Neetel Inside ニートノベル
表紙

つい出来心で淫魔になってしまった。
その四「ナンパなんてナンボのもんじゃい!」

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 夜、東北一の繁華街である国分町では、仕事帰りのサラリーマンや大学生でにぎわっていた。ちょうど日が暮れるころには土砂降りだった雨も八時を回る頃には嘘のように過ぎ去り、通りを彩るネオンの下には少し水たまりが出来ているものの、大勢に影響はなさそうだった。
 並び立つビル群の中でも一段と高いものを選び、僕はそっと繁華街を見下ろした。そして、大学のサークルらしい集団に目星をつけて、僕は暗がりを伝って地面へと降りて、何食わぬ顔でその中に加わった。今日は自分の持つ服の中でも、一番大人びたジャケットを選んできた。高校一年の僕が、どう頑張っても成人には見えないことは自覚している。しかし、大学サークルにおいて一年生、二年生の参加者の多くは未成年であると言うことを、いとこに聞かされていた僕は、薄暗い夜の間であればすぐには判別されないと踏んでいた。
 僕はしれっと、あたかも最初から参加していたかのように、なるべく背の低いグループに紛れ込んだ。どうやら、もう一軒立ち寄った後のようで、大学生たちの顔はほんのりと赤い。
「すいません」僕は出来るだけ話やすそうな、優しい顔をした女性に声をかけた。「今みなさん、一次会終わったところですか」
「二次会よ」
女性が満面の笑顔で答えた。むわり、と強烈なアルコールの匂いが漂い、僕は思わずむせそうになる所を必死でこらえた。
「今は幹事が、次の会場のキャッチと値段交渉してるところ。うちら、三十人近くいるからね。結構値切れると思う」
「あの……キャッチって?」
「あれよ」女性は集団から少し離れたところを顎で指した。居酒屋のマークが入ったエプロンを着たお姉さんが、幹事らしいお兄さんと何やら話し込んでいる。「居酒屋の客引き。仙台の夜の名物よね。どこ行ってもキャッチばっかで、まずは交渉して値切ってから席をとるのが仙台のやり方よ。あなた、仙台の人じゃないの?……ってあれ、ずいぶん若くない?」
 僕はぎくり、としてすぐさまお礼を言いその場から離れた。背後ではどうやら交渉が決着したらしい様子で、幹事が「一人飲み放題お通し付千五百円でいいってー」と、通り全体に聞こえるような大声を出している。恐らくすぐにこの人だかりは三次会会場へと消えてしまうだろう。
 通りから見えにくい路地裏に入り、僕は喘ぐように息を吐いた。どうやら、僕としたことがよっぽど緊張していたらしい。手のひらは汗にまみれ、心臓は短距離走の後のようにハイペースに鼓動している。
 僕は再度、電柱の陰から国分町通りを確認する。先ほどの抱く学生はもういなくなったものの、また別の若い人だかりが出来ている。彼らに紛れることは不可能ではない。
 その時、見回り中の警官が目の前を通り、僕は大急ぎでスモーク化した。暗がりでスモーク化した僕は、懐中電灯でも当てない限り視認出来ない。僕はじっと警官が過ぎ去るのを待ち、それからスモーク化を解いて胸をなで下ろした。
 やっぱり、僕は夜の街には不向きだ。補導のリスクを考えると、どうしても足がすくんでしまう。ちなみに僕の高校では、補導されれば最悪のケースでは一か月の自宅謹慎を言い渡されるらしい。
 やっぱり帰ろう、と思い直したところで友恵の顔が頭に浮かんだ。「クラスメイトを悪魔に売るなんて」と言った彼女の表情は、軽蔑を通り越して憐れみさえ感じられた。僕は怒りでふつふつと頭に血が上るのを感じた。まるで、僕が学校の一員であることを利用して同級生を売る手引きをしている卑怯者であるような言い分が、非常に腹立たしかった。しかし、実際客観視すれば、友恵の言う通りなのだろう。だから今夜は、道を歩く一般女性をターゲットにして生命エネルギーをちょうだいしようと考えて、一張羅を着て国分町までやって来たのだ。
