ぷげらその3/蝉丸


 初めまして。新都社で小説を書いている蝉丸と申します。
 今回、ぷげらの8作品について感想を書かせて頂きました。だいぶ遅くなりましたが、読んで頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。


■よんこまんが キョータ先生
 中~高校生とおぼしき女の子が、好きな男の子にちょっかいを出しては半殺し・全殺しの目にあう日常系ほのぼの恋愛コメディ。女の子がふざけて、えいっと男の子を突き飛ばす→壁に頭をぶつける→怒った男の子がヘッドバッドを食らわす→頭の上半分をふっとばされる、という話がしょっぱなだったのでけっこう衝撃を受けました。女の子は鼻から上がない状態でハートマーク出してましたし(これで惚れた?)。
 「たとえ死んでも、次の話では何事もなかったように生き返っている」というギャグマンガのお約束がありますので、読み手としては女の子がひどい目にあうのを安心して見ていられます。その前提がある上で、女の子をどれだけ「うひょお!!」という目にあわせてくれるのかなと読み進めていったのですが、2話目の時点でけっこう変化球なネタが増えてきて、おや? と思いました。
 女の子が必ずしもひどい目にあうわけではない。男の子の責め苦を機転を利かせてすり抜けたり、時には男の子にとある特技を認められてしまったりと、バイオレンスでない路線にあえて舵を切っているような印象を受けました。
 キョータ先生の他の作品(気が狂ったマン、自殺のススメ、魔王殺害計画、殺し屋シグマ)も読んでみたのですが、暴力・鬱屈・破壊・解放といった作品の血潮のような原動力は同じでも、その描き方は作品単位、おそらくは掲載雑誌の傾向を踏まえて意識的に変えられている。そこから考えると、この「よんこまんが」はキョータ先生の「日常系ほのぼの恋愛コメディ」への挑戦なんじゃないかと感じました。
 とは言え、第3話までの内容だとパワー不足の感は否めません。日常系という枷をつけバイオレンス側の針を振り切らずにキョータ先生の熱量を感じさせるネタ、それがどんなものであるのか想像がつきませんが、もしそんなネタができたとしたら、その4コマは読者の心に一生消えない傷痕を残せるんじゃないか……なんてことを考えてしまいます。
 個人的に「刃物にキチガイ」の「通り魔だよー」がいちばんのお気に入りです。いったいどんな反応を期待した「これだ!」だったのか? 女の子のおバカ可愛さがじわじわきました。それと……コメントにもありましたし、ぷげら感想2で黒兎先生も書かれていましたけど3話の最後。あれ、なにがどうして、どうなっちゃったんでしょうか?


■ない! 中野先生
 80年代の大阪を舞台に3歳の井戸端あきちゃんを中心として家族や地域の生活が描かれた作品です。私も4歳の娘がいるのですが、ちょっとしたあきちゃんのしぐさに「あるある」とニヤニヤしてしまいます。例えば2話の最初、椅子に座っているお母さんの膝にくっついて、お話しているうちに楽しくなってお腹の方にのぼってくるところとか。お母さんも自然にあきちゃんの頭を撫でていて幸せな気持ちになりますね。同じく2話の麻雀に出かけようとするお父さんの足をカニばさみで止めようとしたり、お尻のあたりにしがみついたりするのも「うんうん」と頷いてしまいます。あきちゃんより4歳上のお姉ちゃん、まきちゃんが同じ場面でちゃっかりお母さんの膝に収まってテレビを見ているのも幸せポイント高いです。
 感想を書くために何度か繰り返し読んだのですが、読むたびに新たな発見があって、中野先生の作品に対する愛情を感じました。食事の場面であきちゃんは食事用エプロンをしていて、みんなは箸なのにフォークで食べているところとか、そのフォークの持ち方も子供がやるようにぎゅっと握っていたりとか。こうした細かな表現が積み上げられて、あきちゃんたちのいるこの町が、まるで実在しているかのようなリアルさに繋がっているのかなと思います。
 おそらく「ない!」は中野先生の幼少の思い出と、大人になって身近な子供と接した経験がネタ元だと思うのですが、数ある記憶の中から、思わずクスリとしたり幸せな気持ちになれる部分を切り出して、こんなにも丁寧に表現しているのは本当にすごいことだと思います。しかも読み手にはいろんな気配りをそれと気付かせずにさらりと提示している。暖かな視点とそれを支える技術に感服しました。
 今のところ「うろつき幼児篇」ということで5話まで更新されていますが、これからあきちゃんがどんどん大きくなっていったりするのでしょうか? 幼児だったあきちゃんが小学生になり、年頃の娘さんになって恋などしたりもするのでしょうか? ああ、あまり早く成長しないでくださいね。
 感想企画でこの作品に出会うことができてよかったです。次の更新を心待ちにしています。


