Neetel Inside ニートノベル
表紙

『ぼく王子、国捨てた』
剣士バリュウ登場!

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「ふーここがモルオネス山脈か」
 俺たち三人の前に、とても大きな鉱山がそびえていた。
「なんか、誰もいないな。なんで?」
「みんな、地下へ潜っているのだろう」
「なるほど、金鉱獣を探してるのか。よーし、俺たちもいこうぜ!」
 俺たちは坑道の中に入っていった。
「薄暗いな。お、あっちこっちにつるはしがあるぞ」
「元は鉱山だからねえ」
「そこがいまでは戦場か・・・」
「戦場といっても、狩りの場だけれど」
「うん、そうだな、ノリム」
 俺たちは階段をいくつも降りた。
 岩露が滴っている・・・
「金鉱獣ってどんなん?」
「さあ」
「さあて。お前なー」
「そんなの知るわけじゃないじゃん! あたしイナカモノだし」
「おい、俺の国民コラ!」
「王子がださいのがいけない」
「ええー?」
 もういろいろと無茶クチャすぎるよ。
 俺はため息をつきながら、足元を動き回っているモグラをけっ飛ばした。
「結構もぐったな。まだ誰もいないのか?」
「あ、待って! あそこに誰かいる」
 見ると、通路の奥に狩人っぽいやつがいた。
 なんか座り込んでる。
「おーい、お前、どったの?」
 俺たちはその座り込んでるやつに話しかけた。
 男は俺たちを見た。
「疲れた」
「マジでー? なんで」
「金鉱獣いねぇんだもん」
「マジかー」
 それはそれでやべぇ情報だった。
「大丈夫? 疲れたの?」
「うん。ずっと金鉱獣を探してたら、もう歩けなくなった」
「そっか・・・」
「あんなのいなければよかったんだ!」
 狩人は岩を叩いた。こわい。ハッスルしてる。
「お、落ち着けよ。な?」
「クソが!」
「わかったって」
「うう・・・」
 狩人はがっくり項垂れる。
「ずっと探し求めてきたのに、その挙句がこのざまか」
「仲間がいるじゃん!」
「俺は独りだ! 仲間なんかいねぇ!」
「そ、そっか・・」
 それは悲しいな・・・・
「俺は大金持ちになって平和に暮らしたいだけだったのに、なんでこんな目に・・・」
「気の毒だな・・・」
 俺たちはその狩人にいくらか金を恵んでやったが、それでもやつの魂は救われないようだった。
「どうせ俺じゃない誰かが金鉱獣を狩るんだ。俺はもういい。どこか田舎でひっそりと暮らすよ」
「えー? そんなのもったいないよ!」
 リュキが膝に手を当てて男を見下ろした。
「お兄さん、凄腕じゃん!」
「・・・わかるのかよリュキ?」
「うん。掌を見れば剣士の腕前は分かるよ。・・・お兄さん、本当にすごい剣士だったんだね。それが・・・結果につながらなかったのは残念だと思うよ、でも・・・・」
「でも、なんだよ。もっとがんばれって? ここからやり直せって? ふざけんなよ、じゃあてめえでやれや。俺はやらない、ここにいる」
「そうじゃないって。・・・お兄さん、あたしたちの仲間にならない?」
「なんだって?」
「お兄さん、言ったでしょ。全部無駄だったって。でも、あたしたちの仲間になって、なんかいいことが一個でもあったらさ、それはきっと、お兄さんが頑張ってきたから、起こったことじゃん。いまここにいる、ってことに、意味があったってことになるじゃん。それって、よくない?」
「・・・ああ、いいな。都合がいいよ、そんなのは。虫が好すぎる」
「それのなにがいけないの?」
「・・・・・・・・・・・」
 狩人は悩んでいた。
「ね・・・お兄さん」
「・・・・わかった」
 男は立ち上がった。剣を片手に。
「お前らの手伝いをしてやる。俺の剣に不満がなけりゃあな」
「あるわけないよ!」
 リュキは同じ剣士のよしみか、狩人の男の手を取って喜びを示している。
「あたし、凄腕が好き。だからお兄さんも好きだよ。ね、みんなもそうでしょ?」
「俺はまあ、強ければなんでも」
「美味そう」
「おいノリム、いい男の二の腕を食欲の目で睨むな」
 こえーよ。
「・・・ま、なにはともあれ、あんたは俺たちの仲間だ。よろしくな! 俺はキャッシュ、モドル王国の第一王子だ」
「王子? ・・・そうか、あんたが・・・
 俺は、剣士バリュウ。剣なら任せろ」
「ああ、お任せするよ」
 俺たちは握手をした。
「さて、鉱山を出るか!」
「…いいのか? あんたたちも金鉱獣を探しにきたんだろ。いまからでも、運がよけりゃ見つかるかもしれないぜ。もっとも、オレみたいな不運な男がいたら縁起が悪いかもしれないけどな」
「いやあ、バリュウができなかったことを俺らができるわけねーし。ここはおとなしく退散するよ。な、リュキ、ノリム」
「うん!」
「異議なし」
 バリュウは、俺たちを納得のいかない目つきで眺めた。
「・・・・あんたたち、変わってるな」
「そうかな?」
 普通だと思うけどなあ。
 なにはともあれ、俺たちはモルオネス山脈を後にしたのだった。






