Neetel Inside 文芸新都
表紙

人間以下
第二話「Welcome To The Underground」

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 高校時代の俺は不真面目ではあったが、そこまで素行が悪いわけでもなかったと自分では思っている。しかし、曽根さんは違う。あの人は自他共に認める不良で、素行の方もすこぶる悪かった。なぜ曽根さんとつるむようになったのか今となっては思い出せないが、彼を始めとする不良グループの中に交じっている俺は少し浮いていたように思う。
 あの日は曽根さんの原付の後ろに乗って裏道を走っていた。こんなところを学校の誰かに見られチクられでもしたら停学になってしまう、と少しハラハラしていた覚えがある。
「良いものを見せてやる」
 曽根さんはそんなことを言って俺を連れ出した。その良いものとやらは何なのかと尋ねてみても「着いてからのお楽しみだ」としか答えてくれなかった。
 原付はとある小学校の体育館の裏に止まった。曽根さんは迷うことなくフェンスによじ登り、小学校の敷地内へと入っていった。時刻は零時をとっくに回っていて、敷地内に人気は感じられない。俺も曽根さんに続いてフェンスをよじ登った。
 靴が砂利を踏む音だけが夜の小学校に響き渡る。曽根さんが向かったのは体育館の壁。その下段には小さな窓があった。曽根さんはその場にしゃがみこんで窓に手を伸ばすと、それは難なく開いてしまった。
「ここの鍵だけ壊れてるんだよ」
 ヘヘっといたずらに笑いながら、曽根さんはあまり大きくない窓の中に無理やり身体をねじ込む。そのまま這いずるように体育館の中へと入っていった。俺もそれに続く。
 真っ暗な体育館は静寂に包まれていて、俺はそれに妙な圧迫感を感じて息苦しくなる。あまり暗いところは得意じゃなかった。
 曽根さんは俺が立ちあがったことを確認すると、いつの間にか取り出した懐中電灯の電源を入れて無言で歩きだす。その明かりが照らす先には鉄の扉があった。器具室か何かだろう。それに近づくにつれて、何やらくぐもった声が扉の奥から聞こえてきた。どうやら先客がいるらしい。
 コンコンコン、と懐中電灯でのノック。「おう」と扉の奥から返事が聞こえた。曽根さんは重そうな鉄の扉を両手で開いた。
「ほら、良いもんだろう」
 ランタンで照らされている体育器具室。そこにいたのは曽根さんとタメの先輩2人と――両手足を結ばれタオルを口に詰め込まれた半裸の男2人。露出した肌のいたるところがミミズ腫れしている。
「こいつら、お前ら一年生を狙ってカツアゲとか色々としてたアホどもだよ。お前もされたろ?」
「いや、俺はされてないっす」
「あれ? じゃあ松野だったか?。まあいいや。とにかく、今はお仕置き中だってわけよ」
 ……正直ビビっていた。この時はまだ曽根さんたちとつるみはじめて日が浅かったから、不良というものが敵と認識した者に対してどこまでやるのか、俺はイマイチ想像しきれていなかった。というよりも、こういった行為は漫画の中だけだと勝手に決めつけていた。
「やるか?」
 曽根さんに手渡されたのは縄跳びだった。これを鞭代わりにしているらしい。名前が書いてある。小学一年生の女の子の縄跳び。
 この子の親も、買い与えた縄跳びがこんなところで、こんな使われ方をするとは思ってないだろうな、とくだらないことを考える。
 曽根さんは、やらなければ許さない、とでも言いたげな目で俺を見ていた――。