 しかし、そこには大きな問題があった。それは、僕にとって、これが人生初ナンパであり、つまるところ僕は何をどうすればいいのかわからないのだった。ちなみにラブホテルの場所も、入り方さえしらない。夜の街に来たところで、気の利いた居酒屋やこじゃれたバーを知っているわけでもない。女性を送る足もない。所持金は三千円である。
 すっかり意気消沈した僕は、近くのラーメン屋に入ることにした。実は今晩二度目だ。実は先ほども臆病風に吹かれた僕は、逃げるように繁華街から外れてラーメン屋に入っている。一件目では、注文の際にいかにも家系という感じの熊のような風貌をした店主が、夜遅くに来店するには若すぎる僕をいぶかしむように見ていたので非常に居心地が悪かった。なので、二件目には食券で頼めるところを選んだ。
「これで残金は二千三百円か……」
 僕はため息をついて小銭を財布へ入れた。ラーメンのために失った千円と引き換えに得た三枚の百円玉が、じゃらりと寂しい音を立てる。そもそもがあまりに無計画だったのだ。外にナンパに出るのであれば、少なくとも万札の一枚は用意してから出てくるべきだった。
 僕は席について、何気なく店内を見渡した。僕のほかには、会社帰りらしい男性グループが二組いるだけだ。今日は金曜夜、時刻は十一時過ぎ。繁華街から近くに構えられている店にしては少し客の入りが足りないように思える。ひょっとしたら女性客がいるかもしれないなどと淡い期待を抱いていたが、どうもそううまくは行かないらしい。
「はいよ、塩ちゃーしゅー」
 お客が少ないせいか、予想以上に早くラーメンが運ばれてきた。一件目のラーメン屋に入ったのはおおよそ二時間前だ。ひょっとしたら食べられないかもしれないと少し心配していたものの、目の前の器から漂うかぐわしい香りをかいでいると、もう一杯ぐらいなんてことないと思えてくるから不思議だ。
 ラーメンをすすりながら、僕はどうやって今夜の女性をゲットするかについて改めてプランを練る。
 まず、ターゲットは帰宅途中の二十代から三十代の女性。出来れば、飲酒後に帰路についている状態が望ましい。理由は、アルコールの入った状態であれば、僕の催眠術で記憶が消えたとしても怪しまれる可能性が低いからだ。「ああ、飲みすぎたのかもしれない」の一言で片付いてしまう。逆に素面だと、記憶喪失の疑いで病院や、下手をしたら警察に相談される恐れがある。見ず知らずの僕まで捜査の手が及ぶとは思えないが、それでも足がつく可能性は無いに越したことはない。
 加えてターゲットの女性が一人でいることも重要だった。理由は単純で、人数が多ければ多いだけ記憶を改竄しなければならない人数も増える。どれだけうまくごまかしても、後から複数人で記憶を照らし合わせればボロが出るだろう。危険性はどこまでも排除したい、臆病な僕だった。
 条件の合うターゲットさえ見つかれは、後は催眠術をかけた状態でターゲットの家まで同行し、生命エネルギーをちょうだいするだけだ。しかし、この条件を満たすのが意外と難しい。酔った女性を送らないというのは紳士の流儀に反するのか、あるいは送り狼として自宅なりホテルなりに連れ込むつもりなのか知らないが、どの女性にもぴったりと男性がマークしていた。さらに、時間を追うごとに人数はどんどん少なくなる。僕がナンパを始めた八時ごろには人であふれていた通りが、今ではいくつかのグループが散見されるだけだ。この時間になると、残っている連中はもう夜通し遊び尽くすつもりなのかもしれない。そうなれば、僕が女性をお持ち帰り出来るチャンスはゼロだ。
「あれ~、さっきのお兄さんじゃない?」
