Neetel Inside ニートノベル
表紙

欠けた天使の与能力(ゴッドブレス)
第六話 見えない真意と見えない未来

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 どんな恵まれない境遇にあっても本人がそれに無自覚でいる限り幸せで
いることができる。




 いつもの公園、飛んでくるサッカーボール。それを顔面に浴びる少年は
けれども笑顔を崩さない。足元に転がるサッカーボールを拾った少年は謝
る男の子にボールを手渡す。礼を言う男の子に手を振ると少年はにこやか
に学校への道をゆく。
 少年は今日も元気であった。

     

**

「あああああああああああ、くそがあ!!」
 激しく胸をかき乱す憎悪。この言いようのない怒りは一体なんなのか。
ボクはどこから来るともわからないこの怒りをどこにぶつけるとも知らず
ただただ持て余していたのであった。

 
 計画は大成功。神から能力を貰い受け、ボクは今下界にいる。ではなぜ
ボクの胸はざわめくのだ? 脳裏に焼き付いた神の顔がボクをあざ笑う。

 ああ。あのボクを見下ろす神の顔、ボクに笑いかける口元、すべてを悟っ
たようなあの目。神のすべてがボクを委縮させる。
 そうだ。この収まらない怒りの原因。それはすべて神のあの態度のせい。
ボクの提案をあっさり受け入れた神。まるでボクごときに何ができるのだ
と言うかのごとく、簡単に。

 神にとってボクなど脅威となりえない、そういいたいのだろうか。ボクは
どこまで行っても神の手のひらの上。ここからは決して逃れることはできな
いのだろうか。

 それならボクの決意は? 神に背くと決めた行為は何の意味もなかったと
言うのだろうか。

 空高くボクを照らす太陽の光。けれどもそこから伝わってくる熱は今の
ボクには冷たすぎた。雲一つない青空の下、ボクは独り空を仰ぐ。

 ここにはボクを知るものは誰もいない。ボクの隣を通り過ぎていく人々は
今までボクとは全く関わりを持たなかった者たちだ。ボクは本当に一人に
なってしまったのだ。けれどもそれはボクの望んだ結果。当然さみしさを
おぼえるなど筋違いである。。

 神に見捨てられたボク。ならば見返してやろうじゃないか。ボクが立派
に天界の脅威となりうるということをみせてやる。ボクは決意を新たにし、
天高くボクを見下ろす太陽をにらみつけるのであった。





「ぎゃあああ、目がああああああああああ」
 人間の体と言うのも難儀なものである。

     

**

「神様、一体どういうことなんだよ!!」
 響く怒号。ウーエルのその声に隣にいたオーエルはおどろき小さく跳び
上がる。

 ここは天界、神の社。
 神に選ばれたウーエルとオーエルはアーエルの一件を知り、神に詳しい
事情を聞きに神の社へと来ていたのだった。

「ふざけないでくれよ、なんでアーエル兄ぃに能力を渡しちまうんだよ!!
俺は勝負に勝ったのに、こんなのはあんまりだ。能力を手に入れたのが兄ぃ
の方が先になっちまったら俺はまた兄ぃに勝てなかったことになる。神様、
どうして兄ぃに能力を渡しちまったんだ? 俺達だけじゃ神は務まらないと、
そういいたいのか?」
 ウーエルの剣幕。オーエルがなだめるもその程度で収まるわけはなく、
神も怒りをあらわにするウーエルを前に姿勢をただす。

「そう怒らないでくれ、ウーエルよ。確かにお前からしてみれば腹に据え
かねることかもしれないが、神は皆にとって平等。まあ、アーエルには多
少のひいき目が無いわけでもないがそれを差し引いても今回のことは公務
の一環だと思って我慢してくれないか?」
「? 神様の言ってることはよくわからねえがようするにアーエルの肩を持
つってことだろう!! そんなの認められるわけがないじゃねえか。初めて
俺がアーエルに勝ったんだ。その結果に水を差すっていうなら神様にだって
俺は刃向うぜ」
「ウーエル、もういい加減にしてよ。アーエル兄さんは敵対すべき相手じゃ
ないし、神様にたてつくのだっておかしいでしょ」
 神に食って掛かるウーエルを見かねたオーエル。二人の間に割って入ると
口調を強くし止めに入る。さすがのウーエルも普段は内気なオーエルの強
い口調におどろいたのか言いよどむ。
 流れる沈黙。けれどもそれを再び破るのもウーエルであった。

