Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第二十七話 来訪者の真意

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「あっつ…」
陽射しは日に日に強くなっていき、真夏と呼んでもいい具合にはなってきた。もう少しすれば夏休みにもなる。
前の休日から、なんとなく静音さんとの親密度的なのが上がった気がする。表面には出さないようにしているが、俺も踊り狂いたくなるくらい嬉しい出来事だ。
あと、何故か知らないがあの休日から俺と静音さん以外のところで変化が起きていた。
「ねえ、神門」
「…ん?」
休み時間、廊下の窓際でぼんやりそよ風を受けていた俺を横合いから呼ぶ声に反応して顔を向けると、そこには普段この階にいるはずのない人がいた。
井草千香。
静音さんと仲の良い先輩で、この学校の生徒会副会長の任を負っている女子。
ほとんど面識がないが、今週辺りからそうでもなくなっていた。こうして呼ばれるのも何度目になるかってくらいには。
だから言わなくても用件がわかる。
「東雲由音ですか?知らないですよ」
「…そう」
手っ取り早くそれだけ言うと、井草先輩はあっさりと背を向けて去っていった。
どういうことかわからないが、今井草先輩は由音にご執心らしい。大体いつも由音が俺の周囲にいるのを見越してか、こうしてたまに先輩は俺に居所を訊いてくる。もちろん知らないが。
「一体何やらかしたんだか、あいつ」
誰にでもなく呟いた独り言だったのに、答える声があった。
「何もしてねえよ!失礼なヤツだなまったく!」
由音本人だった。
しかも俺がぼんやりと肘をついていた窓枠からいきなりにゅっと出てきてそのまま廊下に入ってきやがった。
「おま、いつからそこにいたんだよ」
「休み時間からずっとだ!」
馬鹿なのか。ここは四階だってのに。
もし外にいる教師にでも見つかってたらまた呼び出されるな。
「んで、お前井草先輩に何したわけ?なんかあったからこんなことになってんだろ」
「うん?うーん……うん、まあ……何かっていうか…うん……」
こいつにしては歯切れの悪い。由音はやっちまったことも含めていつも堂々と言い放つ感じだと思ってたんだが、この反応は珍しい。
「まあ、早めに片付けとけよ」
いつまでもこのままじゃその内俺にまで火の粉が降ってきそうだし。何したかは知らんが由音には手早く解決させてくれと願うばかりだ。



「今日は、由音君はいないの?」
授業もつつがなく終わり、静音さんとの下校中。何の気なしに口にした静音さんの言葉に、俺も頷いて答える。
「はい。なんか用事があるとかないとか」
俺にもよくわからない。いつもなら一緒に帰ろうとうるさいくせに、ここ数日辺りは別れの挨拶だけ済ませてさっさと帰ってしまう。
何か、はあるんだろう。それが俺にも関わることか、それとも単に由音個人にまつわることかまではわからないが。
ただ、なんとなく嫌な予感はする。そういう予兆を感じ取る能力はやたら高いと自負しているだけに、あまり他人事として流しておきたくない。
明日にでも問い詰めてみるか。
「そういえば、千香も最近由音君を探しているみたいだね。毎回逃げられているみたいだけど」
「ああ、あれなんなんですかね。どうせ由音が何かしたんだと思うんですが」
「でも良かった、仲良くしてるみたいで」
「仲良く…?そ、そうですね…?」
俺にはそうは見えないが。静音さんがそう言うんだからそうなんだろう。彼女が絶対正義なんだからそうに決まっている。
井草先輩と由音は仲良しなんだ。
今日も空は晴れて、嫌というほどに太陽がぎらついている。
湿気もほとんどなく、からっとした暑さに苛まれる。湿気が高くてじめじめした暑さになるよりかはマシなんだが。
ともかく、洗濯物がよく乾きそうな天気ではある。
…だと、いうのに。
「嫌な空気だな……」
「?、守羽」
空を見上げて呟くと、聞こえてしまったのか静音さんが不思議そうに俺を見上げて名を呼んだ。
「っあ、いえ。なんでもないですよ」
動揺を隠して、自然な笑顔で静音さんを見返す。
いつものように雑談を交わしながら歩きつつ、行動を決める。
(…少し動いてみるか)
この空気、この感覚。
どうにも覚えがある。
俺という存在が『鬼殺し』なる忌々しい呼び名で人外達に定着し始めた頃の、あの感じとよく似ている。
闘いと殺し合いの日々を強いられた時期と。
さらに、それとは別に何かざわつく感じが、俺の中に渦巻いていた。
何かが来ている、近づいている。
それは拒むべきものであり、また受け入れるものでもある。
なぜそう感じたのかはわからない。ただ、俺個人としてはそれは拒絶しなければならないもののように思えた。
なのに、受け入れようとしている別の俺がいるのも確かだった。
『俺』の意思とは反する思想を持つ何か。
知っているような気がするが、知りたくもないほど嫌悪している何か。
その何かを知るのは、…いや自覚するのは。
きっと遠い先の話じゃない。