 半分諦めていた僕の背中で、鼻にかかったような女性の声が響いた。僕のことか、と思い後ろを向くと先ほど僕が声をかけた女子大生が、友人らしい女性二人にかつがれながら入ってきた。ずいぶん酔っているらしく、足取りがおぼついていない。
「な~にやってんろ?こんなところで」
彼女は僕の隣にどっかりと腰を掛けて尋ねた。酔っぱらって距離感がつかめていないらしく、お互いの鼻先がくっつきそうなところまで近づいている。当然、先ほどよりも強烈にアルコールの匂いを感じる。
「何って、今ちょうどラーメンを食べ始めたところで……」
「ほ~ら、ちょっと見て!この子、若い!」彼女はいきなり話を替えると、二人の友人に向かって大声で話し始める。「だからあたし言ったじゃん!『さっきの子、めっちゃ若かった』って!見てみ、見てみ。すっごい若い。何、高校生?何校?もうキスとかしたことあんの?」
「おい、ゆかり。高校生誘惑すんなよ」
 友人のうち一人が、彼女を止めるようなセリフを言うものの、その友人自身もかなり酔っている様子だ。顔は耳まで真っ赤で、終始大笑いしては机をバンバンと叩いている。机が音を立てる度に、店主が迷惑そうな視線を向けるので、僕はかなり居心地が悪い。
「ええ、いいじゃん、瞳ぃ」僕の隣の、ゆかりと呼ばれた女性が抗議の声を上げる。「あたしの出身高校なんか偏差値四十あるかないかで、男も女もヤンキーばっかだったから、大体皆一年生で初体験」
「生徒のほぼ全員が金髪の高校と一緒にするなよ。その子の髪は真っ黒だぞ」
「もう、瞳もゆかりも、しっかりしてよ」第三の女性が加わった。眼鏡をかけた、知的でおとなしそうな印象だが、彼女の顔もほんのりとピンクがかっている。しかし、三人の中では唯一理性を保っているらしい。「ごめんね、二人ともすごく酔ってるから……もう、早く帰ろうよ。タクシー呼ぶから」
「ええ、さっきこれからカラオケ行って飲み直そうって言ったじゃん!」
「そうだぞ、それにもう生三つと大ギョウザ二つ頼んである。観念するんだな、春奈」
 不幸なことに、まともな判断の出来る彼女が劣勢らしかった。春奈と呼ばれた彼女は、席に座りもせずにあたふたと友人二人の面倒を見ている。しかし酔っ払いの相手をするのは不慣れなようで、すっかりハッピーになった二人に軽く手玉に取られているようだ。
 彼女たちに巻き込まれたら面倒くさい。今は店内にいるからいいものの、下手に外でからまれたら警察から職質を受けかねない。そうなれば補導コースまっしぐらだ。
 僕は自分のラーメンに視線を戻して、急いで食べ始めた。同時に、奥から店員がギョウザとビールジョッキを三人の元へと持ってきた。これなら、彼女たちが自分の食事に夢中になっているすきにラーメンをたいらげて、ナンパへと戻ることが出来る。
 ところが、やってきた店員は笑顔で、しかし強い拒絶を隠そうともせずに言い放った。
「お客様。大変申し訳ありませんが他のお客様の迷惑になりますので、食べ終わったらお帰りいただけませんか」
 あっけにとられる女子大生たちの顔を横目に、僕は最後の一口をすする。すると、しばらく店員と言い争いをしていた女子大生たちは、スイカを渡された加藤茶のように一瞬で料理を平らげ、あろうことか残っていた僕のスープまで飲み干して「もう二度と来ない」と捨て台詞を吐いた。
「ほれ、君も行くよ!」
 は?と、反応する間もなく、僕は猫のように首根っこをつかまれて連行されていく。あまりに突然の出来事に、僕はどうしていいのかわからず、ただ彼女たちの引っ張るがまま、後をついていくしかなかった。

     

「ごめんね、田所君。こんな遅くまで付き合わせちゃって。本当に帰り道わかる?」
 玄関まで見送りに来てくれた春奈さんが、ドアを開けながら本当に申し訳なさそうに言う。奥では、瞳さんとゆかりさんが二人一緒に入浴している音が聞こえる。二人ともかなり酔っぱらっていて、時たま何か大きな物が倒れるように浴室が震動していた。
