取りなさい」
「チッ、うっせえな」
反省してまーすとか言いそうな口調で、夜刀は苛立たし気に自身の身を包んでいた黒い外套を剥ぎ取った。
逆立った野性味溢れる髪型、色は紗薬と同じく黄土色。ギロリと俺を睨む両眼は鋭く細い。薄く開かれた口の端からも鋭い犬歯が覗いていた。
…コイツ完全に髪を染色したガラの悪いヤンキーだろ。だぶだぶのパーカーとか超似合いそう。
両手にあると思っていた鉤爪はなかった。外したのか、それとも最初から無かったのか。爪を伸ばす人外も珍しくはないしな。ましてや鎌鼬だ、それくらいするだろう。
「それで、足りないのは転倒役か」
「はい、一番最初に動いて人を転ばせる役割を持った、わたしたちの兄。転止です」
そして、助けなければならない理由があるような状況にある人外、と。
「その転ばせ役は今どうしてんだ」
「今は、この街にいるはずです」
そういうことを聞いているんじゃないんだが。
「すみません、転止が今現在この街で何をしているのかは、わたしたちにもわからないんです」
俺の表情から読み取ったのか、紗薬が言い直す。
「…ただはぐれて迷子になった、って単純な話じゃないんだろうな」
それなら俺に確認をとる必要がないからだ。
俺が、化物を倒した人間だという事実確認を。
この紗薬はまず最初にそれを訊ねてきた、俺が強力な人外を倒した実力のある者なのかどうかを一番最初に確かめたのだ。
なら考えるまでもなく方向性も見えてくる。
力づく、あるいは武力行使が必要となる状態・状況。
そういうことなんだろう。
「その転ばせ役はお前らと別れる前に何があった」
何者かに捕まったか、連れ去られたか。もしくは別の何かか。
「それは…」
紗薬が答え辛そうに口を開いて閉じるを繰り返す。夜刀は不機嫌に一際大きな舌打ちをして、こう言い放った。
「堕ちた」
「あ…?」
わけのわからない一言に、俺も口から疑問符が漏れ出た。
堕ちたってのはどういう意味だ。
夜刀はそれ以上話す気がないのか俺から顔を背ける。
補足を求めて紗薬を見ると、諦めたように首をゆるやかに左右へ振って、
「…血を。人の血を見て、自我を失ってしまいました」
「…どういうことだ」
「わたしならよかった、夜刀でも大丈夫だった。でも転止は駄目だったんです、唯一血に縁の無い彼が人の血を浴びてしまったから、彼は正気を失ってしまいました」
そう言って、紗薬は沈痛な面持ちで顔を伏せた。

     

