Neetel Inside ニートノベル
表紙

ドリーム・ガールズ・バトル
オープニングあるいは悪夢

見開き   最大化      

「私がいないと本当にダメなんだから、太郎君は」
 そう言いながら血を流している黒髪ロングの女の子、一人。
「そんなこと言ったって、お前、血がッ!」
 そして、残念なことに女の子に庇われ、腰を抜かしているくせにお世話なことに心配までしている男、こと俺が一人。
「アハっ! あんたには悪いけど、太郎は私のものなの、これわかる?」
 軽快に笑いながら、鈍色に光るハンマーを軽快に振りまわす、バチバチの金髪のヤンキー女がまた一人。
 いったい、この状況、どうしたものかと。
 いや、人が傷ついている、争っているのだ。それも俺を原因として……。
だとしたら俺が止める――否、止めなければならないと言うのが筋だ。
震える声を、俺は絞り出して叫ぶ。
「や、やめてくれよ! 俺はこんなの望んじゃいないんだ! 血だって、すっごい怖いんだ! 本当に、やめてくれよ!」
「そんなこと言ったって、ねぇ?」
 ヤンキー女、こと金村加恋はケタケタ笑いながら手に持ったハンマーを振り下ろす。
 ドスン、と腹に響く重低音が、空間に響いた。
 本当になにもない、何もなさすぎる空間。四方八方に先はなく、ただ、平面だけが存在したこの世界。わけがわからないと叫びたくなる。
「目の前に好きな人がいて、そして、その人を獲られそうになっている……。 そんなの、戦うしかないじゃないですか。 太郎君はモテモテなんですよ? だから、太郎君につく悪い虫はみーんな排除しないといけないんです」
 黒髪ロングの女の子、いつも気の弱そうな黒埼沙希は加恋の方を向いて二丁の拳銃を構える。
「こんな風にね!!!」
 硝煙の匂いと、耳に突き刺さる爆音。目では捉えることのできない銃弾が加恋に飛びかかる。
「意味ねぇんだよ、そんなチンケな羽虫弾丸はよぉッ!」
 加恋が手に持った鈍器を二、三度振り回すと、高い金属音が生まれる。
 銃弾を全て、弾いたと言うのだろうか……、常軌を逸している。
 だけれども、拳銃を何の反動もなしにバカスカ撃ちまくる沙希も、とても巨大なそれこそ、人一人分ぐらいの大きさのハンマーを軽々と振り回している加恋も俺の幼馴染なのだ。
 常軌を軽く飛び越え、殺し合っている彼女ら幼馴染を、俺は止めたかった。
「あれ? なんで? どうして? どうして弾切れなんてなるの?」
「アッハァッ!! お前の愛情なんてその程度だってことだよ!!!黒埼沙希!!」
 沙希は震える腕で、なんどもなんどもトリガーを引く。細い腕、長い指で……。だけれども、拳銃から銃弾が出ることはなく。ただただ、カチリカチリと、空虚な音が鳴るだけだった。
「嘘、嫌っ! 獲られたくないっ!! 太郎君は、太郎君は私のものなの!!」
 どれだけ叫んでも、どれだけやっても、どれだけ沙希が引き続けても、何も変わらない。鼻歌を歌いながら、ハンマーを振りながら、彼女の方に向かう加恋は倒れない。
「安心しなよ、黒埼。 ここで死んでも、現実ではお前は死なねぇし、お前の代わりに私が太郎を愛してあげる」
 ニタリと笑って、彼女はハンマーを振り上げる。いつか俺が加恋にあげた、青色のピアスがキラリと揺れていた。
「だから、今日のところは死んでおけッ!」
「殺す」
 形勢は、圧倒的に加恋に傾いていた。ギリリと歯を食いしばりながら、とてもおぞましい表情で加恋を睨みつける沙希も、恍惚の表情でそれを振り下ろそうとする加恋も、全部見えていた。見えていたのだ。
 だから、動いた。
 俺は、沙希に体当たりをぶちかまし、ハンマーの落下地点に入り込む。俺が動いていたことを二人とも察知できていなかったようで、焦りの表情が両方に見えた。
「クソッ! なんで太郎が!?」
「太郎君、駄目っ!!!」
 振り下ろされたそれの勢いは止まらない。脳天から足先まで、俺は叩き潰される。
 一瞬だ。一瞬だった。痛みも恐怖も何もなく、俺はただただ笑った。
 視界はブラックアウト。意識、シャットダウン。
 俺が死んだ後でも二人は殺し合うのだろうか、それはとても嫌だった。
 どちらか片方が死ぬことも、俺は嫌だった。
 嫌だったのだ。




