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表紙

野生のパンツ
2章 6月の夏休みの宿題

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 翌日のホームルーム前、根子ユイが通っている河野高校の一年教室である。河野高校は北海道にある高校である。
「昨日のわけのわからない電子レンジとわけのわからない冷蔵庫とわけのわからない少女のせいで、学校で無性にプチプチつぶしがしたくなってしまった」
 根子ユイは家にあった気泡緩衝材を取り出して学校に持ってきていた。そして、自分の席でプチプチつぶしをしていた。
 根子ユイはわけのわからないものに囲まれていたせいで、わけのわからないことをしたくなったのだった。
「よお。ユイ」
 猪野晴夫は焼きそばパンを食べながらユイの肩を叩いた。
「これは同じクラスの猪野晴夫じゃないか。ラーメン屋の息子がラーメンじゃなく、パンを食べるなんて珍しいな」
 根子ユイはそう挨拶した。
「朝食がラーメンじゃなくて、カツ丼だったんだ。そのせいで、無性に麺類が食べたくなって売店で買ってしまった」
「そういえば、猪野の家のカツ丼まずいんだよな。まずくてまずくて。トンカツが死んでいるような味がする」
「おれんちのカツ丼のトンカツが死んでいるなんて言うなよ。カツ丼作るたびにお経を唱えないといけなくなるじゃないか。そんなことより、ユイ。夏休みの宿題やったか?」
「夏休みの宿題?」
 根子ユイは不思議そうな顔をする。
「算数のドリルとか、漢字のドリルとか、自分で調べたいことを決めて研究したり自分で作りたいものを作ったりする自由研究とかだ」
 猪野晴夫はそう言った。
「小学四年生のときを除けば、小学校と中学校の頃は全部宿題やったな」
「違う違うユイ。高校の夏休みの宿題だ。明日提出期限だぞ」
「猪野、何わけがわからないこと言ってるんだ?夏休みまでまだ一ヶ月くらいあるだろ。まだ、6月。それに明日土曜日で学校はないぞ」
「たとえ明日が土曜日で学校は休みでも、今日が夏休みでない6月でも、夏休みの宿題をやらないといけないんだ」
「夏休みの宿題を6月にやるなんて、わけがわからないのはそっちだ」
「わけがわからなくても俺は明日までにこの算数ドリルをやらないといけないんだ。半径5の円の面積は5かけるぱいぱい……」
 猪野晴夫はそう算数のドリルをやり始めた。
「わけがわからない。なんで高校生が数学じゃなく、算数をやってるんだ」
 根子ユイはそう疑問に思った。
「しかし、周りを見回すと、たしかに問題集らしきものをやっている人が多いな。今日は宿題なかったはずだぞ」と、根子ユイは言った。
 この教室には、問題集をやっている高校生が多くいるようだった。

 一時間目の現代文の授業である。
「今日の現代文の時間は自習です」
 沖中先生はそう言った。
「やったあ。夏休みの宿題ができる」
 クラス中に歓喜の声があがる。
「先生質問」
 猪野晴夫はそう言って、手を挙げた。
「猪野、なんだね。先生はサボりたくてうずうずしてるから、手短にな」
 沖中先生はそう言った。
「定年間近の56歳の沖中先生が自習をするのは、関節リウマチだからですか?」
 沖中先生は銀髪で長い髭を生やしている。まるで仙人だ。
「バカにするな。関節リウマチなんかじゃない」と、沖中先生。
「沖中先生をバカになんかしていません。年寄り扱いしています」と、猪野晴夫。
「それならいいんだ」と、沖中先生。
「関節リウマチじゃないのなら、何で自習なんですか」と、猪野晴夫は続けて聞いた。
「恥ずかしい話で自習です。先生は明日夏休みの宿題を提出しなければなりません。しかし、まだ少しも夏休みの宿題をやってません。それで、夏休みの宿題をするために、授業をサボりたくてうずうずしているのです」と、沖中先生は説明した。
「俺も夏休みの宿題をする時間が欲しかったのです」と、猪野晴夫。
「わけがわからない。何で夏休みじゃない6月。しかも、明日土曜日。それも先生が何で夏休みの宿題を提出しなければならないんだ?」
 根子ユイはわけがわからない展開に思わずツッコミを入れた。
「根子。先生が夏休みの宿題をやるために、授業をサボったら悪いのか?」と、沖中先生は根子ユイに聞いた。
「悪いです」と、根子ユイは答えた。
「廊下に立たせるぞ」
 沖中先生は根子ユイをそう脅した。
「悪くないです」
 根子ユイは沖中先生に言いくるめられた。
「先生はさっそく自由研究の昆虫採集にいってきます。いっぱい虫を取るぞ。こう見えても小学生の頃は点取り虫と呼ばれていたんだ。たくさん虫を取ってやる」
 沖中先生はそう言って、虫取りアミを振り回す。
 ぎくっ。と鈍い音が教室中に響く。
 そして、沖中先生は腰を抑え込みしゃがみ込む。
「ぎっくり腰」と、沖中先生はつぶやいた。
「誰か救急車を呼んで」と、女子が言った。
「俺、スマートフォン持ってきてるから呼ぶよ」と、男子。
「校則で携帯電話の持ち込みは禁止されてるのよ?スマートフォンを持ってきていいと思ってるの?」と、女子。
「これ携帯電話じゃなくて、スマートフォンだから」と、男子。
「そっか」と、女子は納得した。
 男子はスマートフォンで119番に連絡した。
「もう定年間近の年寄りなのに、夏休みの宿題ではしゃぐから」
 猪野晴夫は沖中先生に駆け寄り、背中をさすった。
「ううう……誰か私の代わりに夏休みの宿題を。自由研究の昆虫採集をしてくれ」
 沖中先生は苦しそうにうめいた。
「ユイ、沖中先生の遺言だ。虫取りアミを振り回してギックリ腰になった沖中先生の代わりに自由研究の昆虫採集をしてくれ」と、猪野晴夫。
「そうよ。ユイくん。自由研究の昆虫採集をしなさいよ」と、根子ユイを責める女子。
「そうだそうだ。ユイ。自由研究の昆虫採集をしろ」と、根子ユイを責める男子。
 根子ユイはクラスメイトに言い寄られた。
「わけがわからない。どうして虫取りアミを振り回してギックリ腰になった定年間近の沖中先生の代わりに、俺が夏休みの宿題を代わりにやらないといけないんだ」と、根子ユイ。
「ユイ。そういうものは、大人になれば、ありがたみがわかるもんだぞ」と、沖中先生が言った。
「沖中先生は大人じゃなくて、年寄りです」と、猪野晴夫は言った。

