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野生のパンツ
4章 沢庵の漬物

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 七月半ば、根子ユイの通っていた高校は夏休みに入った。
 根子ユイと龍宮紅子は朝食に納豆ご飯を食べていた。
「娘が来るから。私、単身赴任してるのよ」と、龍宮紅子は言った。
「いつ娘が来るんだ?」と、根子ユイは納豆を食べている。
「今日」と、龍宮紅子も納豆を食べている。
「いきなりだな」
「言い忘れてたのよ」
「それにしても、紅子先輩の作る納豆ご飯は美味しいなあ」
「あのさ」
「どうした?」
「どうして、娘が来るのかスルーするの?」
「スルーした方が面白いんじゃないのか」
「面白くないもん。せっかく納豆ご飯を食べているのに、吹き出して驚かない方が面白くないもん」
 龍宮紅子は頬を膨らませる。
「納豆ご飯を吹き出したら汚いだろ」と、納豆ご飯を食べながら根子ユイは言った。
「そんなことより、どうして私に娘がいるのか聞いてよ」と、納豆ご飯を食べながら龍宮紅子は言った。
「どうして、小学生にしか見えない紅子先輩に、単身赴任先へ親に会いに行くような娘がいるのでしょうか」
「小学生にしか見えないのは余計よ。私の娘じゃなくて、私の体の中に派遣されている公務員の納豆の娘よ」
「紅子先輩の体の中に派遣された公務員の納豆に娘がいたのか」
「うん。この納豆ご飯も公務員の納豆のおかげで作ることができるの。私の体の中に単身赴任している公務員の納豆の娘はこの夏休みを利用して父親の職場に遊びに来るみたい」
「納豆の娘……うねうねとした液体状で、体中に白い糸と大豆を身にまとったような身の毛もよだつ姿をしているんだろうな」
「そんなことはないよ」と、龍宮紅子は否定した。
「ピンポーン」
 玄関先から女の子の声が聞こえた。
「ピンポーン」
「あ、私の体の中に派遣された公務員の納豆の娘さんがやってきた」と、龍宮紅子。
「うねうねとした液体状で、体中に白い糸と大豆を身にまとった納豆の娘、ちょっと怖いな。紅子先輩、俺の代わりに出てくれ」
「何もそこまで怖がることないじゃない」
 龍宮紅子は根子ユイをなだめた。

「ピンポーン」
 女の子はまだチャイムの音を口から出していた。
 根子ユイの家の玄関。
 根子ユイは姿勢を小さくし、龍宮紅子の小さな体を盾にしていた。
「玄関のチャイムはボタンを押せば鳴るのよ」
 龍宮紅子はそう言いながら、ドアを開けようとする。
「ひぃ」と、根子ユイは怯えた。
 玄関のドアが開いた。
「ちぃーす。紅子姉ちゃん」
「金髪の女子」と、根子ユイ。
 玄関のドアを開いたのは金髪の高校生くらいの女子だった。その女子は通学鞄を肩にかけていた。
「久しぶりね。豆子ちゃん」
「紅子姉ちゃん、後ろにいるのカレシ?」
 豆子と呼ばれた金髪の女子はそう聞いた。カレシの語尾は上がっている。
「いや、俺は」と、根子ユイが何か言おうとした。
「私の養子よ」と、龍宮紅子。
「いや、違うだろ。この家に紅子先輩を住ませている大家さん的な何かだ」と、根子ユイ。
「素直に大家さんって言えばいいじゃない」と、豆子。

 根子ユイ家の居間。
「今、豆太郎さん呼ぶから、納豆ご飯でも食べてて」
 龍宮紅子は豆子に納豆ご飯を差出した。
「紅子姉ちゃん、わかった」
 豆子は納豆ご飯を食べ始めた。
「出すってどうやって出すんだ」
 根子ユイは龍宮紅子に尋ねた。