 到着したのは隣の市にある高級住宅街から少し離れた場所にある豪邸だった。広い敷地を囲む小高い塀とそれを結ぶようにそびえる鉄製の門。その先にフットサルでもできそうな広さの芝生が張られた庭と三階建ての洋風邸宅が覗ける。まるで映画のセットだな、とそんなアホらしい感想しか出てこなかった。
 曽根さんは一度車から降りると門にあるインターホンを押す。それを通じてこの屋敷の住人と何やら言葉を交わした後、再び運転席に戻ってきた。
 運転席の扉が閉まる音と同時に眼前の門が自動で開いた。車は再び動き出す。庭内にある芝生に囲まれたアスファルトの道をゆっくりと進んでいく。屋敷から外れた場所には二階建ての離れがあった。車はその近くで停車する。
 曽根さんに促され、助手席から降りる。先に降りていた曽根さんは離れの方へと向かっていて、俺もそれに続く。
 そのクリーム色の建物は離れというにはいささか立派すぎる佇まいだった。そこらへんでモデルハウスとして建っていても違和感がない。何なら松野の実家より綺麗で大きい。が、そんな立派な離れでも同じ敷地内の本宅と見比べると流石に小さく見えてくる。
 離れの入り口に着く。茶色い扉には鍵穴が見当たらず、代わりにカードリーダーが付いていた。曽根さんはスーツの内ポケットからブルーのカードを取り出すと、そこに通す。ピピッという音と共に扉は開錠された。
 扉を開けると、曽根さんは土足のままで中に入っていく。少し戸惑ったが俺も土足のままそれに続く。小奇麗な廊下を少し進むと、曽根さんはある部屋の扉を開けて、そこを指差した。
「高崎、お前はこの中で待ってろ」
 普通の住宅だったらリビングに相当すると思われるその部屋は一見すると応接室のようだった。白い革のソファが二つ。その間にはガラスのテーブル。窓にはカーテンがかかっており外は見えない。壁にはどこかで見たことあるようなないような絵画がずらりと並んでいる。芸術方面はてんで詳しくないが、まあ海外の画家様が描いたもので、それでいてすごく値の張る物なんだろうなと勝手に決めつける。
 とりあえず、ソファにどんと腰を掛ける。酒が残っているからふかふかのソファでくつろげるのはありがたかった。
 テーブルの上にはガラス製の灰皿。これは喫煙化と受け取っていいのだろうか。正直言えばタバコを吸いたくて仕方がないが少し躊躇してしまう。が、所詮少しだ。すぐに我慢できなくなってタバコに火を付けてしまった。まあ、大丈夫だろう。
 ちょうど一本目を吸い終わった頃に、聞き覚えのあるピピッという音が鳴った。
「やあ、待たせて悪いね」
 曽根さんと共に現れたのは白いスーツを着た痩躯の中年男性だった。髪は七三分けのようだが前髪が長めで、逆に少し若々しさを感じさせる。口ぶりから察するにこの男が俺の雇い主になるかもしれない男で、この屋敷の主なのだろう。
 彼に続いて白スーツの男より一回り年上だと思われる黒スーツの男、そして曽根さんがこの部屋に入ってくる。
「初めまして」と立ち上がってとりあえず会釈する。
「何か飲む? コーヒーでもお茶でもジュースでも、一通り飲み物は揃ってるけど」
 白スーツの男はフランクな口調で俺に訪ねる。第一印象は気のいいおっさん、といった感じだ。いかつくて恐そうな――はっきり言えば、見るからにヤーさんな見た目の――人が出てこなくて少しほっとしている。実際はどうなのか、まだ判断はできないのだが。
「じゃあコーヒーをお願いします」
「狛田」
「かしこまりました」
 俺の返答から、白スーツから黒スーツへの指示。もしかしてこの黒スーツの人は執事か何かなのだろうか? この豪邸といい執事らしき男といい、本当にここは日本で、それでいて現実なのかと疑いたくなる。
「それじゃあ、自己紹介しようか」
 そういって、白スーツの男は俺の正面に腰かけた。
「私は葛城。この屋敷の主で、君の雇用主になるかもしれない男だ。このやりとり次第ではあるけどね」
「高崎竜也です。えっと」
 さて、何て言えばいいんだろうか。年齢、職歴、それから……
「高崎竜也君。24歳で無職。そこまでは曽根に聞いたよ。さて、ここからは私がいくつか簡単な質問をさせてもらうわけだけど」
 狛田と呼ばれた黒スーツの男がコーヒーを3つ持って戻ってくる。
「曽根、お前も突っ立ってないで座れよ」
「ありがとうございます」
 葛城に流され曽根さんが俺の横に腰掛ける。
「そんな硬くならなくて大丈夫だよ」
 曽根さんは俺の背中をポンっと叩く。
「面接ったって大したこと訊かれるわけじゃあないさ」
「そうそう」
 葛城はテーブルに置かれたコーヒーをすする。俺もカップに手を伸ばし、一口。
「じゃあ、最初の質問だ。君にやって貰う仕事、住み込みでやってもらうんだけど、大丈夫? 曽根からは実家暮らしだって聞いているけど」
「問題ないです」
 実家暮らしではあるが、唯一の家族である母とは大して顔を合わせることがなけりゃ口もきかない。ババアは家事だってここ数年ほとんどやっていないから、ほとんど一人暮らしみたいなものだった。それに、俺が急に家に帰らなくなってもあのババアはきっと何一つ気に留めない。
「もし採用ってことになったら今日から働いてもらうことになるけど、どうかな?」
「それも、問題ないです」
 金無し職無し、時間は腐るほど持て余してるがやることは一つもない。いつ仕事を始めようが困ることなんて何一つない。
「いいね、いいね」
 俺の答えを聞く葛城は上機嫌で頷く。
 それから、俺がどんな人間であるか、と言う旨の質問が繰り返された。曽根さんも交え、俺の高校時代の思い出話を話すような形になっていく。合間合間に話の内容を反芻してみると、ただ自分のクズっぷりを暴露しているだけなのだが、葛城は聞けば聞くほど上機嫌になり、時には手を叩いて笑う。面接なんてものは高校受験とバイトでしか経験したことはないが、こんなものでいいのだろうか。気が抜けてくる。
「それじゃあ、最後の質問だ」
 葛城は笑いすぎて崩れた姿勢を正すと改めて俺に向き直った。
「高崎君は口が硬いかい?」
 どうなのだろうか。他人から口が軽いと言われたことはないが、逆に硬いと言われたこともないため、返答に困る。
 うぅんと少し大げさに唸りながら、少し顔を上げて葛城の顔を伺う。俺の目の前に現れたときからひょうきんそうな笑みを浮かべ続けている彼だが、その目は俺の顔をまっすぐ見つめている。その双眸に込められた力に魅入られ、こちらも視線を外せなくなってしまった。
 見えない圧力をかけられているかのようだった。そこで初めて、俺は葛城という男に対して恐怖を覚えた。怪しい話だと理解した上でこの場にいるつもりだったが、最初の飄々とした態度で完全に油断していた。
「どうかな?」
 言葉がなかなか出てこない。しかし、このまま沈黙を維持したところで話は進まないし、この圧力に曝され続けていたらどうにかなってしまいそうだった。
「硬いです」
 答えたその声は、少し震えていたかもしれない。
「よし、いいだろう」
 葛城は両手をパンと叩くと俺から視線を外した。それと同時に自分の身体が軽くなったような感覚。思わず大きく息を吐いた。
「高崎君、君採用ね」
 葛城は立ち上がると、こちらにすっと手を伸ばしてくる。俺も立ち上がると、それに応じて彼の右手を握った。握手なんて何年ぶりだろうか。
「さて、早速君の仕事場に向かおうじゃないか」


