Neetel Inside ニートノベル
表紙

つい出来心で淫魔になってしまった。
その四「ナンパなんてナンボのもんじゃい!」

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 夜、東北一の繁華街である国分町では、仕事帰りのサラリーマンや大学生でにぎわっていた。ちょうど日が暮れるころには土砂降りだった雨も八時を回る頃には嘘のように過ぎ去り、通りを彩るネオンの下には少し水たまりが出来ているものの、大勢に影響はなさそうだった。
 並び立つビル群の中でも一段と高いものを選び、僕はそっと繁華街を見下ろした。そして、大学のサークルらしい集団に目星をつけて、僕は暗がりを伝って地面へと降りて、何食わぬ顔でその中に加わった。今日は自分の持つ服の中でも、一番大人びたジャケットを選んできた。高校一年の僕が、どう頑張っても成人には見えないことは自覚している。しかし、大学サークルにおいて一年生、二年生の参加者の多くは未成年であると言うことを、いとこに聞かされていた僕は、薄暗い夜の間であればすぐには判別されないと踏んでいた。
 僕はしれっと、あたかも最初から参加していたかのように、なるべく背の低いグループに紛れ込んだ。どうやら、もう一軒立ち寄った後のようで、大学生たちの顔はほんのりと赤い。
「すいません」僕は出来るだけ話やすそうな、優しい顔をした女性に声をかけた。「今みなさん、一次会終わったところですか」
「二次会よ」
女性が満面の笑顔で答えた。むわり、と強烈なアルコールの匂いが漂い、僕は思わずむせそうになる所を必死でこらえた。
「今は幹事が、次の会場のキャッチと値段交渉してるところ。うちら、三十人近くいるからね。結構値切れると思う」
「あの……キャッチって?」
「あれよ」女性は集団から少し離れたところを顎で指した。居酒屋のマークが入ったエプロンを着たお姉さんが、幹事らしいお兄さんと何やら話し込んでいる。「居酒屋の客引き。仙台の夜の名物よね。どこ行ってもキャッチばっかで、まずは交渉して値切ってから席をとるのが仙台のやり方よ。あなた、仙台の人じゃないの?……ってあれ、ずいぶん若くない?」
 僕はぎくり、としてすぐさまお礼を言いその場から離れた。背後ではどうやら交渉が決着したらしい様子で、幹事が「一人飲み放題お通し付千五百円でいいってー」と、通り全体に聞こえるような大声を出している。恐らくすぐにこの人だかりは三次会会場へと消えてしまうだろう。
 通りから見えにくい路地裏に入り、僕は喘ぐように息を吐いた。どうやら、僕としたことがよっぽど緊張していたらしい。手のひらは汗にまみれ、心臓は短距離走の後のようにハイペースに鼓動している。
 僕は再度、電柱の陰から国分町通りを確認する。先ほどの抱く学生はもういなくなったものの、また別の若い人だかりが出来ている。彼らに紛れることは不可能ではない。
 その時、見回り中の警官が目の前を通り、僕は大急ぎでスモーク化した。暗がりでスモーク化した僕は、懐中電灯でも当てない限り視認出来ない。僕はじっと警官が過ぎ去るのを待ち、それからスモーク化を解いて胸をなで下ろした。
 やっぱり、僕は夜の街には不向きだ。補導のリスクを考えると、どうしても足がすくんでしまう。ちなみに僕の高校では、補導されれば最悪のケースでは一か月の自宅謹慎を言い渡されるらしい。
 やっぱり帰ろう、と思い直したところで友恵の顔が頭に浮かんだ。「クラスメイトを悪魔に売るなんて」と言った彼女の表情は、軽蔑を通り越して憐れみさえ感じられた。僕は怒りでふつふつと頭に血が上るのを感じた。まるで、僕が学校の一員であることを利用して同級生を売る手引きをしている卑怯者であるような言い分が、非常に腹立たしかった。しかし、実際客観視すれば、友恵の言う通りなのだろう。だから今夜は、道を歩く一般女性をターゲットにして生命エネルギーをちょうだいしようと考えて、一張羅を着て国分町までやって来たのだ。