     



 だが・・・世の中はそれほど甘くなかった。
 鉱山を出た俺たちは、ぐらっと足の揺れを感じた。
「地震・・・?」
「みたいだな」
「こわいねえ」
 リュキはのんきだが、本当に地震は怖い。
 かつての古代都市なんかはそれで滅んだというし・・・
「とっとと次の街にいこう」
「それが一番だね」
 ノリムとバリュウも無言ながら否定意見はないらしい。
「次の街はどこがいいかなあ」
「んー、そうだね。小さな町を経由しながら、大きな町を目指せばいいんじゃないかな」
「なるほどね」
「この国を出てさらに遠くへ逃げたら追手の面でも安全」
「確かに」
 とりあえずみんなに任せておけば問題なさそう。
 なーんてね。
「よし、それじゃ新しい土地を目指して、出発だーーーーー!」

 ずごごごごごご!
 俺が手を突き上げた途端、地鳴りがおこった。
「王子、なにやってんの!」
「おれじゃないよ!」
「まて、あ、あれは・・・」

 バリュウが指差した先にいたのは

「き、金色の獣・・・金鉱獣だ!」
「え、マジで! だ、だってずっと誰も見つけられなかったって・・・」
「噂では、金鉱獣は高貴な血を求めるという。王子の血を求めて彷徨い出てきたのかも」
「う、うそー!」

