キャラメル・リバース

 イヤホンから流れてくる朝青龍の突っ張りを聞きながら、今日もわたしは学校へ行く。
 最近のマイブームは、琴欧洲→朝青龍→琴欧洲→朝青龍と、交互に聞くこと。もちろんわたしは普通の女子中学生なので、白鵬も聞くし、大鵬だって寝るまえに聞いたりもする。
 でもやっぱり一番好きなのは、朝青龍。わたしの何十倍も大きいからスゴイ。そんなことを思いながら、玄関のドアを開けたわたしは「あ」という声を発してしまった。
 昨日の夜からキャラメルが降っているのは知っていたけど、こんなに降り積もるなんて。一面にキャラメルが広がってどろどろしている。むせ返すような甘ったるい匂いがする。これが食べ物だったらどれだけいいだろうか。
 iPhoneが武者震いする。電話に出るとよっちゃんだった。ばいばい朝青龍、こんにちはよっちゃん。
「免許、取ったから、迎えに行くよ」
「やったね」
 しばらくして、よっちゃんはブロッコリーの車に乗ってやってきた。かっこいいね、とわたしは言った。
「よっちゃんのなの?」
「そうだよー。あ、ちがう。お父さんのを借りたんだ。いいから入って入って」
 促されるままに、ブロッコリーの車のなかに入る。どこかドアかわからなくて少し戸惑ったり、よろけたりしたけれど、座り心地は快適だった。
「でも、いいの? 車で登校なんて?」
「にゃはは。よっちゃんは、おとなだからね。おとなは何でも許されるのよ」
「そっか」 
 よっちゃんはわたしの通う中学校の、数学の先生だった。残念なことによっちゃんは一組と二組担当で、わたしは三組。プライベートでは、3軒となりの優しいお姉さん。
「それじゃー出発します」
「いえい」
 キャラメルのせいで、ガタガタ言いながらブロッコリーの車は走りだした。
 わたしはゼリーみたいにぷるぷるしているイヤホンを耳から外した。いまは朝青龍よりもよっちゃんだった。
 よっちゃんは真剣な眼差しで、前を見ている。何度かロールケーキにぶつかりそうになっていたけど、わたしはよっちゃんなら大丈夫だと思っていた。
「小鳥ちゃん、楽しそうだね?」
 赤信号のまえでとまって、よっちゃんが聞いてきた。
「キャラメルが降るのってひさしぶりだから嬉しい」
「そうだね。美味しそうだもんね」
「うん。食べれたらいいのに」
「わたし、食べたことあるよ」
 よっちゃんが悪戯そうに笑った。子どものときね、そう言いながらハンドルを回す。
 わたしは、よっちゃんのことをずっと見ていた。よっちゃんがよっちゃんでなくなってしまったときのために。
 茶色がかった綺麗なボブカットも、大きくて丸い目も、笑うとできるえくぼも、小さい八重歯も、みんなみんな記憶しておく。
「よっちゃんは甘い匂いがするから好き」
「えへへ。ほんと?」
「うん」
 もっともっと話したかったのに、ブロッコリーは学校へついてしまった。わたしはみんなに見つからないように、こっそりとブロッコリーから抜け出た。
 板チョコの学校にも、キャラメルソースがかかっていた。甘い匂いがさらに強くなる。何も食べていないのに、ちょっと吐きそうで口に手を当てる。
「ちゃんと授業、受けるんだよー。ばいばいきん」
 よっちゃんが行ってしまうと一人になった。板チョコのなかに入って、カステラの階段を登る。教室のなかへ入ると、人型クッキーが四人いた。よろけそうになりながら、アルフォートの机に座る。
 黒板は黒板のままで安心する。
 わたしはゼリーになったイヤホンのコードをたぐりよせ、コロンを耳に入れた。途端に「骸骨」という意地悪い声が聞こえなくなり、朝青龍が相手の皮膚を叩くものすごい音で包まれる。
 その日の給食はネジで、がんばって一本だけ食べた。