Neetel Inside 文芸新都
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ジェームズ・サンダーボルトの冒険
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 ジェームズはいつものように腕組みして部屋にあったイスに座ると首を90度以上傾けて自分の胸を睨むようにしながら貧乏揺すりを始めた。
 現場の状況報告をすべて聞き終わったギャゴボール警部がジェームズに意見を仰ごうと彼の座っている椅子に近づこうとすると彼は勢いよく椅子から飛び上がり奇声を発して床を転がりはじめた。
 事の奇異にギャゴボールは動けない。視線は床をのた打ち回るジェームズに釘付けでひたすら思考は回らない。自分が見ているものが現実なのか白昼夢なのか、そんなことを考えている自分がおかしいのかとさえ思えてくる。
「コロドソンさん! 大変です、ジェームズさんが……!」
 隣の部屋にコロドソンを呼びに行ったとき彼は壁に掛けられていた絵をねぶるように見ていた。
「いやあ、これはいい……。絵自体は大したことないが額縁がいいんだ。品がある。ただこういうのは正しい持ち主が持てばの話であって……」
「コロドソンさん!」
「おや、ギャゴボール警部。どうかしましたか?」
「どうかしましたかじゃありませんよ! ジェームズさんが大変なんです!」
 なんだって!? 事の始終を聞いたコロドソンが部屋に急ぐとジェームズは転がりながらモップのように床のゴミを取っているところだった。
「彼はいったいどうしてしまったんですか、コロドソンさん!?」 状況が飲みこめないギャゴボールに大丈夫ですよ、いつものことですからと「ジェームズのことをよく知ってるコロドソン」像を壊さないように努めて平静に知ったかぶりを決めてはみたものの、何分彼がこんなことをしているのかコロドソンにはさっぱり分からなかった。
「そうですか。それならいいんですが……」
「ハハハ、大丈夫ですって。心配いりませんよ、こういったことは前にも──」
「駄目です! ジェームズさん!! そこは立ち入り禁止です!」
 見ると保存された現場に立ち、いや寝転び入らんとするジェームズを捜査員たちが必死に止めていた。
「こういったことも?」コロドソンはギャゴボールから視線を外すしかなかった。