「…ほう。そうか、なるほど。…わかった」
とある町の一角で、人目の無い場所を選んで一人の青年が何者かと話をしていた。
青年は誰かと話をしているのに、その相手の姿はどこにも見えない。
普通の人間であれば、おそらく絶対にその姿を視認することは出来ないだろう。
「情報提供、感謝するぞ。ピクシー」
青年の耳に「ギッ!」という返事を残して、彼の目に見える小さな人外はそのまま走り去って行った。
「……ふむ。餓鬼か…」
たまたま遭遇した同胞による情報提供によって、最後にあの街へ赴いた時から状況が若干変化していることを知り、青年は髪に隠れた尖った耳をぽりぽりと掻く。
「あ、レイスおかえりぃ。にゃんかわかったー?」
ピクシーとの会話を終えて戻ってきた青年を、石段に腰掛けて待っていた少女が迎える。自らの黒髪と同色の猫耳が、頭頂部でぴこぴこと揺れる。
「ああ、少し…面倒なことになっているかもしれんな」
「ふぅん?」
たいして興味無さげに、猫耳の少女は石段から立ち上がる。
「でも行くんでしょ?」
「無論だ。それとなシェリア」
呼ばれた少女はきょとんとレイスを見上げる。レイスはシェリアという少女が手に持っていたニット帽を取って猫耳ごとその頭に被せた。
「耳は隠せ。人間に見られたら事だぞ」
「だってぇ~暑いんだもん」
気持ちはわかるが、それでもシェリアの猫の耳はあまりにも不自然すぎる。髪と同色なので遠目からはちょっとした癖毛に見えるかもしれないが、間近で見ればすぐにバレてしまう。尻尾は着ている白いワンピースの内側にしまえるからいいとしても、耳ばっかりは帽子を被らないことには隠し切れない。
「しばしの我慢だ。我儘を言わない約束で共に来たんだろう?」
「んぅー」
それを言われると何も言えないのか、シェリアは唸りながらも黙ってニット帽を両手で押さえた。
「いい子だ。…それとな、シェリア」
「まだにゃんかあんのー?」
ちょっとむくれている少女にレイスは苦笑いを返しつつ、表情を引き締め直して言う。
「これから向かう目的地の街だがな、今少しごたつき始めているようだ。主に人外こちらの関係でな」
「危にゃいってこと?」
「そうかもしれん」
「ふぅーん」
またしても興味ないですと言わんばかりの反応を見せるシェリアに、レイスはニット帽を被る頭に手を置いて、
「…大丈夫か?」
「別にレイスいるし、いざとにゃったら全力で逃げるし!」
「そうか」
頼られているのかよくわからないが、ともかくこの娘のお守りを任せられた以上はいかなる状況においてもせめてシェリアだけは無事に逃がせるようにしなくてはならない。
そう決意を新たにして、レイスはシェリアを引き連れて歩き出す。
目指す目的地はもうすぐだ。

     

「街のそこかしこから嫌な感じがする。お前は知らないかもしれないけど、これと同じ感じが前にもあったんだ」
それは『鬼殺し』の人間を喰らわんとしてあちこちから集って来た人外共の気配。一つの街に数多の人外が一度に集う時、嫌悪感が空気に溶け込むようにして肌にべたつく嫌な感覚を俺に感じ取らせる。
「なんでこんなことになってんのか俺にはさっぱりだ。…お前、なんか知ってるだろ」
高所から吹く強風に煽られながら、俺は屋上の縁に立っていた人物に話し掛ける。
「由音、手早く話せ。全部じゃなくていい、現状で知ってることを言え」
何か探っていたのか、両目を閉じて黙っていた由音が俺の言葉に応じて目と口を同時に開く。
「前の三体と同じ気配がそこら中に……。守羽、鬼だ。鬼があっちこっちにいやがる!」
「…!」
鬼。
その単語に、俺は過去の記憶を思い出して自分の顔が苦い表情になったのを自覚した。