 しかし、そこには大きな問題があった。それは、僕にとって、これが人生初ナンパであり、つまるところ僕は何をどうすればいいのかわからないのだった。ちなみにラブホテルの場所も、入り方さえしらない。夜の街に来たところで、気の利いた居酒屋やこじゃれたバーを知っているわけでもない。女性を送る足もない。所持金は三千円である。
 すっかり意気消沈した僕は、近くのラーメン屋に入ることにした。実は今晩二度目だ。実は先ほども臆病風に吹かれた僕は、逃げるように繁華街から外れてラーメン屋に入っている。一件目では、注文の際にいかにも家系という感じの熊のような風貌をした店主が、夜遅くに来店するには若すぎる僕をいぶかしむように見ていたので非常に居心地が悪かった。なので、二件目には食券で頼めるところを選んだ。
「これで残金は二千三百円か……」
 僕はため息をついて小銭を財布へ入れた。ラーメンのために失った千円と引き換えに得た三枚の百円玉が、じゃらりと寂しい音を立てる。そもそもがあまりに無計画だったのだ。外にナンパに出るのであれば、少なくとも万札の一枚は用意してから出てくるべきだった。
 僕は席について、何気なく店内を見渡した。僕のほかには、会社帰りらしい男性グループが二組いるだけだ。今日は金曜夜、時刻は十一時過ぎ。繁華街から近くに構えられている店にしては少し客の入りが足りないように思える。ひょっとしたら女性客がいるかもしれないなどと淡い期待を抱いていたが、どうもそううまくは行かないらしい。
「はいよ、塩ちゃーしゅー」
 お客が少ないせいか、予想以上に早くラーメンが運ばれてきた。一件目のラーメン屋に入ったのはおおよそ二時間前だ。ひょっとしたら食べられないかもしれないと少し心配していたものの、目の前の器から漂うかぐわしい香りをかいでいると、もう一杯ぐらいなんてことないと思えてくるから不思議だ。
 ラーメンをすすりながら、僕はどうやって今夜の女性をゲットするかについて改めてプランを練る。
 まず、ターゲットは帰宅途中の二十代から三十代の女性。出来れば、飲酒後に帰路についている状態が望ましい。理由は、アルコールの入った状態であれば、僕の催眠術で記憶が消えたとしても怪しまれる可能性が低いからだ。「ああ、飲みすぎたのかもしれない」の一言で片付いてしまう。逆に素面だと、記憶喪失の疑いで病院や、下手をしたら警察に相談される恐れがある。見ず知らずの僕まで捜査の手が及ぶとは思えないが、それでも足がつく可能性は無いに越したことはない。
 加えてターゲットの女性が一人でいることも重要だった。理由は単純で、人数が多ければ多いだけ記憶を改竄しなければならない人数も増える。どれだけうまくごまかしても、後から複数人で記憶を照らし合わせればボロが出るだろう。危険性はどこまでも排除したい、臆病な僕だった。
 条件の合うターゲットさえ見つかれは、後は催眠術をかけた状態でターゲットの家まで同行し、生命エネルギーをちょうだいするだけだ。しかし、この条件を満たすのが意外と難しい。酔った女性を送らないというのは紳士の流儀に反するのか、あるいは送り狼として自宅なりホテルなりに連れ込むつもりなのか知らないが、どの女性にもぴったりと男性がマークしていた。さらに、時間を追うごとに人数はどんどん少なくなる。僕がナンパを始めた八時ごろには人であふれていた通りが、今ではいくつかのグループが散見されるだけだ。この時間になると、残っている連中はもう夜通し遊び尽くすつもりなのかもしれない。そうなれば、僕が女性をお持ち帰り出来るチャンスはゼロだ。