「はっ、夢か……」
 嫌な夢だ。本当に嫌な夢だった。幼馴染の二人が殺し合うなんて、何を考えて寝たらあんな夢になるんだろう。
 寝間着も汗でびっしょりだ。これは、学校に行く前にシャワーを浴びなければいけない。
「おはよう、太郎君」
 急に隣から声をかけられて、俺の心臓は棒高跳びを始める。嫌な夢を見て、寝覚めだけは最悪に良かった俺の脳みそでも、今の状況を飲み込めなかった。
「うふふ、汗、びっしょりだね。 でも、私もびしょびしょなんだよ」
 黒髪ロングの女の子。少しだけ寝癖がぴょんとたっていて、大きく、穏やかな、やけに座った眼で、俺を上目遣いで見てくる女の子。
 オーケー、オチツコウ。ココオレノヘヤ、アサオキタ、トナリ、オンナノコ。
 ワケガワカラナイヨ、オーノー!!!!
「な、な、な、なんで、沙希がここにいるんだよ!!!!」
「なんでって言われても、これは朝ちゅんですよ、朝ちゅん」
彼女がニコッとあざとく笑う。その瞬間を見計らったかのように、窓の外では鳥がちゅんちゅんと元気に鳴いた。
いや、うるさいし、余計なバックミュージックだよ、鳥。
「昨夜も激しかったんだから、ね」
「なにが! 何が激しかったの!?」
 薄い水玉のパジャマから見え隠れするのは大きく実った谷間で、彼女が動くたびにゆらゆらと揺れて、なんとも言えない気分になる。
「もう、見すぎだよぅ~。 昨日、あんなに見たのにまだ足りないの?」
 照れたように胸を抑える沙希。頬を赤らめ、じとっとして、ちょっと楽しそうな目つきに変わる。
 おかしい、俺には昨夜の記憶など何一つとしてない。彼女とニャンニャンした記憶はもちろん、チョベリバした記憶も、ずっこたばっこんした記憶も、何一つとしてない。

 ――あるのはただ、二人が殺し合っていたあの夢の鮮明な記憶だけ。

「仕方ないなぁ、太郎君がそういうことしたいって言うんなら、学校さぼってでもしちゃっていいんだよ?」
 服のボタンに手をかける彼女。ふくよかなその肉塊が、徐々に姿を現していく……って釘付けになっている場合じゃなくて、今俺がするべきことは一つだけだろう。
 それは彼女とニャンニャンすることでも、豊かなおっぱいをわしづかみにして押し倒すことでも、踏んでください、と尻を突き出すことでもない。
そう、それは――
「すっいまっせんでしたー!!!!!!!!」
 土下座だ。もしくはDOGEZAとも言う、外国人に人気のアレである。
 何度も、何度もフローリングの床に頭を打ちつかせ、俺は叫ぶ。
「すいませんでしたー! いや本当マジすいませんでした!!! すいませんでしたー!!!!!」
「あー、やっぱこうなっちゃうかー」
「すいませ――え?」
 目の前の女の子、黒埼沙希は顎に手をやって、可愛らしくうーんっと唸る。腕組みのような体勢になっていて、その大きな胸が過分なく強調される。
「ま、昨日のは実質的に私の価値みたいなものだったけど、やっぱり加恋ちゃんを殺せてないからなぁ……」
 沙希がきれいで、可愛らしい声で呟くのは間違いもなく、昨日の夢の内容だった。殺す、夢の中で言った時の表情と、彼女の可愛らしい悩み顔が今、重なって見えた。
「おい、沙希、何の話だ?」
「うん、太郎には関係ない話かな? 女の子の大事な話だよ」
 首を傾げさせながら、沙希は天使のように穏やかに微笑んだ。
「関係ない話なわけが――」
「ほら、着替えるんだから出ていった出ていった」
 彼女は俺の方を気にせずにパジャマのボタンを一気に外していく。
「ってなんでノーブラなのさー!?」
「うふふ、サービスに決まっているでしょ、サービスに」
 見えそうで見えないそれが、完全に露わになる前に、俺は部屋を飛び出してドアを閉める。なぜ、俺の家で俺の部屋で俺が締め出されなくちゃならないのだ。
「太郎?」
 ドアの向こうから、沙希が呼びかける。落ち着いているその声に、俺は「なに」と答えた。
「太郎、安心してね、次は私がちゃんと殺して勝って既成事実ごとつくってあげるからね」
 うふふと笑いながら言われたその言葉はとても冷ややかで、かけられた俺の方に鳥肌が立った。
 もしかしてもしかすると、俺たちは何か、恐ろしいものに巻き込まれているのかもしれない。夢の中での殺し合いと、彼女の言葉、血の色。嫌な予感がした。今までの関係性や、信頼、感情、そんなもの全てが壊れてしまいそうな、最悪の予感が。