「あ、大丈夫です。僕の家、ここから歩いて十分ぐらいなんで」僕は笑顔で、さらっと嘘をついた。「それじゃあ、お疲れ様でした。二人にもよろしく伝えてください」
「うん。ありがとう。気を付けて帰ってね」
 春奈さんは、疲れたような、しかし優しさにあふれる笑顔で手を振った。僕はぺこりと頭を下げてから、もちろん満面の笑顔で「失礼します」と告げる。しかし僕は、目の前にぶら下がった餌をみすみす取り逃すような間抜けな真似は出来ないのだった。
 悪いけど、このまま帰るわけにはいかないんですよ、春奈さん。
 僕は両の眼に力を込めた。同時に、淫魔としての超能力が発動する。与えられた能力の中で、僕が最も頻繁に使用するもの。催眠術だ。しかも今回は友恵にかけた誘導式催眠術とはわけが違う。お互いの視線が合ったその一瞬で対象を催眠状態にするその即効性と、術のかかった間の記憶を完全に忘れてしまう強力な記憶操作能力を併せ持つ、淫魔の秘密兵器である。
 春奈さんは、一瞬驚いたように目を見開いたものの、すぐに催眠状態に入った。
「じゃあ、また中に入れてもらってもいいですかね、春奈さん?」
 僕は完全に操り人形になった彼女に、あえて尋ねる。春奈さんは力なく「はい」と答えると、言われるがままに僕を室内へと導いた。
 僕の背後で、春奈さんがドアを閉める。物音一つしない深夜のアパートに、重い鉄製のドアが閉まる音が響き渡り、まるで世界が淫魔の僕と僕の虜になった女子大生三人だけのような、妙な気分になる。完全犯罪をしているような、あるいは自分が独裁者にでもなったような、全てが思いのままになる感覚だ。
 僕は自然と顔がにやけるのを感じていた。春奈さんに見せた作り笑顔とは全く違う、正真正銘の笑みだ。やはり、物事が計画通りに進むと、その愉快さが表情に出るらしい。
 浴室のドアを開け、中にいる瞳さんとゆかりさんの様子を確認する。僕の命令通り、二人でシャワーを浴びているものの、アルコールのせいで動きがおぼつかないらしい。二人とも完全に僕の催眠術化にあるとはいえ酔っ払いであることには違いなく、完全にコントロール出来るとはいい難い。
「二人とも、もう上がっていいですよ。体を拭いてベッドで待っててください」
「はあい」
 二人は転びそうになりながら立ち上がり、その肢体を隠すことさえ知らないと言う風に、全裸のままベッドへと向かった。途中、タオルを取る際に、棚に積みあがっていた他のタオルすべてを落としていたのにはさすがに閉口したが、しかし僕には関係ないことだ。明日には、彼女たちは僕がこの時間、この部屋に滞在していたことを完全に忘れているのだ。
「春奈さん。これから二人でシャワーを浴びるから、僕の服を脱がせてください」
「はい」
 春奈さんは黙々と僕の衣服を脱がせてはたたんでいく。もともとそこまで酒を飲んでいなかった春奈さんは、他の二人と比べて扱いやすい。完全に全裸になったところで、今度は僕が春奈さんの服を脱がせに入る。催眠状態の彼女はなすがまま、虚空を見つめているうちに真っ裸に剥かれていく。まるで成長した赤ん坊の世話をしているようだ。
透き通るような白い肌と、小ぶりながら形のいい乳房、綺麗に染められた茶髪とは対照的に手入れのされていない真っ黒な陰毛が露わになる。真面目な春奈さんが今日あったばかりの僕の手によって抗う術もなく脱がされているシチュエーションによって、僕はイチモツがどんどん大きくなるのを感じていた。
春奈さんを全裸にしたところで僕は彼女のメガネを外し、しゃぶりつくように口づけをした。お互いの唾液が混ざり合い、口を離すたびに舌と舌が糸を引く。すっかり興奮した僕は、もうこのまま彼女とセックスしてしまおうかと一瞬気持ちが揺らいだものの、すぐに思い直して二人で浴室に入った。
そう、まだ夜は長いのだ。
