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「君が天使だって!? それ、本当!?」
 早朝にこだます耳障りな声。少年――木野栄田きの えいだと言うらしい。
彼が発生源となったその声に起こされたボクだったがまだ眠く、目の前の
騒音発生器から顔をそむける。
 時刻は早朝五時。睡眠時間自体は足りているはずであるが何せ昨日、あ
れだけ体を酷使したのだ。一朝一夕で癒せるものでもない。
 とはいえ居候の身。あまりぐっすり寝ているわけにもいかないだろう。
重い体をゆっくり起こすとベッドの端に腰かける。

「ああ、ボクは天使さ。天界から来た」
 半ばぶっきらぼうに言うボク。ああ、しまった。寝ぼけていたとはいえ
失策だ。起き抜けのボクは少年から「オーエルは、どこから来たの?」と
聞かれ天界と答えてしまった。そして少年はおどろいたそぶりも見せず、
「へえ、じゃあ君は天使なのかい?」なんて聞くものだから「ああ、そうだ」
そう答えてしまった。

 これでは虚言癖のあるいかれた奴と認識されかねない。そうなればそう
そうにここを出ていかなくてはならないだろう。一体どういえばこの状況
切り抜けられる?

「マジッ!? かっこいい!!」
「ああ……って、エイダ、といったかな? あなたはボクの言うことを信じ
たのか?」
 ボクの考えとは裏腹にエイダは目を輝かせ、ボクの方を見つめていた。

 天界の存在は人間たちにとってはあくまで空想上の存在のはず。ボクは
エイダの言葉に驚いていた。彼の反応に嘘偽り、誇張がないのだとすれば
彼はボクの突拍子もない話を信じたということになる。それはそれでおか
しな話しだ。
 エイダが極端に人のことを信じやすいのか、この地域に天使等の伝承の
類が根付いているのか。
 だが、これは悪いことではない。天使だと聞いて悪しきものだと想像する
人間などそうはいないだろう。

「天使……と言うと空を飛んだりできるんですか?」
「いや、受肉……ここに降りてきた時点で天使だったころの身体的能力は
失われているんだ」
「それは残念。では今は普通の人間と変わりないということです?」
 露骨に落胆するエイダ。確かに今のボクにあるものと言ったら……

「能力ぐらいかな」
 ボクは何の気なしに手を開いて床に向ける。


「うわっ」
 それは突然のできごとだった。
 光に包まれる視界。感じる温かさ。それがボクの掌から出ていると理解
するまで数秒。驚くエイダの顔を前にボクもあっけにとられその光が収ま
るのを茫然と待つ。


「えっ、今のなんですか!?」
「はあ? ああ、あー」
 置き去りにされた思考がようやく現状に追いついてくる。今起こったこ
と、考えられるとすれば――能力の発現!!

 姿勢を変えるな!! 条件を変えるな!! もう一度!!
 ボクは掌へと意識を向ける……


 角度の問題か? タイミング?
 額から流れ出す汗。時間の経過――けれども何も起こらない。
 そんな馬鹿な、やっとつかんだ糸口だ。逃してなるものか。考えろ、ボ
クはさっき何をした? ボクの考えたこと、行動に。必ずヒントがあるはず。

 必死に考えるボクは動きを止める。それを不思議に思ったのであろう。
エイダがボクの顔を下からのぞきこんでくる。

「ねえ、ねえ、ねえ。今の何!? どうやってやったの!?」
「だからそれを今考えているんだよ!! 少し黙っていてくれないか!?」
「ふぃ!?」
 しまった。落ち着け、感情を抑えろ。こいつはまだ味方につけておかな
ければならな、い。
 脳内を衝撃が駆け巡る。そう、そうだ。こいつ、エイダだ。
 ボクはさっき彼に能力を見せようとした。今までと違うのは能力を使う
相手がいたこと。どうしてこんな簡単な因子、すぐに試してしまわなかっ
たんだ。とにかくエイダを視界に捉え、発動させるイメージ……


 ボクの手を光が覆う。

「成功だ」
「成功? 良かったね!!」
「ああ、ありがとう。エイダ、あなたのおかげだ」
 光は渦を巻く。その渦の中心には光の玉が。玉は徐々に大きさを増し、
形を現し、最後には扁平な箱状のものになる。

「なんだろう、これは」
 ボクはそれを手に取った。

「本?」
「本、だよね」
 手にした瞬間、光は沈み、その中から出てきたのは一冊の古びた本。そ
の表紙には天界の言葉で『木野栄田きの えいだ』の文字が。

「エイダ、あなたの名前だ」
「えっ、僕の?」
 一冊の本を囲み向き合うボクとエイダ。その間に置かれた本はまるで最
初からそこにあったかのようにボクの手にしっかりとなじんでいた。
 恐る恐る本の端に手をかけるボク。エイダと顔を見合わせ思い切って表
紙をめくる。




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無限距離通信能カーテンコール


異身転身ワンダフル・シャッフル


木効細工プラス・プラント


力鼓舞パワー・アップ



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 本に書かれていたのは天界の言葉で記された4つの文字列。ボクはそれを
見たとき直感した。

 神はどこまでもボクのことをあざ笑うのだと。