「こうやって」
 龍宮紅子はコショウのビンを持っていた。
「コショウを使ってどうするんだ?」と、根子ユイは龍宮紅子に尋ねた。
「こうするのよ」
 龍宮紅子は自分自身にコショウを振りかけた。
「ゲボッ」
龍宮紅子は苦しそうに呻く。
 龍宮紅子の口から大きな藁の束が出てきた。
 ゲームセンターの景品のぬいぐるみほどの大きさである。
「久々の外の光は明るい」
 その大きな藁の束は手からでる紐でノートパソコンを持っていた。
「コホッコホッ……久しぶりに豆太郎さんを出すと、むせちゃう」
 龍宮紅子はヨダレを垂らしながらむせていた。龍宮紅子の足元はヨダレで泉ができていた。
「紅子先輩。ひょっとして、この大きな藁の束が、公務員の納豆さん?」
 根子ユイは龍宮紅子に尋ねた。
「そうよユイ。私の体の中に単身赴任している公務員の納豆の豆太郎さん」
 龍宮紅子はそう答えた。
「挨拶が遅れて申し訳ございません。初めまして。いつも単身赴任先の龍宮紅子さんがお世話になっております。私は龍宮紅子さんの体の中に単身赴任している公務員の納豆の豆太郎です。こちらが名刺です」
 公務員の納豆の豆太郎は根子ユイに名刺を渡した。
「あ、これはどうも」と、根子ユイは礼をした。
 公務員の納豆の豆太郎が渡した名刺には『龍宮紅子の体の中に単身赴任した公務員の納豆 夏目豆太郎』と書かれていた。
「公務員のゴミの名刺はこんな名刺なのか」と、根子ユイ。
「豆子」と、公務員の納豆の豆太郎は豆子の元に駆け寄る。
「お父さん」と、豆子も公務員の納豆の豆太郎に駆け寄った。
「ビデオ通話でも言ったが、その髪の色は何だ」と、公務員の納豆の豆太郎は言った。
「ビデオ通話?」と、根子ユイは龍宮紅子に聞いた。
「あのパソコンは無線LANができるのよ。あの公務員の納豆の豆太郎さんは私の体の中で、パソコンを用いた無線LANで娘の豆子とビデオ通話をしていたのよ」
「そういえば、この家は無線LAN環境が整っていたな。家の中どこでもインターネットができるような環境。それが無線LAN。俺が母さんとビデオ通話するときも、無銭LANを使ってる」
「お父さん、実は会わせたいカレがいるの」と、豆子。
「ブボ」と、公務員の納豆の豆太郎は藁の間から納豆を飛ばした。「会わせたいカレだと」公務員の納豆の豆太郎は慌てる。
「そのカレはどこにいるの?」と、龍宮紅子。
「たしかに、そのカレらしき男の人は俺の目の前にいない」と、根子ユイ。
 根子ユイは居間を見渡した。
 居間にいるのは、龍宮紅子、公務員の納豆の豆太郎、豆子、そして根子ユイだけだった。
「いつだかの野生の相撲取りのフィギュアもいない」と、根子ユイ。
「もし、いるとしたら、豆子ちゃんがかけている通学鞄の中にいるのかしら」と、龍宮紅子。
「紅子先輩、そんなわけないだろ。野生の調味料じゃあるまいし」と、根子ユイ。
「そういえば、野生の調味料があなたのパンツを味付けしようとしたことがあったね」と、龍宮紅子。
「まさか……。そのカレっていうのは野生のゴミ?」と、根子ユイ。
「そう。私、このカレと付き合ってるの」
 豆子は通学鞄からプラスチック容器を取り出した。
「私、この野生のヨーグルトと付き合ってるのよ」
 豆子はそう言った。
 プラスチック容器の中には白くてドロドロと溶けているヨーグルトが入っていた。
「ちぃーす。豆子のカレシっす」と、ヨーグルトは言った。
「うわ、軽そう。なんだそのチャラいヨーグルト」と、根子ユイは驚いた。
「なんだ。その軽そうな男は。ドロドロに溶けてるじゃないか」と、公務員の納豆の豆太郎。