僕は春奈さんに体を洗わせながら、ゆっくりとこの部屋に至った経緯を思い出す。

ラーメン屋を追い出された後、僕たちは近くのカラオケ屋に向かった。しかし、泥酔状態のゆかりさんと瞳さんを見るや否や、入店を断られてしまったのだ。その後もいくつか別の店を回ってはみたものの、どの店でも似たような対応だった。店によっては酔っ払いはさておき、未成年である僕の来店は認められないという言い分もあった。
「もう、面倒くさいからあたしんちで飲み直そう!」提案したのはゆかりさんだった。「この中で一人暮らしなのあたしだけじゃん。もう遅いし皆うちに泊まっていけばいいよ」
当初はカラオケで歌いながら酒も飲みたいと考えていたゆかりさんとしては、妥協の末の案だったようだ。しかし、散々歩き続けた僕たちにとっては非常に魅力的だった。事実、瞳さんは彼女の提案を聞くや否や「それ最高」と返事をして、すぐさまタクシーを止めに入った。
「ちょっと待って。田所君はどうするの?」春奈さんは心配そうに言った。「あたしたちはいいけど、田所君はまだ高校生よ。ご両親の了解も無く、さっき知り合ったばかりのあたしたちと一緒だなんて……」
 春奈さんはちらり、と僕の方を見た。心の底から悪いと思っているような視線で、なんだか逆に僕のほうが罪悪感を覚えてしまった。しかし、彼女の言い分はもっともだったし、僕としても収穫もないしもう帰ろうかと考えていたところだった。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。社会勉強だって言えば、今日び、一晩外泊したぐらいで何とも言われないって。ねえ、田所君」
 ゆかりさんはふらふらしながら言う。歩きながらも缶酎ハイを飲んでいたためか、もうすっかり呂律が回っていない。
 待てよ。ひょっとして、うまくすればこのまま三人とセックスする事が出来るんじゃないか?
 僕はふと思い至り、なんとか目の前の女子大生三人組と一夜を共にするために、脳みそをフルスロットルで回転させた。
「ゆかりさん」作戦を練り終えた僕は、無垢な高校生を装って尋ねた。「ちなみにゆかりさんの自宅ってどこにあるんですか?」
「長町だよん。モールから五分のところにあるアパート」
「え、本当ですか。実は僕の家も長町なんですよ」
 僕はあたかも偶然のように答えた。そうしてゆかりさんの家の詳細な位置を聞きながら、僕は訳知り顔で相槌を打った。長町自体には何度か行ったことがあったから、話を合せるのはさほど難しくない。僕が長町に住んでいるというのは、もちろん真っ赤な嘘だ。
 僕は、千鳥足のゆかりさんたちを彼女の自宅まで連れて行って、自分はその足で帰宅する旨を申し出た。僕の帰りを心配していた春奈さんも、家が近いのであればということで了承してくれた。
「ごめんね。最後まであたしたちに付き合わせちゃって。本当にありがとう」
 長町へと向かうタクシーの中でお礼を言う春奈さんに「そんなことないですよ」等と言って好青年を演じながら、僕は内心ほくそえんでいた。これから三人から生命エネルギーを貰うことを考えれば、ありがとうは間違いなくこちらのセリフだった。
 ゆかりさんのアパートは、今時女性の一人暮らしには無くてはならないオートロック玄関やエレベータが備え付けられていた。よくよく聞いてみれば女子学生専用の寮だと言うことで、僕は嬉しい発見に心を躍らせた。ゆかりさんたちについて来て、女子大生の巣穴に出会うとは、思いがけない幸運だった。一粒で二度おいしいとはまさにこのことだ。
 部屋に入ってから、すでにいつ酔いつぶれてもおかしくないゆかりさんと瞳さんの二人に、こっそりと催眠術をかけた。これで彼女たちは、僕が合図をするまでは眠ったふりをする他ない。