■隣の宇宙人観測日記 えいじゃー先生
 最愛の人を失ってしまった24歳高校教師の有馬宰(ありまつかさ)。自暴自棄な生活を送る彼の元に謎の少女、アリサが現れる。
 まず第一に主張したいのは、アリサちゃんが可愛いということなんですよ(「かんじがよむのがたいへんだった…」のアリサは超胸キュンでした!)。ひとりぼっちの宰の家に毎日やってきては「マスター、マスター」と猫のようにじゃれついてくる。「最近少し明るくなった」と同僚に言われた宰が「拾った猫が思いの外懐いちゃって」とごまかす場面がありますが、実際の気持ちも女の子への好意というよりは、猫に感じる愛しさに近かったんじゃないでしょうか。
 猫は目の前の人がどんな立場にいるかなんて気にしないじゃないですか。宰は半年前に最愛の人を自殺で失って、たぶん周りは気を遣ってそっとしておいたと思うんですよ。腫れ物に触るような扱いを受けるなかでアリサだけが宰の状況に関係なく「マスター、マスター」と慕ってくる。「おなかすいた、おなかすいた」とすり寄ってくる。そういうアリサの存在は宰にとってとても大きな癒しになったのではと思います。
 アリサの存在に救われていますが、作品の設定は非常にヘビーなものがあります。宰は高校生の頃から同じ高校の姫神翔子(ひめがみしょうこ)と付き合っていて、宰の大学卒業と同時に同棲を始めたようです。そして半年前に翔子は自殺。その理由は明らかになっておらず、宰に心当たりがあるのかも微妙なところです。
 宰の住むマンションには翔子の部屋があって、宰の年齢からすると1年半から2年ぐらいは同棲をしていたんだろうと思います。けれど同棲であって結婚ではないわけですから、翔子が死んだ時、連絡はまず実家の方に行くでしょうし、遺体の引き取りや葬儀の取り仕切りにも宰は基本的に関われなかったんだと思うんですね。直前まで家族同然に暮らしていた人が突然いなくなり、あれよあれよという間に事は進んで、一般参列者として葬儀に出て、棺に横たわる翔子と小さな窓越しに最後の対面をする。……きついよ、この状況はきつすぎるよ……。歯噛みするほどに仲睦まじい高校時代が描かれていただけに、翔子を失った宰の喪失感を思うと胸が締め付けられるようでした。
 きっとこの先、宰が子供の頃に出会った「アリサによく似た彼女」のことについても真相が明らかになっていくのでしょうね。いろいろな伏線が残っているようですので今後の展開が楽しみです。できれば宰にこれ以上悪いことがおこりませんように……。
 もしかしたらネタバレになってしまうかもしれませんが、私はひとつの謎について仮説を立てているんですよ。それはアリサのシャツにプリントされている「77」のナンバー。あれはね……たぶん、アリサのバストサイズなんですよ。体型から考えてもかなり自信あります(えいじゃー先生、ネタバレごめんなさい)。
 

■肋骨粉砕くん 右手先生
 日々、肋骨粉砕で一日が始まる肋骨粉砕くんの日常を描いた作品(作品紹介はいらなかったかもしれない)。
 ぷげら感想も私で3人目なので、なるべく内容が被らないようにとは思っているんですが、砲丸キャノ子のことを書かないわけにはいかないでしょう! あんなのずるいよ! 笑うに決まってんじゃないのさ! キャノ子どっから飛んできてんの? 1コマ目と2コマ目の窓に気付いた時、笑いすぎで腸捻転になるかと思ったよ!! ほんと、何すんだよお、だよ!!
 4コマ5本なのに、素敵なセリフ満載です。砲丸の分際で「今日は体育がマラソンだね!楽しみー」とか、一杭(ひとくい)くんのフレンドリーな「よ、肋骨!相変わらずアバラ折ってんのか?」とか(話すときに肋骨に手を添える粉砕くんが痛々しい)。
 ぷげらで「肋骨」の文字を見かけたらクリックしてみるべき。続くかなあ……続いてほしいなあ……。