「お父さん、人を見た目で判断しないでよ」と、豆子は言った。
「人じゃないだろ」と、根子ユイ。
「そもそも乳酸菌と納豆菌は結ばれない運命だ」と、公務員の納豆の豆太郎。
「豆子のお父さん?豆子は、俺が幸せにするんでよろしくみたいな?」と、ヨーグルト。
「いいか。乳酸菌は納豆菌を食べる菌だ。そのヨーグルトはおまえの納豆菌目当てだ。おまえを食べようとしてるんだ。さっさと別れなさい」と、公務員の納豆の豆太郎。
「久々に会ったのに。ヨーグルトさんと私をそんな目で見るなんて。私、お母さんに似て人間よ。ヨーグルトが人間を食べるわけないじゃない。お父さんのわからずや」と、豆子は野生のヨーグルトのプラスチック容器を閉じ、通学鞄の中に入れ、根子ユイの家を出て行った。
「待ちなさい」と、公務員の納豆の豆太郎は言った。
「待ちません」
 豆子は居間に戻ってそう言ってから、また根子ユイの家を出て行った。
「何で豆子さんは戻ったの?」と、根子ユイは聞いた。
「私に聞かれても、理解に困る」と、龍宮紅子。
「ユイさんにお願いがあります」
 公務員の納豆の豆太郎は根子ユイに藁を下げた。
「お願いされます」と、根子ユイ。
「無理を承知でお頼みしますが、あなたのフルーティな香りがするお尻で、あの野生のヨーグルトを誘惑し、私の娘を救ってください」と、公務員の納豆の豆太郎は言った。
「よし、いいだろう」と、根子ユイは答えた。
「ありがとうございます」
 公務員の納豆の豆太郎は何度も体を倒し、お礼する。
「どうして、そう簡単に頼みごとを聞くの?」と、龍宮紅子は根子ユイに尋ねた。
「俺には単身赴任している父親がいない。でも、おフランスに単身赴任している母親がいる。俺にはパソコンのビデオ通話している父親がいない。でも、おフランスからパソコンのビデオ通話している母親がいる」と、根子ユイ。
「私の体の中に単身赴任している公務員の納豆とおフランスに単身赴任している大学教授の母親を重ねあわせたのね。つまり、私の体の中はおフランス」
「紅子さんの中は温かかったぞ。おフランスは涼しいぞ」と、公務員の納豆の豆太郎。
「そんな私の体の中がおフランスなら、白い氷に青いブルーハワイをかけて、唐辛子ソースをぶちまけたかき氷を食べて、お腹の中をおフランスにしなきゃ」と、龍宮紅子。
「わけがわからない会話は置いといて、俺のフルーティな香りがするお尻で野生のヨーグルトを誘惑しに行ってきます」と、根子ユイ。

「ユイ、こんなところで奇遇だな。何やってるんだ?」
 根子ユイに猪野晴夫は尋ねた。
「きみこそ何やってるんだ?」と、根子ユイ。
「ラーメン」
 猪野晴夫はラーメンの着ぐるみを身につけていた。スープの表面から猪野晴夫の顔が出ている。
「夏休みだから、ラーメンやってるんだ。ラーメンになって親父のラーメン屋さんの宣伝をしている」と、猪野晴夫。
「大変だな。暑くないのか?」
 根子ユイは団扇であおぎながら、猪野晴夫に尋ねた。
「そりゃ、暑いに決まってるだろ?だって、お前は七輪でパンツを焼いているんだぜ」
 猪野晴夫はそう言った。
 根子ユイは公園の真ん中で七輪を使ってパンツを焼いていた。
 ちなみに、根子ユイはヨーグルトを捕まえるために、虫取りアミと虫取りカゴを持ってきていた。虫取りアミは七輪の横に置き、虫カゴは肩からぶら下げていた。
「公園の真ん中でパンツなんか焼いて、何やってるんだ?」
「俺のパンツのフルーティな香りをこの町に漂わせて、野生のヨーグルトをおびき寄せようとしてる」