     

「とりあえず、シャワーだな、シャワー」
 俺は二階から、一階にある浴室へと向かった。沙希の寝起きドッキリと悪夢によって眠気などほとんど残っていない。だけれども、汗で湿ったままの体でいるのは、衛生的に問題があるというものだろう。
 服を洗濯機に放り投げ、俺は浴室のドアを開けた。そうだ、電気がついていることから何かしらの警戒をしていればよかったのだ。そうすれば、ハーレム漫画の主人公張りの怒涛ラッキースケベ的展開にはならなかったはずである。
 そう、浴室の扉を開けると、そこには金村加恋がいたのだった。
「あー! 太郎、夢の中ではごめんねー! 痛かっただろう? 」
 金髪ガングロギャルという今のご時世ではなかなかに珍しいキャラである彼女が、俺の事を抱き寄せ、良い子良い子してくるのだ。
「ちょっ、離してっ、ていうかなんでここに?」
 すりすりと顔を摺り寄せてくるのを抵抗しながら、俺は加恋に向かった叫ぶ。
 さっきも、沙希に寝起きドッキリされたわけだが、一体俺の身の回りで何が起こっているのだろう。あ、さっきも沙希とかダジャレじゃないです、はい。
「太郎~、本当に無茶するんだから~」
「本当、くっつくのやめて」
 そう、胸が――胸が、当たらないけれども……。タオル一枚の女の子に抱き付かれるのは精神衛生上と健全な男子高校生には刺激が強すぎる。
「ちょっと待って加恋姉、さっき夢の中って言った?」

「あ、うん言ったね、言ったよ。 なんならもう一回言っておく? 夢の中で殺しちゃってごめんね、太郎?」

 ドキリと、心臓の音が脳内に響く。
 知っている、知っているのだ。加恋姉はあの悪夢について俺の知らないことを知っているのだ。
「加恋姉、それって……。夢って!?」
 加恋は目をパチクリさせて、ニヤッと笑う。熱いお湯で蒸気のたった狭い浴室で、俺は背中に冷汗が通るのを感じた。
「そのようすだと、黒崎のヘタレは何も言っていないみたいだね。 本当、羽虫ヘタレなんだからさ」
 加恋は沙希のことを呼ぶとき、ヘタレと呼ぶ。そのことについて、色々と聞きたい気がするけど、俺は今はぐっと堪えて頷いた。
「知りたい、知りたいよ。 多分、俺の事なのに、俺が何も知っていないなんて。 それってなんかすごい嫌なんだ」
「ふーん知りたいんだ。 いいよ、教えてあげる。 手とり足とり、ナニ取りね」
「今はそういうのやめてよ」
 加恋は片手でわっかを作って、人差し指をそこに抜き差ししたりする。そうだ、彼女は下ネタが好きなのである……。
「えー、太郎がいいなら私はいつでもいいのになぁー」
「そんなこと言わないの」
「じゃあ、今日は太郎が教えて、加恋お姉たんって可愛くいってくれたら教えてあげる」
 唇をぷくっと膨らませて、加恋は不服そうに言った。
「教えて、加恋お姉たん!!!!」
「やーん、太郎ってばかーわいい」
 身をよじらせて喜んでくれるのは純粋に嬉しいような悲しいような気がするが、今はそんなことはどうでもいい。悪夢の話が最重要である。
「それで悪夢について、教えてよ」
 俺が彼女に催促すると、考える人みたいなポーズでちょっと止まる。

