Neetel Inside ニートノベル
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 視界を突きぬけ眼前にそびえる巨大な扉。その両脇に控える巨大な天使、
メタトロンとサンダルフォンはボクをその幾万にも及ぶ体表の目で見つめ
る。彼らにはその長身故ボクの声すら届かない。神に用がある場合は彼ら
が気づいてくれるのをその足元で待つしかないのだ。

 彼らはすでにボクを視界でとらえているはずであるがその身体故視覚情
報が脳に到達するのですら数秒の時間がかかる。そして、それから動き出
すまでまた数秒。そしてボクの近くにメタトロンの顔が下りてくるころには
廊下の端から端まで歩ける程度の時間はかかってしまう。端的にいうなれ
ばのろま。これで門番が務まっているのだから不思議な物である。まあ、
たしかに神を除けばこの門を開けることができるのはこの二人ぐらいであ
ろうが。

 メタトロンの頭がようやくボクの声が届く圏内にまで降りてくる。その
際起きた気流のせいで乱れた髪を直すボク。顔だけでゆうにボクの身長の
3倍は超えるであろう。その大迫力の顔に気おされながらボクは彼に継承式
のために来たことを伝える。

「了解です、お通りください」
 間延びした話口調。メタトロンがこのように言うと二人の天使の手で扉は
押し開けられていく。扉の開いた先には広間が広がる。ボクは扉の動きが
止まるのを見届けてからゆっくりと中へ進む。
 ここに来るのは3度目か。広間の奥には金銀豪華な装飾の施された扉。
その扉の向こう側が神の部屋である。

「兄貴、遅いじゃねえか」
 威勢の良い声。見るとウーエルがすでに居り、スクワットをして汗を流
していた。

「まだ約束の時間まで半刻はあるだろう。何が遅いということがあるか」
「学校終わったの一刻前だぜ。ここまで来るのに半刻とかからねえだろう。
これを遅いと言わずして何を遅いってんだ。話し相手もいねえもんだから
おかげで筋トレが捗るじゃねえか」
「筋トレって、場をわきまえろよ……まあ、その元気なところがお前の長
所であるわけだがな」
 ウーエルの足元には赤い絨毯にしみ込んだ汗の跡が。掃除の人も大変だ。
それにしてもウーエルはその表情、普段と全く変わりがない。緊張と言う
ものを知らないのであろうか。ある意味うらやましい性格である。

「そういえば、オーエルはまだ来ていないんだな」
「ああ、そうみてえだぜ。あの心配性のオーエルだから俺より早く来てる
もんだと思ってたがなんてことはねえ。どうせ友達にでも誘われて断れず
祭りを楽しんでるんじゃねえか」
「うん、十分あり得るな」
「しかたねえ。ランニングがてら俺が探してきてやろうか?」
「やめておけ。神様の御前に行くのにこれ以上汗臭くなってどうする。そ
れよりこれで体を拭いておけ」
 カバンから取り出したタオルをウーエルに投げ渡す。それでようやくウー
エルはスクワットを止め、タオルで全身を拭きはじめる。ウーエルのそん
な姿を見ていると緊張しているこちらがばからしく思えてくる。このウー
エルの性格であともう少し頭が使えれば皆に慕われる良い神になれるかも
しれないがな。ボクは内心苦笑しながらタオルが絞れるほどの汗をかくウー
エルを見ていた。

 気配を感じ背後を向くと扉の開く音。そして小さな人影が広間の中へと
入ってくる。
「兄さんたち、ごめん。少し遅くなっちゃった」
 入ってきたのはオーエルである。その手には紙袋が握られている。

「遅かったじゃねえか、何してたんだよ」
 オーエルに毒づくウーエル。約束の時刻まではまだ間がある。遅いとい
うことは無いはずであるが言われた方のオーエルは委縮気味。申し訳なさ
そうにボク達の前へとやってくる。

「別に気に病むことはないぞオーエル。こいつが早く来たからって調子に
乗っているだけでまだ約束の時間にはなっていないんだ」
「何するんだよ兄貴」
 ボクはウーエルの頭を軽くはたいてその言動を諭す。

「ありがとうアーエル兄さん。だけど僕ももう少し早く来ようと思ってたん
だ。だけど友達に祭りに誘われちゃって、僕も興味があって少し行きたかっ
たからついて行っちゃったんだ」
「だから謝る必要はないと言っているだろ。オーエルも才能面ならボクや
ウーエルと遜色ないんだからもっと自信を持ってくれよ」
「ごめんなさい」
 オーエルはボクの言葉でさらにうつむいてしまう。オーエルにはボク達
にはない特別な能力が眠っている。それなのにこいつはそれを活用しよう
ともしない。見ているこっちとしてはもどかしい限りであるが、それでも
ボクが神となるにはオーエルの能力には眠ったままでいてほしいとも思っ
てしまう。


 ボク達は時間まで椅子に腰かけ待つことにした。ウーエルはじっとして
いるのに抵抗があるようだが目の前でうろうろされては見ているこちらが
落ち着かないというもの。ボクは半ば強引にウーエルも座らせ自分も席に
着く。

「そういえば、オーエル。今日の朝、ボクに何か言ってたよな。あれはなん
だったんだ?」
 ボクが聞く。突然の質問に面食らったのかオーエルは目を見開いてボクを
みるが、しばらくして言葉を選んでかゆっくりと話し始める。

「じつは昨日の夜、ある夢を見ちゃったんだ。あり得ない内容の夢だったん
だけど妙に現実感があって不安になっちゃって、それで……」
「夢? 子供かよ!! そんなんで不安になるとか、しょうもねえな」
「……ごめんなさい」
 オーエルの話に横やりを入れるウーエル。

「ウーエルは黙っていてくれ。オーエル、気にすることはないぞ。それで
その夢の内容教えてもらってもいいか?」
 ボクはウーエルをたしなめる。

 オーエルにはいくつかの能力がある。姿や声色を変えたり、食べ物の味を
変えたり。予知夢のそのうちの一つ。視たい未来を視れるわけではないが
一度視た夢はおおよそその通りとなるのだ。とはいえ、本人はその力を重
荷にしか思っていないようであるが。

「……」
 オーエルはボクが促したのちも押し黙ったままである。よほどいやな夢だっ
たのか、あるいは……

「無理に言わなくてもいいんだぞ」
「ごめんなさい、でも、やっぱり、見たことを、ボクの口からは……」
「けっ、情けねえ。いいだろうに。どうせいつかは起こることなんだろ。
今言ったって変わんねえじゃねえか」
「ウーエル!! 黙ってろ」
 ついつい声を荒げてしまう。オーエルの見た夢が継承式のことだとした
ら。その考えがあるだけにボクも冷静さに欠いてしまう。うつむくオーエル
の顔、それを見るボクの心には再びもやもやと黒い何かが渦巻きだす。オー
エルの見たもの、それをオーエルがボクのことを気にして今言えないのだ
としたら……ウーエルの言うとおり待っていればいつかは起こることであ
る。ウーエルのようにそう割り切ってしまえたらこんな気持ちにもならな
いのであろうか。心の準備をしておけば衝撃は和らぐかもしれない、けれ
ども今のボクにはオーエルの視た『事実』と向き合う勇気は起きなかった
のである。

 時間が来てボクらは神の部屋の前に整列する。扉が開く。そろって一歩
踏み出すボク達。
 運命の時はそこまで来ていた。

       

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Neetsha