Neetel Inside ニートノベル
表紙

稲妻の嘘
第三部 第一話  『奴隷船』

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 もうあんなやつには、出会えないと思った。
 今でもよく覚えている。初めて会った時、慶は普通の素人のガキだった。
 強い相手だと見れば見境なしに突っ込んでいき、自分にも相手にも深傷を負わせる。それが嫌で嫌で仕方がないくせに、傷も治らぬまままた別の敵へと挑戦していくー―それが、どうしてもやめられないやつだった。格上の相手と見れば、逆らわずにはいられない。幼稚な狂犬――その気持ちが、狭山にはよく理解できた。
 なぜなら、狭山も同類だったから。
 ――まだ、いまよりも、勝負師が街角にいた時代。
 紙切れ一枚に全てを賭けた。血を見る金だった。まともに働いて手にする泡銭では見学料にすらならない。ただそこにいるだけで地獄の金が溶けていく――
 それが、勝負。
 血と汗と埃の臭いが充満する鉄火場で、狭山は最初に慶を見た時、歯牙にもかけなかった。なぜなら慶は身なりのいい格好をして、高そうな財布を手に持って、金持ちの道楽息子としか思えなかったから。
 いわゆる〈カモ〉だ。
 場主から提供される握り飯を頬張りながら、慶を見る狭山の目には軽蔑の色しか無かった。それは理路整然とした表通りの世界からやってきた人間に対する、孤独者の羨望もあったのかもしれない。認めたくはなかったが。
 実際に、真嶋慶の実家は資産家だった。喰っていくだけなら絶対に困らない、そういう世界から慶はやって来た。ギャンブルで素性がいいということは致命的だ。負ければ親類に火が届くし、金のない者よりあるやつを誰もが狙う。
 だから慶も最初はそういう集中砲火を浴びて苦しんだはずだ。狭山も容赦しなかったし、他の賭博師たちもそうした。
 雑魚から、狩る。
 それが勝負の鉄則。
 だが、――慶は生き残った。
 今でも狭山は不思議でならない。
 百戦錬磨の経験を積んだ後のことならいざ知らず、素人同然だった最初の慶が、なぜ狭山たちに囲まれて博打を打ち、負けなかったのか。
 いや、もちろん無敗などではなかった。ある時は決定打を受けた慶が膝を突き、青息吐息で転がり出されたこともあるし――それが狭山で、蹴り出す方が慶だったこともある。白星黒星勘定で言えば、狭山と慶は互角だったのかもしれない。
 いつからか、二人は好敵手のような関係になっていた(本人たちは顔をしかめて否定していたが)。
 気に喰わない。
 だが、他のやつらに倒されるくらいなら――手を貸して、生かしておく。
 いつか己自身の手で、完膚なきまでにトドメを刺してやるために。
 その瞬間を、思い描くだけで身体が震えて、止まらなかった。

 だが――……
 結局、真嶋慶と狭山新二、この二人の因縁に決着がつくことはなかった。
 最後にぶつかったのは、狭山が死ぬ二年前。
 大きな風速レートの勝負だった。関東一圏をまるごと巻き込む地下賭場で、裏世界で名の通った粒揃いの賭博師たちが集結し、血まみれの金を奪い合った。
 金の問題になれば名前も才能も関係ない。
 負けたら払えない。
 なんとかして清算するしかない。
 後に、狭山が聞いたところによれば、あまりにも勝ち過ぎて、憎まれだした賭博師たちを集めて喰い合わせ、不愉快な顔ぶれを整理してしまおうと誰かが言い出して開催されたシキだったとも言う。そうだったのかもしれない。
 慶も狭山もその賭場に呼び出され、ぶっ続けで勝負した。
 三十日間。
 まともに眠ったかどうか、覚えていない。
 その場で、八人が犬コロのように死んだ。
 わざわざギャンブルで毟り取るまでもなかった。真剣勝負は骨身を削る。途切れない集中と緊張が人間を病ませ、壊していく。
 一人が卓に突っ伏し動かなくなり、また一人が便所に立ったきり戻って来なかった。死体が増えるとその衣類と所持金を卓の上に乗せて残ったメンバーで取り合った。
 それが、どう考えても、自然で当たり前なことだった。
 二度と、太陽を見ることはないかもしれない。地下賭場の便所の鏡でやつれた顔を見ながら、慶も狭山も、同じことを考えていた。
 だが――
 結局、勝負はつかなかった。
 最後の半荘が終わった時、三人がまだ生きていた。
 それが真嶋慶と狭山新二と、もう一人。
 約束の三十日はとうに超え、死体の数も増えすぎた。
 観戦している方が、
「もう、いい」
 と音を上げるようなデスマッチは、あっけなく終わった。地下賭場の重い扉は開け放たれ、隙間からふたたび陽光が差し込んだ。錆びた階段を登って、重い足を引きずって、賭博師たちは地上へ戻った。
 そして、別れた。
 言葉もなく。
 傷ついた背中を、それぞれがさらしながら。