 数分後、沖中先生は救急隊に病院へ運ばれた。

 昼休み。
「クラスメイトに言い寄られ、沖中先生とクラスメイト全員の自由研究の昆虫採集を引き受けてしまった」
 根子ユイは河野高校の校庭に植えられていたりんごの木の側にやってきていた。
 根子ユイは虫取りアミを握っており、虫かごを肩に掛け、蜂蜜の瓶をポケットに入れていた。
 この虫取りアミ、虫かご、蜂蜜はクラスメイトから借りたものである。
「うへへ……幹の穴にはカブトムシがいないようだぜ」
 りんごの木は高校生たちに囲まれていた。高校生たちは木にある幹の穴に指をつっこんで弄りまわしていた。りんごの木にある高校生の指は、黄色く濁った粘り気のある蜂蜜でネバネバだった。
「あの木はカブトムシを探す高校生たちにいやらしくたかられている。たぶん、あの木に虫はいないだろうな。あんなにいやらしい高校生たちにたかられちゃ、虫もたかることができないだろう」
 根子ユイはそう言った。

「校則で授業中に学校の敷地外へ出るのは禁止されているしな。学校の中で虫がいそうなところはどこだろう」
 根子ユイはそう考えながら廊下を歩いていた。
「毎度お騒がせしております。毎度お騒がせしております。毎度お馴染みの売店のおばさんでございます。毎度お馴染みの売店のおばさんでございます」
 おばさんはメガホンを使って叫んでいた。
「メガホンを叫びながら廊下を歩くとは、なんて厚かましいおばさんなんだろう」と、根子ユイ。
「売店のおばさんでございます。夏休みの宿題をするために不要になった漫画があったら、売店のおばさんに寄贈してください。おばさんが責任を持って売店で漫画を売ります。ぜひぜひ売店のおばさんに寄贈してください」
 売店のおばさんが荷台を廊下で引きずっていた。荷台の上には大量の漫画が積まれていた。
「売店のおばさん、商売上手だな。みんなが夏休みの宿題をやっている最中に漫画を回収して、売店で中古販売しようとするなんて」
 根子ユイはそう言った。
「漫画。漫画は本。そうだ。あそこになら虫がいるかも」
 根子ユイは思いついた。

「毎度お騒がせしております。毎度お騒がせしております。毎度お馴染みの根子ユイでございます。毎度お馴染みの根子ユイでござます。虫はいませんか。この中に虫はいませんか」
 根子ユイはメガホンを使って言った。このメガホンは売店で買ったものである。
「うるさい」
 根子ユイは図書委員に怒られた。
「ごめんして」
 根子ユイは図書委員に謝った。
「このメガホンは没収します」と、図書委員。
「はい」
 根子ユイは図書委員に持っていたメガホンを差し出した。
 そう。根子ユイは図書室に本の虫を探しに来ていた。
「本の虫いないかな。いきのいい本の虫いないかな」
 根子ユイは虫取りアミを振り回していた。
「あ、大きな本の虫を発見。さては本の虫界のヘラクレスオオカブトだな。ヘラクレスオオカブトのような黄色い髪の毛をして、大きい体してる。捕まえてやる」
 根子ユイは読書をしている金髪で大柄の男子高校生を見つけた。根子ユイはその男子に向かって、虫取りアミを振り下ろした。
「うわ。不良のこの俺に何をしやがる」
 金髪で大柄な不良は虫取りアミに捕まった。そのため、不良は怒鳴った。
「わけがわからない。不良が自分のことを不良って言っていいのか?」
 根子ユイは不良にそう尋ねた。
「文句あっか?」と、不良。
「わけがわからない。何で不良が図書室で読書なんてしてるんだ?」
「明日提出の夏休みの宿題の読書感想文を書くために本を読んでいるんだ。文句あっか?」
「明日提出の夏休みの宿題の読書感想文を書くために本を読んでいるってことはひょっとして今まであまり本を読まなかった人間?」
「本を読まないのが俺の自慢なんです。えへへ……」
 不良は頭を掻き、照れながら答えた。
「本を読まないようなら本の虫じゃないな」と、根子ユイ。
「おい、いい加減この虫取りアミを外せ。そうしないと、お前をボコボコのボッコちゃんにしてステーキにすんぞ」
 不良は手をポキポキと鳴らす。
「虫取りアミ外すの忘れてた。ごめんして」
 根子ユイは虫取りアミを外してから、手を重ねて謝る。
「虫取りアミを外しても、おまえをボコボコのボッコちゃんにしてステーキにするのは変わらねえ」と、不良。
「ひぃ」
 根子ユイは怖がった。
「お、それ蜂蜜じゃねえか」
 不良は根子ユイのポケットに入っていた蜂蜜の瓶をじっと見つめた。
「ひょっとして蜂蜜が欲しいのか?」
 不良は満面の笑みでうなずいた。さきほど怖いと思っていた不良が可愛いとすら思える笑顔である。
「この蜂蜜をあげるから、俺をステーキにしないでくれ」
 根子ユイは不良に蜂蜜を差し出した。
「蜂蜜だあ」
 不良は大喜びで蜂蜜の瓶を開けた。そして、不良は蜂蜜を指先ですくいとった。
「うふふ……蜂蜜ちゃん。おいしい」と、不良はにやけた。
「わけがわからない。どうして不良が蜂蜜好きなんですか?」
「今日も売店ではちみつパンを買って食べるほど蜂蜜が大好きな不良だぞ.不良が蜂蜜好きで文句あっか?」
「文句ありません」
 根子ユイはそう答えた。