「得意不得意の差はあれど、わたしたちは持っている能力は皆同じなんです」
言って、紗薬は自分の右手を前に出した。人間とまったく変わらない手だ。
瞬時に、その右手の爪が五本伸びて内側に湾曲する。
「これが、わたしたちの由来。『鎌』です。ただ、これはわたしよりも夜刀の方が素質はあって…」
紗薬が目で促すと、夜刀は顔を顰めながらも右手を出す。
ジャギンッ、と。
およそ手から出ていいような音ではない金属質な音が鳴り、夜刀の手…正しくは手の甲から太いナイフのような刃が三本飛び出て鉤爪のようにこれも内側に曲がる。
え、なにコイツ。
ミュータントなの?毛深いウルなんとかさんなのか?
若干引きながらそれを見ていると、紗薬の説明が続く。
「『鎌』は、夜刀が一番素質が高いです。そしてわたしは『薬』。傷を癒す薬効能力がもっとも高いんです」
何もない空間からポンッと一抱えもあるような壺が出現し、紗薬はそれを軽々と片手で持った。
その壺の中にある半透明のジェルのようなものを指先ですくうと、それを俺の顔に近づけてきた。
「おい、何を」
「すみません。大丈夫ですから」
おかしな真似をしたらすぐさま突き飛ばしてやろうと考えながらも、一応はじっとしてやる。
紗薬の指先は俺の口元ももっていかれ、そのまま俺の顎をなぞった。
さっき夜刀と戦った時に鉤爪が掠った箇所だ。
僅かに皮膚が切れていたその顎をジェルのついた指先がつつとなぞると、痛みと共に傷がみるみる内に治っていくのを感じた。
「その手も」
同じように鉤爪で切り裂かれた右手の平にも、紗薬がジェル状の薬を塗っていく。
「…夜刀も同じことはできます。でも夜刀は擦過傷くらいしか治せません」
「フン」
その斬ることしか能がない夜刀とかいうヤツは鼻息一つ吐くだけで何も言わなかった。
ほぐすように右手の傷に薬を塗り込みながら話はまだ続く。
「そして転止。『旋風』の素質を持った兄です。兄はその力だけで『鎌』の役割も担えるほど優秀でした。でも彼はたとえ治すものだとしても人を傷つけるのを嫌がっていました。だから夜刀がその役を受けたんです」
「転止は血も嫌いだった。自分の本質が出てきちまうからってな」
「本質?」
「鎌鼬は、地方によっては悪神であるともされていて、人を傷つけ殺すことが本質となっていることもあるんです。鎌の怨霊が変じた付喪神である、とも」
完全に傷が消えた右手を紗薬が離す。握り開いてみてもなんの問題もない。
便利なもんだ、鎌鼬の薬ってのは。
「転止はその性質をもっとも引き継いでいる鎌鼬でした。だから斬り付ける役は無理だと。わたしたちもそれで納得していました。ですが…」
「……半月前、転止がうっかり人を斬っちまった」
「殺したのか?」
「いや、傷は深かったがすぐに紗薬が治した。加減を間違ったんだ、アイツの『旋風』は俺の『鎌』より切れ味がある。いつも調節しながらかろうじて人間が『転ぶ程度で済む』レベルで風を操っていた。が、その時は加減を間違えた」
俺に対して、その兄を庇うように口数多く夜刀は話した。
「で、堕ちたと」
さすがにここまで聞けば話の全容も見えてくる。
こくんと紗薬は頷き、
「人を斬る感覚、そして散った血飛沫を浴びて、転止は反転してしまいました」
『反転』。
人外にはそういうことがある。
善が悪に、悪が善に。
様々な伝承や由来、出自、起源を持つ人外らは、その様々な要素を様々な条件下で様々に変化させる。
鎌鼬の場合は、人の血か怪我を負わせることがトリガーになったんだろう。
その引き金が一番緩かったのが、その兄・転止だ。
「自我を失い暴れ出した兄を、わたしと夜刀では止められなかった。次に斬り付ける人間を探して転止は街を移りました」
「それで来たのがここってか。迷惑な」
俺の言葉に紗薬は顔を伏せ、夜刀は鋭く俺を睨みつける。
「……はい。だから、あなたに力を貸してほしいんです。この街には、強力な人間の異能力者がいるという話を聞いたので」
一体どこから聞いた話なんだろうか。まあ俺の存在自体がかなり話を盛られて人外ネットワークに流れているようだし、人外には人外で風の噂とやらもあるんだろう。
「その鎌鼬は、もうこの街に来てるのか」
「はい、間違いなく」
身内の気配はわかるのか、紗薬は確信を持った表情で言い切った。
…最悪に面倒だな。
今聞いた話の感じだと、次の標的にされる人間は必ず殺されるだろう。紗薬がいればどんな重傷でも治せるんだろうが、それはきっと絶命するまでの話だ。深手を負わせて紗薬が間に合わなければその人間は死ぬ。
近い内に殺害事件の話がこの付近で出れば、それは間違いなくソイツの仕業だな。
この街も結構な規模だ。端から端まで探して回ればかなりの時間を食う。その間に暴走した鎌鼬が人を襲う方が早い。
しかも探しているのはこの二人だけ。手分けしたところでたかが知れている。
「…あの、お願いできませんでしょうか?わたしたちの兄を、助けてください」
「…………」
おずおずといった感じで紗薬が俺を黄土色の髪の隙間から俺を見上げる。夜刀も、無言の圧力でもって俺へ返答を求めている。
そんな二人の視線を受けて、しかし俺の返答は決まっている。
決まっていた。話を聞く前から。
「断る」

     