「オーエルもうるせえ……下界に兄ぃが行っちまったら俺は誰と競い合え
ばいいんだよ!!」

「なるほど、本音はそっちであるか……ウーエルよ。それならそこまで悲
観することもないぞ」
「?」
 風が吹く。突然のできごとに辺りを見回すウーエルとオーエル。ここは
屋内のはず、ならばどこから? そうして視線を動かす彼らの目は神の足元
の辺りで止まる。そこにいたのは一人の天使。
 たっぷり蓄えた顎髭とそれに不釣り合いなマリンブルーのTシャツ。少
し変わった出で立ちのこの天使は神の御前で跪く。

「お呼びですか、神さま」
「ああ、カシエルよ。わざわざごくろうであった」
 神からの呼び出し、それに応え現れたカシエル。カシエルの裏の顔を知る
オーエルはここで初めてうろたえる。どうしてカシエルがここに呼ばれたの
かと。

 振り返りウーエル達の方を見るカシエル。その顔からは普段の教師とし
ての温和な表情は消え失せており、鋭い眼光、きつく結ばれた口元からは
恐ろしさすら感じられる。

「彼らには少し席を外してもらたほうがいいのでは?」
 再び神の方を向き、こう提案するカシエルにけれども神は
「その必要はない」
 と提案を拒む。神はこう続ける。
「今からの話、彼らにこそ聞いていてもらいたい。カシエルを呼んだ理由、
そしてこれから彼にしてもらうこと」

「約束が違うじゃないですか!!」
 こう叫んだのはオーエルであった。神が話し出す前にすべてを理解し、
そしてこれから起こるであろうことに絶望した故のこの言葉。オーエルが
神と交わした約束、それはオーエルが神となる条件として掲げたものであっ
た。

「僕は兄さんの、兄さんが本当の意味で幸せになれるならと、そう思って
神になる決意をしたんです。でも、これでは僕はただ兄さんを裏切っただ
けじゃないですか。追いつめただけじゃないですか」
「オーエル、落ち着け。何もお前をだましたわけでもないし、ましてやアー
エルをどうこうするつもりもない。ただ、アーエルは今、心に闇を抱えて
いる。そしてその闇は私たちの住むこの天界を飲み込もうとしている。な
らば一度仕置きをする必要があるだろう。神は皆に平等だ。悪しき心は正
しく導かねばならんし、時には力による矯正も必要となる。だからカシエ
ルを呼んだ」
 神がカシエルの方を向く。それに応えカシエルはオーエルに歩み寄る。
カシエルの顔から幾ばくか威圧感が消えていたがオーエルは構えを解かな
い。
 カシエルは諭すように話し出す。

「私は教師であるとともに能天使パワーズでもあります。能天使とは
対悪魔を想定して創造された天使のこと。それゆえオーエルがアーエルを
心配する理由もわかります。ですが、神はアーエルを悪魔と認識したから
私を呼んだわけではありません。私がここに呼ばれたのはあくまでアーエ
ルの担任として、教師としてです。間違った道に進もうとする彼を教え導
くのが教師としての私の役割。必要以上に危害を加えるつもりは毛頭あり
ませんよ」
「……」
 カシエルの優しい言葉。けれどもオーエルの顔から不安の色は消えない。

 カシエルの言葉、これは真実である。けれどもカシエルの気質を知るオ
ーエルはそれだけで安心することなど到底できない。『怠慢無き天使』、
それがカシエルの本質。目的を定めたらそのために手段をいとわず最短の
方法を選択する。カシエルの気質が今回のことにどのような影響を及ぼす
のかオーエルにはわからなかったがそれでも、不安に思うには十分な人選
であった。

「オーエルよ、お前はアーエルのこととなると少し判断が偏りすぎるのでは
ないか? もちろん、アーエルが心配な気持ちはわかる。何せ何やら不穏な動
きをアーエルが見せていることは事実なのだからな。だが、必ず良い方向に
向かうようにする。決して殺すような真似はさせんよ」
 神が言葉を継ぎその場をしめる。
 本当にそうなのか? これが兄のためになるのか。オーエルは一人思考を
巡らせながらうつむいてしまう。

「この任にカシエルを選んだのは彼がアーエルの担任と言うことに加え、
天界に住む天使の中で唯一大きな制限なく天界と下界を行き来できるから
だ。では、カシエル。頼めるか?」
「はい、では私にも準備がありますので神命の決行は翌19時から。終了予
定時刻は22時17分53秒、アーエルを連れての天界への帰還時刻が23時15分
13秒、です」
 カシエルはそう言い残すと再び風のごとく去って行ってしまう。神も席を
立ち部屋を出ていく。
 残されたのは不安が消えずうつむき考え込むオーエルと、途中から話に
ついていけず部屋の隅で逆立ちスクワットを始めていたウーエルだけであっ
た。