 ジェームズは一通り騒ぎ終わると、またもとの椅子に気だるそうに腰を下ろし両の拳を握りしめて何かを溜め込むような姿勢で激しい貧乏揺すりを始めた。
「どうやら治まったようですね……」
「ええ、そのようですね」
 コロドソンは内心ジェームズがまたいつ騒ぎ出すかとヒヤヒヤしていた。しかしジェームズのことだ。いくら気を揉んだところでしょうがない。彼の考えてることなど分かりっこないのだから。ならば自分は自分ができることをするまでだ。
「ところで今回の事件はどういったものなんですか?」
「簡単な事件ですよ。現場にはこめかみを撃たれた男の死体と拳銃が1つ残されていたんです。簡潔すぎて捜査陣もいったい何が起きたんだか混乱してますよ」
「そうですか、現場には拳銃が……」
 仰向けに倒れた男の頭は血溜まりに漏れている。伸ばした手には拳銃が握られていた。
「拳銃ですがこんなにあからさまにあるということは何かをカモフラージュするためにわざと残した可能性もありますね……」
「そうですね。しかし気がかりなのはショットガンなんですよ」
「ショットガン?」
「現場にあった拳銃の他に別室でショットガンも見つかってるんです」
 拳銃でさえ手こずっているというのにショットガンまで登場とは……。これはいよいよ手に負えなくなってきた。あとはジェームズとギャゴボール警部に任せてわたしはさっきの額縁でも見に行くとするか。
「そうです、その部屋です」
 コロドソンがひっそりと部屋を出ようとしたとき後ろからの不意の声に一瞬びくりとなった。
「これなんですが」
 コロドソンは半ばギャゴボールに引っ張られるように暖炉の前まで連れて来られた。そこにはショットガン二丁がクロスするように壁に掛けられていた。
「これなんですが不思議なことにべてみると発砲した形跡もないし被害者の指紋しかついていないんです」
「被害者の指紋ですか。とういことは自殺に見せかけて被害者が自分で撃ったように見せかけあとで犯人が拭き取ったとういことも考えられますね」
「なるほど、その考えがありましたか! さすがはコロドソンさん」
「いえいえ、わたしはただの医者ですから捜査の邪魔にならないよう隅っこにいるだけですよ」
「またまたそんなご謙遜を」
 現場の死体近くには拳銃が残され、さらにショットガンまで出てきた。もはやわたしにはお手上げだ。しかしこの謎の答えに誰よりも先に行きついた男がいた。
「来た来た来た来た来た来た来たよ来たよ来たよ来たぁぁぁあああああーーーーー!!!」
 天を突く叫び声と共に椅子の上に立ち上がると興奮覚めやらぬといった体で鼻息あらくジェームズはみんなを集めた。
「聞いてくれ、この事件の真相が分かったんだ!!」
 目を輝かせながら言うジェームズにギャゴボール警部が疑惑の目を向ける。
「分かったですって!? 現場には拳銃と男の死体しかないんですよ、一体これだけでどうやって――」
「おいおいまだ分からないのかい、ギャゴボールくん。ほんとに馬鹿たれだねえい。いいかい、事件は極めて簡単だ。現場に残された銃、そして死体。この二つから導き出せる結論はただひとつ──」
 ごくり、と生唾を飲む音が聞こえた。最速にして最短。誰もが想像もできなかった結論が今彼の口から発表される。ジェームズはゆっくりと自信をもってこう言った。
「男は何者かに拳銃でこめかみを撃たれ絶命したということさ」
 なっ、なんだって……!? 声が出ない。二の句が継げないとはこのことをいうのだろうか。誰もが驚愕と感心に打ちのめされている。ジェームズは現場に残された拳銃と死体とを結ぶか細い線を短時間で見事につなげて合わせ、さらに外部の犯行であることまで示したのだ。拳銃とショットガンで迷っていたわたしたちからしたら身震いする速さだ。
「し、しかし、そうすると暖炉の上のショットガンはどうなるんです?」
 まだ認められない者もいる。それが当然の反応だ。ギャゴボールの疑義も分かる。
「暖炉の上のショットガンだって? そんなものは関係ないさ。だって発砲されてないからねえ。拳銃は発砲されている、しかしショットガンは発砲されていない。そして男はこめかみを撃ち抜かれている。これが意味するところはひとつだけだ」
 よどみなく進む推論。鮮やかな状況判断。そうか! ジェームズが床を転がったのはこのためだったのだ。警察から与えられる情報は確かに正確だ。しかし現場を自分の目で見る以上に正確なものはない。事件解決のためならたとえ火の中水の中、直接ふれた情報を自分の推理に如何なく発揮する。これがジェームズの集中力の成果なのだ。
「いいかい、これは殺人だ。断じて自殺などではない。凶器は死体近くにあった拳銃で犯人は逃走中。ギャゴボールくんたちはこれを追って見つけ次第逮捕してくれ。じゃあ、あとは頼むよ」
 ふー、と肩の力を抜いて玄関に向かおうとするジェームズをギャゴボール警部が引きとめた。
「ジェ、ジェームズさん! 待ってください! ひとつ、ひとつだけいいですか!?」
 ジェームズはよく磨かれた靴にケチをつけられたかのように眉をひそめた。
「なんだい」
「犯人は一体誰なんですか!?」
「だから言ってるだろう、犯人は逃走中だと」

 ショットガンというカモフラージュのせいであわや迷宮入りかと思われた難事件を拳銃というたった一つの証拠と持ち前の推理力で見事に解決まで導いたジェームズの手腕はさすがという外ない。犯人こそ特定できなかったが彼の貢献が事件の解決に多大なる影響を与え得るだろう可能性は疑いようがない。こうしてジェームズの歴史にまたひとつ輝かしい功績が加わることとなったのである。

       

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