Neetel Inside ニートノベル
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「アーエル君、これ」
 差し出される小箱。ボクは笑顔でそれを受け取る。

「うん、ありがとう、えーっと……」
「あっ! 私? 私はハミエルって言います」
「ハミエルさん、ありがとうね」
 ボクが礼を言うとハミエルと名乗った少女は頬を赤らめ駆けて行ってし
まった……今日はこれで6人目。中身も確認せずにその箱をポケットへと
入れたボクは教室へと戻っていく。

 まっすぐ続く学園の廊下を歩く道中、ボクはさっきの彼女が見せたボクを
見つめるあの瞳を思い返していた。
 ボクに向けられるのは決まって羨望や敬愛、はたまた嫉妬の眼差し。皆は
いったいボクの何をうらやむのだろう? どうして惹かれるのだろう? ボ
クはただの欠陥品。皆が見ているのはボクが目的のために作り出したただ
の虚像なのだ。本当のボクはいつだって独り。ボクの目から見れば何かに
夢中になれる彼女のような人の方がよっぽど幸せに生きていると思えるの
に……


 そんなことを考えながら今日もボクは笑顔の仮面をかぶるのだ。




 教室に戻り最前列中央の自分の席へと着くと始業の鐘が校舎中に鳴り響
く。そしてそれを見計らったかのように扉が開き、そこから長身の男性が
入ってくる。彼は首から下げた懐中時計を開くと、

「時間だ。授業を始める」
 低めの渋い声でボク達に言う。たっぷり蓄えた顎髭とそれに不釣り合い
なマリンブルーのTシャツ。少し変わった出で立ちのこの天使こそボク達
の担任である、カシエル先生であった。
 
「12時3……4秒遅れだ。教科書は開いてあるな、前回の続きからだ」
 4秒遅れって……先生の言葉に半ばあきれながらボクは羊皮紙を広げる。
病的なまでに時刻に忠実であるカシエル先生。いつもこのような雰囲気で
始まるこの『天使構造学』の授業は息が詰まってかなわないというもの。
それに加えこの先生は何の前触れもなく突然生徒を当ててくるため気も抜
けないのだ。
 先生の手により几帳面な光文字で宙に記されていく文字列をみながらボ
クは軽く伸びをする。

「天使の体は思想や思考、感情といった生物の思念を糧に神様がお作りに
なったものだ。だが、当然思念と言うものに形はない。放っておけば消え
てしまうようなそんな淡い存在だ。では、思念を天使足らしめるものは
何か……アーエル、わかるか?」
 言ったそばから飛んでくる質問。授業の頭にあたるとは運がない……めん
どうだがあきらめてボクは席を立つ。


「はい。天使には各々一つ核が存在します。核とは神様の感情の断片です。
神様は最初、さまざまな感情を持つ生物でしたが、真に正しき神となるた
め不必要な感情をお捨てになられました。それが天使の核。そして核は神
様の持つ感情がもとになっているため元の生物に戻ろうとする力を有して
います。この核が多くの生命のいる下界から思念等を引き寄せ一つの生命
となる、これが天使です。ただし、引き寄せられる思念はその核となる感
情を除いたものなので表面に出る性質もその核となった感情を欠いていま
す。神様が捨てた感情は負の面を持つものが大半であり、そのため天使に
見られる欠けた感情も負の感情が多いのです。天使に善者が多いのもこの
ことによります」

 答えるからには完璧を。ボクが問いに答えると教室にはにわかにどよめ
きが起こった。幾人かからはボクへの賛辞の声が聞こえる。

「うん。アーエル、相変わらずよく勉強をしているな」
「いえ、たまたまですよ」
 もちろん嘘だ。この程度の知識、学校入学前には知っていた。先生や皆
からの称賛の目。その期待にボクの心は渇いていく。

 カシエル先生はボクに着席を促すと授業を続ける。すぐにクラスの喧騒は
収まりボクもペンへと手を伸ばす。いくらわかっている内容だとはいえ授
業の内容を写しもせず座っているわけにはいかない。ボクは先生の話を聞
く姿勢をとりながら頭では明日のことを考えていた。


 明日、そう明日なのだ。この堅苦しい生活も、心の渇きも、明日になれば
きっと……






「よし、今日はこれまで。ああ、そういえば今日は明日の『生誕祭』の準
備があるから授業は午前中で終わりだったな。ではこれで解散だ。明日は
一般の方々も学校内に見え慌ただしくなるがくれぐれも羽目を外しすぎな
いようにな」
 授業が終わり、カシエル先生は教室を出ていった。クラスの皆もそれに
続き荷物をまとめぞろぞろと廊下へと出て行く。明日の生誕祭の話がボク
の耳にも届く。星型花火の話、雲滑りの話、神の継承の話。

 そう、明日――ボクは神になるんだ。

       

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