Neetel Inside 文芸新都
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金魚は吠えない
おなか水族館

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 ご飯を食べてたらお腹から、うううううとせり上がってくるのを感じて、わたしは大きく口を開けた。吐きだしてみたら、ちいさなイワシだった。おわんの形にした両手のなかで、ぶるんぶるんと跳ねている。
 ちらっとテーブルの向こうを見る。お母さんはテレビに夢中みたいでずっとクスクスしてる。
 わたしは椅子からジャンプ。ダッダダダーンとベートーヴェンを鳴らしながら階段をかけあがる。
 その勢いのまま、ドアを足でけっとばす。
 わたしの部屋は真っ暗で、水槽の光だけが青く光っている。
「あたらしいお友だちだよー!」
 イワシをぶちゃんと投げた。水が揺れて、たくさんいる魚たちが隅のほうへ逃げていく。
 真っ逆さまに落ちていったイワシは、水中のなかでくるんくるん回転して、急ブレーキがかかったみたいに静止した。それから尾ひれを動かして少しずつ前進し始める。
「ふむふむ、テクニカルタイプかー」
 ペンを取って、ノートに書きこむ。アザラシのキーホルダーがうるさく音を立てる。
 今日の日付、魚の種類と名前。
「おまえの名前はからあげだよ」
 めんどうくさいからいつもおかずの名前をつける。
 からあげは、春雨とラーメンの間をうろちょろ泳いでいた。
 リビングに戻ったら、テーブルの上に新しくおみそ汁が置かれていた。
「作りました」
「おとうふだ」
 おとうふをお箸でつかんでみたらすごくきれいな四角形だった。噛まないように飲みこむ。
 お腹のなかの魚たちも感動してくれるかもしれない。あと、まくらになるかもしれない。寝てるときそう思った。

 ――聞いてください。azarashiで、オットセイ。
 朝起きたらラジオを合わせる。眠たい目をこすりながら、水槽にエサをぶちまける。
一番大きい魚はハンバークだ。一五センチもある。
 それから学校へ行く。
 めちゃくちゃ歩いてると、お腹のなかで水がたぷんたぷん揺れているような気がする。
 いつもお母さんが送ってくれるけど、お仕事だから駄目だった。
 わたしはすぐ疲れちゃって電柱によりかかってしまう。ぶにゃにゃとほっぺたが押しつぶされる。暑くなってきたから、ひんやりしていて気もちいい。
 そうしていたら電柱から声が聞こえてきた。あうあうあー、っていう音が響いてくる。すごく小さくて低い声。
 わたしは怖くなって、後ずさりしてしまった。してしまったけど、助けなきゃとも思った。
 わたしには口があるけど、電柱には口がない。だから、出られないんだ。
 ぶっ壊さないといけない。
 でも、わたしはできなかった。どうしたらいいかわからないし、空耳の可能性もある。
 わたしはずっとその電柱にそばにいて、ずっと耳をおしあてていた。何か聞こえてきたら大人の人を呼ぼうと思う。
 引っこ抜いて切り落としたら助かるはずだ。これだけ大きいとオットセイかもしれない。
 それで学校のことを忘れていた。お巡りさんがやってきた。お母さんもやってきた。怒られてすごく落ちこんだけど、一番悲しかったのはお布団に入ってからだった。
 あうあうあー、って聞こえたから。
 オットセイがいるのは電柱じゃないんだ。わたしのお腹のなかなんだ。
 衝撃の事実に、頭がガンガンした。
 オットセイが口のなかから出てきたら、わたしは口がさけて死ぬかも。めちゃくちゃ泣いた。ぎゃーぎゃー叫んでたら、お母さんがアイスとスプーンを投げてきたので、泣きながらバクバク食べた。

 あうあうあー、っていう声がいっぱい聞こえるようになった。わたしは布団のなかで引きこもり、そこから水槽を見ていた。春雨とトマトが向かいあって、ちゅーしそうになってる。からあげはもう死んだ。
 お母さんがやってきて、わたしを車に乗せた。シートには魚図鑑が置いてあって、それを読んでいたら体育館みたいなところへ連れていかれた。
 一〇人くらいの人が丸くなって座っている。空いているパイプ椅子にお尻をのせる。ガタガタしていたので楽しくで揺らしていたら、となりのおばあちゃんがシワくちゃの手で太ももを押さえつけてきたので、怖くてやめた。そのおばあちゃんはカリフラワーを口から出していた。
「ときどき吠えるんだ。おかげで彼女にも振られてしまったよ」
 男の人が話している。ほら、と言って口からライオンの手を出した。
 カッコイイと思って、気づいたら立っていた。
「さ、触りたい! 触りたいです」
 わたしはライオンと握手した。ハムスターや、マカロニ、ビー玉にも触ることができた。おうっおうっ言いながらみんな吐いてる。そのうち飽きてきて天井をぼんやり見ていたら、お母さんがわたしを迎えにきてくれた。
 帰ってきたら、ワカメが出てきたのでゴミ箱に捨てた。

       

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