複数人を相手にする際に、一番注意しなければならないのは三人の記憶に食い違いがないようにすることだ。記憶をなくした状態で目覚めた時には、前日に何があったのか確認したくなる。友人と確認した内容に違いがあれば、自分の失われた記憶・時間に対して疑いが生まれ、下手をしたら警察を呼ぶかもしれない。そうなれば警戒されて、今後活動しにくくなるのは必至だ。
 今回の場合、ゆかりさんたち三人が僕と出会った地点では記憶を共有している。しかし、ゆかりさん、瞳さんの二人はただでさえ酔っぱらって記憶があいまいであった上に、今は僕の催眠術化にあるために、もう事実を記憶する能力を有していない。ここで問題になるのは、初めから比較的意識のはっきりしていた春奈さんの記憶をどう調整するかだ。
 僕の催眠術の弱点として、催眠術下にある間の記憶を改変することは出来ても、術下にない状態の記憶を改変する事は出来ない。だから、彼女たち三人の記憶をコントロールして、僕と知り合った事実自体を根底から忘れさせることは不可能なのだ。とすれば、翌日目覚めた彼女たちが万が一何かしらの異変を感じて僕に疑いを持った時に、僕のアリバイを証言してくれる人物が彼女たちの中にいれば好都合この上ない。
 僕は少し考えて、春奈さんに僕が帰ったと記憶してもらうために、いったん家の外まで出て帰りの挨拶をするという芝居をすることにした。もちろん催眠術によってそう思い込ませることも可能だが、実際に彼女に記憶させた方が間違いがないのは明らかだった。

 僕は改めて、自分の作戦の完璧さにほれぼれしながら、僕の眼下でフェラチオをしている春奈さんの姿をしげしげと眺める。オレンジの電灯の下で、彼女の白く、すべすべの肌がなまめかしく動く。僕の体を洗ってもらったお返しに、春奈さんの体は僕に洗わせてもらったので、肌質は確認済みだ。
「春奈さん。僕、そろそろイキますんで、全部飲みこんでくださいね」
「……ふぁい」
 春奈さんは僕の愚息をほおばりながら答えた。無機質な、味気ない声だ。催眠術の威力を弱めればもう少し人間的な反応をするはずだが、臆病な僕は記憶への干渉力を下げたくないために強めの催眠術をかけることが多い。
 僕は春奈さんの口内に射精した後、彼女とゆかりさんたちが待つ寝室へと向かった。
 浴室を出た途端、むわっとする匂いに僕は思わず後ずさった。強烈な雌の匂いだ。もちろん理由は自明である。僕が春奈さんと入浴する前に、ゆかりさんと瞳さんの二人にレズセックスをしながら待っているように命令したからだ。
 どれどれ、と僕は寝室を覗いた。結果は予想以上だった。ちょうど二人はシックスナインの態勢で、お互いの膣穴と尻穴の両方を愛撫していた。僕の命令した通りに愛し合っていたらしく、布団は乱れ放題、ベッドには潮を吹いた後が残っている。
「さて、誰からヤラせてもらおうかな」
 僕は三人を並ばせて、その肢体を舐めるように眺める。
 一番胸があるのは明らかにゆかりさんだ。続いて春奈さん。三番手の瞳さんには、肋骨の上から申し訳程度にふくらみがあるだけだ。しかし、ゆかりさんの体型が必ずしもベストというわけではない。ゆかりさんの胸の大きさに比例するように、体全体に余分な脂肪がついている。対して、瞳さんは何かスポーツをしているらしく全身引き締まっていて、うっすらと腹筋さえ見受けられる。春奈さんの体型はちょうど二人の中間だ。
 少し考えて、僕はやはりバランス型から行くことにした。
「春奈さん、まずはあなたに相手をしてもらうんで、横になってください」
 僕が声を出すと同時に、春奈さんはベッドの上に横たわる。僕は彼女の上に覆いかぶさるようにして、ゆっくりと口づけをし、それから体の隅々まで愛撫していく。僕が命令しない限り春奈さんはまるっきりマグロ状態だが、快感はしっかり伝わっているらしい。乳首は立ったまますっかり固くなって、陰部からは愛液を垂れ流し、さらに彼女の顔がほんのりと赤くなっている。時折春奈さんが喘ぐような、くぐもった声を出すと、僕は嬉しくなると同時にイチモツがさらに元気になるのを感じるのだ。