 めっちゃでかい! 宮殿くらいあるぞ・・・
 それが森の中から、四つん這いに伏せて俺たちを見下ろしている。
「なんであんなでかいんだ!?」
「金鉱獣は己の姿を変化させられると聞く」
「そ、そんなあ」
 じゃあめっちゃ強いんじゃね! 当たりそうになったら小さくなったりしそう。
「ど、どうする!? 逃げても歩幅的に無理そう!」
「ここは・・・・あたしが食い止めるよ、王子!」
「りゅ、リュキ!?」
 青髪の剣士が刃を抜き放った。
「いまこそ流星剣の本質を見せるとき! てやーっ!」
 金鉱獣にむかっていったリュキ。
「はあっ!!」
 すさまじい剣さばきで金鉱獣に襲いかかる。
 が、はじきとばされた!
「うわあ!」
「だ、だいじょうぶか!」
「うう・・」
 リュキはうつぶせになって気絶していた。剣も根本から折れている。
「ノリム! なんとかして!」
「御意。てやー」
 やる気のない呪文詠唱とともに、ノリムの手から炎が出た。
 が、それも獣には通じない。
「な、なんだって!?」
「魔力耐性があるもよう」
「のんきに言ってる場合かー!」
 俺はリュキを背負ってあとずさった。
 うう、背後は崖だぜ! もうどうしようもねぇ!
「ここが年貢の納め時ってやつか・・・・・・」
「・・・諦めるのはまだはやい」
「どういうことだよ、バリュウ!?」
「俺ならば・・・やつを足止めできる」
 剣を抜き放つバリュウ。
「で、でもそんなことしたらバリュウが!」
「・・俺はずっとやつを探し求めてきた。やつとまみえて死ぬなら、本望」
「そんな・・・せっかく仲間になれたのに・・・」
「王子」
 バリュウが俺を睨む。
「お前には、為すべきことがあるはず。俺ごときの命にかかわっているひまがお前にあるのか?」
「・・・・・・・・・・」
 俺の脳裏に、俺を逃がしてくれた白銀の騎士モアンの顔が浮かんだ。そして住み慣れた宮殿も、囚われた弟妹たちの顔も。
 ・・クルシュラが襲ってきたせいで・・・
「わかった・・俺は死ねない! バリュウ、あとをたのむ!」
「了解。必ず追いつく。いずれ。いずれ・・・」
 バリュウが剣を構えた。
「金鉱獣・・・・見せてやるぞ、俺の剣の真髄を! 受けてみろ、破滅剣の憤りを!!!!!」
「バリュウ・・・・・」
 俺たちは剣士の背中に涙を切って、前を向く。
 ・・・・絶対に逃げ延びてみせる!!!!!!
 バリュウのためにも!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「走れ、ノリム!」
「あいあいさー」
 ちんたら走ってるオレンジ魔導士の腕を引っ張って、俺は森を滑り落ちるように進んだ。背中に負ったリュキはだらんとしている。こいつも医者に見せなければ。
「はあ、はあ、はあ!」
 一生懸命走るなんて疲れることはめったにしないから息があがる。
 それでも俺より足遅い魔導士を捨ててはいけない。
「王子、いまの」
「ああ、金鉱獣の咆哮だな・・・」
 バリュウが闘ってくれているのだ。
 俺のために・・・・!
「王子、こっちに洞窟がある!」
「マジか、よし、ひとまずそこにこもるか!」
 袋小路に入るのは気が進まないが、もうすぐ夜になる。
 町まで帰るのは無理だから一晩どこかで明かさなければならない。
 お外は危ないし、雨でも降ったら風邪をひいちまう。
 ここは、とりあえず洞窟だ!
 俺たちは洞窟に入っていった。
「ノリム、あかりを!」
「あいあい」
 あかりがついた。
 するとそこは・・・
「廃坑?」
「トロッコがあるよ、王子」
「考えてる余裕はねぇ、乗るぞ!」
 俺たちはトロッコに乗り込んだ。
 ごとんごとん、とトロッコが進んでいく。
「なんだ・・・カンテラに火がともってるぞ? まだ生きてる炭鉱なのか?」
「さっきのところと繋がってる・・・?」
「だとしたらヤバイぜ、なんも解決になってねぇ」
 だが、トロッコは急に曲がった。方向から見て、北西を目指している。
「どこへむかってるんだ・・・?」
「このあたりは古代都市の名残が多い。うまくいけば・・・・生きてる古代都市へ辿り着けるかも」
「生きてるって・・・滅んでないのか? 千年前にそういうのはぜんぶなくなったって・・・」
