Neetel Inside ニートノベル
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日ごろ運動不足なので、ぽっかり予定が空いた休日、私は朝から、高校の時部活で使っていたジャージを身にまとい、久しぶりに“歩行ランド”に行くことにした。

歩行ランドの受付の前に立つと若い受付嬢に話しかけられる。

「歩行ランドは初めてですか?」

「いえ、3年前ぐらいに1度来て・・・」

メモを取りながら嬢は質問を続けた
「なるほど・・・歩くのはお好きですか?」
「ええ・・・まぁ」
「あ・る・く・の・は・す・き・・・・・では?歩行用の靴はお持ちですか?」
「歩行用?あー持ってきてないんですけど・・・」
「レンタルもありますけどどうなさいますか?靴の種類はバスケットシューズタイプから地下足袋・・・まぁツウの方ほど裸足で歩いたりしますけど・・・」
「あ~じゃあその一番左のバスケットシューズを」
「それでしたら300円です。入場料と合わせて800円頂きます」

私は荷物を受付に預け、レンタルしたバスケットシューズを履き、最新型のGPS機能付き万歩計を腰につけて、歩行ランドの歩行エリアに進んだ。

歩行ランドは外から見ると平たい箱状のシンプルな平屋。1辺1キロ四方の巨大な建物で4辺の長大な廊下が歩行エリアになっている。

歩行エリアの横幅は10メートル前後で、エリアを歩行している人も、休日でもだいたい常に10人前後ぐらいであまり繁盛しているわけではないみたいだ。歩行者の8割は近所のお年寄りで私のような若い世代は少なく、皆ただ黙々と歩行を続けている。

準備が整った私は、歩行をはじめた。

とはいったもののそれははじめから終りまでただ単調な歩行であり、やる事と言えば歩きながら窓から外の景色を眺めたり――窓からはただ近所の団地だとか野っ原だとか中学校だとか区民センターだとかありふれたものしかみえないが――、自分の歩数をカウントしてみたり、万歩計に狂いはないか時々確認するだけで、歩く以外の楽しみはない。歩行者側からしたら本当に黙々と歩くだけの施設である。まぁでもその為、出会いを求めて施設に訪れる者もまずいなく、ただひたすらに黙って歩く事にはこれ程に向いている施設はないが。


1時間ぐらい歩いた私は尿意に襲われ脇道にそれ、トイレに向かった。トイレには先客の老人がいて会釈をかわした。歩行エリアの内辺には2箇所、シャワー室付のトイレがあるのでトイレの心配はいらない。

それから2時間後、私は小腹が空いたので歩行エリアの売店でショートブレッドとスポーツドリンクを買い、腹に収めた。売店にはその他、弁当にお茶にお菓子や雑誌、その他にもお土産の「歩行くんストラップ」や「歩行くん万歩計」が売っていた。
売店では、腰に付けている万歩計を見せるとその歩数に応じて割引してくれるサービスもしていて、私の場合それまで11キロ歩いていたので、買ったものから4円割引してくれた。

それからまた2時間、私は歩き続けたが、もう体力の限界。私はギブアップして受付に戻った。

受付には朝からいた若い受付嬢がいて、私は万歩計とバスケットシューズを返却した。
「ありがとうございました。これがお預かりしたお荷物と・・・16キロ歩行されたので景品の“歩行くんストラップ”です」
「ハァ・・・ありがとうございます・・・高校の時は私も陸上部だったんですけど・・・ハァ・・・ブランクがあるとやっぱダメですね・・・」
「ははは・・・まぁでも健康第一ですから、あまり無理をされても、逆にどっか痛めたりしますんで・・・」
「まぁそうなんですけどね・・・これって・・・私は16キロ歩いてこのストラップですけど、もっと上の景品ってどんな感じなんですか?」
「そーですね・・・え~と20キロで“歩行くん記念メダル”30キロで“歩行くんぬいぐるみ”・・・」
「はは・・・上の方でもそんな感じなんですね・・・」
「あ、でも40キロ超えるとすごいですよ。40キロで“歩行くん図書カード”で50キロで“歩行くん旅行券”・・・ッ!!」
「あーまぁ図書カードとかはたしかに良いですけどね・・・でも40キロは大変だなぁ・・・」
「いやいやこの歩行ランドに来る人たちはみんなすごいですよ。年配の方でもよく図書カードとか貰って帰る人も多いんですから!もうこっちもモトとられちゃってモトとられちゃって!」