■帰ってきた!悪の組織スーパークオンタム 銀紙(人外萌え)先生
 悪の組織「スーパークオンタム」に新人ちゃん(名前なし)がやってきた。問題だらけの組織、スーパークオンタムで新人ちゃんは果たして生き残れるのか?
 まず前提として、この作品は同じくぷげらの「悪の組織クオンタム」の続編です(作者名は「人外萌え」先生)。おそらく前作の最終回から数年後が舞台になっていると思うのですが、その時間経過が実にスマートに描かれています。
 例えば前作からのキャラクターにカマキリ怪人がいます。初期型怪人だったので知能もあまり高くなく他の怪人たちの輪に入ることもできませんでした。前作の最終回でDr.バグに改造され人型(女性)になったのですが、このカマキリ怪人が今作では普通に喋っているんですよ。しかもバッタ怪人や新入りのペンギン怪人とこなれたコミュニケーションを取っている……。これにはかなり感動しました。
 他にも、女幹部さん(元ヒーロー)はなんで触覚を付けたのか(あの触覚はイミテーションと踏んでいます)とか、バッタ怪人はセミ怪人がやってきてから「なんだバッタか」「まぎらわしい」と事あるごとに言われたので口ひげをつけ始めたんじゃないか、などの想像が膨らんで、前作から今作の間の描かれていない時間がどんどん埋まっていきました。想像力を刺激する変化がところどころに散りばめられているので、実ページ数以上に作品の世界を奥深く感じます。組織の総員が10人と聞いて「人員少なくないですかね!」と新人ちゃんが驚いていますが、「いやいや、昔からしたらずいぶん増えたもんだよ」と思わず先輩面をしたくなるぐらいです(ちなみに現在のTOP絵の4人(新人ちゃん、ヤマネコ怪人、ペンギン怪人、セミ怪人)が今作からの新人組)。このセンスある時間経過を味わってもらうためにも、前作があることは明示しておいた方がいいと思います。私も黒兎先生の感想を読むまで前作に気付いていなかったので……。
 ところで、Dr.バグって今作ではまだ出てきてないですよね? 4話のラストで足だけ出ていたのがDr.バグだと思っていたんですが5話では場面も話も変わっていましたし……。
 ……はっ! 「ついに登場……最後の幹部……」とアオリまで入れて直前まで居たのにドタキャン……うけるかなーって思ってとんずらしたな、Dr.バグめ! やられた! 1話とばしたかと思って何度も見返してしまった! やられた!
 なんだかんだでカマキリ怪人や元ヒーローの居場所を作り、組織内のゆるい雰囲気はそのままで規模をじわじわ大きくしているDr.バグ。それでいてメイド喫茶での人気もナンバーワン。あれ……Dr.バグってめちゃくちゃすごいんじゃないだろうか……?


■チクトモ! ユミキチ先生
 誰とでもすぐ友達になれるうっちー、うっちーのことが大好きな無気力少年ともっち、2人を中心に繰り広げられる3年2組(途中から4年2組)の日常を描いた作品です。
 ほのぼの4コマと銘打たれていますが、登場人物たちは個性派揃いです。人物紹介のページでメインキャラクター14人が紹介されていますが「これどんな人だったっけ?」と思うキャラは誰1人としていません。顔を見れば特徴的なシーンがポン、ポン、ポンと頭に浮かび、うっちーだったらこんな時こうするよね、センセーだったら膝を抱えて泣いたりするよね、ということを自然とイメージできます。
 ユミキチ先生は「どうしたらこの子の個性が伝わるだろうか?」ということを、一人一人のキャラに対してとても真剣に考えているように思いました。それをいちばん強く感じたのがオマケ10の『マチアワセ!』です。
 ともっちを待っているうっちーはトイレに行きたくなります。そこへやってきたトナリン。行き違いになるといけないのでトナリンがそこで待つことになりますが、うっちーはなかなか戻ってきません。そこに通りがかるキリちゃんとカオリン。事情を知ってトナリンの代わりにうっちーを待つことになります。この後、同じパターンでチクトモ!キャラが代わる代わる現れ、主要メンバーが総出演する展開になるのですが、それぞれほんの数コマでそのキャラクターの個性が自然とわかるようになっています。今回1話から読み進めていって最後に『マチアワセ!』を読んだのですが、これまでの総決算!という感じで、やっぱりチクトモ!いいなあ、好きだなあとしみじみ思いました。
 48話のリメイク前やボツネタ2の『コウツウアンゼン!』を読むと、ユミキチ先生が「これでいいのか?」と何度も自問自答しながら作品を作っている過程が垣間見えるような気がします。ユミキチ先生のチクトモ!キャラに対するプロデューサー魂に背筋が伸びる思いです。
 それにしてもうっちー、男子にも女子にもモテモテですね。私も誰がいちばん好きか考えてみたのですが、カオリンかな……しずくちゃんかな……と悩んでいると「サッカーしようぜ!」といううっちーが思い浮かんでしまって、うっちーかな……うっちーがいちばん好きなのかな……となってしまいます。うっちーのようになりたいなあと思うのですが、なりたいなあと思った時点でうっちーのようにはなれないかな、という気もします。何が言いたいかというと、うっちーマジ天使。