「そのパンツのフルーティな香り、美味しそうだな。しょうゆつけて食べてもいいか?」
 猪野晴夫は利き手に割り箸を持ち、醤油の入った小皿を逆手に持っていた。
「その醤油と小皿はどこから用意したんだ?」
「ラーメン屋の息子だから常用してるのは当然だろ」
「食べちゃダメだぞ。しっしっ」
「同級生をしっしっするなよな」と、根子ユイは言った。
 根子ユイはパタパタと七輪の上のパンツをあおいでいた。

「あ、辛い」
 龍宮紅子は体の中をおフランスにするため、唐辛子ソースをき氷を根子ユイの家で食べていた。ただし、かけたシロップは青色のブルーハワイではなく、緑色のメロンだった。
「紅子さん。唐辛子ソースは辛いのですよ。それに、メロンシロップをかけたらおフランスじゃなくて、イタリアです」と、公務員の納豆の豆太郎は言った。
「仕方がないじゃない。ブルーハワイのシロップがこの家に無かったのよ。それにフランスとイタリア、同じヨーロッパに違いないじゃない。ところで、辛くて思い出して気になったけど、豆子ちゃんは今、何歳?」と、龍宮紅子。
「16歳。ピチピチの高校一年生」と、公務員の納豆の豆太郎は言った。
「誕生日は?」と、龍宮紅子。
「5月5日こどもの日」と、公務員の納豆の豆太郎は言った。
「どうして、それを早く言わないの。そろそろじゃない」と、龍宮紅子。
「こどもの日がどうしたんだ?」
「こどもが危ない」と、龍宮紅子は根子ユイの家から窓を開けて出た。
「こどもの日のこどもの何が危ないんだ?」
「豆太郎さんも早く私の体の中に入って」と、龍宮紅子は窓の外から公務員の納豆の豆太郎に言った。

「豆子……」と、野生のヨーグルト。
「ヨーグルトさん……」と、豆子。
 豆子はヨーグルトの入ったプラスチック容器を両手に抱え、ベンチに座ってうっとりしていた。

 豆子はヨーグルトと出会ってた日のことを思い出していた。
 豆子はある日、野生の食パンに追いかけられていた。
「俺は納豆ご飯になりたかったんだ。パンになんてなりたくなかったんだ」と、食パンを追いかける。
「わけわかんなーい。小麦はご飯になれないんだけど」と、豆子は逃げていた。
「おい、お前、ヨーグルトマーガリンをつけてから電子レンジチンしてやろうか」
 豆子をそう助けたのがヨーグルトだった。
 豆子はヨーグルトに恋した。
 ヨーグルトが金髪を好きだと言うから、髪を金髪に染めたのだった。

「豆子……」と、野生のヨーグルト。
「ヨーグルト……くしゅん」
 豆子はくしゃみをした。豆子は口を手でおさえた。
「納豆?」
 豆子の手の平には粘着力のある納豆がついていた。
「豆子のヨダレ、超おいしいっす」
 ヨーグルトはプラスチック容器から飛び出し、手の平についた納豆をふいた。
「豆子はヨダレまで可愛いんだね」と、豆子。
「どこから納豆がでてきたのかな?でも、そんなことを言うヨーグルトさん……超大好き」
「豆子、なんだかいい香りがするみたいな」と、ヨーグルト。
「くんくん。そうね、あっちに行ってみよう」

「豆子、甘くてフルーティな臭いがするおいしそなパンツがあるっす」と、ヨーグルトが言った。
 豆子たちの目の前にはパンツが焼いてある七輪があった。
「わあ。フルーティな臭いがする美味しそうなパンツだ」
 豆子はそう言って、七輪の前に駆け寄り、しゃがみこんだ。
「私、お箸持ってきてない」
 豆子はそうつぶやいた。
「えい」
 根子ユイは豆子の背後から近づいて、虫取りアミで捕まえた。
「きゃあ」と、悲鳴を上げる豆子。