「歴史は真実を伝えない」
 ノリムがへんなことを言いだした。
「・・・とにかく、俺はリュキを無事に医者のとこまで連れていければなんでもいいよ」
「リュキなら大丈夫」
「なんでや?」
「ほら」
 ノリムが指差すとリュキがうーんとのびをして起きるところだった。
「あれ? ここは?」
「俺らにもわからん」
「あ、王子。ノリムも。・・バリュウは?」
「バリュウは・・・」
 俺たちはリュキに、バリュウが金鉱獣をひきつける囮になったことを説明した。
「えええええ!!! バリュウさん置いてきちゃったの!?」
「ああ・・・・」
「そんなあ・・・」
 リュキはバリュウを気に入っていたから、心苦しいだろうな・・・
「いつか、また一緒に旅ができるといいね」
「そうだな・・・」
 そんな日が来るためにも、俺は速く国を取り戻さなければならない。
 なんとしてでも・・・
「ね、出口かな? なんか明るいよ」
 見ると、線路の先がぽっかり明るくなっていた。
 いったい何が待っているのか・・・・俺にも分からない。
 だが、きっと希望は開けているはずだ。
「いっけぇええええええええ!!」
 トロッコは勢いよく光の中に飛び込んだ。
 すると・・・
「ぎゃあああああああああああ!」
 なんと、線路は途切れてトロッコは滝壺へ落ちてしまった!
「いやあああああああああああああ」
「・・・・・・・・・・・」
 三者三様の喚きをあげて、俺たちは水の中へと飲み込まれた。
「がぼがぼがぼ!」
 水はなぜかあったかい。・・・熱源が近い? 温泉とか?
「リュキ! ノリムーっ!」
 俺は必死に暗い水のなかで仲間の手を探し求めた。
「ここだよ、王子ー!」
「・・・・・」
「喋れよノリム、わかんねーから!」
 俺はなんとか二人をひっつかんで、近くの岸に這い上がった。
「ぜえぜえ・・・なんつーとこだ、トロッコの先が滝壺だなんて」
「おもしろかったねー」
「おもしろかないわい!」
 死ぬとこだ!
「・・・・てか、結構流されてねえか?」
 俺らが放り出されたっぽいところも見えなくなってる。
 周囲は岸壁にたいまつがともされてるから明るいけど。
「・・・なんだろな、なんかの教団のアジトみたいな感じか?」
「確かに常に火を灯すのは狂信者によくみられる傾向」
「だよな」
 なんかこえーよ。弾圧したいわーこういうの・・・
「とりあえず、安全そうなところまでいこうぜ。このままじゃ方角もわかんねーし」
「おなかすいたー」
「おめぇは自分に正直だなリュキよ」
 とりあえず、俺たちは歩き始めた。
 暗い道が続く。水滴が落ちる。
「なんか文字が刻まれてるぞ」
 壁に何かみみずがのたくったような字があった。
「なんだろな・・・・これ」
「わかんない。でもなんか、怖いね」
「怖い、か。確かに・・なあノリム、これなんなのかわかるか?」
「古代文字。失伝してるはず」
「ってことは」
「邪教」
「やっぱりか・・」
「どうする?」
「どうするもなにも、な。後ろに道なんかないんだから。進むしかないっしょ」
「だよね・・・」
 先へ進んでいく・・・
「あ、焚火のあとだ」
 広間のようなところで、燃やされた木が散らばっていた。
「こんなところで・・・」
「うう、やっぱやべーよここ。さっさと外に出ようぜ」
「言えてるね・・でも」
 リュキがふらっと倒れかかった。
「さすがに眠い、よ、王子・・・」
「うーむ、確かに」
「そろそろ休憩は必要。危険かもしれないが、ここはいいところ」
「ノリムもああいってるし、休むか」
「うん」
 俺たちは寝床を作って、横になった。
 火は迷ったが、つけることにした。
 凍えるよりは敵に見つかったほうがよさそうだ。
 ・・・・いや、単純に火の暖かさの誘惑に負けた。うん、やばい邪教の連中に見つかったらほんとやばいとは思うんだけどさ。
「王子、もう寝ようよ」
「そうだな」
 いつまでもうじうじしている俺を見かねて、注意してきたリュキのそばに俺は横たわった。
「・・・・バリュウ」
 金鉱獣をひきつけてくれたあの剣士は、無事だろうか。
 無事であってほしい。そう思いながら、俺は眠りについた・・・