 それから――
 それから、狭山は、二度と真嶋慶に出会うことはなかった。
 それでよかったと、と狭山は思う。
 修羅が狭山に学ばせた。
 勝負事は、やれば必ず負ける。
 所詮、やらずぶったくり、都合のいい花道など幻想だ。
 勝負事には、限界がある。
 傷を負わずに終われる戦争は、ない。
 血を見ることに、狭山は飽いた。目を潰してくるあの紅が、綺麗に見えたのは最初だけ。もはやそれは、くすんで錆びた鉄色にしか見えない。赤鉄色の世界は、重すぎる。
 たとえ狭山が、ぶち抜きの天才だろうが、関係ない。
 流せる血には、限界がある。深傷に耐え抜く鋼の精神を持っていようが、すべて出し切ればそれで終わりだ。
 首筋をかすめていった死の影を何度も撫でながら、狭山は思った。
 死ぬよりも、生きよう、と。
 それが素直にできれば、よかったのだが。

 狭山は、やめなかった。
 どこまでも、闘い続けた。
 慶とは出会うことはなかったが、それでも噂だけは時々、耳にしながら、狭山は自分の戦いを続けた。打ち、打ち、打った。他人が懐に溜め込んだ、生命の保険いのちぜにを奪いに奪って、生き地獄へ叩き落とした。絶望し、救いを求めて見上げてくるいくつもの目を、狭山は踏み潰して背中を向けた。
 なにかに駆り立てられているかのように。
 なにかに押されているかのように。
 あの頃、狭山はなにかを探していた。
 死に場所だったのかもしれない。

 ○

 なにも思い出せない。
 記憶の迷路が、汚染されていく。
 一度粘着した忘却の泥は、何度擦っても綺麗にならない。
 名前も。
 素性も。
 信念も。
 忘れていく、
 だが。
 だが……
 ――なにをしていたんだっけ?