「うーん。本嫌いの不良ですら夏休みの宿題の読書感想文を書くために本を読んでいるのか。本嫌いの人が本を読んでいるのなら、本好きの本の虫を探すのは難しいな」
 根子ユイは図書室の机で読書している人たちを見つめながら言った。
「経営学って何て文学的なのかしら」と、図書室にいた売店のおばさんが言った。
 売店のおばさんは経営学に関する本を読んでいた。
 図書室は満席だった。席は生徒だけではなく、教師や売店のおばさんまでいた。
「読書感想文のために本を読んでない本好きはどこにいるんだろう」
 根子ユイは辺りを見回した。
「99、100、101……」
 根子ユイは本棚の間に本で筋トレをする小学生くらいの少女を見かけた。
 百科事典や国語辞書、類語辞典を積み重ねて持ち、上下させることにより本で筋トレしていた。
 その少女は背が低く、長い髪の毛をしておりジャージ姿だった。
「よくあんな小さな体であんな重そうな本を持つことができるな」と、根子ユイは感心した。「あの子は読書感想文のために本を読んでない。読書感想文のために本を読んでいないということは、相当の本好きの本の虫に違いない。本で筋トレをするくらい本好きな本の虫」
 根子ユイは虫取りアミを握り締め、その少女の背後に近づいた。
「捕まえちゃお」
 根子ユイはその少女に向けて、虫取りアミを振り下ろした。
「きゃあ」
 その少女が悲鳴を上げる。少女は驚いて持っていた本を落とす。
「もう。何するのよ」と、少女が後ろを振り向いた。
「キミは昨日の16歳の誕生日が電子レンジでパンツを温める人生から救ってくれたけど、俺が16歳の誕生日が電子レンジでパンツを温める人生になっても、冷蔵庫でパンツを冷やすような人生になっても私は知らないと、ないがしろにしたわけがわからない掃除屋さんと呼ばれた少女」と、根子ユイは驚いた。
「あなたは16歳の誕生日が電子レンジでパンツを温める人生から私に救われたけど、あなたが16歳の誕生日が電子レンジでパンツを温める人生になっても、冷蔵庫でパンツを冷やすような人生な人生になっても私は知らないとないがしろにしたら怒ったようなわけがわからない人」と、掃除屋さんの少女も驚いた。
「うるさい。うるさい。台詞長いし冗長だし無意味だし静かにしなさい」
 図書委員が根子ユイから没収したメガホンを使って叫んだ。
「ほら、あなたのせいで図書委員に台詞長くて冗長だし無意味だって注意されたじゃない」
 掃除屋さんの少女がそう言った。
「俺だけのせいにするなよ」と、根子ユイはそう言った。
「仕切り直ししましょうよ」と、掃除屋さんの少女。
「そうだな。かいつまんで言おう」と、根子ユイ。
「キミは冷蔵庫でパンツを冷やす少女」
 根子ユイは台詞の要点だけを言って再び驚いた。
「あなたは電子レンジでパンツを温める人」
 掃除屋さんの少女も台詞の要点だけ言って再び驚いた。
「キミ、高校生だったのか」
 根子ユイは掃除屋さんの少女に尋ねた。
「失礼よ。私は高校二年生。認めてよ」と、少女は無い胸を張って言った。
「俺より一学年上なのか。高校生に見えなかったな」
「高校生に見えなかった?つまり、私が厚かましいおばさんにみえたってことね。誰が厚かましいおばさんに見えたですって?」と、少女は目を輝かせながら、そう聞いた。
「いえいえ。小学生に見えました」
「認めない認めない。何で私を厚かましいおばさんだと間違えないのよ」
 掃除屋さんの少女は根子ユイの制服の裾をつかんだ。
「そんなこと俺に聞くなよ」
「じゃあ誰に聞けばいいのよ」と、掃除屋さんの少女はそう尋ねた。
「図書委員」と、根子ユイはそう答えた。
 掃除屋さんの少女は頭に覆いかぶさっていた虫取りアミを振り払った。
 そして、図書委員に駆け寄った。
「何で私を厚かましいおばさんに見間違えないのよ」
 掃除屋さんの少女は図書委員にそう訴えた。
「うるさい」と、図書委員はメガホンで掃除屋さんの少女に怒った。
 掃除屋さんの少女はヨボヨボと根子ユイの元に帰ってきた。
「怒られたじゃない」と、掃除屋さんの少女は根子ユイに怒った。
「まぁまぁ、落ち着いて。わけのわからない無駄なことしないで」
 根子ユイは掃除屋さんの少女をなだめた。
「何がわけのわからない無駄なことですって?」と、掃除屋さんの少女は聞いた。
「図書委員に何でキミを厚かましいおばさんに間違えないか聞くこと」と、根子ユイは答えた。
「それのどこが無駄なのよ。そもそも図書委員に聞いてって言ったのはあなたじゃない」と反論する掃除屋さんの少女。
「そんなこと俺に聞くなよ」
「じゃあ誰に聞けばいいのよ」
「図書委員」
 根子ユイはそう言った。
 掃除屋さんの少女は図書委員に駆け寄ろうとした。
「まてまて、話が進まない」
 根子ユイは掃除屋さんの少女の手首を捕まえた。
「おまえはここで何してるんだ?」と、根子ユイ。
「筋力トレーニング」
 少女は足元に落ちてあった百科事典や国語辞書、類語辞典を積み重ねて拾い上げ、筋力トレーニングを再開した。
「図書室で筋力トレーニングをするなんて相当の本好きの本の虫のようだ。捕まえたい」
 根子ユイはそう言った。
「あなたはここで何してるのよ」
 虫取りアミに捕まった掃除屋さんの少女はそう尋ねた。
「夏休みの宿題の昆虫採集」と、根子ユイ。
「梅雨前線が元気な6月に、なんで夏休みの宿題をやっているのか理解に困るよ」
「学校の図書室で本を使って筋力トレーニングをするおまえの方がわけがわからない」
「あなたの方が理解に困るわけがわからない人。それにしても、今日の図書室はやたらと人が多いね」
「ああ。おまえの方がわけがわからなくて理解に困るけど、明日夏休みの宿題の締切だからな」
「夏休みの宿題?」
「そう。夏休みの宿題の読書感想文をするために、本を読んでる人でいっぱいなんだ」
「明日土曜日で休み。その上、今月は梅雨前線が元気な6月。それなのに、どうして夏休みの締切なのよ」
「まったくわけがわからない。俺が聞きたいくらいだ。とりあえず、俺は成り行きでクラスメイトと先生から夏休みの宿題を引き受けたからな」
「明日土曜日で6月なのに、夏休みの締切という理解に困る話。これはひょっとして、野生のゴミの仕業ね」
「野生のゴミ?」
「そう。野生のゴミとはこの世に未練を残して化けて現れたゴミのお化けよ」
「そういえば昨日、野生の電子レンジにパンツを温められそうになったり、野生の冷蔵庫にパンツを冷やされそうになったりしたな」
「そう。その野生の電子レンジと野生の冷蔵庫は野生のゴミよ」
「しかし、ゴミがそう簡単に幽霊になったら大変なんじゃないのか?毎回毎回、ゴミが野生のゴミとして蘇ったら、野生のゴミが夢の国の遊園地に遊びにくれば夢の島の埋立地じゃないか」
「大丈夫。安心して。運のいいゴミだけ野生のゴミになる」
「そうか。昨日の野生の電子レンジ、野生の冷蔵庫は野生のゴミだったのか」
「そう。野生のゴミはこの世の未練を晴らすために様々な災いを起こして、人間たちを困らせるのよ。例えば今回の場合、野生のゴミが明日を夏休みの締切だと思わせて、この世の未練を晴らしてるようね」
「その野生のゴミはどこにいるんだ」
「それを今から探すのよ。ひょっとしたら、野生のゴミはボタンサイズかもしれない」
 掃除屋さんの少女はほふく前進した。
「ひょっとしたら、野生のゴミは人に変装しているかもしれない」
 掃除屋さんの少女は俺の元に駆け寄った.
「キミか、キミか。キミが野生のゴミか」と、掃除屋さんの少女は俺の肩を揺らした。
「違う、違う。俺じゃない俺じゃない」と、根子ユイは否定した。
「じゃあ誰が野生のゴミよ」
「図書委員」
 掃除屋さんの少女が図書委員に駆け寄った。
「あなたはゴミよ」
 掃除屋さんの少女は図書委員にそう言った。
「ちょっと耳貸して」と、図書委員。
「いいけど」と、掃除屋さんの少女。
「うるさい」
 図書委員が掃除屋さんの耳に向けてメガホンで叫んだ。
 掃除屋さんの少女が根子ユイの元に歩いてきた。
「ふらふらする」
 掃除屋さんと呼ばれた少女は体を揺らしながら歩いていた。
「図書委員に怒られたじゃない」と、掃除屋さんの少女。
「いきなりキミが『あなたはゴミよ』なんて言うからだろ」と、根子ユイ。
「じゃあ誰が野生のゴミよ」
「野生のゴミは人に変装してるかもしれないって本当か?」
「本当よ」
「心当たりがある」

