Neetel Inside ニートノベル
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野生のパンツ
1章 16歳の誕生日に電子レンジでパンツを温める人生

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「あなたのズボンを脱いでくれ。あなたのパンツを脱いでくれ。
 あなたのパンツを僕に温めさせてくれ」
 電子レンジがそう言った。
 夜中の住宅街。人気はない。
 男子高校生の根子ユイは電子レンジから逃げていた。
 電子レンジはぷかぷかと浮かび、根子ユイを追いかけていた。
「16歳の誕生日に電子レンジでパンツを温める人生なんて絶対に嫌だ」
 今日は根子ユイが16歳になる誕生日だった。
 コンビニで買った安物の誕生日ケーキを抱えながら逃げていた。
「キミのズボンを脱いでください。キミのパンツを脱いでください。
 キミのパンツを私に冷やさせてください」
 逃げる根子ユイの前に冷蔵庫が飛び出した。
「また、わけがわからないものが現れた」
「誰がわけがわからないものですか。私は冷蔵庫だ。
 キミのパンツを私に冷やさせてください」
「また、わけがわからないものとは何だ。僕は電子レンジだ。
 あなたのパンツを僕に温めさせてくれ」
 根子ユイは電子レンジと冷蔵庫に挟まれた。
「わけがわからない電子レンジに続いて、わけがわからない冷蔵庫が現れた。
 どうすればいいのかわからない」
「わけがわからないのは電子レンジです。何がマイクロ波ですか。何がマグネトロンですか」
 冷蔵庫は追いかけるのをやめ、止まる。
「わけがわからないのは冷蔵庫だ。何がエクスパンションバブルだ。何がエバポレータだ」
 電子レンジは追いかけるのをやめ、止まる。
「お二方はとても博識なんですね」
 電子レンジと冷蔵庫に挟まれた根子ユイはそう言った。
「昔は大学の研究室で働いていたので」
 電子レンジと冷蔵庫は照れながら言った。
「どこの大学ですか?」と、根子ユイ。
「どこの大学かどうでもいいんです。キミのパンツを私に冷やさせてください」
「どこの大学かどうでもいい。あなたのパンツを僕に温めさせてくれ」
「どこの大学かどうでもよくない。
 偏差値の高い大学なのか、偏差値の低い大学なのか気になるじゃないか」と、根子ユイ。
「偏差値なんてどうでもいい」
 電子レンジと冷蔵庫がまた根子ユイにせまった。
「あなたのズボンを脱いでくれ。あなたのパンツを脱いでくれ。
 あなたのパンツを僕に温めさせてくれ」
「キミのズボンを脱いでください。キミのパンツを脱いでください。
 キミのパンツを私に冷やさせてください」
「どうでもいい話でお茶を濁せば、わけのわからない電子レンジとわけのわからない冷蔵庫がパンツのことを忘れてくれると思ったのに、パンツのことを覚えてた」と、根子ユイ。
 根子ユイは塀際を背後にして、電子レンジと冷蔵庫に迫られていた。
「ズボン越しでいいから、キミのパンツを冷やしちゃいます」
 冷蔵庫の扉が開き、その中から冷気を送風した。
「クシュン」と、根子ユイがくしゃみをする。「お尻が冷える」
「ズボン越しでいいから、あなたのパンツを温める」
 電子レンジのガラス扉が開き、その中から熱光線が発射される。
「アチチ」と、根子ユイが熱がる。「お尻が焼ける」
「このままだと、お尻が冷えて焼けて大変なことになっちゃう」と、根子ユイ。
 突然。
 冷蔵庫と電子レンジが仰向けになり、冷気と熱光線を夜空に向けて発射する。
「私の体が勝手に動いてしまいました」と、冷蔵庫。
「僕の体が勝手に動いた」と、電子レンジ。
「助かった」と、根子ユイ。
 根子ユイは仰向けになった冷蔵庫と電子レンジを見つめた。冷蔵庫と電子レンジはピアノ線のような糸で締め付けられていた。ピアノ線は根子ユイの背後から出ていた。
「ピアノ線?」
 根子ユイの視線はそのピアノ線を辿っていった。根子ユイ
 ピアノ線には茶色い粒のようなものが絡んでいた。
「納豆?」
 根子ユイは背後を振り向いた。
 塀の上には小学生くらいにみえる少女が立っていた。
 その少女の片手から、納豆の糸が出ていた。
「わけがわからない人が塀の上に立っている。バカと煙は高いところが好きっていうけれど、わけがわからない人も高いところが好きなんだね」と、根子ユイ。
「見ず知らずの人に失礼しちゃう」
 少女はそう言いながら、塀を飛び降りた。
 そして、少女は長い髪の毛を風になびかせながら、冷蔵庫と電子レンジに近づいた。
「キミ、ひょっとして掃除屋さんですか」
「あなた、ひょっとして掃除屋さんか」
 冷蔵庫と電子レンジは尋ねた。
「そうよ。野生の冷蔵庫と野生の電子レンジ。掃除屋さん」
 掃除屋さんと呼ばれた少女はそう答えた。
「掃除屋さん。フランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に左の電子レンジを売り飛ばすつもりですね」と、冷蔵庫。
「掃除屋さん。フランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に右の冷蔵庫を売り飛ばすつもりか」と、電子レンジ。
「どっちもフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばす」と、掃除屋さんと呼ばれたん少女。
「フランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』って、あのフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』のことか?」と、根子ユイ。

 へ ゴミ収集車になりたい掃除機も
   アロハシャツになりたい礼服も
   使い捨てカメラになりたいデジタルカメラも
   フランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』で
   歌って踊れる二度目の人生始めよう