「た、頼む……た、助けて……」
「……ん?」
 ザルザロスは、顔を上げた。図書館の最奥にある読書室に彼はいる。丸型の船窓から差し込む光が、ザルザロスに夜明けを教えてくれる。
 亡霊船にも朝は来る。
「ふわ」
 ザルザロスはあくびをして、なんとか自分が今、椅子に座っている理由を思い出そうとした。
 テーブルには牌が散っている。対面には唾を吐きかけたくなるほど整った顔をした少年が、泣きそうな顔で手を伸ばしている。ザルザロスはそれを冷たく見つめた。
 握手はしない。
「ええと、なんだ。どうした? いったいなにがあった」
「は……?」
「待て。いま思い出す。ええと」ザルザロスは片手で顔を覆った。
「そう、俺は闘ってた。お前と。そうだよな」
 少年はぶんぶんと顔を縦に振る。
「あ、ああ……! 僕と〈シャットアイズ〉をしてた、いや、……してしました」
「そうだよな。牌が出ているもんな」
 触れば分かる、とばかりにザルザロスは散った牌を杯に満たされた水のように手で掬い取った。じゃらじゃらとその指先から黒牌が流れ落ちる。
「俺はお前に、勝ったのか?」
「……そうです」
「俺、なにか言ってた?」
「……は?」
 少年は、いよいよこの〈フーファイター〉はイカれてしまったのかと思った。
 事実、ザルザロスは壊れている。
 〈フーファイター〉になるというのはそういうことだ。
 一箇所も故障せずに飛ぶ戦闘機などいない。
 ザルザロスは光を嫌がるように、顔を革手袋に包まれた手で隠している。
「最近、記憶がどんどんやられてる。何も思い出せなくなってきてる。まァ、憶えておくほど面白いことなんかないから、いいんだけどさ」
「ははは……」
「面白いか? それはよかった。で、なんだっけ。助けて欲しい、とか言ったか?」
 少年が電撃を流されたように飛びあがった。目を血走らせて、もつれる舌をなんとか回して、言葉を紡ぐ。
「そう、そうなんです! 僕は、僕はこんなところで豚になるわけにはいかないんだっ! だから、み、見逃して欲しい……」
「見逃す、か」
 ザルザロスは腕を組んで考え込んだ。
「いいよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
「うん。なあに、簡単だ。俺がお前から奪った脂貨を、いますぐここで床にぶちまければいい! お前はそれを拾う。それで勝負なし。平和な解決になるよ」
「よ、よかった……」
 少年は心底ほっとしているようだった。疲れた笑顔でザルザロスを見上げてくる。
「あなたが、その、〈理解のある人〉で助かりました。僕は、ここで終わるわけにはいかないんです。どうしても……僕は、生き返らなきゃならない」
「俺を倒さないと、生き返れないけど?」
「いえ、僕には分かりました」
 少年は騎士のように胸に手を当てる。感銘に身を打たれたように身を震わせ、
「あなたには、到底、敵わない……残念ですが、ザルザロス。あなたが〈フーファイター〉でいる限りは、〈バラストグール〉の身に甘んじることにします。いや……本当に、あなたの勝負は素晴らしかった。ほんとですよ、信じてくれますか?」
「ああ、信じるよ。ありがとう、褒めてもらえて、かなり嬉しい」
「よかった」
 少年が薔薇のような笑顔を咲かせる。ザルザロスは革靴の爪先で何度も床をこすっている。
 執拗に。
「シャムレイ、脂貨を出してくれ」
「よろしいのですか?」
 ザルザロスの死角に控えていた奴隷人形は、無表情を崩さずに主に尋ねた。
「勝ち分を返してやるなど……甘すぎます、あなたは」
「いいから出せ」
 シャムレイは不服そうに、溢れんばかりに脂貨を積んだ銀盆をテーブルに置いた。ザルザロスはそれを、黄金の輝きに濡れる硬貨の谷を見下ろしながら少年に尋ねた。
「なあ、おまえ、なんて名前だっけ」
「アキラ」
 答えたのは、少年の奴隷人形。藍色の髪をおさげにした、可愛らしいお人形さんだ。手を持ち上げて、訴えるようにザルザロスに言う。
「あのね、ザルザロスさま。アキラはとてもがんばったんです。
 でも、だめでした。
 だけど、アキラはほんとうは強いの。とっても強いの、だから――」
「だから?」
 少女は息を呑んでから、微笑んだ。
「ありがとう。アキラを、ゆるしてくれて」
「許してないよ」
 ザルザロスは少女の頭から手を離した。その左手が駆け抜けたのを、その場にいる誰もが目では追えなかった。
 ごきり
 小さな奴隷人形がゆっくりと赤絨毯に倒れこむ。
 その首は、強靭な力にねじ伏せられて、ぐんにゃりとへし折れている。顔が背中にまで回っていた。
 アキラはその時ようやく、
 自分がやはり、助からないことを知る。
「あ……あ……? な、なにを……?」
「俺はお喋りな人形が、嫌いなんだ」
 シャムレイの鉄面皮が、痛むほどに凍りついたことにザルザロスは気づいていない。
 知ろうともしない。
 冷たい瞳で、アキラを見ている。
「俺は、賭博師だった。それがどういうことか分かるか、アツシ」
「あ、アキラです……」
「アキラ。なあ? どう思う。賭博師って、なんだ」
「そんな質問……抽象的すぎて……なんとも……あ、あの! アミスを起こしてやってもいいですか……?」
 愛する人形を壊されて、アキラは目に涙を浮かべている。それは本物の涙、真実の悲哀かもしれない。
 だが、ザルザロスは首を振る。
「壊れた玩具より、俺の質問のほうが大事だろ。な? そうだろ。答えろよ。それとも、教科書がないと無理か?」
「ひ、ヒントを……」