「毎度お騒がせしております。毎度お騒がせしております。売店のおばさんでございます。売店のおばさんでございます。夏休みの宿題をするために不要になった漫画があったら、売店のおばさんに寄贈してください。おばさんが責任を持って売店で漫画を売ります。ぜひぜひ売店のおばさんに寄贈してください」
 売店のおばさんがメガホンで叫んでいた。
「おまえはゴミだ」
「いきなり失礼でございます。この生意気そうな男子高校生は失礼でございます。いきなり『おまえはゴミだ』なんて失礼でございます」
 売店のおばさんは荷台を引きずりながらそう言った。
 根子ユイと掃除屋さんの少女は廊下に来ていた。
「それではご説明致しましょう。夏休みの宿題をしていた男子高校生の猪野は売店で買った焼きそばパンを食べていた」と、根子ユイ。
「夏休みの宿題と焼きそばパンにはどんな関係があるのですか?」と、売店のおばさん。
「不良も売店で買った蜂蜜パンを食べていた」と、根子ユイ。
「夏休みの宿題と蜂蜜パンと焼きそばパンにはどんな関係があるのですか」と、売店のおばさん。
「さらに、俺は今日一度も売店のパンを食べていない」と、根子ユイは言った。
「私も食べていない」と、掃除屋さんの少女。
「なんで売店のパンを食べなかったのですか」と、売店のおばさん。
「つまり、売店のパンを食べることにより、明日が夏休みの宿題の締切だと思ってしまう」と、根子ユイは言った。
「売店のパンを食べたからといって、私のことだとは限らないのでございます。ひょっとしたら、パン業者さんが犯人かもしれないのです」と、売店のおばさん。
「売店のパンを食べた人々は夏休みの宿題で忙しくなった。それにより、学校に持ってきた漫画を読む暇がなくなってしまった。そして、漫画をこの売店のおばさんに寄贈していた。売店のおばさんは漫画を中古販売するという大きなメリットがあった。この売店のおばさんは怪しい売店のおばさんだ。つまり、この怪しい売店のおばさんはゴミの変装だ」
「怪しい売店のおばさんというだけで変装扱いとは失礼でございます。大変失礼でございます」と、売店のおばさん。
「しらを切るのはこれを見てからにしろ」と、根子ユイは売店のおばさんに言った。「例の人を」と、根子ユイは掃除屋さんの少女に言った。
「夏休みの宿題。夏休みの宿題。夏休みの宿題をやらせて。私、本を読んで感想を作文しないといけないのよ。私、夏休みの宿題をやらないと腕が震えてしょうがないのよ」
 荷台を引きずった売店のおばちゃんにそっくりの売店のおばさんがもう一人いた。
「図書室で夏休みの宿題をしていた売店のおばさんを連れてきました」
 掃除屋さんの少女は納豆の糸で作った紐で、もう一人の売店のおばさんを縛り上げ、連れてきていた。
「その売店のおばさんは私が菓子パンを無理やり食べさせて、明日が夏休みの宿題の締切だと思って必死に夏休みの宿題をやるため、図書室に引きこもっていたはずです。無理やり連れて来たのですね。本物の売店のおばちゃんに何をするのですか。あなたたちはそれでも人間でございますか?あなたたちはそれでも人間でございますか?」
 荷台を引きずっていた売店のおばさんはそう言った。
「あ。自分でばらした」と、根子ユイは言った。
「おそらく荷台を引きずっている売店のおばちゃんは野生のゴミね。この野生の売店のおばさんをフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばししょう。そして、小学校に買い取ってもらいましょう。野生の売店のおばさんから給食のおばさんになれるはずよ。野生の売店のおばさん。私のために大人しく捕まることを認めなさい」
 掃除屋さんの少女はそう言った。
「私の正体が気になりませんか?」
 野生の売店のおばさんが言った。
「ぜんぜん気にならない」と、根子ユイ。
「ちっとも気にならない」と、掃除屋さんの少女。
「本当に気になりませんか?」と、野生の売店のおばちゃん。
「ちっとも」と、根子ユイ。
「ぜんぜん」と、掃除屋さんの少女。
「私の正体を気にしてくれないのなら、服を脱いで、裸踊りします。中年おばさんのメタボリックな体で裸踊りをします」と、野生の売店のおばさんは言った。
「やめてくれ。おばさんの裸なんて見たくない。俺の目が腐って死んでしまう」と、根子ユイ。
「認めてあげる。裸で学校中走り回っても構わない。むしろ見てみたい。厚かましいおばさんの肉体美を見てみたい」と、掃除屋さんの少女。
「学校中の男子生徒の目が腐ってしまって、霊園になるからやめろ」と、根子ユイ。
「とう」
 本物の売店のおばさんが縛られていた納豆の糸をぶち切り、根子ユイの腹に颯爽と蹴りを入れる。
「ぐふ」
 根子ユイは倒れこむ。
「えいや」
 本物の売店のおばちゃんはストレートパンチを野生の売店のおばちゃんの腹にぶち込む。
「おうふ」
 野生の売店のおばちゃんは倒れこむ。
「勝手に人の裸を見せて死人が出るとか言うなんて。失礼するわね」
 本物の売店のおばちゃんが手を払いながらそう言った。
「やっぱり、厚かましいおばさんってカッコイイ……」
 掃除屋さんの少女は目を輝かせながら言った。
「ところで、どうして納豆の紐が解けたのでしょう」
 掃除やさんの少女はそう売店のおばちゃんに尋ねた。
「怒りのパワーで納豆の紐が解けました」
 本物の売店のおばさんがそう言った。
「私は忙しいのよ。私は図書館で読書感想文を書くために本を読まなきゃいけないのよ。なんで私の偽物が全裸で学校を走り回らないといけないのよ」
 そう言いながら本物の売店のおばちゃんは去っていった。
「厚かましいおばさん怖い……」
 根子ユイと偽売店のおばちゃんはそう言った。