 春奈さんへの愛撫を僕が担当する一方、瞳さんには僕のアナル舐めを、ゆかりさんにはフェラチオと玉舐めをそれぞれお願いしていた。三人も女性がいるから出来る芸当である。
 そろそろ射精したくなって来たところで、僕は春奈さんの秘部にイチモツをあてがって、ゆっくりと挿入した。彼女の膣に飲みこまれながら、イチモツがぬくもりに包まれていくのを感じ、すぐさま射精したい衝動に駆られる。すんでのところでこらえた僕は、春奈さんのお腹の上に精液をかけた。
「これで中出し出来ればなあ」
 僕は、春奈さんの体を掃除するように他二人に言いつけてから、ベッドの隅で独り言をこぼした。もちろん淫魔の能力があれば簡単に出来ることだが、現場にDNAという逃れようのない証拠を残すことへの恐怖と、望まぬ妊娠はさせたくないという正義感から今まで膣内への射精は避けていた。
 ちらり、とベッドの上で重なり合う三人を覗く。僕の精液と春奈さんの愛液を舐めとっている瞳さんとゆかりさんは、さながら樹液に集まる昆虫のようで、なまめかしく美しい。二人は春奈さんを愛撫しながら、春奈さんは愛撫されながらさらに興奮を高めているようで、三人とも自分と相手とに関わらず胸を揉みしだく、秘部にキスをするなど、本格的にレズセックスを始めていた。
 僕はふと、何とか四人同時にセックス出来る方法は無いかと思い立ち、少し考えて彼女たちの配置を変えた。一番肉厚のゆかりさんはベッドの上でバックの態勢を取ってもらう。その上に春奈さんが覆いかぶさり、さらにその上に一番軽い瞳さんが乗る形だ。後ろから眺めると、ちょうど三人のヒップの形が鏡餅のようで圧巻である。
「今、僕は何も命令してないのに勝手に愛撫してましたよね」僕は意地悪く尋ねた。三人からの返事はない。「そんなにチンポが欲しいのは、どのマンコなのかなあ」
 僕は上から下へと、僕の愚息を彼女たちの秘部へとあてがっていく。しかし、挿入はしない。彼女たちの膣口が、物欲しそうにぴくぴく動くのを観察するだけだ。淫魔の催眠下にある人間は、同時に催淫下にある。少しでも性感帯に触れれば、それだけで彼女たちにとってはよがるほどの快感なのだ。
 僕は反応を楽しんでから、まっすぐにゆかりさんの局部へと挿入した。春奈さんよりもなめらかで、さらに締め付けも強い。僕が腰を動かすたびに、吸盤のように僕のイチモツへと吸い付いてくる。まるでイソギンチャクだ。
 続いて、僕はちょうど目の前にある瞳さんのクリトリスを舐め始める。僕の舌先が触れると同時に、瞳さんがびくっと体をのけぞらせたためにもう少しで女体ピラミッドが崩れるところだった。僕はお仕置きに彼女の尻を強かに叩いた。
 さらに、空いた両の手で僕はゆかりさんの秘部をほぐすように愛撫する。これで、ようやく三人との同時セックスが実現したのだ。
嬉しくなった僕は、調子に乗って瞳さんのクリトリスを甘噛みした。その瞬間、瞳さんが腰を動かしたと思うが早いが、瞳さんの秘部が勢いよく潮を吹いた。びゅっ、びゅっと音を立てて、複数回にわたって噴射する。目の前にいた僕はもちろん、彼女の下にいる二人もトリクルダウンするように潮まみれになった。
「これはお仕置きが必要ですね、瞳さん」
 僕は腕で顔をぬぐいながら、瞳さんをベッドの中心に寝かせた。
 瞳さんの体は小さい。僕の同級生と比べても間違いなく小さい部類に入る。加えて彼女の局部には毛が一本も生えていなかった。そのためまるで中学生との行為に及んでいるかのようで、僕は非常に興奮して、むくむくとイチモツが大きくなるのを感じた。そのまま瞳さんに覆いかぶさった僕は、ゆっくりと彼女の秘部に僕の愚息を挿入した。