「俺の豆子に何するんだ。クソガキ」と、ヨーグルトは言った。
「捕まえたんだよ」と、根子ユイは言った。
「さてはお父さんに頼まれたのね」と、豆子。
「頼まれました」と、根子ユイ。
「お父さんったら最低。私たちを虫取りアミで捕まえさせるなんて。それにお父さんに頼まれて虫取りアミで捕まえるあなたも最低」と、豆子。
「豆子に襲いかかったお前を発酵させてやる」
 ヨーグルトはプラスチック容器から、根子ユイの顔面に白い液体をぶちかけた。
「うわっ生あたたかいヨーグルト。顔に白くてドロドロ、トロトロしたヨーグルトがかかって、前が見えない。すっぱい」
 根子ユイは慌てた。
「豆子、今のうちに逃げるぞ」と、ヨーグルトは言った。
 豆子は逃げ出した。
「逃げられた」
 根子ユイは顔にかかったヨーグルトを手でふきながらそう言った。
「大丈夫?」
 慌てて龍宮紅子が駆け寄った。
「大丈夫だ」と、根子ユイは言った。
「いや、ユイが大丈夫かどうかでないよ。豆子ちゃんが大丈夫かどうかきいてるのよ。私は豆子ちゃんがどこにいるか探していたのよ。それで、公園から白い煙が上がっていたから、ここに来たというわけ」と、龍宮紅子が言った。
「その豆子ちゃんの男に襲われて、顔に白くてドロドロしたものをぶっかけられた俺のことはどうでもいいのかよ」と、根子ユイ。
「そんなこと生死がかからない問題よ。豆子ちゃんの場合、生死がかかる問題なのよ」
 龍宮紅子はそう言った。
「生死がかかる?どういうことだ」と、根子ユイは龍宮紅子に聞いた。
 
 豆子は息を荒げながら走っていた。豆子は彼氏のヨーグルトを抱えている。
「このまま、私たち登別温泉まで逃げちゃおう」と、豆子。
「そして、俺たちは納豆ヨーグルトになっちゃおうぜ」と、ヨーグルト。
「うん。納豆菌とビフィズス菌が混じり合ってとっても健康的になっちゃおう」と、豆子。
 豆子は走っていた。しかし。
「ハァハァ……それにしても走るの疲れるね」
 豆子は立ち止まる。
「汗かいた」
 豆子は手で肌を拭く。
「これ……納豆?」
 豆子の手には納豆がついていた。
「そう。それは豆子の汗」と、ヨーグルト。
「豆子ちゃん」と、龍宮紅子。
 根子ユイと龍宮紅子は豆子を見つけ、駆け寄った。
 豆子はふらついて、姿勢が崩れる。ヨーグルトを手から落とす。
「いたた……。大丈夫?ヨーグルトさん。なんだか私、立てなくなっちゃった」と、豆子。
 豆子は自分の足を見た。
 足はしぼんだ風船のようになっており、ところどころが破けている。そして、破けた穴から納豆が漏れ出していた。
「豆子さんが納豆になっている」
 その様子を見つめる根子ユイはそう言った。
 豆子の腕がちぎれ、肩から納豆が漏れ出す。顔の皮膚もはがれ落ち、豆子は納豆になった。
「私、納豆になってしまったの?」と、納豆になった豆子は言った。
「これはどういうことだ?」と、納豆になった豆子の元に駆け寄った根子ユイは言った。
「豆子ちゃんが納豆になったのよ。今日がゴミの日だったようね」と、龍宮紅子。
「ゴミの日?」と、根子ユイは尋ねた。
「紅子ちゃんこれはどういうことなの?」と、納豆が言った。
「いやぁ、豆子。とっても美味しそうっす。俺が人間だったらヨダレを垂らしているところじゃん」と、ヨーグルト。
「ヨーグルトさんもこれはどういうことなの?」と、納豆が聞いた。
「ご説明しましょう」と、ヨーグルトが言い始めた。「豆子、あなたは納豆の父、人間の母親を持った人間ゴミです」
「どうしてヨーグルトは敬語で話しているんだ?」と、根子ユイ。
