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『小鬼の太刀』外伝小説:陰陽師の家
第6話 驟雨

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  「ここまでの話は、一応得心が行った。
   早速、鵺の封印を解いた人間と、仁九郎とのつながりをお話し願いたいところだが…
   見たところ賀茂殿は少しお疲れの様子。
   茶室に場を移して、茶でも一服してから、続きの話を聞こうかの?」

『お気遣いありがとうございます。
 恐縮です。
 しかし、私は別に疲れてはおりませんので…』

  「まあそう遠慮するな。
   茶が嫌い、というわけではなかろう?
   何か甘いものも持って来させよう。
   確か団子があったはずだ。
   それにな、ワシもここらで一度考えを整理しておきたくての。
   一応は納得できたのだが、少し気になることがあるのだ。」

『(だ、団子!)
 そ、そういうことでしたら、お言葉に甘えまして… 
 一服頂戴させていただきます。』
 



(この団子、うまいっ!)




     


     



(えっと、何て言うんだっけ?
 確か…こうやって…)
 『結構なお点前で。』

  「わはは。
   賀茂殿は、点茶には馴染みがないようだの。
   『結構』という言葉はな、茶道ではあまり使わん方がいい。
   まあよいわ。
   お茶は終わりにして、そろそろ話を戻そうか。
   んっ、どうやら雨が降り出してきたようだな?」

『はい、外が急に暗くなって参りましたし
 何よりポツポツと地面を叩く音がします…』
   
  「うむ、いま明かりを持って来させよう。
   帰りのことは気になさるな。
   道場には空き部屋も多い。
   場合によっては、今晩は泊まっていかれるがよかろう。
   ぬかるんだ山道を歩くのは、慣れぬ者には危険だしな。
   ところで、鵺の封印を解いたという者だが、ワシの推量を申せば…
   そ奴は安倍一族の人間ではない。
   どうだ、違うかな?」

(なっ!)

『そ、そのことは、今からお話しようと思っていたのですが。
 し、しかし、千葉様は何故そのように思われたのでしょうか?』

  「はは、当たっておったか。
   ワシがそう思った理由か…そうだの…
   安倍一族のなかに賀茂家に強い恨みを抱いている人間がいる、とは言ってもな
   都に鵺を放って暴れさせるというのは
   意趣返しのやり方が異常すぎる。
   あの火事で、賀茂家とまったく無関係の人間に、どれほどの害があったと思う?」

『…確かに、おっしゃる通りです。
 賀茂家に対する意趣返しだけが目的だとすると、やり方があまりに乱暴に思えます。』

  「そうだ。
   それにな、そもそも伝承に現れる鵺という妖怪は、それほど凶暴な性格ではない。
   空恐ろしげな鳴き声で都の人々、帝(みかど)や貴族達を恐れさせたというが
   それ以上の実害を与えたという話は聞かない。
   鵺が出現した頃に都に病が流行ったと言われるが
   それを鵺のせいにするのは単なるコジつけだろう。
   あんまり被害が少ないので、鵺という妖怪は実在しなかったという輩までおる始末
   珍しい小鳥の奇妙な鳴き声を聞いて、妖怪と間違えただけだとな。
   当たり前だが、帝ともあろうお方が妖怪と小鳥を取り違えるなどということ
   断じてありえん話だ。
   帝や貴族を小馬鹿にするのは、都に移住してくる新興連中の悪いところだ。
   まったく、帝の教養を何と心得ておるのか…ブツブツ」

(あれっ、この爺さん、ひょっとして帝に思い入れがある?)

  「おっとスマン、話が逸れたの。
   それはともかく、仮にワシが安倍一族の人間だったとして
   しかもワシ自身が鵺の封印を解くほどの高い術力を持つと仮定してみようか。
   鵺ほどの大妖、それも数百年経っても緩まない封印の術を解くのは
   一流の術士にとっても、並大抵のことでないはず。
   違うかの?」

『はい、一口に封印の術と言っても、いろいろあります。
 私共が手紙の密封などに使っている封印は、合言葉のようなもので簡単に開きます。 
 実は、鍵となる動作と合言葉を知っていれば、術は使わずとも開封できるのです。
 しかし、妖怪を封じるために使う封印の術はそれとは全く別物でして
 私が知る限り、そもそも解封の合言葉などは設定できません。
 封印の術が高度であればあるほど、それを解くのも難しいし、時間もかかる。』