きっぱりと俺の意思を言葉にして突きつけると、紗薬は悲しげに表情を歪めた。
「俺にお前らのいざこざに介入するメリットもないし、仮にあったとしてもリスクの方が圧倒的に高い」
死ぬかもしれないという可能性が少なからず存在する以上、どんなもんが見返りにあっても頷ける話ではない。
それに、
「それに俺は、お前ら人外が好きじゃない。好きじゃない連中に手を貸す理由も、やっぱり無い。ましてお前らは人を傷つける」
たとえ傷痕も残らず治せるのだとしても、傷をつけた事実は残る。
コイツらは人を傷つける。
……いくら、『そうすること』がコイツらにとってのどうしようもない本能だったとしても。
「テメエにはわからねえだろうがな」
そんな俺の心中を知ってか知らずか、夜刀が俺へ向けて一歩足を踏み出しながら口を開く。
「テメエら人間が、生きて、食って、呼吸して。そうして当たり前に命を繋いでいくのと同じように、オレ達は鎌鼬として『そうしていくこと』が本能なんだよ。どうしようもねえ、どうにもできねえ。オレ達がオレ達である為に、オレ達は鎌鼬を『する』んだ」
二歩、三歩と近づき、伸びてきた左手が俺の胸倉を掴む。
「夜刀!」
紗薬の呼び掛けにも応じず、夜刀は力を込めて俺を締め上げる。
「テメエらが望んだことだ、テメエらクソ人間共がオレらを望んだんだ。オレ達を望んで、存在を生み出して、いざ知れてみれば人を傷つける害悪だのとほざきやがる。ふざけんじゃねえぞ、テメエらが、自分の理解できないことや納得できないことを、ありもしない現象や存在を空想することで片付けようとするからッ、だから!」
ギリギリと胸倉が掴み上げられる。首が絞まり、呼吸が詰まる。
反撃はできる。いつでも、このガラ空きの胴体に“倍加”を巡らせた拳で殴りつければコイツは止まるだろう。
だがやらない。
憤怒の形相で俺を睨みつける夜刀は、叩きつけるように言葉を放つ。
「…だから、オレ達が生まれた。テメエらの勝手な、理不尽な妄想でな……!!」
それは、知ってる。
人は闇の奥から悪魔を想像する。
人は光の先から天使を幻視する。
雲の上には天国があると信じているし、地の底には地獄があると思い込んでる。
理解不能な現象を前にして人ならざる何かの存在を主張するし、不可解な事件の後には奇怪な怪物の有無を議論する。
そうして多くの人間がそれを信じ、存在を認識していくと、それが実体を成す。
そうして具現したそれらが、人にとっての理解不能で不可解な現象を理解させぬまま遂行していく。
だから人外は全て人の認識や感情から産み出されているといっても過言ではない。
コイツらは、いわば被害者だ。
俺達人間の我儘を押し付けられた、被害者。
感情と認識が集積していったその結果。その果て。その極致。
それは知ってる。
知っていても、だ。
俺はコイツらを認められない。
人を傷つけるコイツらを、容認できない。
「…だとしても、やっぱりお前らは人間を傷つける。それを止める気はねえ、やめろとも言わない。お前らはお前らの思うまま、『鎌鼬』として生きていけばいい」
俺にとっては、コイツらはどうでもいい。
ただ俺に構わないでくれれば、それで。俺や周囲の人間を放っておいてくれればそれで充分だ。
だからもうこれ以上、
「俺に関わるな、もう。俺は人間として人間の世界に生きていたいんだ。人外とか、異能とか、そういうのに巻き込まれて傷つくのは嫌なんだよ」
悪意に染まった人外共を殺しまくったあの頃。
見たくもないのに、目を閉じれば即座に死が迫って来る状況。休まらない日々。
もうあんな思いはしたくない。
楽に生きたい。それが俺の全てだ。
暴走した鎌鼬が誰を殺そうが俺には関係ない。
俺に関わる理由が無い。
「…夜刀」
「……チッ!」
ドンと乱暴に手を離され、勢いそのままに俺は数歩下がる。
「…すみませんでした、あなたのことを何も考えずに勝手なことばかり。人間さんが人でない者を煙たがるのは当然のことです」
肩を怒らせ離れる夜刀と入れ違いに紗薬が俺へ近寄りぺこりと頭を下げる。
「なるべく早く、兄を見つけてこの街を離れます。数日中にはと思ってはいますが、それまではこの街に留まることを許してください」
「ああ、早めに頼む」
黄土色の髪を揺らして力の無い笑顔を見せると、紗薬は背中を見せて既に離れつつある夜刀の背を追う。
「あ、それと一つ」
俺も家に帰ろうと体の向きを変えたところで、紗薬が振り返った姿勢で呼び掛けてきた。
「…なんだよ」
「この数日は、あまり外に出ない方がいいと思います。異能を持っているあなたは特に」
「…?」
どういうことかと首を捻っていると、紗薬が補足するように言葉を足す。
「覚えがあると思いますが、力のある人間は狙われやすいんです。喰らうわけでなくとも、力があるということはそれだけで人ならざる者を引き寄せます。転止も、狙うとすればただの人間よりも異能を持った人間を標的にするかもしれません」
「……」
「…では、お気をつけて」
口を引き結んだままでいると、紗薬は最後に一礼して今度こそ去っていった。
夜風に溶け込むようにして消えていった二人の人外を適当に見据えながら、俺は考えていた。
狙われやすいのは異能持ちの人間。
俺ならばいい。迎撃するだけだ。
だが問題は俺じゃなかった場合だ。
俺以外の能力者で、俺の知らない関係のない人間なら別にいい。
しかしながら最悪なことに、俺の知り合いには異能持ちが複数人いる。
家族に始まり知人、学校の同級生。
そして何より、先輩。
(…静音さん)
真っ暗な夜空を見上げて、深い溜息を吐く。
最悪だ。

       

表紙

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Neetsha