「そんなことより、人間ゴミについて聞きなさいよ」と、龍宮紅子。
「人間ゴミとはゴミと人間の間にできた子供のことです。人間ゴミは16歳の誕生日を過ぎると、徐々にゴミとしての性質が浮かび上がり、ある日突然、野生のゴミになるのです。その突然野生のゴミの日になる日をゴミの日と呼ぶのです」と、ヨーグルト。
「どうしてお父さんはそのことについて話してくれなかったの?」と、納豆は言った。
「それは今から、そのお父さんが説明してくれるのよ」と、龍宮紅子。
 龍宮紅子はスマートフォンを取り出した。
「お恥ずかしい話ですが、忘れておりました」
 公務員の納豆の豆太郎がスマートフォンを通して、そう言った。
「なんで、公務員の納豆の豆太郎さんが紅子先輩の体の中からスマートフォンを」と、根子ユイ。
「私の体の中では携帯が使えるのよ」と、龍宮紅子。
「しかし、娘が納豆になってしまうことを忘れるなんて、恥ずかしいにもほどがある」と、口を開く根子ユイ。
「ところで、人間ゴミが16歳の誕生日を過ぎると、徐々にゴミとしての性質が浮かび上がり、ある日突然、野生のゴミになるのはなんでなんだ?」と、根子ユイ。
「ヘッヘッヘッヘ……」と、ヨーグルトは下品に笑った。
「それは後で話す」と、龍宮紅子。
「このヨーグルト、下品な笑いをしている。さては何か企んでいるな」と、根子ユイ。
「ヨーグルトさん。これはどういうこと?」と、納豆は尋ねた。
「こういうとっすよ」と、ヨーグルトは言った。
「私は大根よ」と、大根が道路の塀から飛び出てくる。
「野生の大根」と、龍宮紅子は言った。
「大根がどうしたの」と、納豆は尋ねた。
「私の先っちょをヨーグルトさんに入れるの」と、大根。
 大根の先っちょがヨーグルトをつっつく。
「ひぐ」と、ヨーグルトはうめく。
「あ、強かった?ごめんなさい」と、大根。
「いいって、もっと激しくしていいぜ」と、ヨーグルト。
「じゃあ、激しくするわ」
 大根はヨーグルトに白くて太い根っこを出し入れする。大根の先には、とろとろとしたヨーグルトがついている。
「ひぐっ」や、「うぐっ」と、ヨーグルトがもがく。
「わけがわからない。本当に何やってるんだ。あいつら」と、根子ユイ。
「野生のゴミの行動はいつ見ても理解に困るね」と、龍宮紅子。
 大根が白い根っこの方から、だんだん黄色くなっていた。
「そうか、わかったぞ。野生の大根は野生のヨーグルトの乳酸菌の力を借りて……」と、根子ユイは口を開いた。
「そう、私はヨーグルトさんの乳酸菌で、野生の大根から野生の沢庵の漬物になれるのよ」と、元大根だった、沢庵の漬物は言った。
「沢庵の漬物って大根からできてたんだ」と、龍宮紅子。
「そんな……。私のヨーグルトさんが大根を沢庵の漬物にすることができるなんて……」と、納豆は悲しむ。
「乳酸菌と納豆菌が一緒になるわけないだろ。バーカ」と、ヨーグルトは言った。
「嘘だよね。ヨーグルトさん。私に金髪が好きって言ってくれたじゃない」と、納豆。
「本当だよ。バーカ。金髪はたしかに好きだぜ。この沢庵の漬物だって黄色い色をしているんだぜ」と、ヨーグルト。
 沢庵の漬物は黄色かった。
「私を食パンから助けてくれたのに……どうして」と、納豆。
「野生のゴミ材派遣会社から派遣してもらった派遣社員の野生の食パンに演技してもらったんだよ。バーカ」と、ヨーグルト。
「野生のゴミ材派遣会社?」と、根子ユイ。