受付嬢はそういって嬉しそうに笑った。朝は気にも留めなかったが、結構可愛い。

「でもまぁホントにモトとられちゃうわけじゃないですけどね。お客さん口固そうだからバラシちゃうけど、例えばあの廊下・・・大きな発電装置になってて歩行者の方が歩行するたびに発電される仕組みなんですけど・・・他にも・・・」

そう言いかけた受付嬢の後ろから受付嬢の先輩と思われる中年の女性が現れた。

「渡部さん。そういう事はお客様にお伝えするべき事ではありません」
若い受付嬢はしおらしく謝る。
「すみません・・・」
中年の女性は言う。
「すみませんね。別に秘密があるわけじゃなんですけど、あんまりお客様に歩行ランドのシステムについてお伝えすると、歩行されてる時に雑念が浮かんで歩行に集中できなくなったりしますので・・・」
「はぁ・・・まぁ私は別にいいですけど・・・ちなみのここでの歩行距離の最高記録っていうのはどれぐらいなんですか?」
そういうと中年女性の顔が曇った。

「ええと・・・まぁこれも隠し立てする事じゃないんですけど・・・」
若い受付嬢が視線をそらした。視線の先には私がトイレで出会った老人が歩いていた。老人はこちらには感心がないようで、そのまま歩行エリアを歩き去ってしまった。

「実は・・・いま歩いて行った人・・・塚本さんっていう方で・・・あの人が歩行距離の記録保持者なんですけど・・・」
私はトイレで会った時の独特のたたずまいを思い出しガテンがいった。
「ああー、確かに良い身体してますよね。言われてみれば、私が朝来た時から歩いてたし、いまだって息ひとつきらしてなかったですもんね」
すると中年女性は心配そうな顔で答えた。
「そうなんですよ・・・あの人・・・もう私がここの仕事に就く前からずっと歩きっぱなしで・・・」
「ええ!?じゃあいつぐらいから?」
「ええと私がここでバイトを始めたのが・・・11年前だから・・・」
「11年!?」
「はい・・・でももっとだと思います。私が11年前初めて塚本さんの万歩計を見せてもらった段階でもう万歩計は9999キロ999メートルでカウンターストップしてましたから・・・」
「へええ・・・」
「その時は私・・・ここの売店でレジ打ちをしてたんですけどあの人のカウンターストップした万歩計をスキャンすると売店で売ってる物が全部タダになっちゃって・・・」
「それはすごい・・・売店の雑誌も弁当も全部タダかぁ・・・ここは年中無休の24時間営業だから確かにいくらでも居続けできますね。でも寝る時とかはどうするんですか?」
それについては若い受付嬢が答えた。
「私達も詳しい事はよく解らないんですけど・・・塚本さん・・・時々目をつぶったまま歩行してる時があるんですけど・・・、多分あの人・・・眠ったまま歩くこともできるんじゃないかなぁ・・・」



帰り道、私はさっき貰った、頭が足の形をした“歩行くんストラップ”を見つめながらあの老人について思いを巡らせた。

あの老人・・・いつからあそこで歩いているのだろうか?
あの老人はいつまであそこを歩き続けるのだろうか?
そしてあの老人がギブアップした時・・・・・・あの若い受付嬢からいったいどんな景品が貰えるのだろうか・・・・・・・・・・・

考えても考えても答えにはたどり着かなかったので、私は今度の休日、またあの歩行ランドで歩きながらゆっくり考えようと思った。















       

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