「んー、えーっとねー、簡単に言えばぁ、あの夢で勝った人が、太郎のお嫁さんになれる、みたいなっ?」
 
 あはっと笑って、加恋はタオルを脱ぎ捨てた。一瞬の出来事と彼女の言葉の意味がダブルで重なって、俺は体と頭は一瞬止まる。
「ざんねーん、水着なのでしたー! どう、びっくりした?」
「心臓に悪いよ……、本当」
「じゃ、先に出とくから、なるべく早く上がってくるように!」
 そう言って、彼女は俺の横を通り過ぎ、浴室を後にする。
 水にぬれた金髪はキラキラと輝いていて、とても綺麗だなとふと思った。

 熱いシャワー、水が跳ねる音、洗い流されていく体。温まっていく体とは裏腹に頭の中は芯まで冷えていた。
 夢の中で人を殺す。そして殺した方が俺の――
 何の世迷言だ、まったく。といつもなら切り捨ていた。だけれども、今はその言葉を呟けるだけの気力も、冷静さも、現実感さえもがなかった。
 痛かった? 加恋はそんな感じのことを俺に向かって、悲しそうな目で言っていた。
 殺しちゃってごめんね? と軽く謝っていた。
 死ぬときに痛みはなかった。だけれども、幼馴染の二人の今まで見たこともない表情と、中に秘めた凶暴性を俺は上手く忘れることが出来なかった。

「ねぇ、金村加恋から聞いちゃったんだよね」
 不意に、ドアの外から声がかけられる。その声の正体は沙希だ。
 曇りガラスの向こうに、彼女の不明瞭な制服姿が映る。
「……聞いたよ。 信じられないけどな」
「うん、多分信じてもらえないだろうなって思ってたから、私、話さなかったんだ」
「でも、本当なんだろ? 俺がお前をかばったから今日の朝、沙希は俺のベッドにいた。 あのまま、決着がついていたら加恋が代わりにいた。 そうなんだろう?」
「そうだね、うん、そうだよ」
 迷いのない声で、彼女は答える。俺はシャワーを止め、心にある今日できたある一つの決意を口にする。
「俺は……、俺はまだ、二人のどちらかを選ぶことはできない。 そもそも、選ばないかもしれない。 でも、たとえ夢の中だったとしても二人が傷つけあうのは見たくない。 だから――」
「うん、太郎君はきっとそう言うと思っていた」
「是が非でも二人を止めさせてもらう」
 俺は扉を少しだけ開け、目の前に置いてあるタオルを手に取る。ふかふかのそれは水を良く吸った。
「じゃあ、私たちは太郎君を止めるところから始めないといけないね」
「……望むところだ」
 沙希は鈴のように笑いながら扉の向こうで言う。
「たとえ太郎君でも、私の未来を邪魔するなら容赦しないからね」
 容赦しない。どこまでの意味がその言葉に含まれているのか、俺には計り知れなかった。
「それに夢の中なら、どれだけ殺したって意味がないもの」
 そんな甘言、もしくは苦言を残して彼女は扉の前から去って行った。蒸気が溢れ出し、彼女のいた空気はどんどん上書きされていく。

――殺したっていみがないもの

 そんな言葉が俺の胸の中で大きく尾を引く。加恋も、俺と会話を続けていればそんなこと言ったのだろうか。俺は一度、あの夢で死んだのだ。夢の中と言えども、死んだのだ。

 だから言える。もう一度、あんな体験をするのは御免だ。誰かにあの体験を押し付けるのはもっと御免だ。自己を失う恐怖。大きくて絶対的で、誰も逃れられない普遍的な恐怖。
 その恐怖は朝からずっと、俺の頭に焼き付いていた。

       

表紙

ヤブノコウジ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha