Neetel Inside ニートノベル
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「……もういやだ」
 擦り切れた足は言うことを聞かず、ボクは半ば崩れるように近くにあった
ベンチに座る。
 能力を試すこと数時間。場所を変え、意識する部位を変え、様々な条件
で試行を繰り返すも成果は表れず、最後にたどりついた公園で力尽き今に
至る。


「うおおおおおおおお、ミラクルハイパーシュートーーーーーーー」
 サッカーに興じる子供たち。ああ、のんきな物だ。ボクはこんなにも
打ちひしがれているというのに。子供のうちの一人が蹴ったサッカーボール。
それが段々と大きくなってくる。どうやら蹴り損ねたらしい。そのボールは
当初の予定から大きく外れボクの方h

―ゴツンッ

「っつー。いてええええ」
 鼻から後頭部へと駆け抜ける衝撃……痛いじゃないか。
 頭に上った血に従い立ち上がったボクはサッカーボールを引っ掴むとボ
クの痛みの元凶である子供をにらみつける。

「ごめんなさーい」
 駆け寄ってくる子供。この国で言うところの小学生にあたる年齢だろう。
小さい肢体を揺り動かしてこちらに走り寄ってくるその姿はなんとも危う
く自分より弱い生物であるという認識がボクの怒りを鈍らせる。

「気を付けろよ。ボクは今、機嫌が悪いんだ」
「ごめんなさい」
 委縮したその顔。異界に飛ばされ弱り切っていたボクの心はその顔によ
りどころを見出す。これだけ貧弱な生物が生きている、その事実。当然こ
のような個体、護っている者がいるのであろうがそれでもすがるには十分
な事実であった。

「君にとってこれは大事な物だろう。大切に扱ってやれよ」
 心に余裕ができれば言葉からもとげは消える。これでこそいつものボク
だ。こんなところで敵を作るわけにはいかない。最低でも今の状況がつか
めるまでは注目されるようなことは避けるべきであろう。

「電田。早くボール持って来いよー」
「ああ、わかってるよ。じゃあ、ありがとう、お兄ちゃん」
 サッカーボールを受け取ると走り去っていく子供。その後ろ姿を見送っ
たボクはそこでゆっくり息を吐く。

―ぐうううううう
 気の抜けたとたん鳴り出す腹の虫。感じる空腹にボクは急に不安になる。

 食料はどうすべきか、いやそれだけじゃない。寝るところ、雨をしのぐ
ところ。ボクは何も持っていないのだ。
 数時間粘って能力は発動しなかった。つまり欲しいものを奪うことはで
きないのだ。ならば手に入れる手段を考えなければならないだろう。

 住処は何とかなるかもしれない。だが食料はどうだろう。植物には詳し
いつもりだが、やはりというかなんというか、このあたりに生えている植
物は、天界、エデンの園に生えているそれとはまったくの別物である。当
然食べることのできる物かどうかの判別など付くはずもない。かといって
生き物を殺し肉を食らうのも良い手ではない。なぜなら動物には所有者が
いる場合がありそれを殺そうものなら何らかの社会的責任に問われる場合
があるからだ。また、地域によってはある種の動物を神とあがめていると
ころもある。そんな動物に手を出そうものなら結果は想像に難くない。
 


 考えていても状況は好転しそうにない。ボクはそう考えとりあえず歩を
進めることにする。


 目の前を走る車は列を成しボクの前を走り去っていく。規則正しく暴れ
まわるその車の群れにボクは頭をひねる。ところどころ欠落している知識。
車と言う概念はわかる。そしてそれが規則に従い人間の手によって運転さ
れていることも理解しているのであるがその規則が記憶にないのだ。
 思念の集合体である天使。それゆえルールや規則など地域に依存する知
識は混ざり合っていることがあり、それによるエラーを回避するため記憶
から消去されていることもある。

 規則がわからなければ走る車に近寄るのは得策ではないだろう。ボクは
公園の目の前にある車の通る道を避けつつ大きな建物が増えていく方向へ
と進んでいく。理由は簡単だ。人が多ければそれだけ食べ物も多くあるだ
ろうからだ。とはいえそれをどうやって手に入れたものか。



 赤、緑、ピンク。色とりどりの食品がそれぞれの店先で主張する。漂っ
てくる肉のにおい。ボクの胃はその匂いに縮み上がるのであった。空腹に
加え異界の地にいることの不安。とにかく食料を。不安が胃に絡みつく。
 お店と言うことは食品と交換に通貨が必要になる。当然通貨など持ち合
わせているわけもなく目の前の食べ物を見ることしかかなわない。

 手に届く距離にあるのにとることはできない。これほどもどかしいこと
も無いだろう。自然と唾液も湧き出てくる。

 ここで一つ案が浮かぶ。ボクは天使だ。つまり人間の規則に従う必要は
ないわけだ、つまり……




 こうして飢餓感と引き換えに警察へと引き渡されたボクは口うるさい警
官に取り調べを受ける羽目になる。拘束時間はすでに2時間を超え、そろそ
ろ座り続けている臀部が痛くなってくる。
 いったいボクが何をしたというのか、まあ、したけども。
 ボクは次々と降りかかってくる警官の言葉を浴びながらげんなりと外の
世界をながめるのであった。

       

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