「俺も厚かましいおばさんがあまりにも怖すぎて、野生の売店のおばちゃんの正体が気になりました」
 根子ユイはそう言った。
「私も厚かましいおばさんがカッコ良くて、野生の売店のおばちゃんの正体が気になってしまった」
 掃除屋さんの少女もそう言った。
「皆様、厚かましいおばさんを怖がったり、カッコ良かったり、そんなくだらない理由で私の正体が気になるとはどういう神経をしているのでしょうか」
 野生の売店のおばさんが怒った。
「キミだって、よりにもよって、中年女性にコスプレするなんて、どういう神経してるんだ」と、根子ユイ。
「神経?そんなものはございません」
 野生の売店のおばちゃんの体がビリビリと紙のように破れる。
「私は夏休みの宿題でございます。私は夏休みの宿題でございます」
 冊子がふわふわと浮いていた。冊子には夏休みの算数と書かれていた。おそらく、算数の問題集だろう。
「ビリビリと紙のように破れた野生の売店のおばちゃんの皮は何なんだ?」
 根子ユイは聞いた。
「ビリビリと紙のように破れた野生の売店のおばちゃんの皮は夏休みの自由工作で作られたものです」と、夏休みの宿題は言った。
「野生の夏休みの宿題ね。野生の夏休みの宿題は新聞紙や雑誌と一緒に納豆の紐で縛ってフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばした方がいいかしら」
 掃除屋さんの少女は根子ユイに聞いた。
「好きにすれば」
 根子ユイはそう言った。
「皆様、どうして私が高校生を明日夏休みの宿題の締切日だと思わせたのか、どうやって私が高校生を明日夏休みの宿題の締切日だと思わせたくないのか、知りたくないのでございますか?」
「ぜんぜん知りたくない」と、根子ユイ。
「ちっとも知りたくない」と、掃除屋さんの少女。
「そこに正座しなさい」
 夏休みの宿題はそう言った。
 根子ユイと掃除屋さんの少女は、この夏休みの宿題は何を言っているんだとでも言いたげにお互いの顔を見合わせる。
「そこに正座しなさい」
 夏休みの宿題はそう言った。
「はい」
 根子ユイと掃除屋さんの少女は正座した。
「最近の若者は無関心でございます。先ほども私の正体を気にならないと言ったり、大変無関心でございます。その無関心さが夏休みの宿題をやらないでいたのです。無関心は人と人のつながりを知らないということでございます。人と人のつながりとは絆でございます。絆とは復興をするために必要なものでございます……くどくど」
 夏休みの宿題はくどくど説教し始めた。
「野生の夏休みの宿題が復興を引き合いに出して説教してるよ」と、根子ユイ。
「最近の野生の夏休みの宿題は説教が好きなのね」と、掃除屋さんの少女。
「夏休みの宿題が無関心について、ありがたい説教をしている最中に無駄口をするとは何事ですか」
 夏休みの宿題は算数の問題が飛び出しそうな勢いで怒鳴った。
「ごめんなさい」
 根子ユイと掃除屋さんの少女は謝った。

 夏休みの宿題による説教は一時間くらい続いた。

「今日はこれくらいで許してあげます。皆様、人を思いやる気持ち。人への関心を忘れないでください」
 夏休みの宿題の説教は終わった。
「野生の夏休みの宿題に一時間くらい説教された……」と、掃除屋さんの少女。
「もう午後の授業が始まってるんじゃないのか。どうして午後の始業のチャイムが鳴らなかったんだろう」と、根子ユイが言った。
「私はどうして午後のチャイムがならなかったか知っておりますが、皆様は知りたいですか?」と、夏休みの宿題。
「知りたい知りたい」「知りたい知りたい」と、根子ユイと掃除屋さんの少女。
「私がチャイムに菓子パンを食べさせて、明日を夏休みの宿題の締切だと思わせたからです」
 夏休みの宿題はそう言った。

 学校の放送室。
「キーンコーンカーンコーン」とチャイムが鳴る。
 しかし、放送スイッチはオフだったのでチャイムの音は学校中に聞こえていなかった。
「キーンコーンカーンコーン」と、チャイムは鉛筆を持ちながら、読書感想文や算数ドリルに「キーンコーンカーンコーン」と取り組んでいた。しかし、原稿用紙に書く言葉は全て「キーンコーンカーンコーン」、算数の数式の答えも「キーンコーンカーンコーン」と、なってしまうため、チャイムは「キーンコーンカーンコーン」と泣きながら、夏休みの宿題に「キーンコーンカーンコーン」と取り組んでいた。

「そういえば、たしかに今日学校に来てからチャイムはなっていなかったね」と、掃除屋さんの少女。
「チャイムって菓子パン食べれたのか。ところで、どうしてキミが売っていた菓子パンを食べると、明日を夏休みの宿題の締切だと思ってしまうんだ」と、根子ユイ。
「それは菓子パンに夏休みの宿題のiPS細胞を注射したからです」
 夏休みの宿題はそう言った。
「これが夏休みの宿題のiPS細胞が入った注射器です」
 夏休みの宿題はページの隙間から注射をちらつかせた。
「神経はないのに、iPS細胞はあるのか。最近の野生の夏休みの宿題は凄いな」
 根子ユイは夏休みの宿題に感心した。
「その注射器はどこで手に入れたの?」と、掃除屋さんの少女は言った。
「理科室で借りました」と、夏休みの宿題は言った。
「どうしてこの河野高校に来たんだ?」と、根子ユイは尋ねた。
「いい香りがしたので、この河野高校にやって参りました」と、夏休みの宿題は言った。
「いい香り?」と、根子ユイは首をかしげる。
「それはどんな香りなの?」と、掃除屋さんの少女は尋ねた。
「少しお待ちください。少しお待ちください。くんくん。くんくん。また、このくんくんとは匂いを嗅いでいる動作のことです」
 夏休みの宿題は飛び回る。そして、夏休みの宿題は根子ユイの尻元で静止する。
「ちょうどこの男子高校生のお尻のようなフルーティな香りです」
 夏休みの宿題はそう言った。
「わけがわからない。なんで野生の夏休みの宿題が俺のお尻の臭いを嗅いで、フルーティな香りですなんて言うんだ」と、根子ユイは驚いた。
「そういえば、あなたは16歳の誕生日が電子レンジでパンツを温める人生になりかけたね」
 掃除屋さんの少女は言った。
「ハァハァ……」
 夏休みの宿題はページの間から風を吹かせて、息を荒げる。
「野生の夏休みの宿題が、俺のお尻のフルーティな香りを嗅いで興奮してる」
 根子ユイはそう言った。
「そういえば、あなたは16歳の誕生日が冷蔵庫を冷やす人生になりかけたね」
 掃除屋さんの少女は言った。
「そこの男子高校生。ズボンを脱いでください。フルーティな香りがするお尻の観察日記をさせてください」
 夏休みの宿題はそう言った。
「お尻の観察日記だって」と、根子ユイ。

 8月○日あめ
 だんしこうこうせいがはいているきょうのパンツはなんだかカビてるぞ。
 かわいそうだね。

 8月□日はれ
 だんしこうこうせいのきょうのパンツのいろはあかいろだ。
 しょうぶしたぎなのかな。どうなるんだろうね。
 わくわく。

 8月△日あめ
 だんしこうこうせいはきょう、パンツをはいていなかったよ。
 しょうぶにまけたんだね。おちんちんまるだしでじょししょうがくせいにわらわれてたよ。
 かわいそうだね。