「あれ~、さっきのお兄さんじゃない?」
 半分諦めていた僕の背中で、鼻にかかったような女性の声が響いた。僕のことか、と思い後ろを向くと先ほど僕が声をかけた女子大生が、友人らしい女性二人にかつがれながら入ってきた。ずいぶん酔っているらしく、足取りがおぼついていない。
「な~にやってんろ?こんなところで」
彼女は僕の隣にどっかりと腰を掛けて尋ねた。酔っぱらって距離感がつかめていないらしく、お互いの鼻先がくっつきそうなところまで近づいている。当然、先ほどよりも強烈にアルコールの匂いを感じる。
「何って、今ちょうどラーメンを食べ始めたところで……」
「ほ~ら、ちょっと見て!この子、若い!」彼女はいきなり話を替えると、二人の友人に向かって大声で話し始める。「だからあたし言ったじゃん!『さっきの子、めっちゃ若かった』って!見てみ、見てみ。すっごい若い。何、高校生?何校?もうキスとかしたことあんの?」
「おい、ゆかり。高校生誘惑すんなよ」
 友人のうち一人が、彼女を止めるようなセリフを言うものの、その友人自身もかなり酔っている様子だ。顔は耳まで真っ赤で、終始大笑いしては机をバンバンと叩いている。机が音を立てる度に、店主が迷惑そうな視線を向けるので、僕はかなり居心地が悪い。
「ええ、いいじゃん、瞳ぃ」僕の隣の、ゆかりと呼ばれた女性が抗議の声を上げる。「あたしの出身高校なんか偏差値四十あるかないかで、男も女もヤンキーばっかだったから、大体皆一年生で初体験」
「生徒のほぼ全員が金髪の高校と一緒にするなよ。その子の髪は真っ黒だぞ」
「もう、瞳もゆかりも、しっかりしてよ」第三の女性が加わった。眼鏡をかけた、知的でおとなしそうな印象だが、彼女の顔もほんのりとピンクがかっている。しかし、三人の中では唯一理性を保っているらしい。「ごめんね、二人ともすごく酔ってるから……もう、早く帰ろうよ。タクシー呼ぶから」
「ええ、さっきこれからカラオケ行って飲み直そうって言ったじゃん!」
「そうだぞ、それにもう生三つと大ギョウザ二つ頼んである。観念するんだな、春奈」
 不幸なことに、まともな判断の出来る彼女が劣勢らしかった。春奈と呼ばれた彼女は、席に座りもせずにあたふたと友人二人の面倒を見ている。しかし酔っ払いの相手をするのは不慣れなようで、すっかりハッピーになった二人に軽く手玉に取られているようだ。
 彼女たちに巻き込まれたら面倒くさい。今は店内にいるからいいものの、下手に外でからまれたら警察から職質を受けかねない。そうなれば補導コースまっしぐらだ。
 僕は自分のラーメンに視線を戻して、急いで食べ始めた。同時に、奥から店員がギョウザとビールジョッキを三人の元へと持ってきた。これなら、彼女たちが自分の食事に夢中になっているすきにラーメンをたいらげて、ナンパへと戻ることが出来る。
 ところが、やってきた店員は笑顔で、しかし強い拒絶を隠そうともせずに言い放った。
「お客様。大変申し訳ありませんが他のお客様の迷惑になりますので、食べ終わったらお帰りいただけませんか」
 あっけにとられる女子大生たちの顔を横目に、僕は最後の一口をすする。すると、しばらく店員と言い争いをしていた女子大生たちは、スイカを渡された加藤茶のように一瞬で料理を平らげ、あろうことか残っていた僕のスープまで飲み干して「もう二度と来ない」と捨て台詞を吐いた。
「ほれ、君も行くよ!」
 は?と、反応する間もなく、僕は猫のように首根っこをつかまれて連行されていく。あまりに突然の出来事に、僕はどうしていいのかわからず、ただ彼女たちの引っ張るがまま、後をついていくしかなかった。

       

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