  「ふむ。」

『鵺にかけられた封印ですが、よほどの術師の仕業らしく
 賀茂家が代々探索してきたにもかかわず、封印の存在そのものが探知できなかった。
 それほど高度の術だったのです。
 単純な封印ではなく、封印そのものにも封印がかけてあったはず。
 鵺の妖力を封じる仕掛けもしてあったでしょう。
 そうでなければ、漏れ出た妖力を探知できたはずですから。
 そういったことを考え合わせると
 鵺の封印を解いた人間も、封印の術、いや妖術全般に長けていたはずです。
 それでも、封印を解くまでには相当の年月がかかったに違いありません。
 陣を組み、解呪の儀式を行ってから、さらに数年の時間が必要かと。』

  「なるほどの。
   で…
   それほどの術力を有している人間が、安倍一族の中におったとしてだ。
   ワシならば、賀茂家への意趣返しに力を割く暇があったら
   安倍家の名誉回復に全力を挙げるな。
   仮に意趣返しをするにしても、妖怪を都で暴れさせるなどという
   出鱈目な方法は採らん。
   万が一お上に真相がバレたら、お城警護の不始末程度の処分では済むまい?
   今度こそ安倍家の存続は完全に絶たれてしまうだろう。
   源三位が鵺を逃がしてしまったこと、安倍一族の術師が封印を施したこと
   その記録はお上にも残されているかもしれん。
   となれば、真っ先に疑われるのは、安倍一族だ。」

『…驚くばかりの御慧眼、誠に恐れ入りました。』

  「わはは、もっと愚かなジジいだと思っておったかの?」

『い、いえ、決してそのような。
 ただ私の想像の遥か上を行く…』

  「まだ、大した話はしておらんと思うがの?
   もう少し、ワシの推測を聞いて貰っても構わんか?」

『是非お願いします。』

  「鵺の封印を解いて、都で暴れさせるというやり方は、安倍家にとって諸刃の剣。
   いや、むしろ得るところ少なくして、危険のみが極めて大きい。
   よほど愚かでない限り、安倍一族の者がそのようなやり方をするはずはない。
   そうだな?」

『…はい。』

  「とすると、鵺の封印を解いた人間は、安倍一族の者ではなく、
   安倍家から情報を引き出しておいて、しかも安倍家を裏切ったのだ。」

  「…案ずるに、そ奴は安倍家に出向いて、自分の方から
   賀茂家に対する意趣返しの話をもちかけたのだろう。
   『鵺を解き放って都の住民を脅かせ、賀茂家の奴らを慌てさせてやろう』などとな。
   単に驚かすだけで、実害を与えるわけではない。
   その程度の話ならば、賀茂家に強い恨みを抱いている者は、乗って来そうだからの。
   そういう話を持ちかけて、鵺の封印に関する情報を安倍一族から引き出したのだ。
   ところが、そ奴は単に鵺の封印を解いただけでなく
   何らかの方法で鵺を操作して都で暴れさせた。
   術の類でそんなことができるものか、ワシにはよく判らんのだが
   そう考えないことには辻褄が合わん。」

『…』

  「ここまでのワシの推量が当たっておるとすると…
   鵺の封印を解いた人間自身も、賀茂家に対して恨みを抱いていたはずだ。
   しかも、そのことは安倍一族の者達もよく知っておったのだ。
   そうでないと、そ奴の言うことを安倍一族の者達は信用しないだろうからな?」

『!』
   
  「では、鵺の封印を解いた人間が、安倍家を裏切った理由は何か?
   責任を押し付けるため、に違いない。
   何しろ鵺の封印が解かれたとき、真っ先に疑われるのは安倍家だからの。
   実際、賀茂殿もワシに対して、安倍家に一番の責任がある
   かのような話し方をしておったのだ。
   しかし…問題はそこではない。
   ここまでのワシの推量は、賀茂家の者にとっては、決して難しくないはずなのだ。
   つまり、今回の事件は単なる安倍家の意趣返しでない、ということは
   賀茂殿もちゃんと分かっていたはずなのだ。
   ところが、賀茂殿はワシに真実を隠そうとした。
   違うかの?」

『!!
 そ、それは…(な、何なんだ、この爺さん)』

  「待て!」

(うっ、こ、言葉が出てこない。)

  「それにしても、鵺を暴れさせるという異常なやり方は、なかなか説明がつかんな?
   いくら賀茂家に強い恨みを抱いていると言っても
   都の人間をあれほど多数巻き添えにする意味が分からない。
   その点は、安倍一族の者であろうとなかろうと関係ないはず。
   あれほどの破壊を、普通の人間が望んで起こすとはとても思えん。
   世間そのものに恨みを抱いているような
   そして人殺しそのものを楽しむような
   とりわけ残虐な盗賊でもない限り…な?」

     


     


『あっ!』

  「…
   やはり、そうだったか。」

                         (つづく)







――――


     


       

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