 四人で応接室を出て、廊下を奥へ奥へと進んでいく。先頭を歩いていた葛城は突き当りで立ち止まった。そこには絵画が一枚飾られているだけで右にも左にも行けない。完全な行き止まりだ。
 葛城はグリーンのカードを一枚取り出すと、それを絵画を収める額縁の裏にすっと差し込んだ。例のピピっという音が鳴る。
 葛城の右側にある壁の一部が震えたかと思うと、すっと上部にスライドしていき真っ暗な空間が現れた。まるで現実味がないが、俺が今見た者は間違いなく隠し扉である。電動とはまたずいぶん手の込んだ……いや、金の掛かった仕掛けというべきか。金持ちの家というものにはつくづく驚かされる。
「凄いだろう、これ」
 葛城は得意げな顔でその空間の先を指差す。覗いてみると、その先には地下へと続く階段があった。
「君の仕事場はこの先だよ」
 葛城が隠し扉の先へと進んでいく。同時にセンサーが反応したのか階段が明かりで照らされる。
 階段を下りた先はそれほど広くはなかった。だいたい八畳くらいだろうか。コンクリートが打ちっぱなしで殺風景だが、見るからに地下室らしい。と思った直後、この部屋の異質さに気づかされる。
 室内には大きな金属扉と、小さな木製の扉が二つ。小さな木製の扉の先にはもう一つ部屋があり、扉の横には何かの受付カウンターのようなものがある。まるで、マンションの管理人室のようだった。
「まるでマンションの管理人室みたいだろう」
 俺の脳内を見透かしたかと思うほどの絶妙なタイミングで葛城が言う。
「君にはこの扉の先にある施設を管理してもらいたいんだ」
 施設の管理。曽根さんもそのようなことを言っていた。
 葛城は受付の窓をコンコンコン、と叩く。すると中から狛田と同じ黒スーツを纏った三十代くらいだと思われる男が顔を出した。
「魚住、扉開けて」
「少々お待ちください」
 魚住と呼ばれた黒スーツは部屋の奥に消える。ほどなくして、ガチャリと開錠された音がなる。
「さて、まずは職場見学といこう。まだ緊張しているみたいだが、心配しなくていい。良い・・職場だよ」
 葛城は両開きになっている扉をゆっくりと開く。生暖かい空気がうめき声のようなものを乗せて扉の奥から俺の顔を通り抜けて行った。
 扉の中は先ほどの部屋と打って変わって広い空間が広がっている。そしてその広大な地下室、否、地下施設の中には――
「どうかな、ここが君の職場だ。気に入ってもらえただろうか」
 言葉を失った。
 檻、檻、檻、檻……一面鉄格子。曽根さんと葛城が行った動物園という言葉。それにはすぐに合点がいった。ただ、その中に収められているのは、人。
 幾人もの人間が足に鎖をつながれ、布一枚纏うことすら許されずに収監されていた。男もいれば女もいるし、若者もいれば老人もいる。刑務所の中がどうなっているかなんて映画でしか知らないが、俺がイメージできる刑務所よりも、それは劣悪な環境だった。
 全てを見なかったことにして、いますぐここから走り去りたい。徐々に冷静さを取り戻すと、そんな気持ちが湧き上がってくる。どうやら俺は完全にビビってしまった。
 俺の肩に手が置かれる。思わず身体がビクリと震えた。恐る恐る、俺は手の主のほうへと顔を向ける。葛城がじっと俺の顔を見つめていた。
 彼の双眸に恐怖と既視感を覚える。俺を威圧するようなそれは、いつだったか小学校の体育器具室で見た曽根さんの目とよく似ていた。
 僅かな沈黙の後、葛城の口元が小さく吊り上がった。
「君にはこの“動物園”を管理してもらう」

       

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Neetsha