     


**

「くそう、いったいどういうことだ」
 ボクは自分の掌を見つめ茫然とたたずんでいた。
 確かに能力を発動させている感覚はある。だけれど、なんだ? 何も起こ
らないじゃないか。
 下界に落とされ先ほどまで怒りに震えていたボク。気を取り直し神から
貰い受けた能力の確認をしようとした途端、新たな壁が立ちふさがる。

 確かに貰い受けたはずの能力。それが発動しないのだ。確かに神から能
力の説明は受けていない。けれども能力はもともと神の肉体から作られた
ものだ。つまり能力の使い方は体が自然と覚えているはずなのである。
 だが、何も起きない。考え得る原因はいくつか挙げられるがこの状況は
非常にまずい。何せここは勝手知らぬ異界の地。何が起こるかもわからな
いのに今ボクには自身を守るための手段がないのだ。

 ボクは警戒し辺りを見回す。
 目に入るのは灰色の建物。メタトロン達ほどではないが5メートルは下
らないその建物はボクが威圧感を受けるには十分すぎた。思わず身じろぐ
ボクは使い慣れない体のせいで足がもつれ地面に臀部を打ち付けてしまう。
下から突き上げてくる感覚。これが痛み。その強烈な感覚に顔をゆがめな
がら手をついた地面はとても固く、下を向くとあるのはこれまた灰色の地
面。
 右を向く。大小、色とりどりの建物が並ぶ。
 左を向く。親子連れの人間がこちらに向かってくる。ボクは静かに立ち
上がると逃げるようにその親子に背を向ける。

 文明的な景色を見るに紛争地帯などすぐに命の危険がある場所ではない
ようだ。さっきの親子も見るからに健康。落書きやごみなども見当たらず
治安もよさそう、っと、言語さえ把握できれば場所の特定など後回しでも
いいことだ。
 その時、家の屋根が目に入る。そこにあったのは和瓦。つまりここは日
本。さすがに地名まではわからないが屋根の形から見るに豪雪地域ではな
いだろう。
 日本と言うことは使用言語は日本語。幸い使用する人数の比較的多い言
語であるためボクを構成する思念の中にも日本語の概念が含まれており、
一般会話程度のレベルであれば話すことはできるだろう。

 となると、やはり一番の問題は能力が使えないこと。受肉した今、ボク
の身体能力は一般の人間と同等。元は神の肉体とはいえその一部である、
贔屓目に見ても筋力等、肉体に由来するものは他の人間と変わらない。こ
れでは人間を武力で従えることはおろかこの環境に不慣れなボクでは人間
として生きることもままならない。
 そう、何はなくとも能力だ。能力さえ使えれば憂いはなくなる。

 能力の使えない原因、ざっと思いつくだけでも無数にあるがおおよそ以
下の3つに集約されるだろう。

1.ボクの内部に能力発動の阻害因子がある
2.能力の発動に条件がある
3.外部からの妨害を受けている

 1の場合、たとえば『与えられた肉体にボクの核がなじんでおらずうまく
能力を発動できない』、『能力発動を何らかの理由でボクの脳が反射的に
制限してしまっている』、あと2にも関わってくるが『ボクの内部に能力
発動に必要なだけの代償・エネルギーが存在しない』など。
 時間経過で解決するものはいいが能力がどんなものであるかわからない
以上、どうすることもできない。

 2の場合、時間や場所、対象等、条件を変えて試してみるしかないだろう。

 そして3の場合だが……これは考えづらい。まず神から授かった能力であ
る。神以外の者に発動を妨害できるとは思えない。神はボクに能力を与えた
本人でありそんなことをするぐらいならボクに能力を与えなければいいのだ。
ウーエルやオーエル達、あるとしたらこの2人だが……まあ、無いだろう。
ウーエルはボクが能力を得たと知ったらこのくらいやってこないとも限らん
が仮にそうだとするとウーエルが昨日今日で神の能力を使いこなしていると
いうことになる。オーエルならわからないでもないがあのウーエルだ。適
応するのに最低でも1週間。下手したら数カ月かかるだろう。

 
 こうして考えてみてたところでボクの考えはまとまらず能力発動のめどは
立たない。まずはいろいろな条件下で能力が使えるかどうか試してみるしか
無いだろう。
 ボクの下界での生活はまったく先の見えない手探りの状態から始まったの
だった。

       

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