「聞いたことがある。掃除屋さんにフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばされることを拒んだゴミが作り上げた組織。他の野生のゴミに対して、お金を貰って野生のゴミを派遣しているという」と、龍宮紅子。
「ところで、このヨーグルトはなんで納豆を騙したんだ?」と、根子ユイ。
「俺の本当の彼女であるこの沢庵の漬物と一緒に、美味しい納豆菌を食べるためさ。ゴミの日が近づいていたんでね」と、親切にヨーグルトは説明した。
「私、納豆になると知っていて近づいたの」と、納豆。
「ヘッヘッヘヘヘ……いただきます」と、ヨーグルトと沢庵の漬物は下品な笑い声を上げながら、納豆に襲いかかった。
「納豆が危ない。納豆逃げて。私、納豆出す。美味しい納豆を食べるため、納豆を騙して彼氏のフリをしていたヨーグルトと、その彼女の沢庵の漬物。私のために大人しく捕まることを認めなさい」と、龍宮紅子。
 龍宮紅子は納豆を豆るために納豆の糸を手からだした。
「豆子さんは俺の虫カゴの中に隠れてて」と、根子ユイ。
 根子ユイは虫カゴの中に納豆をかくまった。
「納豆おいしい。納豆おいしい」と、ヨーグルトと沢庵の漬物。
 ヨーグルトと沢庵の漬物は龍宮紅子が出した納豆を体に染み込ませた。
「そんな。この野生のヨーグルトと野生の沢庵の漬物。私の納豆が効かない」
 龍宮紅子はそう驚いた。
「ヨーグルトと沢庵の漬物の乳酸菌が納豆菌によって増殖し、納豆を無効にした」
 根子ユイはそう解説した。
「へへへ……このまま掃除屋さんをツボに入れて漬物にしてやる」と、ヨーグルト。
「龍宮紅子が漬物になってしまう」と、根子ユイ。
「きゃあ」
 龍宮紅子は悲鳴を上げた。
 ヨーグルトと沢庵の漬物は龍宮紅子に襲いかかった。
 目の前に突然、盾のようなものが現れた。
 龍宮紅子の体を隠すことができるほどの大きな皿である。
 その皿にヨーグルトと沢庵の漬物が当たる。
「皿プレスです」
 もう一枚の皿が現れ、ヨーグルトと沢庵の漬物を挟んだ。
「夏休みにこんにちは。龍宮家の落ちこぼれの紅子さん」
 清木スズだった。
「野生のカツ丼からフルーティな香りがするお尻を救ってくれた人」と、根子ユイは言った。
「私は落ちこぼれじゃないもん」と、龍宮紅子が頬を膨らせた。
「こんな弱そうな野生のゴミに苦戦するなんて、落ちこぼれの紅子さんはやっぱり、落ちこぼれですね」と、清木スズ。
「私は今月の全国の掃除屋さん組合貢献度一位よ」と、龍宮紅子。
「その貢献度一位になったのは何か絡繰があったのですね」と、清木スズ。
「清木スズが手に持ってるのは……」と、龍宮紅子。
「俺のパンツ」と、根子ユイは言った。
 清木スズは根子ユイのパンツを持っていた。
「え?あなたのパンツなの?少し黄ばんでるし汚いです」
 清木スズは遠くに根子ユイのパンツを投げた。
「俺のパンツ投げんな」と、根子ユイは言った。
「そうか。あのパンツは公園でユイが焼いていたパンツね」と、龍宮紅子。
「なるほど。龍宮家の落ちこぼれの紅子さんはこのパンツのフルーティな香りを使って野生のゴミをおびき寄せていた」
 清木スズはそう解説した。
「ドキドキ」と、龍宮紅子。
「自分から『ドキドキ』と言ってしまうなんて、相当な図星のようですね」と、清木スズ。
「まあ、実際は俺のフルーティな香りがするお尻がいけないんだけどな」と、根子ユイ。
「本来、野生のゴミを探すために推理力や直感力をフルに働かさなければいけないのです。それを怠るとは何事ですか」と、清木スズ。
「たしかに夏休みの宿題を見つけるときに使ったのは俺の推理力や直感力だったな」と、根子ユイ。