     




 結局、洞窟のなかで一泊した俺たち。
 眼を覚ますと、もう焚火は消えていた。
 番をしていたリュキが枯れ枝の先で熾火をつついていた。
「あ、おはよ王子。よく眠れた?」
「ああ、なんとかな」
「よかった」
 リュキは笑って立ち上がり、のびをする。
「ちょっと偵察にいってたんだ。でね、この先に外へ出れる穴があったの。今日はそこへいってみない?」
「うん、そうだな」
 とにかく、こんなヤバそうなところからは逃げ出さなきゃならない。
「ノリム、起きろ。いくぞ」
「むにゃ・・・・」
「こらこら、俺の服でよだれをふくな」
 俺はオレンジ魔導士を起こして、リュキの案内に従った。
「なあ、リュキ。誰か見かけなかったか?」
「ん、誰も? なんで」
「いや・・・なんとなく」
「そ」
 リュキはすたすたと歩いていく。
 しばらくして、行き止まりにぶつかった。
「・・リュキ?」
「ふ、ふふ」
 あやしく笑うリュキ。
 そしていきなり剣を抜き、俺たちに斬りかかってきた!
「きええええええええええええええええ!」
「うわっ、よせばか! なにをするんだ!」
 俺は慌てて剣を抜き迎撃した。
 リュキの目が赤い・・・・
「くそったれえ!」
 俺は王宮剣術でなんとかしのいだ。
「操られてるっていうのかよ・・・!」
「グワーッ!」
「りゅ、リュキ! すまねぇ!」
 俺はドゴッとリュキの腹を殴った。
「ぐ・・・」
 リュキがぐったりする。これぞ当身だ。
「・・・リュキは魔法にかかっていた。誰かがいる」
「ノリム、安全なルートを探してくれ。こんなとこからはさっさと逃げ出さねぇと」
「御意」
 ノリムが魔法で鳥を出し、あちこちに飛ばし始めた。
 ノリムまで操られていたら、どうしようかと思ったが、そんなこともなさそうだ。
「見つかったか?」
「わかった。こっち」
 ノリムに手を引かれて、俺はリュキを背負いながらついていく。
「これは・・・またトロッコか」
「今度はべつの道へ続いてる。乗ろう」
「ああ」
 ごとんごとん、とトロッコが動いていく。
 やがて、あっけなく外へ出た。
「ここは・・・?」
「西コリスキアの山地」
「そっか・・・さらに遠くまできちまったか」
 もう、ちょっとやそっとじゃ帰れない。
 少しだけ悲しくなった。
「これからどうする?」
「まずは休めるところを探そう、王子。・・・邪教の集団に追いつかれる前に」
「やっぱリュキを洗脳したのはやつら・・・・なのか」
「そう。うかつだった。独りにしておくべきじゃなかった」
 うつむくノリム。俺はその頭をくしゃくしゃと撫でた。
「そんなに思い詰めるなよ。お前のせいじゃない」
「じゃあ王子のせい」
「藪から刃かよ」
 うかつに人も励ませやしねぇ。
「・・・とにかく! いいか、俺たちは宿を探すんだ。こんな山奥で・・・」
「エルフがいるかも」
「エルフ?」
「彼らに助けを求めれば、リュキの魔法も解けるかもしれない」
「なる、ほど・・・」
「いずれにせよ、前進あるのみ。王子、いこう」
「ああ」
 俺たちはわずかに生えた草を踏みながら、下山を始めた。
「・・・・ん? あれは」
 草むらの奥に緑色の壁をした、建物があった。
「あった。あれがエルフの宿」
「マジかよ!」
「見て。笛の看板が出てる。あれがエルフのあかし」
「そうなんだ」
「いこう」
 ドアベルを鳴らして、ノリムはエルフ宿に入った。
「いらっしゃいませ」
 しずしずと頭をさげてきたのは、緑髪の少女。
「お泊りですか? お困りですか?」
「そう」
 ノリムは不思議な言葉つかいの少女となにかを素早く言い交した。
「このかた、呪われてます」
 とエルフ少女がリュキのそばに顔を寄せた。
「テーブルに乗せて」
 言われたとおりにする。
「・・・・偉大なる森の神、天津の風、遠い神話の英雄たちよ。この黒き霧に苛まれし剣の巫女をお救いになりたもう・・・なりたもう・・・」
 やがて。
 エルフ少女の手から出た光が、リュキの全身を包んで、それから消えた。
「ふわ? あれ、あたしどーしたの」
「リュキ!」
 目覚めたリュキの手をとったら殴られた。
「チカン!」
「王子だ」
 身分をわきまえよ。
「よかったです」
 にっこりとエルフが微笑む。
「今晩は泊まっていってください。まだ、危険が多いようですから」
「ありがとう・・・」
「お食事はあとでお届けしますね」
 俺たちは部屋へひっこんだ。
「いい女の子だったな、気立てもいいし。それにしても、あの魔法はなんだったんだ?」
「邪教の手先のしわざ。人を凶暴にする」
「そんなことして、どんな得が?」
「いにしえの魔神を蘇らせようとしている」
「なるほど・・・・」
「悲しみのロンド、それが彼らの宿命なの」
 ノリムはいろいろ知っているようだ。
「とりあえず、今日も疲れたし、休もうぜ」
 俺たちはボスっとベッドに倒れ込んだ。
「さすがエルフ宿! いいにおいがするぜ~」
「王子、きもい!」
「ひどい」
 背負ってきたの俺だよ俺。
「・・・明日から、どうしよっか。コリスキアまで来ちゃうなんて・・・」
 リュキは心細そうだ。
「・・・明日のことは明日考えようぜ」
「それもそうだね」
「俺は、ここにしばらく留まるのもありかなとは思ってるけど」
「うん・・・」
 少女たちはもう寝つつある。俺も寝よう。
 ・・・これからの旅に不安を感じながらも。