「…にゃーんか、息しづらいね、レイス」
街の外周沿いまで来て、猫耳猫尻尾を生やした少女は日暮れの迫る空を見上げながら顔を顰めてそう言った。
隣に立つ青年レイスもまた、その言葉に同調して、
「鬼…鬼性種きしょうしゅは『魔』に分類される存在だからだろう。数が多すぎるせいで大気を連中の瘴気が穢している。具合は悪くないか?シェリア」
「うん、平気だよ。でも……にゃんか、ここやだ」
「そうだな……ああ」
レイスの裾を掴むシェリアを気遣いながら、レイスもまた夕焼け空を鋭く睨め上げる。
「あの少年に会って話をしようというつもりで来たのだが、これでは俺達も彼も不快な思いをしたまま邂逅しかねない。こっちの処理を優先するとしよう」
呟いてから、レイスはシェリアを引き連れて街の外周、使われているのかどうかすら不明な建築物が連なる路地の裏へと進む。
少し進んだところで開けた場所に出た。四方を建物で囲われた土地の余りのような場所の中心にシェリアを立たせる。
「レイス?」
「この不快な空気を取り払う為に少し出て来る。護法の術式を設置していくから、シェリアはここで待っていてくれ。なるべくすぐ済ませる」
「え、やだーあたしも行く」
レイスの提案をすぐさま拒んで、シェリアはふるふると首を振るう。
「駄目だ、何があるかわからん。もし万が一にでも護法を破る者が現れたらすぐに逃げろ、変な気は起こすな。全力で俺を呼べ。いいな?」
「それって悪者でしょ?やっつけちゃってもいい?」
「…ああ、わかった。絶対に勝てる相手だと思えばそれもいい。少しでもわからないと感じたら逃げろ。それでいい」
「うん、わかった!」
今度は素直に頷き、レイスは猫の少女の頭を撫でてその場に特殊な結界を組み上げる。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃーいっ」
尻尾と右手を振るシェリアに見送られて、レイスは街に蔓延る魔の気配を消し去るべくして行動を開始した。



休日に由音が会った、『鬼殺し』に助けを求めようとしていたピクシーという人外のこと。その人外から聞いた話。
鬼がこの街で何かを探しているということ。
今現在でその規模は休日の時より増してそこら中に鬼の気配が散らばっていること。
俺が感じ取っていた異変のことも含めて、由音からはそれらのことを断片的に教えてもらった。
そして理解した。
「連中の狙いはやっぱり俺だ。正しくは『鬼殺し』の人間、か」
「やっぱ守羽が『鬼殺し』だったんだな!で、鬼共はお前を探してんのか?なんで?」
由音の疑問に、俺は一瞬だけ詰まる。
返答に窮したわけじゃない。むしろ答え自体は明々白々はっきりしている。
理由はそのまま、人外からの呼び名の通り、
「俺が、鬼を殺したから、だろうな…」
「敵討ちってことか!でも先に手ぇ出したのも鬼なんだろどうせ!」
確かに、アクションを起こしてきたのは向こう側だ。だからこそ、俺も動かざるを得ない状況になってしまったのだから。
だが、どっちが悪いとか先だとか、そういう話で済む問題じゃない。人外連中だってそんな理屈で納得するようなタチじゃない。
向こうが仕掛け、俺が殺し、それを恨んで仕返しに来た。
実際はただこれだけのシンプルな展開だ。
だからこそ、こっちが取る選択も至極簡単なものになる。
「…とにかく、連中はもう動いた。街に散らばってるゴミ共を駆逐するのが目下最大の目的だ」
降りかかる火の粉は振り払う。殴り掛かってきたのなら殴り返す。
結局、そういう原始的な方法でしか連中を黙らせることは出来ない。
もうこの時点で無意味に考えることはしない。来てしまったのなら、あとはシンプルに迎撃するだけのこと。
「うっしゃ!それじゃあっちはオレが行くぜー守羽!」
俺が何も言わずとも、当然のように由音はこの件に関わるつもりらしい。屋上から見える風景の一方向を指で示して、その方向へと歩き始めた。俺も止める気はない、そういう約束をしたのだから仕方ない。
「言うだけ無駄かもしれないけど、気を付けろよ。あんまりほいほい瀕死になったりするな、あれ心臓に悪いから」
ほぼ死なないとわかってるからこそこんな軽口が叩けるが、これが普通の人間相手だったら何度でも釘を刺し続けていることだろう。
それくらい危険なことだから。
「へへっ、任しとけって!そっちもサボんなよーっ!」
背中を向けて歩きながら、由音が親指を立てた右手を挙げて屋上のフェンスごと地上へと跳び下りていった。
誰かに見られてなきゃいいけど……。
ああいうところで、由音は自分が普通の人間とは違う力があるという認識が足りないんじゃないかと思う。
なんて、俺も呑気に考えている場合ではなかった。
俺ならいいが、無関係な誰かを巻き込んでしまう前に。
ヤツらは一刻も早く皆殺しにしよう。