「……」
 龍宮紅子はうつむきながら黙っていた。
「狭くて息苦しい。そろそろ虫カゴから出してよ」
 虫カゴの中にいた納豆がそう言った。
「それじゃあ出します」
 根子ユイはそう言って、虫カゴのフタを開けて納豆を出した。
「その野生の納豆は何ですか?」と、清木スズは尋ねた。
「紅子先輩の体の中に単身赴任している公務員の納豆の豆太郎さんの娘の人間ゴミ」と、根子ユイは言った。
「その様子を見ると、フランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』センターに送られて、教習を受けてないようですね」と、清木スズ。
「納豆はこの夏休み、お父さんに会いに来たのよ。夏休みが終わってからフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』センターに送られ、教習を受けさせるつもりだったのよ」と、龍宮紅子。
「野生のゴミは何をするかわかりません。野生のトンカツがあなたをカツにしたトンカツのサバト事件を忘れたのですか?」
 清木スズはそう言った。
「それはトンカツ。こっちは納豆。納豆は和食。トンカツは洋食よ」と、龍宮紅子。
「トンカツは和食です」
 清木スズはそう言って、回転寿司の皿を納豆に向けて投げつけた。
 回転寿司の皿は納豆の下に潜り込み、素早く回転した。
「うわ。目が回る」と、納豆は悲鳴を上げる。
「この納豆は私がフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』に売り飛ばします」と、清木スズ。
 納豆が上に乗った回転寿司の皿は清木スズの手元に戻った。
 そして、清木スズはヨーグルトと沢庵を挟めた皿の上に、納豆が上に乗った皿を積み重ねた。
「タクシー。登別温泉まで」と、清木スズ。
「それでは600円からです」
 清木スズの股の下にいた彼氏で最もタクシーな男はそう言って、ライオンのように四足歩行で走り出した。
「トンカツは明治時代に作られた日本の料理なんだ」
 根子ユイはそう言った。
「そんなことはどうでもいい」と、龍宮紅子。「私のせいで、豆子ちゃんのせっかくの夏休みが台無しになってしまった」
「……」
 根子ユイはそんな龍宮紅子を黙って見つめていた。
「豆子ちゃんが帰ってくるのは夏休みの終わりぐらいだと思う。夏休みの締切に苦しめられるのよ。ユイもやったじゃない。あの積分微分の夏休みの宿題を」と、龍宮紅子。
「豆子ちゃんは積分微分をやらないと思うぞ」と、根子ユイ。
「豆子ちゃんが納豆になったから積分微分をやらないっていうの?私が、私が強くないから……野生のヨーグルトと野生の沢庵の漬物を捕まえることができず、豆子ちゃんがフランチャイズ方式で小金を稼いでいるリサイクルショップ『龍宮城』センターに送られてしまい、豆子ちゃんの夏休みは台無しになってしまった」
 龍宮紅子はそう言った。
「わけがわからないけど、豆子ちゃんの夏休みを取り返しに行けばいいんじゃないかな」と、根子ユイ。
「どうやって?」と、龍宮紅子は尋ねた。
「とりあえず、清木スズに会ってから考えよう」と、根子ユイ。
「その清木スズはどこにいるのよ」と、龍宮紅子。
「登別温泉に行こう。最もタクシーな男がここから登別温泉に行けるくらいの距離だ。車のタクシーで行ける場所にあるはずだ」と、根子ユイ。

       

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