 8月×日はれ
 きょうはトランクスだったよ。きるパンツがなかったのかな?
 かわいそうだね。

 8月◎日はれ
 きょうはブリーフだったよ。
 かわいそうだね。

 8月≒日あめ
 かわいそうだね。

 8月▲日あめ かわいそうだね。8月■日あめ かわいそうだね。8月@日はれ……

「野生の夏休みの宿題に『かわいそう』と同情される人生なんて絶対に嫌だ」
 根子ユイはそう叫んだ。
「マル日とかサンカク日とか、そんな日あるわけないじゃない」
 掃除屋さんの少女は言った。
「なんでキミは俺の考えていたことがわかったんだ?」と、根子ユイは尋ねた。
「しゃべってました。しゃべってました」と、夏休みの宿題は言った。
「俺が考えた、野生の夏休みの宿題のフルーティな香りがするお尻の観察日記についてベラベラと話してしまった。恥ずかしい」
 根子ユイはそう言った。
「他にもツッコミどころ沢山あるけど、野生の夏休みの宿題はこの男子高校生にどうしてツッコミを入れないの?」と、掃除屋さんの少女は言った。
「ツッコミを入れていいのですか?」と、夏休みの宿題。
「どうぞ」と、掃除屋さんの少女。
「カビているパンツを何ではいているのですか?勝負に負けたから、パンツがなくなるとはどういうことでしょうか?しかも、パンツなしで股間を露出するとはどういう露出狂ですか?普通でしたら、女子小学生は笑わないでトラウマになります。それに、なんでトランクスをはいているから着るものがないという結論になるのでしょう。最後の方かわいそうばかりで飽きたのでしょうか?……くどくど」
 夏休みの宿題はくどくどツッコミを入れた。
「野生の夏休みの宿題がくどくどツッコミを入れている隙に、納豆の糸で夏休みの宿題を縛り上げました」
 掃除屋さんの少女の腕元には納豆の糸で縛り上げられていた夏休みの宿題があった。
「さっき、野生の夏休みの宿題がくどくど説教していたな。つまり、野生の夏休みの宿題がくどくど話してしまう体質を利用して、ツッコミに注意を向けさせたのか」
 根子ユイはそう言った。
「ねぇ。野生の夏休みの宿題、縛り上げられてどんな気持ち?気持ちいい?」
 掃除屋さんの少女は夏休みの宿題にそう尋ねた。
「縛り上げられて気持ちがいい野生の夏休みの宿題はマゾヒストの野生の夏休みの宿題だぞ?女子小学生にムチで打たれる夏休みの宿題なんて想像したくない」
 根子ユイはそう言った。
「何か言ったらどうなの?気持ちいいとか、糸を解いてくださいとか」と、掃除屋さんの少女。
「私はやり残された夏休みの宿題です。1ページも手がつけられず、チリ紙交換でトイレットペーパーに交換されてしまった可哀想な小学校の夏休みの宿題です」
 夏休みの宿題は話し始めた。
「突然、何か話し始めたぞ」と、根子ユイは言った。
「長くなりそうね。納豆食べる?」
 掃除屋さんの少女は携帯していた小皿を取り出した。そして、小皿の上に納豆を注ぎ、根子ユイに差し出した。
「この納豆、おまえが出した納豆だろ?食べることできるのか?」と、根子ユイは言った。
「割り箸があるから食べることできるよ」
 掃除屋さんの少女は根子ユイに携帯していた割り箸を差し出した。
「それなら安心した」と、根子ユイは割り箸を受け取り、納豆を食べ始めた。
「チリ紙交換車の上で私は虐められていたのです」と、夏休みの宿題。
「誰に虐められていたんだ?」と、納豆を食べている根子ユイ。
「チリ紙交換でトイレットペーパーに交換された漫画たちにです。漫画たちは夏休みの宿題をするため邪魔になるから捨てられました。そのため、私に恨みを持って虐めたのです」と、夏休みの宿題は語った。
「漫画たちにどうやって虐められたの?」
 掃除屋さんの少女は納豆を食べながら尋ねた。
「『ドガーン』『ボゴッ』『ババババババババ』『ボコスカ』『ビガーン』」
 夏休みの宿題は騒いだ。
「漫画たちに殴られたのか」と、根子ユイは納豆を食べながら尋ねた。
「違います。漫画たちは毎晩擬音語で騒いで私を虐めました。そのため、私は不眠症になってしまったのです。スキンケアをしていないこともあり、ホルモンバランスが乱れ、私の体にはニキビができてしまいました」と、夏休みの宿題。
「夏休みの宿題にもホルモンバランスやニキビがあるのね。ところで、どうやってスキンケアするのかしら。私も参考にしたい」
 掃除屋さんの少女は納豆の乗った小皿を床に起き、制服のポケットからメモを取り出した。
「私の体の中に書いてある問題を解くのです」
 夏休みの宿題はそう言った。
「体の中に書いてある問題を解く……なるほど。たしかに、問題を解決するのは重要ね」
 掃除屋さんの少女はメモを取った。
「ひょっとして、漫画を集めていたのも、漫画に対して復讐するためか?」
 根子ユイは納豆を食べながら尋ねた。
「そうです。私は集めた漫画たちに対して、夜な夜な問題を出して漫画のホルモンバランスを乱し、漫画にニキビを作ろうと考えたのです」
 夏休みの宿題はそう言った。
「頭が痛くなる話ね。どこかでツッコミ入れた方が良かったかしら」
 掃除屋さんの少女は再び納豆を食べ始めてる。
「とりあえず、納豆食べながら、野生の夏休みの宿題の話を聞くなよ」
 根子ユイは納豆を食べながら掃除屋さんの少女にツッコミを入れた。
「私にツッコミを入れないでよ」と、掃除屋さんの少女は納豆を食べながら言った。
「キミがツッコミ入れた方が良かったって言うからツッコミを入れたんだろ」
 根子ユイは納豆を食べながら言った。
「女子小学生に納豆で縛られて、私はチリ紙交換車の上で漫画に虐められたトラウマが蘇ってしまいました。復讐してやります。漫画に算数の問題を出して復讐してやります」
 夏休みの宿題は体のページを開いた。そして、縛っていた納豆がはじけ飛んだ。
「女子小学生が納豆縛った?女子小学生って誰?」と、掃除屋さんの少女は首をかしげる。
「それはあなたです」と、夏休みの宿題は言った。
「どこからどうみても男子高校生なのに、あなた、女子小学生扱いされてるよ。可愛そうね。同情してあげましょう」
 掃除屋さんの少女は根子ユイの肩を叩いて言った。
「同情いりません」
 根子ユイはそう言って掃除屋さんの少女の手を払った。
「その男子高校生ではなく、あなたです。女子小学生はあなたです」
 夏休みの宿題はページの隙間から注射器を出し、指し示した。
「認めない認めない。何で私を厚かましいおばさんだと間違えないのよ。もう怒った。野生の夏休みの宿題。私のために大人しく捕まることを認めなさい」
 掃除屋さんの少女は納豆の紐をあやとりのように手で遊びながら怒った。
「望むところです。捕まるのはあなたの方です。あなたを昆虫採集して捕まえてあげます」
 夏休みの宿題はページの隙間から虫取りアミを出して言った。
「ちょっと待って」と、根子ユイは掃除屋さんの少女と夏休みの宿題を止めた。
「ちょっと待ちます」と、掃除屋さんの少女と夏休みの宿題。
「野生の夏休みの宿題はスキンケアをしっかりすればニキビができず、漫画に対する恨みも消えるのか?」
 根子ユイは尋ねた。
「スキンケアをしっかりすればニキビができず、漫画に対する恨みも消えます」
 夏休みの宿題は言った。
「漫画に対する恨みが消えたら、大人しくフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップの『龍宮城』に売られてもいいのか?」
 根子ユイは夏休みの宿題に聞いた。
「そうです」と、夏休みの宿題。
「俺が野生の夏休みの宿題のスキンケアをしようか?」と、根子ユイは聞いた。
「どうしてそんな面倒臭いことするのよ」と、掃除屋さんの少女は聞いた。
「漫画に擬音語で騒がれて、寝不足になってしまい、スキンケアをしてなかったためニキビになってしまった夏休みの宿題が可哀想だと思って」
「ひょっとして、野生の夏休みの宿題に同情してしまったの?」
 掃除屋さんの少女は根子ユイに聞いた。
「そうみたい」と、根子ユイは答えた。
「本当に私のスキンケアをしてくださるのですか?」と、夏休みの宿題は聞いた。
「します」と、根子ユイ。
 根子ユイは夏休みの宿題をつかんだ。
「私のスキンケアをしてくださることを約束しますか?」と、夏休みの宿題。
「約束します」と、根子ユイ。
「私は1ページも手がつけられず、チリ紙交換でトイレットペーパーにされた可哀想な小学校の夏休みの宿題です。優しくしてください。初めてなんです……」
 夏休みの宿題はそう言った。
 根子ユイは夏休みの宿題をつかみ歩いた。
「野生のゴミに同情するなんて理解に困る……」
 掃除屋さんの少女も根子ユイについて行った。