 いよいよ腰を動かすというところで、僕は違和感を覚えた。
「瞳さん、ひょっとして初めてですか?」
「……はい」
 瞳さんは消え入りそうな声で答えた。
 なんて可愛らしいんだろう。
 僕はその瞬間、瞳さんを心底愛おしく感じて、とろんと半開きになった彼女の両目に向けて強力な催眠術をかけた。これで彼女の性感帯はさらに敏感になる。出来るだけ痛みを感じないようにする配慮だ。試しに彼女の乳房へ吸い付いてみると、瞳さんは「ああ!」と大きく声を上げて体をのけぞらせた。僕は下腹部に再び潮が噴出されたのを感じた。
 初体験である瞳さんに対して、僕はゆっくりとしかし一息に僕のイチモツを挿入した。割くような独特の感触だ。そうして本格的に腰を振り始めた。合体している僕と瞳さんの横では、ゆかりさんと春奈さんが物欲しそうにオナニーしている。
「瞳さん、僕そろそろイキそうなんですけど」僕は休むことなく腰を動かしながら尋ねる。「お仕置きとして、このまま中に出してもいいですか?」
 無意味な質問だった。なぜなら催眠下にある彼女に僕の頼みを断ることなど出来ないからだ。もちろん僕もそれは理解していたものの、彼女から同意の言葉を聞かせて欲しかったのだ。返答はもちろん「はい」だ。
「出る……出す、出しますよ!」
「はい」
 僕は腰の動きを加速させて、そのまま一気に瞳さんの膣内へ射精した。同時に絶頂に達したらしい瞳さんの膣が、僕のイチモツをくわえこむように収縮を繰り返す。僕はとろけそうな快感を味わいながら、瞳さんのほうへ倒れた。瞳さんも余韻を楽しんでいるらしく、夢を見るような顔をしながら僕にキスをせがんできた。
 しばらく待ってからイチモツを引き抜くと、瞳さんの膣から僕の精液がどろっとあふれ出した。すぐさま、あふれた精液を舐めとりに他の二人が瞳さんの秘部へと顔を寄せた。膣内の精子すべてを吸いきるようないきおいだった。
 僕は再度愛撫し始めた三人をしり目に、一人感傷に浸っていた。
 ついに中出ししてしまったのだ。今まで一線を引いてきた、僕としては最後の理性をついに超えてしまった。しかし、意外と罪悪感はなく、胸に残るのは達成感だった。これからは、毎回中出しするのもいいかもしれない。瞳さんには、明日アフターピルを飲むように暗示をかけよう。
 汗をかいてしまった僕は、勃起の収まったイチモツを一度春奈さんの口で掃除させてから、シャワーに向かった。
 鏡を見た僕は驚愕した。
 尻尾だ。尾てい骨のあたりから、ドラキー調の真っ黒な尻尾が生えていたのだ。長さとしては一メートル近くある。今までは皮膚の下に埋まっていたはずだが、どうやら自分で気が付かないうちに表に出ていたらしい。よくよく見れば、頭の角も以前より長くなっているような気がする。
「あんた、もうすっかり淫魔になっちゃったんだわ」という友恵のセリフが頭に響く。
 本当に?本当にそうなのか?
 僕はもう淫魔になってしまって、普通の人間では考えられないような非常識な行動を取っているのか?
 僕はもう人間には戻れないのか?
 正直に言えば、今回ナンパを思い立ったのは友恵へのあてつけのつもりだった。しかし結果を見れば、今までは悪いと思っていた中出しすらほとんど抵抗なくやってのけている。ひょっとして、友恵の言う通り僕は完全に淫魔へと変化しつつあるのではないか?
 怖くなった僕は、急いで帰り支度をすると、再びレズセックスを始めた三人には目もくれずにスモーク化して換気扇からベランダへと出た。時刻は午前四時。もう一時間もすれば朝日が昇る。もう居酒屋やカラオケも閉店しているようで、眼下には車はおろか街灯以外の灯りは無い。
 僕は暗がりの中でも出来るだけ目立たない道を選びながら、長町を後にした。

       

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