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「くそう、いったいどういうことだ」
 ボクは自分の掌を見つめ茫然とたたずんでいた。
 確かに能力を発動させている感覚はある。だけれど、なんだ? 何も起こ
らないじゃないか。
 下界に落とされ先ほどまで怒りに震えていたボク。気を取り直し神から
貰い受けた能力の確認をしようとした途端、新たな壁が立ちふさがる。

 確かに貰い受けたはずの能力。それが発動しないのだ。確かに神から能
力の説明は受けていない。けれども能力はもともと神の肉体から作られた
ものだ。つまり能力の使い方は体が自然と覚えているはずなのである。
 だが、何も起きない。考え得る原因はいくつか挙げられるがこの状況は
非常にまずい。何せここは勝手知らぬ異界の地。何が起こるかもわからな
いのに今ボクには自身を守るための手段がないのだ。

 ボクは警戒し辺りを見回す。
 目に入るのは灰色の建物。メタトロン達ほどではないが5メートルは下
らないその建物はボクが威圧感を受けるには十分すぎた。思わず身じろぐ
ボクは使い慣れない体のせいで足がもつれ地面に臀部を打ち付けてしまう。
下から突き上げてくる感覚。これが痛み。その強烈な感覚に顔をゆがめな
がら手をついた地面はとても固く、下を向くとあるのはこれまた灰色の地
面。
 右を向く。大小、色とりどりの建物が並ぶ。
 左を向く。親子連れの人間がこちらに向かってくる。ボクは静かに立ち
上がると逃げるようにその親子に背を向ける。

 文明的な景色を見るに紛争地帯などすぐに命の危険がある場所ではない
ようだ。さっきの親子も見るからに健康。落書きやごみなども見当たらず
治安もよさそう、っと、言語さえ把握できれば場所の特定など後回しでも
いいことだ。
 その時、家の屋根が目に入る。そこにあったのは和瓦。つまりここは日
本。さすがに地名まではわからないが屋根の形から見るに豪雪地域ではな
いだろう。
 日本と言うことは使用言語は日本語。幸い使用する人数の比較的多い言
語であるためボクを構成する思念の中にも日本語の概念が含まれており、
一般会話程度のレベルであれば話すことはできるだろう。

 となると、やはり一番の問題は能力が使えないこと。受肉した今、ボク
の身体能力は一般の人間と同等。元は神の肉体とはいえその一部である、
贔屓目に見ても筋力等、肉体に由来するものは他の人間と変わらない。こ
れでは人間を武力で従えることはおろかこの環境に不慣れなボクでは人間
として生きることもままならない。
 そう、何はなくとも能力だ。能力さえ使えれば憂いはなくなる。

 能力の使えない原因、ざっと思いつくだけでも無数にあるがおおよそ以
下の3つに集約されるだろう。

1.ボクの内部に能力発動の阻害因子がある
2.能力の発動に条件がある
3.外部からの妨害を受けている

 1の場合、たとえば『与えられた肉体にボクの核がなじんでおらずうまく
能力を発動できない』、『能力発動を何らかの理由でボクの脳が反射的に
制限してしまっている』、あと2にも関わってくるが『ボクの内部に能力
発動に必要なだけの代償・エネルギーが存在しない』など。
 時間経過で解決するものはいいが能力がどんなものであるかわからない
以上、どうすることもできない。

 2の場合、時間や場所、対象等、条件を変えて試してみるしかないだろう。

 そして3の場合だが……これは考えづらい。まず神から授かった能力であ
る。神以外の者に発動を妨害できるとは思えない。神はボクに能力を与えた
本人でありそんなことをするぐらいならボクに能力を与えなければいいのだ。
ウーエルやオーエル達、あるとしたらこの2人だが……まあ、無いだろう。
ウーエルはボクが能力を得たと知ったらこのくらいやってこないとも限らん
が仮にそうだとするとウーエルが昨日今日で神の能力を使いこなしていると
いうことになる。オーエルならわからないでもないがあのウーエルだ。適
応するのに最低でも1週間。下手したら数カ月かかるだろう。

 
 こうして考えてみてたところでボクの考えはまとまらず能力発動のめどは
立たない。まずはいろいろな条件下で能力が使えるかどうか試してみるしか
無いだろう。
 ボクの下界での生活はまったく先の見えない手探りの状態から始まったの
だった。