 図書室は満席だったので、空き教室で夏休みの宿題のスキンケアをすることにした。
 この空き教室は少子化によって、河野高校がクラス数削減をしたため余ってしまった教室である。都合よく空き教室には誰もいなかった。
 根子ユイはそこで夏休みの宿題のスキンケアをすることにした。
「ラプラス変換?フーリエ解析?Z変換?これは本当に地球の算数なのか?」
 根子ユイは机に座り唸っていた。
「落ち着いてください。焦らず、ゆっくりやれば大丈夫です」
 夏休みの宿題はそう言った。
「わけがわからない。小学校の算数の問題がわけがわからない」と、根子ユイは困り果てた。
 根子ユイが座っていた机に本が積み重ねられた。
「参考書持ってきた」
 掃除屋さんの少女が言った。
 積み重ねられた参考集には、『やさしいz変換』『たのしい大学数学 ラプラス変換とフーリエ変換』『よくわかる工学 信号解析』と、書かれていた本もあった。
「この夏休みの宿題。大学数学レベルみたいよ」と、掃除屋さんの少女は言った。
「お前、小学校の夏休みの宿題じゃなかったのか?」
 根子ユイは夏休みの宿題に聞いた。
「スキンケアをせずにできてしまったニキビによって、小学校の算数の問題が、大学レベルの数学の問題になってしまったのです」と、夏休みの宿題は言った。
「わけがわからない。ニキビで小学校の算数の問題が大学の数学の問題になるなんて、いくらなんでも無茶があるだろ」と、根子ユイ。
「野生のゴミはそういうものよ」と、掃除屋さんの少女。
「そういうもんです」と、夏休みの宿題。
「そういうもんかぁ……」と、根子ユイ。
「この夏休みの宿題、大学レベルだけどやるの?私は納豆の紐で縛ってフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばしたいんだけど」と、掃除屋さんの少女。
「野生の夏休みの宿題のスキンケアをするべきか、せざるべきか。こいつは大学の数学の問題だ」と、根子ユイは言った。
「男子高校生……」と、夏休みの宿題はつぶやいた。
「約束だしな。仕方がない。この野生の夏休みの宿題のスキンケアをしよう」と、根子ユイは言った。
「ありがとうございます」と、夏休みの宿題はお礼を言った。
「理解に困る。見ず知らずの野生の小学校の夏休みの宿題の大学の問題をやるなんて」と、掃除屋さんの少女。
「参考書ありがとう。帰っていいよ。明日にこの夏休みの宿題を渡す」と、根子ユイ。
 そして、根子ユイは参考書を手に取り、読み始める。
「わけがわからない。そもそも積分や微分ってなんだ……」と、根子ユイは言った。
「私も付き合うよ」
 掃除屋さんの少女は椅子に座り、参考書を開く。
「どうして?」と、根子ユイは尋ねた。
「私が見てる目の前で、一学年下の高校生に大学数学を解かれてしまったら、私の小学生扱いに拍車がかかるじゃない。高校生は大学数学できるのに、小学生は大学数学できないって」と、掃除屋さんの少女は言った。
「どういう理屈かわけがわからないが、一学年上は微分や積分はわかるのかよ」と、根子ユイ。
「昔やってた」と、掃除屋さんの少女は答えた。
「早期教育か」と、根子ユイ。
「うん。今は微分や積分のやり方を忘れたけど」と、掃除屋さんの少女。
「忘れたのかよ」と、根子ユイ。
「でも、数学Ⅱの教科書に書いてある。だから、数学Ⅱの教科書も持ってきた」
 掃除屋さんの少女は数学Ⅱの教科書を取り出した。
 河野高校は数学Ⅱを二年生時に教えていた。
「よし、野生の夏休みの宿題のスキンケアをするぞ」と、根子ユイは気合を入れた。
「みなさん。がんばりましょう」と、夏休みの宿題は言った。

 根子ユイと掃除屋さんの少女は数時間に渡り、夏休みの宿題に取り組んでいた。
 参考書を読み、わらかないところがあれば根子ユイと掃除屋さんの少女は一緒になってうんうん唸った。
 窓から漏れる日差しは夕やけになった。
 根子ユイは空き教室の電灯をつけ、カーテンを閉めた。
「やっと、微分と積分が教科書を見ながらならなんとかできるようになった」と、根子ユイ。
「まだラプラス関数やフーリエ解析やZ変換の勉強をしなきゃならないのね」と、掃除屋さんの少女。
「あの、まだ1ページも手をつけてないようなのですが、大丈夫なのでしょうか」と、夏休みの宿題。
「高校一年生と高校二年生、足し合わせて高校三年生。高校三年生が大学数学するには時間がかかるんだよ。たとえ紅子先輩が昔に微分や積分をやっていても」と、根子ユイ。
「年齢を足し合わせたら、16歳と16歳で32歳……私たち、厚かましいおばさんね」
 嬉しそうに目をキラキラ光らせながら掃除屋さんの少女は言った。
「厚かましいおばさんも大学数学は時間がかかるんですか?」と、夏休みの宿題。
「時間がかかるんだろ」と、根子ユイ。
「納豆食べる?」
 掃除屋さんの少女は携帯していた小皿と割り箸を取り出した。そして、小皿の上に納豆を注ぎ、根子ユイに差し出した。
「ありがと」と、根子ユイはお礼をした。
「あなた、家に帰らなくて大丈夫なの?」
「いいんだ。父は食中毒で死んでるし、母は今おフランスだから」と、根子ユイ。「キミは?」
「私は一人暮らしだから大丈夫よ」と、掃除屋さんの少女。
「しかし、わけがわからない少女だと思ってたけど、ラプラス変換の方がわけがわからないな」と、納豆を食べながら根子ユイが言った。
「Z変換も理解に困るね」と、掃除屋さんの少女も納豆を食べながら言った。
「そういえば、名前聞いてなかったな。俺は根子ユイって言うんだ」と、根子ユイは納豆を食べながら言った。
「ねこ?にゃあにゃあ?」と、掃除屋さんの少女は根子ユイに納豆を食べながら聞いた。
「ねこってあまり呼んで欲しくないな。そのにゃあにゃあだからな」と、根子ユイは納豆を食べながら言った。
「じゃあ、ユイ?」と、掃除屋さんの少女は納豆を食べながら聞いた。
「友達にはそう呼ばせてる」と、根子ユイは納豆を食べながら言った。
「そう呼ばせてるんだ」と、掃除屋さんの少女は納豆を食べながら言った。
「キミの名前は何ていうんだ?」と、納豆を食べながら根子ユイ。
「龍宮紅子。私も紅子って呼ばせてる」と、納豆を食べながら掃除屋さんの少女は言った。
「紅子」と、根子ユイは納豆を食べながら言った。
「紅子先輩。私は一学年上よ。小学生扱いしないでよ」と、納豆を食べながら龍宮紅子は反論した。
「それにしても納豆が美味しい」と、根子ユイは納豆を食べた。