     

俺は由音のように人外を正確に感じ取る“憑依”のような力は無いが、それでも大体の位置を気配から探知することは出来る。
一番近くに感じ取った気配から優先して殺す。
路地裏をうろうろとしていた、不気味な人型を見つける。
由音の言っていた外見とほぼ同じ、人間のような見た目でしかし生気の無い全裸の姿。
俺に気付いたのか、振り返った人外が落ち窪んだ両眼で俺を視界に入れる。
視界に入った瞬間、人外の首は俺の手によって引き千切られた。
(…、次)
思ったよりもあっさり殺せた人外がきっちり絶命するのを確認して(死ぬと同時に体が灰のようになって崩れた)、次を探す。
だが、どうやらその必要は無くなったらしい。
(三の四の……六か)
一匹目の鬼を殺したせいか、俺の存在に気付いた連中の方から来てくれた。建物の壁面に爪を立てて、あるいはその屋根に乗って。路地の向こう側から堂々と来るのもあれば、バッタのように飛び跳ねながら来たのもいる。
いずれも姿形は同じく、死に掛けの人間のような見た目。中には全身から火を噴き上げているモノもいた。これも由音の言っていた個体と特徴が一致する。
「…………」
無言で構えて“倍加”の力を循環させる。
これくらいわかりやすいと、助かる。
目に見える敵意、殺意。殺しても罪悪感の薄い、嫌悪感を押し付けてくる不気味な外見。
何も深いことを考えず、ただ闘って殺すだけでいい。だからこういう連中はやりやすくていい。
「来い」
言葉が通じるかは不明だが、俺を囲う鬼共に俺は言う。すると、連中はくぐもった不快な声を放ちながら襲い掛かってきた。
六体の鬼は小賢しいことに一斉に飛び掛かることをせず、タイミングをずらして突撃してくる。
だが、正直遅い。
(三十倍で充分か)
五分と掛からず、俺は襲撃してきた六体を皆殺しにした。



僅かな外見や特徴の違いこそあれど、街中に捜索網を拡大している鬼達の脅威は総じて低かった。
ピクシーから聞かされていたが、今街にいるのは鬼というジャンルの中でも一番弱い部類なのだという。それはわかっていたのだが、それにしたって弱い。正直なところ拍子抜けとすら言えた。
人気の無い場所で何かを探してうろうろとしていた鬼を走りながら撃滅していく由音が、不意に足を止めて周囲を素早く見回した。と言っても、基本人気の無い場所ということで四周は建物が立ち並び襲われることがあるとすれば通路か上空くらいのものだった。
「てぃりゃ!」
だから由音は迷わず真上に腕を突き出した。
ゴジュッ!!
「あぢっ!?」
アッパー気味に突き上げた拳が何かと衝突した瞬間、鉄を殴ったような金属音と共に肉が焼ける音が重なり由音の拳に熱い痛みが走る。
すぐに拳を引いて二歩背後に跳び、頭上から攻撃してきた相手を捉える。
「鬼か!今度のは強そうだなっ」
「……」
口を固く引き結んだ大柄の人外が、その太い右手で握った棍棒のような形の鉄塊を正面に構える。鉄塊は高熱で真っ赤に染められていた。
額には横に太い角。髪は生えておらず、ゴツゴツとした岩みたいな頭部がゆっくりと由音を見下ろした。
がぱりと口を開けて、ゴーレムみたいな大男が地響きに似た声を出す。
「我が名、殺身せっしん。意思無き低俗な餓鬼と同じと思うな……」
「みたいだな!話せる時点で結構強いってわかったし!」
自我のある人外と無い人外とでは、どう考えても前者の方が強い。たまに例外もいるが、目の前の鬼については少なくともこれまで倒してきた餓鬼達より弱いということは絶対にない。
(深度を上げた方がよさそうだ!コイツはワンパンで勝てるヤツじゃねえ)
ズズと身体を蝕む黒い力を“再生”で制御し調整しながら、由音は火傷の治った拳を握って巨体の鬼に突っ込んだ。