■dog居る カレー先生
 犬を飼いたいお父さん(?)と家族のお話。お父さんに?をつけたのは2話目で「先生」と呼ばれていたから。
 あやめちゃんが可愛いですね。私は「ぐっ」より「もぐ もぐ コンボ」にときめくタイプです。2話目でオヤジが「先生」と呼ばれていますが、髪をまとめた女性は居候なのかな? もし高校なり大学なりの教え子と結婚して、結婚後も先生と呼ばせているんだったら、あのオヤジにバックドロップを食らわせてやりたいです。犬触って手が犬臭くなったから洗ってきたのに、きゃっきゃしている女性陣とオーンスタインが羨ましくなったのか、スモウにお手させようとしている息子がなにげにツボでした。
 カレー先生、お名前は知っていたんですが、マンガを読むのは初めてでした。今回の「dog居る」には貫禄と言っていいくらいの余裕を感じます。1話を開いた人が100人いたとしたら、たぶん100人とも最後まで読んじゃうと思うんですよ。読者が肩肘をはることがまったくない。こういうふわっとした読み味って久しぶりだなと懐かしくなりました。


■仄めき 細胞ちゃん先生
 うた様は限られた人にしか見ることができない鬼の娘。そんなうた様の長い時を切り出したお話。
 うた様の日々をゆるやかに描いたお話かと思って読み進めていったのですが、過去の話などが出てきて淋しい成分がだんだん強くなっていきます。何百年という単位でこの世にいるうた様は人懐こくて自分が見える人がいると嬉しくて仕方がない様子であるのに、不老不死であるがためにせっかく出会えた人たちと何度もお別れをしてきたのでしょう。
 それでもうた様は去っていく人たちにいつも笑顔なんですよね。そして新しい出会いも怖れない。「仄めき」というタイトルが表すように、この作品はどこかはかなげな雰囲気を醸し出しています。けれど、じいに憐れまれようが、ウィロメナに愚かと言われようが、通りがかる人間に声をかけ続けるうた様の姿には未来を感じます。じいは「無駄だと分かっていても」などと知ったようなことを言っていますが、絶対に無駄なんかじゃない。ほんのわずかな時間でも桐彦と一緒に過ごし、うた様が見えなくなっても桐彦はやってきて、その気配を感じ取ることができたじゃないですか。そして去っていく桐彦をうた様は嬉しそうな顔で見送っているじゃないですか。「仄か」とは「ほとんどない」ことではなくて「かすかにある」ことなんだと第4話を読んで強く思いました。
 熱く語ってしまいましたが、「ゆーれーなべ!!」とか「へーびぃーろーてぇーしょん♪」みたいな日常パートもかなり好きなんですよね。回が進むにつれて、設定が足まわりを重くしている印象が出てきたので「別にそんな不幸とかじゃないんですけど」みたいなうた様も見てみたいです。
 ちょっと気になった点で、年表のページのいちばん最後「うた様独り(37話)」の年代が2230年になっているんですが、これって間違いですよね……。もし本当に2230年で、じいとかも消滅していて、完全無欠の「うた様独り」だったら、私、辛すぎて、泣いてしまうんですが……。


■まとめ
 以上、ぷげらの8作品について感想を書かせて頂きました。普段は「面白い」「面白くない」でマンガや小説を読んでいるので、自分がいったい何を感じているのかを具体的にするのが思った以上に手間取りました。その分、普段だったら見逃しているような部分まで各作品を楽しめたように思います。きっとこの8作品については、更新されたらすぐ読みますし、何年たってもずっと覚えていると思います。
 とても楽しい2週間を過ごすことができました。作者の皆様、素敵な作品をありがとうございました! 今後も更新を楽しみにしています!