 根子ユイはそう歌った。次いで冷蔵庫と電子レンジも歌いだした。
「なんで突然歌いだしたのか理解に困るけど、そのCMソングでお馴染みのフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』のこと」
 掃除屋さんと呼ばれた少女はそう言った。
「私をフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばさず、左の電子レンジをフランチャイズ方式で稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばしなさい」
「僕をフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばさず右の冷蔵庫をフランチャイズ方式で稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばしてくれ」
 そう言いながら電子レンジと冷蔵庫は掃除屋さんと呼ばれた少女にせまる。
「しまった。フランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』という長い言い回しが多用されたり、フランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』のCMソングを歌ったりして時間を潰している内に、私の出した納豆の糸が途切れてしまった」
 掃除屋さんと呼ばれた少女はそう解説した。
「電子レンジをフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばしてくださらないのなら、冷やして京都の嵐山にあるアイスクリーム屋さんに売りつけてやります」
 冷蔵庫は掃除屋さんと呼ばれた少女に向けて冷気を送風する。
「冷蔵庫をフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『竜宮城』に売り飛ばしてくれないなら、温めて北海道の室蘭にある焼き鳥屋さんに売りつけてやる」
 電子レンジは掃除屋さんと呼ばれた少女に向けて熱光線を発射する。
「よっと」
 掃除屋さんと呼ばれた少女は後ろに飛ぶ。
「しまった。俺がつい調子に乗ってフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』のCMソングを歌ってしまったせいで、掃除屋さんと呼ばれた少女が大ピンチになってしまった」
 根子ユイはそう言った。
「大丈夫。安心して」
 掃除屋さんと呼ばれた少女はそう言い、ドッジボールをキャッチするような姿勢になる。
「男のパンツを欲しがる冷蔵庫と電子レンジ。私のために大人しく捕まることを認めなさい」
 掃除屋さんと呼ばれた少女は冷蔵庫と電子レンジに言った。
「認めません」と、冷気を送風し続ける冷蔵庫。
「認めない」と、熱線を発射し続ける電子レンジ。
 掃除屋さんと呼ばれた少女の両手の中に、蛾のマユのようなものが現れる。蛾のマユのようなものはソフトボールサイズから徐々にドッジボールサイズになった。
 マユのようなドッジボールのようなものには茶色い豆粒のようなものが絡みついていた。
「納豆のドッジボールのような、マユのようなものが出てきた」と、根子ユイは驚いた。
「納豆シュート」
 掃除屋さんと呼ばれた少女はそう言って、納豆の塊を投げた。
 納豆の塊は電子レンジの中に入った。
「納豆臭い」
 電子レンジはそう言って倒れた。
「電子レンジが気絶しました。さっそくこの電子レンジをフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばしましょう。ざまあみてください。アハハハ」
 冷蔵庫は扉を開閉させながら、笑った。
「冷蔵庫もフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばします」
 掃除屋さんと呼ばれた少女は、また納豆の塊を作り出し投げる。
 その納豆の塊は冷蔵庫の中に入った。
「納豆臭いです」
 冷蔵庫はそう言って倒れた。
「お掃除完了」
 掃除屋さんと呼ばれた少女はそう言って、額の汗を拭った。
「ありがとう」
 根子ユイはお礼を言った。
「何がありがとう?」
「16歳の誕生日に電子レンジでパンツを温める人生から救ってくれたこと」
「勘違いしないで」
「何を勘違いしたらいけないんだ」
「あなたの16歳の誕生日が電子レンジでパンツを温める人生になっても、冷蔵庫でパンツを冷やすような人生になっても、私は知らない。私は冷蔵庫と電子レンジをフランチャイズ方式で小金を儲けている『龍宮城』に売り飛ばしたかっただけ」
「16歳の誕生日が電子レンジでパンツを温める人生になっても、冷蔵庫でパンツを冷やすような人生になっても、私は知らないだって」
 根子ユイは怒った。
「帰って納豆ご飯食べて寝よう」
 掃除屋さんと呼ばれた少女は納豆の糸で電子レンジと冷蔵庫を縛り付けた。そして、電子レンジと冷蔵庫を引きずりながら去っていった。
「納豆を出すのはどうでもいいが、俺の人生をないがしろにするのはどうせもよくない。なんなんだ。あのわけがわからない少女」
 根子ユイは誕生日ケーキを抱えながら帰った。

 根子ユイの自宅。木造建築二階建て。
 根子ユイはパソコンの前に誕生日ケーキを置いて食べながら、ビデオ通話をしていた。
「ユイちゃん。16歳の誕生日おめでとう」
「母さん、下着の研究をするため、おフランスに出張していて忙しいのに、わざわざ電話ありがとう」
 ビデオ通話の相手は根子ユイの母親である。
「いいのよいいのよ。私の愛する息子だし。私の愛する夫の息子でもあるし」
「その言い方、やめてよ。照れくさい」
「私の愛する夫が交通事故で死んじゃって、家にはユイちゃん一人しかいないから、さみしすぎてプチプチつぶししてるんじゃないかなあ」
「プチプチつぶしなんかしてないよ。もう16歳になるんだから」
「16歳……何かあったかな?」
「……」
 根子ユイは今日あったことを思いだした。
 わけがわからない電子レンジとわけがわからない冷蔵庫に追いかけられて、わけがわからない少女に『16歳の誕生日が電子レンジでパンツを温める人生になっても、冷蔵庫でパンツを冷やすような人生になっても、私は知らない』と言われた。
 しかし、母親に心配をかけるわけはいけないとユイは思った。
「何もなかったよ」
「そうそう。共同研究している教授からさ、下着のデザイン性と耐久性に関するありがたいお話を聞いたんだけど、聞きたい?」
「聞きたくない」
 フランスにいる母親と誕生日ケーキを日本で食べた。

       

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