「…そうか、君も動いていたか」
「……」
「なるほど、考えてみればその可能性は大いにあった。まさかこんなところで会うつもりはなかったんだが」
「…誰だお前。人外に馴れ馴れしく話し掛けられる筋合いはねえぞ」
六体もの鬼を全て殺し、次に向かおうとしていた時に現れた男を前に、俺は警戒心を剥き出しにしながらそう返す。
いきなり出て来たこの男、見た目はただの青年だが…人間じゃない。
ただ、鬼ではない。鬼であれば必ず頭部のどこかしらに角が生えているはずだし、そもそも纏っている気配そのものが鬼のようなドス黒いそれとは大きく異なる。
少し年上に見える青年は、俺の突き放すような言葉にも動じることなく、むしろ首を傾げて疑問符を浮かべていた。
「ん?おかしな言い方をするな。確かに俺は人ではないが、同胞同士でそんな人間じゃないことを指摘し合うのは奇妙じゃないか?」
「うるせえ!」
咄嗟に俺は相手の言葉を遮るように叫んでいた。
違うはずだ。この場面で、そんな意味のない言葉を吐く余裕は無いはずだ。
もっとあるだろう。
何者か、とか。鬼の仲間か、とか。何がおかしいのか、とか。あとは。
どうほう、どうし、だ、とか……。
「…っ」
頭が痛い。耳が遠くなる。聞きたくない、話したくない。この青年とは接してはいけない。
「…そうだな。この状況で呑気に話し掛けてしまったのは配慮が足りなかった。先にこの街に蔓延る鬼共を蹴散らしてしまうか。その方が、互いに落ち着いて話もできるだろう」
このままだと……俺は、『俺』じゃなくなりそうになる。
コイツは、この人外は…!
「なん、だ。お前…なんなんだよ、お前は!」
関わってはいけないと脳が散々警鐘を鳴らしていたのに、俺は苛立ちをぶつけるように対面の人外へと問い掛けていた。
不味い。
答えが返る。
望んでもいない答えが。
俺を同胞と呼ぶ人外の口から。
知りたくもない事実が、明かされる。

「何と言われてもな。妖精だよ、お前と同じでな。まあ、お前は半分だけだが、それでも充分に我らの同胞足り得ている」

「……………………ッッ!!」
頭が割れるかと思うほどの頭痛に襲われた。
きっと、これは、拒絶反応。
人外を憎み続けてきた俺が、自身を守る為に否定を重ね続けてきた防衛反応。
「また改めて話はするが、君も今後の身の振り方は考えておけ。そのままここで暮らすというなら止めないが、君が望むのであれば俺達妖精の世界で暮らすことも選択できる。その為に俺は来たのだからな」
目の前の男が何か言っていたが、聞こえない。
何も聞こえない、何も知らない。
知らず両膝が地面に着いていた。震えが止まらない。
俺は…、
(いや、いい加減に自覚しろって『俺』。もう…潮時だ)
「……!」
何か、『俺』でない誰かが喋っている。俺の心の中で。
(聞こえてるくせに、知ってるくせにその負担を『僕』に押し付けるな。もう限界、これ以上続けると『俺』だの『僕』だのの前に、『神門守羽』が壊れるぞ?)
「うる、せぇ…!黙れ…違う…!!」
俺でない誰かへ向けて、精一杯の否定を叩きつける。頭痛は止まず、噴き出た汗が地面にぽたぽたと落ちていく。
(はあ…。ま、もうしばらくは『僕』が頑張るとするか。どの道、もう『俺』は自覚を始めたんだからな。無駄な虚勢も無意味の否定も、その場凌ぎにしかならねえよ)
痛みと一緒に響く声が、最後に大きく反響して消えていった。

       

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Neetsha