     



「うーん、よく寝たなあ!」
「王子、寝すぎだよー」
「そうかあ?」
 なんかクソ理不尽だぜ。
 俺は寝床をちゃんとしてから、宿の外へ出た。
「これからどうする?」
「とりあえず、森をぬけよーよ」
「うむ」
 道は分からなかったが、とりあえず歩いていくことにした。
 道は深くて暗い・・・
「このあたりには、なんとかっていう魔法使いがいるんだっけ?」
「いや、いないよ?」
「あれー?」
 情報が錯そうしてるな。
「えーと、じゃ、これからどうするんだ?」
「だから、森を抜けるんでしょ?」
 リュキに怒られてしまう。
 うーむ、どうも、ぼんやりしてしまってるようだ。
 いけないな。俺は王子なんだから。
「わたしが探索していく」
「お、たのむよ、ノリム」
「サクサクいこう」
 その言葉どおり、サクサクと道は進んだ。
 あたりは緑色でいっぱいだ。
「どのへんなんだっけ・・・ここ」
「えーと、キプスロ平原の下あたりだね」
「そうだっけ?」
 なんか聞いてたのよ違うような・・・
 あれ・・・
 ばたり。
 おれは倒れた。
「お、王子!? どーしたの!?」
「うううむ…」
「これは、毒!」
「ま、まじ、で?」
 俺は息も絶え絶えになってしまった。
 ふらふらする・・・・
「だ、だいじょうぶ? 王子!」
「さっきから、いってくることが支離滅裂」
「わ、わかんね・・・おれ・・どうなっちまったんだ・・・」
 よく考えると、昨日、寝る前、蚊に刺されたような。
 まさか、あれが、原因で・・・・?
 そ、そんな・・・
 こんなところで・・・俺・・・やられ・・・ちまうのか・・・・
 まだ・・国を取り戻しても・・・いないのに・・・
 ちきしょう・・・
 おれはそのまま、くらっとしちゃって。
 だめだった・・・
 眠りが俺を ひきずりこんで・・・・



「あれ?」
 ふと気づけば。
 そこは綺麗なお花畑だった。
 いったいなにがあったんだ?
 黄色い花がたくさんあって、そこに俺は埋もれていた。
「なにがあったんだ・・・」
「キャッシュ・・・」
「お、俺の名前を呼ぶ奴はだれだ!? ・・・・ん?」
 見ると、花畑の中央に湖があり、そこに剣が突き立っていた。
 声は、そこから聞こえてくる。
「お、おまえなのか。おまえがおれを呼ぶのか?」
「そうです。わたしは、エキドナ」
「エキドナ?」
「太古の時代に封印されし伝説の剣です」
「そんなやつが、俺になんのようだ!」
「あなたは、狙われています」
「わかってるよ」
「いいえ、わかっていません。あなたを狙っているのは、もっと大きな運命・・・それはいずれあなたをむしばみ、苦しめるでしょう」
「なんだと・・・」
「あなたには光があります。ですが、それがいまは陰っている。
 あなたはそれを清めなければなりません」
「いやだといったら?」
「あなたに待っているのは、さらなる苦しみになるでしょう」
「くるしみ・・・」
「あなたはこの世界を救わなければなりません。霧と戦に覆われたこの大地を、ふたたび実りある理想郷にするのです」
「で、でもどうすれば・・・」
「ですから、あなたに、わたしを授けましょう」
「あんたを?」
「わたしは聖剣。すべてを救済するもの」
「あ、あんたの言うとおりにすれば、おれは」
「救われます」
「なら・・・迷うこたあねえや!!」
 俺はその剣を抜いた。
 そして、すべてが光に包まれ・・・・



「はっ」
「あ、王子! 気がついた?」
「おれはいったい」
「毒にやられて眠ってたんだよ。よかったー。気がついて」
「ここは?」
「ここはピリスネの街。たいへんだったよー、ここまで担いでくるのは」
「そっか・・」
「だいじょうぶ? てか、なにその剣?」
「いや・・・へんな夢を見て」
「夢を見たら剣が出てくるの?」
「いいだろ、べつに。それより、この剣、どっかにおいといてくれ」
「いいけど・・・」
 不審がる仲間たちの視線に耐えながら、
 おれはぼんやりと、聖剣とやらを眺めていた。

       

表紙

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Neetsha