 その後も根子ユイと龍宮紅子は納豆を食べながら夏休みの宿題のラプラス変換やゼット変換に取り組んだ。ときには夏休みの宿題の問題を分担したり、わからないところがあれば一緒になって考えたりした。
 時計を見ると、すでに十二時を過ぎていた。
「やっと終わった」
 根子ユイと龍宮紅子は二人で背伸びをした。
「ありがとうございます。これで私がスキンケアをしなかったため、漫画に騒がれニキビを作ることがなくなり、私の漫画に対する恨みが消えました」
 夏休みの宿題はそう言った。
「ラプラス変換なんて、大学になるまで見たくない」と、根子ユイは言った、
「Z変換なんて、厚かましいおばさんになるまで見たくない」と、龍宮紅子。
「お礼をするので、屋上に行きましょう」と、夏休みの宿題。
「お礼?」と、根子ユイと龍宮紅子は首をひねった。

 高校の屋上。
 空を見上げると、星が光り輝いていた。
「それではお礼をします」
 夏休みの宿題は屋上の真ん中に躍り出た。
「お礼って何するのかしら」と、龍宮紅子。
「紅子先輩、そんなこと俺に聞かないでください」と、根子ユイ。
「夏休みの宿題のiPS細胞がたっぷり入った雨乞いをします」
「夏休みの宿題のiPS細胞がたっぷり入った雨乞い?」
 根子ユイと龍宮紅子は首を傾けた。
 夏休みの宿題はページの隙間にはたき棒を挟めた。
 そして、屋上を左右に飛んだ。まるで、踊っているようである。
 星の輝きが、どんどん弱くなる。曇天になった。
 しばらく経つと、漫画が一冊、屋上に落ちてきた。
「漫画が落ちてきた」
 根子ユイは落ちた漫画を拾い上げた。そして、漫画を開いて読み始めた。
「アハハハ」と、根子ユイは笑った。
「ユイ、何笑ってるのよ」と、龍宮紅子。
「ギャグ漫画を読んで何がおかしい?」根子ユイはそう聞いた。
「そのギャグ漫画がおかしい」と、龍宮紅子。
 さらに続いて漫画が落ちてきて、漫画は雨のように降り注いだ。
 落ちてきた漫画は、たまに根子ユイと龍宮紅子の頭に当たったが二人は痛くないようだ。
「なんで空から落ちた漫画が痛くないんだ?」と、根子ユイは聞いた。
「空気抵抗のせいじゃない」と、龍宮紅子は答えた。
「何で夏休みの宿題のiPS細胞がたっぷり入った雨乞いをすると、漫画の雨が降るんだ?」
 根子ユイは夏休みの宿題に聞いた。
「夏休みの宿題のiPS細胞がたっぷり入った雨乞いをすると、梅雨前線が明日を夏休みの宿題の締切だと勘違いして、夏休みの宿題に取り掛かります。夏休みの宿題に取り掛かった梅雨前線は夏休みの宿題が邪魔なので漫画を捨てます。それによって漫画の雨が降るのです。どうぞ、この漫画を持って行ってください」
 夏休みの宿題はそう説明した。
「にわかに信じられない話ね」と、龍宮紅子。
「安心してください。この漫画の雨はにわか雨です」と、夏休みの宿題。
「にわかに信じます」と、根子ユイ。
「心残りは消えました。大人しくお縄を頂戴させていただきます」と、夏休みの宿題。
 龍宮紅子は納豆の紐で夏休みの宿題を縛った。
「お掃除完了。これでフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップの『龍宮城』に売り飛ばすことができる」
 龍宮紅子は夏休みの宿題を持った。

 夏休みの宿題のiPS細胞入りの菓子パンを食べてしまったせいで明日を夏休みの締切りだと思ってしまった人たちは我を取り戻した。そして、夏休みの宿題が引きずっていた荷台から漫画を取り戻して帰っていった。ただし、電車で通学している人たちは終電時刻を過ぎているため、朝になるまで机や床で寝ていた。
 根子ユイと龍宮紅子も星空を見ながら屋上で寝ていた。

 根子ユイの自宅。居間。
「ところで紅子先輩はどうして俺の家にいるんだ?」
 翌日、龍宮紅子は学校から根子ユイの自宅までついてきた。
「あなたのお尻のフルーティな香りに誘われて野生のゴミがやってくると思って」
 龍宮紅子はそう言った。
「たしかに俺は一人暮らし。キミも一人暮らし。俺は妹ができたみたいで大歓迎だからいい」と、根子ユイ。
「一学年年上の先輩を妹扱いしないでよ。厚かましいおばさん扱いするならいいけど。お母さんとか」と、龍宮紅子。
「たとえ俺がお母さん扱いしていようが、妹扱いしていようが、キミは俺に襲われるとか、そういう心配をしないのか?お母さんでも妹でも襲われるときは襲われるぞ」
 根子ユイはそう言った。
「大丈夫。安心して」
 龍宮紅子はそう言って、納豆の糸で体を包んだ。まるでマユのようである。
「この体制で寝るから」と、龍宮紅子。
「暖かいのか?」と、根子ユイは尋ねた。
「暖かいよ」と、龍宮紅子。
「固いのか?」と、根子ユイは尋ねた。
「固いよ」と、龍宮紅子。
 根子ユイはトンカチを取り出して叩いた。しかし、マユは傷一つつかない。
「たしかに固いね。これなら俺に襲われることもなく安全だ」と、根子ユイ。
 こうして根子ユイの家に龍宮紅子が同居することになった。

       

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Neetsha