「そんなものはない。
 いいか、そんなものはないんだ。
 間違っててもいいから、お前には答えを言って欲しかったよ……てめぇの頭からひねり出した言葉なら、どれでも正解になるのにな。――俺は賭博師だった。そして勝負事っていうのは、
 ――相手を許さねえ、ってことなんだ」
 立ち上がりざまに、ザルザロスがテーブルを蹴り倒す。足が折れた円卓が壁にぶつかって粉々に砕け散る。椅子に座ったままのアキラが口をあんぐりと開けていた。
 嘲笑う気にもなれない。
 一歩、詰め寄る。
 足元にぶちまけられた硬貨が、踏まれて可愛い音を立てた。
「いったいぜんたいなにをどう考えたら、この脂貨がお前のものだなんて思えるんだ? 憶えてないが、お前は俺に負けたんだ。どっから自分が許されるなんて自信が湧いてくるんだ。そんなに自分が大好きか? 愛しちゃってるのか? え?」
「ち、違います! 僕は、ただ――」
「言い訳はやめろ。――虫唾が走るんだよ、てめぇのその計算高い口ぶりが」
 胸倉を掴み、ぼろきれを振るように少年を床に叩きつける。脂貨が形を与えた仮の肉体が、苦悶に呻く。
 ザルザロスは騎士のように、床に倒れる少年のそばに膝をつく。
「痛いか。痛いよな。肉ってのは、そういうもんだ。でなきゃ腐ってる。よかったな。お前は腐乱死体バラストグールじゃない。まだまだ新鮮だ」
「う、うう……」
「どうした、元気がなくなったな? ああ、俺がお前を許さないと思ってるのか。うん、まァそうなんだが、チャンスをやるよ。たった一度の機会だ」
 アキラが伏せていた顔を上げる。
 その瞳が、ぎらつく。
「ちゃ、チャンス……?」
「ああ。今度こそ、心をこめて、俺の質問に答えろ。――お前、生き返って何がしたい?」
「僕は……」
 少年は、叫ぶ。
「い、生きたい!」
 それが、答えのつもりだったのだろう。
 静かにその『続き』を待ち続けるザルザロスに、アキラは明らかにうろたえていた。
「あの……生きるって、す、素晴らしいことだと思うんです!」
 しどろもどろになりかけながら、必死に言葉を探しあぐねて、
「でも、でも僕は、それを途中で奪われた……馬鹿な、馬鹿なあの車が僕を、僕を轢いたんだ! この僕を……なにもしていないこの僕の身体を……あれは間違ってた、正しくなかった、だって僕は死ぬべきなんかじゃ――だから、だから今度こそ――僕は、生きるんだ!」
「それで?」
「それ、で……?」
 虚ろな目をした死者に、幽霊賭博師が囁き尋ねる。
 お前は、と。
「アキラ。お前は、生きて何がしたい?」
「何、って……」
「お前は言った。『どうしても生き返らなきゃならない』って。ああ、立派だな。さぞかし凄まじい恐るべき理由が、お前の人生にはあるんだろ? さあ、遠慮なんかしないでさ、それを言ってみてくれよ――この俺に」
 アキラの舌が震えている。
「それは……あの……これから……探します」
「これからなんて、お前にはないよ。だって、もう死んでるんだから。
 人生はすでに完結した。手牌はすでに配られた。
 お前に新しいツモはないんだ。だから今あるお前の記憶の中から、答えってのは出さなきゃいけない。
 ……もし本当にお前が『どうしても生き返らなきゃならない』んだとしたらな」
「生きるなんて……に、人間だったら当然の、当たり前の欲求でしょう!?」
「ちがうね」
 ザルザロスは手の甲で少年の顔をぺしぺしと叩いた。
「俺は嫌だね、そんなの。気に入らねぇや」
「そんなの……嘘だ。に、人間じゃない! そんなの……不自然だっ!」
「喚いてどうする? 立場、覚えてるか? もう決算は済んでるんだぜ? おまえはありったけの脂貨を失った。お前を、お前でいさせてくれる燃料ものは、尽きた」
 ザルザロスは、手、と呟いた。アキラが床に突いた己の手を見る。
「あ……ああ……!」
 持ち上げたそれは、なかば蹄になっている。中指の付け根から手の甲まで、深い裂傷ができていて、血が滲み骨が見えているが、その傷はすぐに治る。それどころか快癒しすぎて、指が二又に癒着し始めた。二つの爪が度の違うレンズのように重なり合って、ひとつになる。
「ぼ、僕の手がぁっ! 僕の……僕の……」
「大丈夫。俺もおそろいだから」
 ザルザロスは手袋を取って、その手を見せた。
 蹄の指が五本、蠢く。空の地面を何度も掻いて、歩くような真似をして。
「うっ……ううっ……」
 いやいやをするように、アキラが首を振る。が、その額が禿げ上がっていくことに、肌が人間離れしたきついピンクになっていくことに、彼は気づかない。ザルザロスは小さく笑った。
「前向きに考えようぜ、なあ。勝利のV! ……とでも思っておきゃ、幸せに溶けて終われるんじゃないか」
「う、うああ……!」
「この〈アリューシャン・ゼロ〉の燃料にされたやつがどうなるのか分からんが、お前にはもう、生きるなんて七面倒くせぇ運命が二度と待っていないことを祈るよ。だってお前、向いてねぇもんな。
 ――人間なんかさ」
 ザルザロスが立ち上がった時にはもう、神鶴彰はそこにはいない。
 赤い絨毯をくんくんと鼻を鳴らして嗅ぎまわっているのは、小さな子豚だ。
 ねじれた尻尾を楽しげに振って、壊れた人形の周りをうろつき回っている。
 ザルザロスは、敗者から顔を背けた。
「シャムレイ、こいつをボイラー室まで連れて行って、燃やせ」
「……はい」
 子豚をなだめながら抱き上げたシャムレイの足が、ふいに止まる。しかし何も言わない。主を振り返りもしない。
「……エンプティ」

 読書室の扉の前、そこに、雨に濡れたように俯いている少女の人形が立っていた。
 真嶋慶の従者、くすんだ金髪の、
 エンプティ。
「……ザルザロス様」
「真嶋のガラクタ人形か」ちらっと見やり、
「――なにしにきた? あいつはどうした」
「いません。……わたしはひとりで来ました」
 人形の拳が、震えている。
 怒りに駆られた者のように。
「わたしは、あなたと慶様がどこか似ていると思っていました……言葉も、雰囲気も……でも……」
 歪んだ顔を、上げる。
 それは裏切られた子供のような、顔。
「でも、違いました。あなたは、……慶様とは、違う!」
「何をふざけたことを……」
 ザルザロスはあくびをした。それを鬱陶しそうに噛み切って、シャムレイが抱いている家畜に顎をしゃくる。
「同じだよ、俺とやつは。あいつだって、誰かをこういう運命に蹴落としてきただろうが」
「あの人は……これから燃え尽きていく人に、そんな冷たい言葉なんて浴びせなかった!」
「暖かい言葉をかけてやれば、なんでもやっていいのか。ふうん、じゃあ誰にでも親切にしないとな? それでなんでも許されるんだろ、お前の言い分だと」
「あなたは……間違ってます」
「口の利き方には気をつけろ、ガラクタ人形。お前、誰と喋ってる?」
「……フーファイター。わたしたち奴隷人形の、本当の、主……」
「なら、ぶっ壊される前に消えろ。俺は眠いんだ」
「じゃあ……じゃあ、わたしが、わたしが……
 ……目を覚まして差しあげます!」
 エンプティがザルザロスの前に歩み寄る。シャムレイが何か言いかけ、やめる。そして、
 エンプティは、吼えた。





「わたしと勝負してください、――ザルザロス!!」

       

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